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勇者の弟  作者: ドル猫
第1章『〜幕開け〜王都からの手紙編』
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第1章 33『高い壁』

「なんで……」


 無傷のディオスを見て思った。これは負けだ。星級の魔法を除き、今出せる最高火力だ。これで傷一つ与えられないのなら、もう打てる手は少ない。


「終わりか?じゃあ、次はこっちからいくぞ」


 ディオスが木剣を片手に大きく円を描くように此方へと走り始めた。


(動きは普通だ。爺ちゃんよりも遅い。これなら、躱せる)


 この動きは、祖父との特訓で見た。相手が遠心力を付けて此方へ攻撃する時は、受け流してはいけない。この場合は次の一撃に隙が出来る。だから、ここは避けるのが正解。

 実際、祖父に同じような動きを習ったが、その時に見せた手本よりもディオスの速度は遅い。


(右から来る。ここは、ギリギリまで引きつけ、避けてから魔法で反撃)


 習った通りに、ディオスは遠心力を付け、木剣を叩きこもうとする。

 剣の振り出しと同時にアスタは身を屈め、攻撃を避ける。


(狙い通り。──いける!!)


 反撃で魔法を喰らわせようと右手に魔力を溜める

 しかし、攻撃を受けたのはアスタだった。


 しかも、攻撃されたのは背中だ。ディオスは正面にいた。

 あり得ない方向からの不意打ちに何が起こったのか分からなかった。だから、受身を取れなかった。


 一度地面にぶつかった後、人差し指の先端が地面に触れた。

 無詠唱のいい所が出た。初級の土属性の魔法で足下に小さな壁を作り、どうにか勢いを殺せた。


「ふぅー」


 しかし、もう一撃と言わんばかりにディオスは攻撃の姿勢に移り、今度は先程のようにゆっくりではなく、しっかりと地面を蹴り、トップスピードでアスタへと追撃しようとする。


「少し考える時間をください」


 それに対しアスタは、右手を地面に付き、土の障壁でディオスを閉じ込める。更に、それを氷漬けにし、二段構えの檻を作った。


 上級の魔法を最大限に使った大魔法だ。予選では絶対に見れない光景に観客は大いに盛り上がった。


 だが、アスタはそれどころではなかった。正体不明の攻撃にどう対処するべきか分からないのだ。


(暫く時間は稼げると思うけど、どうする?魔法も効いてないし、向こうからの攻撃方法が一切分からない)


 ここまでの攻防で分かっている事は、魔法が効かないこと。木剣での物理での攻撃は効いているかもしれないが、目立ったダメージは与えられていないこと。そして、相手からは正体不明の不可視の攻撃が来ること。


 これは、はっきり言うとほぼ詰みだ。


(不可視の攻撃は兎も角、魔法が通用しないのはヤバいな。一応、残りの魔力量的に上級の魔法は後数百回は使える)


 この1年間、ただ剣術ばかりに打ち込んでいた訳ではない。時折り、裏山で魔法の練習をして、魔力量の限界値を密かに伸ばしていたのだ。

 魔力量の限界値は、個人差こそあるが、魔法を使えば使うほど伸びる傾向にある。


(…けど、もしもあの人が寵愛持ちなら?)


 確信はしていた。これまでの攻防でディオスが何かしらの寵愛を使っているのは確実だった。しかも、アスタの上級の魔法を喰らった筈なのに、傷一つ付いていない。これは明らかにおかしい。

 それでも、幸運なことにまだ檻が破られる気配がない。今ならまだ、ディオスの寵愛を推理することが可能だ。


(魔法が通用しないこと、そして、不可視の攻撃か。……この二つに当てはまる寵愛……『魔法無効化』…いや、これだけではあの攻撃は無理だ。──違う。『高速移動』か?……これが一番可能性が高いけど、あの攻撃の時、確かに目の前にディオスさんがいたから違う)


 長考していると、檻から氷がパラパラと落ちる音が聞こえた。氷付けにした土の障壁が壊れかけている。


「もう時間がないな」


 アスタは地面を触り、不可視の攻撃が魔法の応用である可能性を探った。


(土属性の魔法を応用すれば、土の剣か槍を作って、背後から攻撃する事は可能。……けど、そんな細かい事が出来るのか?足で魔力を操作するのは至難の技……)


 しかし、そんな魔力の痕跡は何処にもない。もしあったとしても、先程、アスタが檻を作るために使った土属性の魔法と氷結魔法でその痕跡が上書きされている可能性もあった。


 ──氷にヒビが入る。


「仕方ない。今から身体を使って調べるしかないか」


 氷の周りに内側から数回斬撃が入り、ヒビが大きくなった。そして、中からディオスが出てきた。


「土と氷の檻とはな…。脱出するのに苦労したぞ」


「簡単に破っておいてよく言いますね」


 苦笑いするしかなかった。


「もう一度あの檻に入ってくれますか?次はあのまま爆破させます」


「それは洒落にならないな。断っておこう」


「そうですか」


 もうあの魔法は通用しない。きっと、次使ったら簡単に避けられる。


「じゃあ、これならどうですか?」


 アスタは右手を上げ、もう一度巨大な氷柱を形成する。


(また氷属性の魔法……。何をする気だ)


 ディオスが警戒を強めていると、氷柱が発射された。魔力の渦を巻きながら一気にディオスまで迫り、直撃するが、やはり無傷。

 仕掛けを確認しようにも、氷が分解される際の窒素の煙で周囲の確認は出来ない。


(彼奴は何を考えているんだ?さっきと同じ魔法を使っても結果が同じなのは分かっている筈だ。なのに何故…?)


 だが、煙で周囲が確認出来ないのはアスタだけではない。ディオスも同じだ。


 風を切る音と同時に頬に何かが掠った。


「なんだ?」


 頬を触ると、指に赤い液体がこびり付いた。──血だ。


 ディオスはその攻撃の正体を確認しようにも、この煙では全く分からない。


「ギャストウィンド!!」


 ディオスはこの試合で初めて詠唱をし、風属性の魔法で煙を払った。


「ん?」


 煙が晴れた瞬間、ディオスは少し焦った。

 なぜなら、アスタの周りに無数の小さな氷柱が少しずつ形成されていたのだ。


「血が出てる。魔法を無効化出来ると言う訳ではないんですね」


「なるほど、それが本命か」


 無数の氷柱がディオスに向かって一気に襲い掛かる。


「サラマンダー!!」


 ディオスの左手から高熱の炎が上がる。

 飛んできた氷柱は瞬く間に溶け、足元に小さな水溜まりが出来た。

 アスタは土属性の魔法と風属性の魔法を同時に使い、ディオスの真横まで一気に迫り、木剣で左膝に一撃を入れようとするが、読まれていたらしく、ディオスは半歩横に動き躱した。


 ──それは読めてた。


 そう。こんな小手先の攻撃が騎士に通用するなんて微塵も思っていなかった。だから、保険を用意しておいた。


「水!?」


 初手の氷柱を放った時からだ。本命の無数の氷柱と一緒に、保険として無数の水弾を用意しておいた。勿論、気付かれる前提で、少しでも気にかけてくれたらいいなと思う程度だったが、氷が気化する際の煙で見えていなかったらしい。


「──っ!」


 時間差で水弾が一気にディオスに襲い掛かる。勿論、期待はしない。だから、水弾が発射されると同時に、魔法を無力化した謎を解くためにアスタ自身もディオスに向かって木剣を振るう。


「グランドウォール!」


 しかし、短い詠唱と同時にディオスの身体は土の壁に囲まれ、水弾と剣を阻むが、無数の水弾の威力が僅かに勝った。

 ラスト一発の水弾を前に土の壁が崩壊した。


 もしこれが当たれば、相手に隙が生まれ──


 なかった。


 それどころか、攻撃を受けたのこっちだ。

 身体が地面に叩き付けられる。

 身体を起こすと、脇腹辺りに激痛が走る。出血はしていないが、多分大きい痣ができた。骨にもヒビが入ったと思う。


「くそっ、……不可視の攻撃か。だけど……」


 水弾が当たるあの一瞬、見たのだ。


(ディオスさんの身体が一瞬だけブレた。きっと、あれが不可視の攻撃と魔法無効……いや、全ての攻撃を無効に出来る謎の正体!だけど、どうする?正直なところ、何をしているのかは全く検討がつかない)


(それどころか、その謎に加えて、向こうも魔法と剣術を極めているベテラン騎士ときた)


 此方を見るディオスの身体は濡れていない。おそらく、また魔法を無効化。いや、一度当たっているのを示唆すると、()()()したのだ。


(魔力は大丈夫だけど、脇腹がかなり痛い。これじゃあ長期戦は望めない)


 木剣を持つ手が震える。今目の前にいる男、ディオス。彼が自分より格上の者だと言うのを今、身を持って知った。


(ここからは、相手の攻撃は全て受ける前提で動かないといけないな。あの謎の攻撃も分からないけど、後はもう、自分に出来ることを全てやるしかないか)


 アスタは、一度息を吸い、大きく吐いた。そして、数秒の後、走り出した。剣を構え、叫んだ。


「うおおおおおおおお!!!」


 姿勢を低くし、視線をディオスの方へ向ける。左足を前に出し、踏み込む。全体重で踏み込んだ地面がへこみ、滑らないようティングブロック代わりとなる。

 そのまま加速し、一気にディオスの真正面まで跳躍し、木剣と木剣がぶつかり合う。


「なんだこれは?最初の剣撃よりも重い!」


 押しているのはアスタだ。騎士にも負けぬ力をこの一年で付けた──訳ではなく、ただ、強化魔法を使っているだけだ。無詠唱で使えるようになるにはそれなりに時間が掛かったが、一矢報えたのならいい。これが今のアスタ自身の実力なのだから。


(だけど、これだけじゃ駄目だ!後一手、後一手が欲しい!)


 しかし、強化魔法を使っても、力はせいぜい互角程度でしかない。これは上級や星級の強化魔法を使えば解決する話なのだが、生憎、アスタは中級以上の強化魔法を使えない。


「なるほど、強化魔法か。まさか使えるとは思っていなかった」


 ディオスは少しだけ驚いた顔で不意をつかれた事を認めた。


「強化魔法は、過度な動きをしない魔法使いや魔道士にとっては取得優先度が低いからな。覚えずに終わる者も多い中で、この歳で使えるとはな。お前は末恐ろしい」


 現役の騎士から賞賛の言葉を貰い、アスタは満更でもなかった。


「……ベテランの騎士様に褒めて頂けるとは光栄です。ですが、勝負の最中に、悠長にお喋りしてていいんですか?」


「なに?」


 アスタは笑った。

 そして、ディオスは気付いた。自分の周りを無数の氷柱が囲んでいることに。


「お前っ……まさか!!」


「残念ですが、僕にも大会に参加した目的があるのです!しかし、勝てないのはとっくに気付いていたので、負けない方法を考えました。その結論がこれです!今は勝てなくても、共倒れにはなってもらいますよ!!」


 アスタは木剣を離し、ディオスに抱き着き、自分の身体ごと然属性の魔法と土属性の魔法で作った縄と拘束具で固定する。


「──っ!!」


 ”パチンッ”


 親指との間に張力を掛けた中指が掌に勢いよく当たり、小さな破裂音を出した。それを合図に、百を超える氷柱が一気にアスタとディオスに襲い掛かった。




 今大会一番の煙だ。審判も決着がどうなったのか全く分からない。


 煙が薄くなる。


 煙の中央に立っている一つの人影がある。審判がその人影へ状況を確認しようと状況の確認をしようと駆け寄る。


「あっ」


 立っていたのはディオスだった。やはり、頬に付けた傷以外に目立った外傷はない。捨て身の攻撃も全て防がれてしまったのだ。


 そして、アスタの姿がなかった。審判は何処かに倒れてると思い、地面を入念に調べていると、何かにぶつかった。


「──?」


 ぶつかった物に触ってみると、それは大きな土の塊だった。

 審判はそれを不思議に思い、数回叩くと、叩いた場所から少しずつヒビが入り、中から丸まったアスタが出てきた。


「やはり、共倒れする気はなかったのだな」


「ええ、僕も簡単にくたばる訳にはいかないんですよ」


 あの攻撃の一瞬、アスタは自分にも向かって来るであろう氷柱の威力を低く設定し、尚且つ、それをディオスに向けないよう、剣術と強化魔法で此方に目を引かせ、最後に土塊で自身の身体を覆い、相打ちと見せかけた自作自演を成功させた。


「頑張ったおかげで、ようやく、不可視の攻撃と魔法を無力化していたものの正体が分かりましたよ」


 ディオスは、怪訝そうに顔を引きつった。


「『分裂』ですね……」


「大当たりだ」


 今までの魔法が通用しない理由、最初の一撃をまともに受けた筈なのに一切のダメージがない理由、あり得ない方向から攻撃される理由がこれだけに集約された。分裂と。


「寵愛ですか?」


「ああ」


 やはり寵愛だったようだ。


 ──仮定だが、おそらく魔法を無力化されていた原理はこうだ。まず、魔法が飛んできた方向に自分の分身体を置く、しかし、それでは長時間出してしまうため、相手に丸分かりだ。なので、魔法が当たる一瞬だけ分身を出し、そして一瞬で消す。だから、水弾が直撃する際にブレて見えたのだ。この欠点を上げるとすれば、突然現れた魔法には対応できないところだろう。そのため、煙の中から突如現れた氷柱には反応出来なかった。


 ──そして、魔法以外の攻撃にもこの応用は使われている。例えば、最初、背中に木剣で剣撃を入れた時も自分に重ねるように分身を置いていたかもしれない。だが、これは考えすぎだろう。11歳が木の剣で、鍛えている大の大人を叩いてもダメージはあるのだろうか。いや、ないだろう。


 ──最後に、不可視の攻撃についてだ。あれも分身体がやっていたことだろう。範囲は分からないが、自分から離れた場所でも分身体が出せるなら、不可能ではない。


 相打ちを狙った攻撃の時は、流石に360度全方向からの一斉砲撃は予想外だったらしく、アスタの目の前で分身体を出して、包囲網を突破した。


「残念ですが、分裂しているだけと分かれば、僕の勝ちです」


 勝ちを確信した。それはそうだ。ただ分裂しているだけなら、細かい魔法で何度も何度も攻撃して、分裂させる暇をなくせばいい。それが嫌だったから、細かい魔法で物量戦を仕掛けた時は、魔法で対応したのだ。


「多分ですが、魔力量は僕の方が多い。このまま持久戦に持ち込めば、僕は負けません」


 ──嘘だ。見栄を張った大きな嘘だ。


 これまで受けた攻撃のダメージは決して小さくない。寧ろ大きい。そして、魔力を使いすぎた。日々、魔力量を増やすよう努めてると言っても、中級とは言え、この短時間で数百の魔法を形成するのには相当な魔力が必要になった。勿論、惜しむことなく使った。その結果、魔力切れとまではいかないものの、かなりの疲労が溜まっているのを感じていた。


(正直、ここで降参してほしい。騎士のプライド的にそれは許さないんだろうけど、もう勝ち筋が思いつかない。お願いだから降参してくれ)


「アスタ・ホーフノー……」


 ──ディオスの口から自分の名前が出た。


「はい」


「勝負の最中に、悠長にお喋りする暇があるのか?」


 その瞬間、アスタの視界は真っ黒になり、意識が薄れていった。


 この試合でアスタは負けた。高い壁に当たり、そして砕けたのだ。

【豆知識】

 強化魔法にも幾つか種類があります。


・身体能力や筋力を底上げする『パワード』


・魔法の威力や効果を上昇させる『マジックアップ』


・一時的に魔力量の限界値を延ばす『リミットアップ』


 これ以外にも様々な種類があり、それぞれ初級〜星級まであります。因みに、ここまで登場したキャラクターで星級の強化魔法を使えるのはマリーナだけです。

 後、相変わらずアスタは、治癒魔法を無詠唱では使えません。

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