第1章 31『本戦開始』
「初めまして私の名前は、スコルプ・アンタレス。一応、王国騎士団の隊長を務めている者だ」
アスタの目の前に現れた、王国騎士団の隊長と名乗る男性。その男性の身形から、その発言が嘘ではないことが分かる。
「ああ、少し怖がらせてしまったかな?目つきが悪いのは生まれつきなんでね、憎まないでくれよ」
確かにそれもあるが、突然、この男が現れたことの方が驚きが大きい。
「い、いえ。少し驚いただけです。それよりも王国騎士団の隊長ともあろうお方が僕に何のようですか」
抜かし掛けた腰を直し、背中の筋を伸ばしてスコルプと目を合わせる。
「良い目だ」
「え?」
「──すまない。此方の独り言だ。忘れてくれ」
スコルプは、一度アスタから目線を逸らし、一度息を整え、制服の襟を正した。
「早速だが、どうだ?王国騎士団に入る気はないか?」
アスタへと勧誘の言葉が掛けられる。
「僕を…王国騎士団に…?」
アスタにとって、王国騎士団への入団は一つの目標でもあった。しかし、アスタは兄のパーティーに入ると言う新しい目標が先程出来た為、この誘いを受け取るかどうか迷った。
(ここで王国騎士団に入ってから実績を積んで、それから兄さんのパーティーに入っても問題はない。だけど、それまで兄さんは生きられるのか?どうする──)
「答えを今すぐ欲しい訳じゃない。君はまだ若いし、判断する権利は君にある」
スコルプは、アスタがどうするか迷っている事を見抜いた。長年、仲間の顔を見てきているから、相手の感情がどう動いているのか大方分かるのだろう。
「はい。ありがとうござ……」
この言葉のお陰で、少しだけ心に余裕が出来た気がした。なので、咄嗟にお礼を言いかけた時である。
「見つけたよおおおおおおぉぉぉ!!!」
「え?」
「タウルス!!」
大声と共に、上から一人落ちてきた。
「ちょっ、ええっ!?」
突然の来訪者はアスタに馬乗りになり、顔を近づけた。
「確かアスタくんって言ったよね!?どうだい、私の第二師団に入る気はないか?」
「え?ええッ!?」
(胸元に牛のエンブレム、この人も王国騎士団か!!というか、徽章もある!つまり、隊長?この人が?)
「君ならいいモルモッ……んっん、騎士になれると思うんだ!だから、どうだい?是非私の師団に!」
(ちょっと待て!今この人なんて言おうとしたんだ?モルモット?僕を実験体にする気か!?)
聞き捨てならない言葉を聞き逃さなかった。この時、アスタの脳内は完全にパニック状態になった。
「さあどうだい!入るよね!?」
「少し落ち着いてください!!」
タウルスの脳天に勢いよく怒りの拳が振り下ろされる。
「ほごっ!?」
「すいません。アスタくん、スコルプさん。うちの隊長がご迷惑をお掛けしました」
タウルスに鉄拳制裁をしたのは第二師団副隊長のイオだった。タウルスが自席から動いた時点で嫌な予感を感じ、こっそりと後をつけたら、この様だ。
「ちょ、ちょっと待ってよイオ!まだ彼とは話したい事が──」
「はいはい、後で話し相手になりますので、今は我慢してください」
イオは、タウルスを引きづりながら自席へ戻って行くのだった。
「今のが、王国騎士第二師団の隊長タウルス・プレイアデスと副隊長のイオ・ヒヤデスだ」
「今のが、第二師団の隊長……なんか凄い人ですね」
アスタの言葉のバリエーションが少ないせいか、凄いとしか言いようがなかった。
「さっきのは奴にとっていつもの日常だ。別に珍しい事じゃない」
「いつもの日常!?」
次から次へとアスタ目当てで人が集まってくる。もし、イーラが魔力切れを起こさずあのまま戦い続けていても勝っていたとは思うが、少しはこの勧誘も減っていたのではないのかと思う。
「私もそろそろ戻るとしよう。部下に伝言は残しているが、上からネチネチ言われるのは好きじゃないのでね」
スコルプが去ろうとした時である。
「──なるほど。次は君か」
正面、立ち止まって誰かに向かって話しかけた。
「誰だ?」
誰なのかは、アスタからはスコルプの背中で見えなかった。
「スコルプさん、俺ァそいつにようがあって来たんだ」
「勧誘だろ?私もだ」
「考えることは同じってことか。タウルスの野郎もそうだったのか?」
「ああ」
「だから、今日のところは引いて……」
「だが、一目見ておきたいなぁ」
スコルプが真横に飛ばされた。
「スコルプさん!!」
「スコルプさんよぉ、あんたと俺じゃあ相性が悪すぎる。止めようにも無駄な事だぜ」
「馬鹿力が…!」
アスタが顔を上げ、目に映ったのは、背丈の低い男だった。そして、騎士の制服を纏い、襟元に隊長の証である徽章を付けている。
「隊長か……!」
「その通り。俺は王国騎士第五師団隊長、レオ・アルテルフだ」
レオは遠慮なくアスタに近付くと、アスタの目に目線を合わせて睨みつける。
「成程。確かに此奴は強えが、まだ駄目だな。騎士になるにも経験が全く足りてねぇし、壁にもぶち当たってねぇ。こんな奴が騎士になったところで早死にするだけだ」
レオからの視線が鋭くなる。威嚇のつもりなのだろうが、アスタにとってして見れば、魔獣と相対した時と同じような雰囲気をレオから感じ取れていた為、怯えることはなかった。
「ほう、ビビらねえのか」
「…..さっき、貴方は僕には経験が少ないと言いましたが、僕だって、魔獣を一人で倒せるくらいには強いんですよ」
「強い……か。なら、今から俺と戦って勝つ自信があるのか?──あ?」
「多分、いきなりガン付ける貴方よりは強いと思います」
自分より強いと言う言葉に反応してアスタに向かって拳を振り上げる。素早い腕の動きに反応が出来ず、その一撃がアスタの鼻先まで迫った時、レオの腕が突然止まった。
「……何するんですか?ルナさん」
「若い者を虐めるのはやめてくれないか?周囲の目線もあるし、此方の信用に関わる」
レオの腕を掴んで離さないこの女性。王国騎士団副団長のルナだ。
「あっ!レオ!漸く見つけた。──って、何してんの!?」
騎士服を羽織った一人の女性が大慌てでアスタ達の目の前に現れた。
「あ?ネメアか」
「ほら、帰るよ!ゲミニーさんとヴァルゴさんカンカンに怒ってるんだからね!」
「んだよ、せっかく此奴と戦おうかと思ったのによぉ」
レオは顔を顰め、ルナの腕を払った後に背中を向けた。
「今日のところはこれで済ませてやらぁ」
レオは突然その場から跳躍し、瞬きの間に再びアスタの眼前まで移動した。
「いっ!?」
パチンっという大きな音の後、アスタの身体が勢いよく弾かれた。
「いったぁぁ!」
額にデコピンを貰い、悶絶する。ただのデコピンのはずなのに、その威力は一目瞭然。おそらく、脆くなった木くらいなら軽く粉々に出来るだろう。その証拠に額から内出血を起こす。
「レオ!!」
「先に喧嘩ふっかけたのは此奴だ。悪いが、これくらいはしねぇと俺の気が済まねぇ」
レオは首に溜まった気泡をポキポキ鳴らして、この場を後にした。
「ちょっと待ってよレオ!」
ネメアも慌ててレオの後をついて行った。
「すまないな、うちの馬鹿が。立てるか?」
「はい。ありがとうございます」
ルナに身体を起こされ、肩を借りる。
「ルナさん、何処にもいないも思ったら、練兵場に来ていたんですか?」
スコルプが此方に駆け寄る。彼もアスタのようにレオから攻撃を受けた筈なのに、もう身体を動かしている。アスタはただデコピンを貰った筈なのに今も目眩がして、耳鳴りも酷い。
「ヘルドに言われてずっと此処にいたんだ。何かあるとは思ったが、まさかこんな事になるとはな。スコルプは自席に戻っててくれ。私は、この子を医務室に運ぶ」
「分かりました」
* * * * *
「具合は大丈夫か?」
医務室のベッドに横たわっているアスタに向かってルナが声を掛ける。
「大丈夫です。治癒魔法のお陰で痛みは引きました。これなら、この後の本戦もどうにか出来そうです」
「そう、なら良かった」
カーテンを挟んで、隣のベッドでイーラも寝ている。魔力切れを起こすと、人によるが、約1日は目を覚まさないらしい。
「イーラさんも大丈夫そうですね」
「ええ。明日には体調も元に戻るはず」
イーラの具合を確認した後、ルナは自分の懐中時計を確認した。
「あっ、もう行かないと。私は、他の仕事が残ってるから、これでお暇させてもらうよ。本戦まではまだ時間あると思うし、君はゆっくり休んでから戻りな」
ルナは懐中時計をしまい、医務室を後にした。
「……静かだな」
ルナがいなくなり、寝ているイーラを除けば、アスタは実質この部屋で一人だ。壁には防音石をしようされているらしく、試合の歓声も一切聞こえない。
「本でも読むか」
アスタは本棚に置いている本を一冊取り、ベッドの上で座って読み始めた。
「『人魚姫』か……。短そうだし、これだけ読んで上に戻るか」
とりあえず見たことないタイトルの本を取ったので、内心を弾ませながらページを捲った。
「……あの文字だ」
ページを捲ると、裏山でヒナタ・イノウエがいた喫茶店と同じ文字が書いてあった。しかし、幸運な事にその文字の下に此方の言語で翻訳されていたので、すんなりと読むことが出来た。
それから十五分で人魚姫を読み終えた。
「……人間の王子様の為に自分を犠牲にするなんてな」
正直、なんで人魚が人間の為に犠牲になるのか、少しバカバカしくも思えていたが、それはアスタの感性が可笑しいだけで普通は虚しく、悲しいお話だと万人は受け取る筈だ。
「そろそろいい時間かな」
本を閉じ、ベッドから立ち上がり、アスタは本棚に本を戻して医務室を退出した。
「Bブロックの試合も終わってるだろうし、もうCブロックの試合始まってるかな?」
アスタは、本戦で当たるかもしれない相手を少しでも観察したいと早歩きで階段を上がった。
そして、歓声のする方へ足を向け、自席のある選手席の入り口に入った。
「いいぞ──!」
「そこだ──!!」
中央の試合場で二人の選手が木剣をぶつけ合っている。
「中央に二人ってことは、決勝か」
急いで自席に戻り、焦りながらも決勝戦の観戦を始める。
「──ファイヤボール!」
一人が木剣から片手を離し、魔法を顔面に当てた。
「決まったか」
いくら低威力の初級魔法と言えど、正面距離でまともに受けてしまえば、立ってはいられない。
審判が倒れた選手の方に駆け寄り、試合続行可能か確認する。
「医療班、急げ!息はあるが、火傷が酷い!」
審判が身体を起こした時、一瞬だが、アスタも倒れた方の選手の顔が見えた。
「──うっ!」
両手で口を押さえ、間一髪のところで吐くのを抑えた。
「はぁはぁ…」
口内に胃液の味が一杯に広がった。この酸っぱさに後押しされて、口が開きそうになったが、済んでのところで飲み込んだ。不快感が身体中を巡り、壁に手をつく。
(なんて惨い……。あれ、初級や中級の治癒魔法で治るのか?)
一瞬だけ見えた選手の顔は、髪がパチパチと音を立てて燃え、目を開けたまま倒れ、顔全体に広がった火傷も惨いと言う言葉でしか言い表せないほど酷かった。一応、指が動き、何回か咳をしているのが確認出来たので生きてはいるのだろう。しかし、火傷の影響と炎弾が直撃した際に出た煙を吸ってしまった為、身体をまともには動かす事は出来ないだろう。
「……君」
もう一人の方、炎弾を喰らわせ、立っている方の選手に審判が近付く。何やら注意や警告を受けているようだった。
「あれは危険行為で失格か?」
「いや、今のところ安否は取れてるんだし失格にはならないだろう。多分厳重注意だろ」
右斜め後ろの席に座っている者達の会話から、アスタもそのように思った。
それから暫くして、今の試合の判定が出た。どうやら、あの選手は失格にならないようだ。相手の選手は顔に酷い火傷を負ったものの、火傷が身体に馴染む前に治癒魔法で治療をし続ければ、顔の火傷は無くなるからという理由が判断の決め手となった。
「あっ、いた!今まで何処行ってたんだい?」
アスタに向かって後ろから声が掛けられる。
「ミッシェルさん」
数時間ぶりに顔を合わせる筈なのに、アスタは実家に帰ってきたような気分になった。それもその筈。王国騎士団隊長の三人と出会い、内二人からは洗礼を浴びさせられたのだ。こんな大きな経験をしてしまっては時間の進み方も違うのだろう。それでも一応、休憩を挟んで脳を休めた筈だ。しかし、先程のCブロック決勝戦の過激な試合の所為もあって、アスタの精神はかなり参ってきていたのだ。なので、久しぶりに見るミッシェルの顔に安心感を覚えていた。
「ミッシェルさん、試合どうでしたか?」
「見てなかったのかい?」
「すいません。色々とありまして」
ミッシェルの表情が心なしか暗くなった。
「まぁ、僕もBブロックを勝ち抜いて本戦へと駒を進めたよ」
どうやら、ミッシェルも予選を勝ち抜いて、アスタと同じで本戦への出場資格を得たようだ。報告の時に、暗くなった表情が少しだけ明るくなった気がした。
「おめでとうございます」
その報告に対し、アスタは素直に賞賛の言葉を送った。
そして、先程Cブロックの全試合も終わり、予選は終了した。つまり、ここからが本番。本戦の開始だ。
「さあ!皆さん!予選の全試合も終了しました!予選を勝ち抜いた三人の選手…。そして、本戦でこの三人と戦う男達が今、入場します!」
エグゼの言葉の後に練兵場の入り口から二本の火柱が上がり、その間から数十人の男達が入場する。アスタとミッシェルもその光景を選手席から眺めていた。
「やっぱり、本戦の相手は彼らか…」
「知ってはいましたが、やっぱり今からこの人達と戦うと思うと緊張してきますね」
二人の目線の先に写る人物達。彼らがアスタ達の本戦の相手。そう、王国騎士団だ。
「ここに、本戦の開始を宣言します!!」
本戦に出場する二十一人の王国騎士が入場し終えるのを確認し、エグゼが本戦開始を宣言した。
「さぁ、今回は誰が優勝するかな?」
「まぁ、弟があの人達に勝つのは無理でしょう」
特別席のレイドとヘルドが今大会の優勝予想をしていた。ヘルドは誰が優勝するか楽しみなように口角を上げている反面、レイドは無表情で、さも興味なさげにアスタの方を見ていた。
(アスタ、お前も漸く高い壁に当たるんだ。思い切りぶつかって砕けてこい!そして、自分を見つめ直せ!)
レイドは何かに期待するかのように空を見上げた。




