第1章 28『予選Aブロック決勝』
木剣の剣先がイーラの胸に直撃する。詠唱の途中だ、舌でも噛んでくれているならラッキーと思いながら一気に押し出そうとしたが、木剣が動かない。
「何っ!?」
「──ギャストウィンド!」
詠唱が終わり、イーラの身体がゆっくりと宙に舞う。
「やられたっ!」
アスタは悔しげに舌を鳴らす。突きを入れる時、焦って勝負を早めてしまった。もっとじっくり考えれば詠唱の間に何かしらの策は打てた筈だ。
(危なかった……まさか、試合開始の合図と同時に攻撃を仕掛けるなんてな)
イーラ自身、初手は様子見の為にあえて詠唱をしていた。本当はこんな序盤に自分だけが持つ飛行という最強のカードを切ってしまう訳にはいかなかった。しかし、アスタから強い殺気を感じ、咄嗟に空へと逃げてしまった。
(地上で戦ったら勝ち目は無い!なら、飛行できる残りの三十秒で決着を付ける!)
イーラは右手を上に向け、風の推進力で加速しながらアスタに近付く。
「──っ!」
アスタ自身も、加速しながらの急降下体当たりを受け止められる自信はなかった。だから、周囲の空気を固めて、氷の薄い壁を作る。
「氷!?」
突然大気に出現した氷の壁。イーラは衝突を避けるために一気に身体を上昇させる。
「落ちろ!!」
アスタは怒鳴るように足元から土属性の魔法で縦に長い岩を作り出す。しかし、イーラのいる所までは届かない。
(やっぱり中級じゃこんなもんか)
上級なら届いてたと思いながら、アスタは掌から自分の頭上に二米の巨大な氷柱を一本作り出す。
「おい!あれ上級の魔法じゃないのか!?」
観客の一人がアスタの魔法に反則の意を唱える。
「確かにそうかもしれない」
「しかし、それなら空を飛んでいる彼奴は」
最初の一声に続き、会場全体がざわつき始める。
「いや、あれは中級の魔法だ」
特別席でそう呟いたのは、ハーマルだった。今、アスタの使っている魔法は、中級の氷属性の魔法を重複させ、数本の小さな氷柱を一つに纏めることでできる応用技なのだ。その事には特別席にいる隊長、副隊長達は勿論、レイドやその他の魔法使い、魔導士ギルドの者達も気付いていた。
「反則反則だ──って騒ぎになる前に試合後に私達が色々と説明しなくちゃいけないね。これは」
「あのヤロォ共、俺達の仕事増やすんじゃねぇよ」
憂鬱そうにタウルスとレオは愚痴をこぼしていた。
尚、イーラの飛行は中級の風属性の魔法の応用という事なので大会ルールに違反はしていない。
「まずは一発!」
イーラに狙いを定めて、氷柱が空中から発射される。
「速い……。けど、避けられる!」
しかし、一本だけでしかも軌道が直線の魔法など、避けるのは容易い。イーラは、飛んできた氷柱を余裕を持ってかわし、再び攻撃を仕掛けようとするが、アスタはイーラの隙を見逃さない。
「炎かっ!」
氷柱を回避したタイミングで威力の低い火属性の魔法を連続で使う。この連射は無詠唱だからこそ出来る芸当だ。一般的に魔法は詠唱を挟むことで照準と発射を半自動的に行うことが出来る。しかし、一回の魔法を使う度に詠唱をもう一度繰り返さなければいけない欠点がある。これの解決策として、詠唱を端折る方法もあるが、これは熟練の魔法使いや魔導士でないと扱うのは難しい。
無詠唱の場合は、脳内で照準と発射を設定するために相当な集中力が必要になるが、その代わりに魔法を連続で使ったり、応用して複数属性同時に使う事も可能である。
そのため、この大会で唯一無詠唱の魔法を使えるアスタは、起点を効かせて様々な方法で魔法を駆使する事が可能である。そう、上級と星級の魔法が使えれば。
「やっぱり初級の魔法じゃ駄目か」
魔法の特性の一つとして、魔力量という概念がこの大陸にはある。まず第一に、魔力量と言うものは産まれた時から大体決まっている。しかし、そこから魔力量を伸ばせるかどうかは本人の努力次第である。魔力量の限界値は体質にもよるが、魔法を使えば使う程伸びる傾向にある。アスタ自身は、元々魔力量がそれ程多い方ではなかった。精々並くらいだ。
だが、齢三歳の時に本で魔法の概念をしってからは魔法を少しずつ使えるようになり、毎日使っている内に七歳の時に無詠唱でも魔法を使えるようになっていた。それでも、魔力量が伸びなかなかった時は新しい魔法を使ってみたり、応用方を学んで、魔法の威力を上げたりと様々な方法を試した。その結果、この歳で魔力量は一般の魔法使いの三倍はあり、使える魔法の種類も豊富である。
しかし、この大会ルールでアスタの使える魔法は覚えている内の半分あるかどうかだ。そして、高威力の魔法が全て使えないとなると使える手は、複数の中級魔法を一つにして無理矢理、上級と同じくらいの威力にする。もしくは、威力が低く、命中率が安定する魔法で確実にダメージを与える。魔法に限ると、この大会ルールでアスタが使える魔法は大きく分けてこの二つだ。
「威力は低く設定して散弾にしても駄目か……。こうなったら、リスクは高いが接近戦で戦うしかない」
アスタは魔法を使うのをやめ、木剣を構えてイーラを迎え打とうとする。
(残りの飛行可能時間は二十秒弱か。もう、考える時間も無いな)
イーラは風の推進力を使い一気にアスタ目掛けて攻撃を仕掛ける。
「来た!!」
イーラが速度を上げて此方に向かって来るのを見て、イーラが勝負を急いでいる事を心の中で確信する。
だから、敢えて木剣を手から離す。
(──!?)
この瞬間、僅か一秒にも満たない時間でイーラの脳内は場の情報処理を始める。
(なんでアスタは木剣を手離した?作戦なのか、それとも握力が入らなくなったのか?迷っている時間はない。どうする?)
そうして脳内で迷っている間に、アスタの真横に魔力が少しずつ溜まっているのを視覚で捉えた。
「魔法で撃ち落とす気か!?」
イーラは、アスタの魔力が溜まり切る前に急上昇を始める。そのタイミングでアスタも巨大な氷柱を完成させ、イーラ目掛けて一気に飛ばす。
「そんなデカイの……当たるか!」
イーラは、何の魔法がくるのか内心不安だったが、先程も見せた普通の氷属性の魔法という事が分かり、氷柱を簡単に避ける。
(後十秒……もう時間がない!)
氷柱を避けた後、脳内のタイマーで飛行可能時間が残り僅かな事を悟り、最後の攻撃仕掛けようと体勢を整えた時だった。
「……なっ!?アスタは何処へ行った!?」
空から地上を見渡すと、なんとアスタの姿がどこにもないのだ。よく目を凝らしても、場外へリタイアしている訳でもなく、消えてしまっているのだ。
そして、審判から何の合図もない事が決め手となり、アスタがまだ試合場の何処かにいるのは確かだと分かった。
「何処だっ!?何処にいるんだ!?」
影魔法を使っている可能性を考え、必死で練兵場中の影になっている場所を見渡す。しかし、影になっている場所は全て場外。それに、雲が陽光を遮っている訳でもない。
──ならば何処にいるのか。
それは単純明快である。
「上か」
何かを察したレイドが空を見上げ、日光を手影で遮りながら、イーラの真上を指差す。
「ひとまず作戦成功。後は、一気に勝負を掛ける!」
なんと、アスタはイーラよりも遥か上空、雲の真上まで飛んでいた。いや、落ちていた。
アスタは身体が空気抵抗を受けないように背筋を伸ばし、片方の手から風属性の魔法を使い、イーラと同じように推進力を上げながら落下していく。
「──ん?影?」
そして、地面をずっと見下ろしていたイーラも突如ポツンと濁点を打つように地面に現れた小さな影を見逃さなかった。
「まさか!」
イーラはもしやと思い、自身の真上を見上げると、そこにはアスタが加速しながら此方へと落ちてくる姿が視界の中に入った。
「あいつ、なんで空にいるんだ!?」
観客達がどよめくように空を指差しながら、アスタとイーラに視線を向ける。
「──っ!」
アスタの掌から土属性の魔法が放たれる。土は空中で壁となり、イーラを逃がさないよう一気に押し付ける。
「やっぱり空中じゃ保てないか」
しかし、土の壁は落下中に少しずつ砕け、ものの一秒で完全に木っ端微塵になった。
(しまった!魔力がもう…)
イーラの魔力がここで尽きる。アスタを見つけたタイミングで既に残りの飛行可能時間が三秒を切っていた。そして、アスタに土の壁を押し付けられた時点で自分の敗北を悟っており、どうする事も出来なかった。
「う、うああああああああぁぁぁ………」
土の壁が無くなったことで無防備になったアスタは反撃を受ける事を覚悟し、次の攻撃に備えるために次の魔法の準備をしたが、イーラの悲鳴と真っ逆さまで目を閉じながらに落ちている姿を見て、背中に悪寒が走った。
「まさかっ……!」
アスタは、この状況を見たことがある。そう、自分も一度は経験したことだ。
「魔力切れを起こしたのか!?」
アスタと同じように嫌な予感を感じていた王国騎士の隊長達が席から立ち上がり、イーラが落ちる前に助けを入れようと動き始めるが、落下速度は人の動き始めよりも遥かに速い。
(駄目だっ!私でも間に合わない!)
ハーマルも寵愛の力を使って助け出そうと特別席から飛び降り、足に全体重を込めて、力一杯地面を蹴るが、最高速度である光の速さに近いスピードを出せたとしても、出だしが一歩遅れたため、間に合わない事に気付いていた。
「ウイ!!」
アスタが名前を呼ぶようにそう叫ぶと、萌葱色の球体が掌から飛び出し、その場から風を起こしてイーラの落下予想地点に下から突風を上げる。
真下からの風圧はイーラの身体を軽く持ち上げ、緩やかな上昇気流で一瞬、落下速度を落とした。
「速度が落ちた!?──いける!!」
ハーマルはその瞬間を見逃さず、最高速度で動きながらイーラの身体を受け止める。
「はぁはぁ……、よかった。無事か」
イーラの顔を確認し、一大事にならずに済んだとハーマルは安堵の表情を浮かべる。
「──ウィンド!」
確実に着地するために詠唱を使って風属性の魔法を使い、落下の威力を殺してから安全に受け身を取った。
「こ、これは…」
司会のエグゼは突如、自席から下りてきたハーマルら隊長達と気絶しているイーラ、そして、無事なアスタに理解が追いついていなかった。
「エグゼェ!!大会は一度中断だ!!」
レオが大声でエグゼに向かって大会の中断をするよう叫ぶ。
「…え?……はい!観客、並びに選手の皆様、申し訳ありませんが緊急時の対応のため、大会は一度中断します!」
エグゼも場の状況をどうにか理解し、大会の中断を声高らかに宣言する。
「君は──、確かアスタと言ったな。君にも来てもらおうか」
「はい」
呆然としているアスタに王国騎士団団長のヘリオスが声を掛ける。
アスタは一瞬戸惑ったが、場の空気を察し、案内される形でヘリオスの後をついて行った。
感覚を空けてヘリオスの後ろを歩き、到着した場所は練兵場の中枢にある一室だった。そこには、大会を運営するにあたり、雇われた五人の審判達が長机を囲むように椅子に座っていた。
「私も出来るだけのフォローはする。だが、決めるのはこの人達だ。健闘を祈るよ」
その言葉に含みを込めるようにヘリオスは喋り、空いていた椅子の一つに座った。
(何をされるのかは、なんとなく察しがつく。やっぱりビットを使ったのは拙かったか?)
イーラを助けるためとは言え、アスタは上級並の風属性の魔法を使用してしまった。しかも、魔法か寵愛かも分からないビットを出してしまったため、そっちについても聞かれるかと思っていた。
アスタは、緊張感を高めながら一度息を整え、姿勢を正した後に用意されていた椅子に座った。
「ふむ…彼の準備も出来たようですし、そろそろ会議を開始しましょう。私は、ベイルと申します。アスタくん、素晴らしい試合を見せてくれてありがとう」
審判達の中で一番の年長者であるネベルが重い瞼を上げてアスタに感謝の言葉を伝えた。
「ありがとうございます」
答えるようにアスタも一礼をした。
「ちょっと待ってください!確かに、ベイルさんの言う通り、彼の試合は素晴らしかった。しかし、素晴らしい試合とルール違反は関係ありません。残念ですが、彼は失格にすべきです」
水を指すように中年の審判がアスタの失格を提案する。
「少し待ってください」
その意見に『待った』を掛けるためにヘリオスが挙手をする。
「なんだ?……申してみよ、騎士ヘリオス」
「はい。私個人の見解ですが、彼を失格にすべきではないと思います。彼は、自分が失格になるかもしれない可能性を分かっていながら、人を助けるために魔法を使ったのです。
つまり、彼を失格にすると、この試合を見ていた者達の不満が溜まると思われます。そのため、彼がルール違反を犯した事には目を瞑る事を提案します」
「しかし、観客や選手の中にも彼が上級の魔法を使った事が分かる者もいるかもしれないんだ!特にお前ら騎士は一眼で分かるだろうな!だから、示しを付けるためにも彼を失格にするべきだ!」
ヘリオスの提案に審判の一人が声を荒げながら長机を叩き、反発した。
「少しいいですか?」
そんな時である。アスタは意地を張る審判に視線を向け、椅子から立つ。
「なんだ?」
「お言葉ですが、これだけは言っておきます。僕は先程の試合で上級の魔法は使っていません」
「!?」
「何を言う!白々しい!」
アスタは、正直に話してしまおうと腹を括った。
「さっきの試合でイーラを助けたのはこれです」
アスタの掌から萌葱色の球体と代赭色の球体と藍色の球体が現れる。
球体は、フワフワと浮遊しながら審判やヘリオスの頭上を飛び回る。
「なんだそれは!?」
審判達は驚いてビットを目で追いかける。どうやら、ビットを出したのが一瞬だった為、気付けなかったらしい。
「さあ?僕にも分かりません。一応、彼らのことは総称してビットと呼んでいて、一つ一つに名前があります」
アスタは解き放った三つのビットを掌の上に全て集めてからビットの事について知っている事を数分間に渡り、話した。
「……なるほど、それについては良く分かった。しかし、それが寵愛か魔法か判断するのは我々には出来ない」
ヘリオスがアスタの側まで寄り、自分達には今の所何も出来ないとだけ告げた。
「……ふむ、確かにそれが寵愛ならアスタくんを失格にする道理はないですね」
「しかし、もしこれが魔法の1種なら、今すぐにでも失格にすべきです!」
年長者のベイルはアスタを失格にするのには不賛成だった。他の四人の審判も一人を除いて、アスタの大会失格には不賛成であるので、普通ならここで会議も終わっている筈だ。
しかし、一人だけ意見を変える気はないらしい。色々な理由を並べ、どうにかしてでもアスタを失格にさせる気だ。
「私はねぇ、今後の為にも……」
「まだ納得出来ないようでしたら、私から提案があります」
そこに決め手を掛けるようにヘリオスが挙手をし、とある提案をし始めた。
「……申してみよ」
「はい。今、私達王国騎士団が魔王軍幹部を拷問する為に雇った魔法使いがこの会場にいます。その者に、彼の使ったビットが魔法か寵愛か判断してもらうのはどうでしょうか?」
「ふむ、マリーナのことか」
「はい」
ベイルは、顔を顰めながらも心当たりのある魔法使いの名を上げた。
「聞いたことない名だぞ!誰だか知らんがそんな者には任せておけん!今すぐ失格に……」
「彼女は、賢者マーリンの子孫です。これで不満はないですよね?」
「──!?」
マーリンという人名にベイル以外の審判四人とアスタは飛び上がるように目を見開き、一斉に絶句した。
「マーリンの子孫だと!まさか、あの初代勇者パーティーの血が残っていると言うのか!?」
驚きを隠せない審判達、それもその筈だ。マーリンという名はこの大陸にいるなら英雄として誰でも一度は耳にする人名だ。アスタも、マーリンについては昔から母親からの昔話などで聞き、つい最近、マーリンに関する書物を読み漁ったばっかだ。
(本当にマーリンの子孫がいると言うのなら国中を動かしかねない大事件だぞ)
「今から彼女を呼んできます。一応釘を刺しておきますが、私が戻って来るまで、ここから動かないでくださいね」
ヘリオスは去り際に低い声で審判とアスタを眼力で牽制を入れ、この情報が漏らすなと無言で脅した。その事はここにいる全員が理解でき、アスタもヘリオスからのプレッシャーを肌で感じられた。
それから五分して、ヘリオスと黄ばんだ白衣を羽織い、気怠そうに欠伸をしながら整えられていない黄緑色の髪を人差し指に巻き付けている女性が部屋に入ってきた。彼女がマリーナだろう。
(この人が大賢者マーリンの子孫……)
アスタは、この五分の間に何度も緊張感から朝食べた物を嘔吐しそうになった。なぜなら、マーリンの子孫と言う肩書きだけで自分よりも遥かに格上の人物だと言う事が容易に想像出来たからだ。そして、どのような人物かと予想をすればする程、考えが纏まらなくなり、緊張感と共に脳がパンクする寸前まで酷使されていたのだ。しかし、自分の目に写ったその人物は、英雄の子孫とはとてもじゃないが言えないくらいに見窄らしい雰囲気を漂わせていた。
「ふん…そんなのが英雄の子孫か。どんな者かと期待した私が馬鹿だったよ。まさか、そんな小汚い娘だとはな」
先程からアスタの大会失格を主張する審判が嘆息を吐いた後、見下すような視線でマリーナを睨んだ。
「ふわぁ〜、むにゃ……、勝手に呼んでおいてその言い方は酷くないですか?」
「ふん!」
マリーナは大きな欠伸の後に、瞼を数回擦り、指に付いた目脂を息で飛ばしてから椅子に座った。
「お久しぶりですねマリーナさん。貴女と顔を合わせる機会はもう無いと思っていましたよ」
「あ、ベイルさんお久しぶりです。ざっと十年ぶりくらいですかね〜」
どうやら、ベイルとマリーナは顔見知りのようだ。
「では、大会をいつまでも中断する訳にもいかないので、彼女にあのビットが魔法か寵愛かを判断してもらいましょう」
どうやら、マリーナにはここに来るまでに事情を全て話していたらしく、軽く頷いた後にアスタに近寄った。
「それじゃあ、そのビットと言うものを見せてくれますか?」
「はい。──出ておいでアイ」
アスタがビットの名前を呼ぶと、掌から薄浅葱色の球体が飛び出して来た。
マリーナは、ビットを一目見た後、指で触ってみたり、顔を近づけたりして眠そうな目を数回瞬きした後、首を傾げて「あ〜」と何か分かったような声を出してから、椅子に戻った。
「で、どうだったんだ?」
「そうですね。結論から言ってしまうと、分かりませんね」
「はぁ?」
「ほう…」
マリーナは目を軽く閉じてから、もう一度ビットを触り、不思議そうに唸った後、溜め息を吐いた。
「それはどう言う事だ!?貴様、ふざけてるのではなかろうな!!」
「ふざけてなんかないですよ。真剣に観察して考えた結果、『分からない』と言う結論に至ったんですよ。文句は言わないでください」
「ぬうぅぅぅ、なら、今すぐ他の魔法使いか魔道士を呼んでこい!今日は他にも手練れが試合を見にこの練兵場にやって来ている筈だ!」
「お言葉ですが、マリーナさんで無理なら、他の者でも無理だと思います」
顔を真っ赤にしながら声を荒げる審判に対し、ヘリオスは冷静に場を収めようと努めた。
「何故だ!?こんなふざけた奴の出した結果など認められるか!!」
「……申し上げにくいのですが、マリーナさんは、どのギルドにも所属せず、フリーの魔法使いとして普段は魔石や魔硝石の研究を行っています。そして、十年程前に魔王軍幹部を三人討伐しています。なので、現時点で、マリーナさんより優れた魔法使いや魔導士はいないのです」
「魔王軍幹部を三人も討伐したぁ!?そんな話は聞いた事がないぞ!」
魔王軍幹部を討伐したのなら、普通であればその名誉が国民の前で王直々に表彰される筈だ。しかし、そんな事は十年前に一回も無かった。
「ああ〜、私が魔王軍幹部を倒した事が大々的になっていないのは、私が王様にお願いして、この事を秘密にしてほしいと頼んだからですよ」
マリーナは、懐かしい思い出を語るような言種でその時の事を柔らかい物腰で語った。
「そんな事信じられるか!証拠はあるのか!証拠は!」
「一応、騎士団本部にその時の記録が残っています。後で確認しますか?」
「ぬ………」
聞く耳を持たない審判にヘリオスは最大の証拠を突き付ける。
「──ッ、もういい。勝手にしろ!」
これで、漸く重い腰を上げてアスタの失格を主張していた審判が自分の意見を下げた。
「では、今回の件については保留と言うことで皆さん宜しいですね」
ベイルが最後に結論を出し、全員が首を縦に振った為、会議は終了となった。
【豆知識】
現在の王国騎士団の人数
第1師団 57人
第2師団 15人
第3師団 39人
第4師団 31人
第5師団 32人
第6師団 34人
第7師団 30人
第8師団 30人
第9師団 42人
第10師団 31人
第11師団 28人
第12師団 30人
団長 1人
副団長 1人
その他 3人
王国騎士団は、計404人で構成されています。因みに、エグゼとブリシュは第6師団所属です。ヘルドは上記の師団には所属していません。その他3人の内の1人に分類されます。




