第1章 26『竜巻』
ワーボン。それは、シミウス王国を支える四大都市の一つであり、王国一の商業都市でもある。そして、王国最古の城壁都市である。
そんなワーボンの最南に位置する林に囲まれた巨大な三階建ての邸宅。その庭で使用人二人と共に魔法の練習を行う少年がいた。
「はぁ…はぁ…、どう?」
掌から放たれた小さな火球がゆっくり空へと上がり、十五メートル程上昇しま後、静かに消滅した。
「流石です!坊っちゃま!そのお年で魔法を使えるようになるとは感激です!」
「やっぱりそうだよね!」
この少年こそ、二年前のイーラである。今、魔法を初めて使うことが出来るようになり、自分が最年少で魔法が使えたと思っている純粋無垢な少年である。
しかし、実際のところは平均的に魔法を使えるようになるのは八歳からであり、初級の魔法なら早ければ五歳で使える者もいる。
つまり、十一歳で初めて魔法を使えるようになったイーラは、魔法の成長速度が少し遅いのだ。勿論、その事に使用人は気付いている。しかし、その事をイーラに自覚させて気を落とさせるような事になれば、首──つまり、解雇になるかもしれない。その為、あえてイーラを天才のように扱っているのだ。
* * * * *
「え?学校ですか?」
明くる日の夕食、父親から学校へ行ってみないかと提案された。その提案に使用人達は、その提案に顔を顰める。
「そうだ。お前の為になると思ってな」
「分かりました。父様がそう仰るなら、行ってみようと思います」
「そうか。なら、来週には転入出来るよう此方で手続きをしておく。お前も準備をしておくんだぞ」
夕食を食べ終え、イーラが部屋を出ていくと、使用人の1人がイーラの父親に質問する。
「ご主人様、どうしてお坊ちゃまを今になって学校へ行かせようと思ったのですか?お坊ちゃまは、生まれつき魔力量が乏しく、魔法一つ使えるようになるにも7年という長い歳月が必要となりました。それなのに……」
「──私は、あの子に外の世界を見てほしいんだ」
「え?」
「私達は、あの子を過保護にしすぎた。このままでは巣立てない永遠の雛となってしまう。だから、魔法を使えるようになったこの気に、あの子をこの鳥籠の中から出してみようと思ったんだ」
「………」
それから1週間後、イーラはワーボンにある『ライラ貴族学校』に転入した。この学校では、何よりも名誉を重んじる学校であり、入学早々に態度や規律を教え込まれた。この学校は他の学校とは違い、魔法科や騎士科などの科が存在せず、全生徒が平等に授業を行えるよう全クラスに同じ科目を教えるのだ。授業の内容は座学を中心とし、他には貴族としての振る舞いや護身術、魔法等も学習過程に組み込まれているハイブリッド学園なのだ。
「つ…、疲れた…」
邸宅に帰り、イーラは使用人に学習道具や教科書を入れた鞄を渡して、自分の部屋のベッドに俯せになる。
「坊っちゃま、毎日大変そうですね」
「そうですね。ですが、あれが学生の本分ですよ。ここで大変な思いをしとく事で後々になってそれが活かせる時が来るのですよ」
使用人が部屋に入ったイーラを見て、一人は心配の目で、もう一人は羨望の眼差しで学校という若い頃にしか経験出来ない事をしているイーラを羨ましがっていた。
〜夕食時〜
パンを毟り、シチューをゆっくりと飲み干し、干し肉を噛みちぎる。
「今日はよく食べるな。それ程学校が大変だったのか?」
「──はい。色々な事を教えられました。課題も沢山出ましたし、後でやらなくちゃいけません」
イーラは、初登校の感想を父に伝える。
「そうか。頑張れよ」
「あ、後、魔法を教えてくれますか?」
「魔法?」
イーラの口から魔法を教えてほしいという言葉が出た。使用人達は、その言葉に何か焦りを感じたように瞳孔を開かせる。
「………イーラ、それは無理だ」
「どうしてですか!?父様は風の魔法の達人だってイリーから聞きましたよ!!」
「──!!言ったのか!?」
父親が声を荒げ、隣に立つイリーを睨む。
「申し訳ございません。しかし、イーラ様もいずれは知らなくてはいけない事だったので」
イリーは、他の使用人とは違い、イーラの事を坊っちゃまとは呼ばず、名前で呼び、誰でも対等に扱う女性だ。このイリーの厳しさのお陰で簡単なマナーをイーラは知っていて、学校で恥ずかしい思いをせずに済んだのだ。
「父様!!」
「──っ、……イーラ、すまない。もう私は魔法を使いたくはないんだ…」
イーラの父であるシュタイナー・アーガマは、10年前までワーボン最強の風属性の魔法の使い手として、その名を王国中に轟かせていた。
しかし、ある日を境にシュタイナーは魔法を一切使わなくなってしまった。使わなくなってしまった理由を知る者は、使用人のイリーと別居中の妻、ファウ・アーガマの2人だけである。
「ごちそうさま」
シュタイナーはフォークを置き、使用人に片付けを任せて自室へ戻ってしまった。
「父様……」
イーラは、魔法を教えてくれない父にガッカリした。
「イリー……よければ、僕に父様の事を教えてくれますか?」
「承知しました」
イリーは、素直にシュタイナーが魔法を使わなくなった理由を話し始めた。
△▼△▼
とある春の日、波風が吹き、海鳥が鳴き、小魚が水面を跳ねる。
「海に来るなんて久しぶりね」
「はい。奥様」
浜辺でパラソルを開き、漣を眺める女性が2人。銀髪の長い髪を波風に靡かせ、林檎を一口齧る。彼女こそ、シュタイナーの妻、そして、イーラの母であるファウ・アーガマである。
その隣で1歳になるイーラを抱っこしているのが、18歳で、アーガマ家に仕え始めたばかりのイリーである。
そして、膝まで海に着水している黒髪の男が1人。彼がアーガマ家の当主、若かりし頃のシュタイナー・アーガマである。
「う〜ん。今日は絶好の風魔法日和だな!」
「なにそれ」
シュタイナーが目を閉じ、海風に当たりながら足元に集まった小魚を振り払う。
「じゃあ、行ってくる!」
「行ってらっしゃい。あなた」
シュタイナーは足を広げ、掌を広いて、詠唱を始める。
「霧を払いし風神よ、今ここに、新たな世界の伊吹をかけたまえ──テンペストストーム!!」
星級の風属性の魔法が波を退かせる。そして、竜巻の中心にいるシュタイナーがゆっくりと浮遊し、地上から離れる。
「よし。上手くいった」
シュタイナーは、魔法の応用で身体を浮かす事に成功するのが分かると、地上にいる妻と子供と使用人に手を振り、ゆっくりと竜巻を進ませる。
「さて……文献が正しければこの先に巨大な竜巻がある筈だ。それの所為で俺達はこの大陸で魔王軍の恐怖に怯えながら生きなくちゃいけないんだ。だから、ここで俺がこの竜巻を抜け、新天地を目指さなくてはいけない」
このブリーデン大陸に面している海を進むと、その先では海流と竜巻が行手を難み、先へ進めないようになっている。
そんな状況を覆すためにシュタイナーは5年の月日を掛け、遂に大賢者マーリン以来となる魔法の応用で浮遊を可能にしたのだ。
(──俺の自論が正しければ、この先にある竜巻の小さな竜巻を吸い込む特性を利用して、竜巻を抜けられる筈だ)
空中移動を始めて20分が経った頃、遠目だが、シュタイナーの行手を阻む、空の果てまで続く竜巻を視認出来た。
「あれが例の竜巻か……。ふん、俺の相手に不足はないな」
シュタイナーは、そう啖呵を切ると、自分に纏っている竜巻の速度を上げ、一気に障壁となる巨大な竜巻の中に突っ込んで行った。
△▼△▼
「私達がご主人を見送ってから三十分後、ご主人が大怪我をして海に浮かんでいるのを発見しました。……私自身も、どうしてご主人が魔法を使わなくなったのか詳しい事は知りませんが、多分、あの時の挫折が原因だと思います。……これが私が知る全てです」
イリーは、過去にあった出来事を全て話し終える。イーラは話を聞いている最中、時折り驚いたような顔を見せ、当時、黒髪だった父、シュタイナーの髪が今は真っ白になっている事にも、そして、その場に自分がいた事にも驚きを隠せなかった。
「その後、奥様は日を追うごとに窶れていくご主人様を見ていられないと言い残し、ご実家に帰省されました」
この話を他の使用人達にはどう伝わったのか、イーラはどう感じたのか。それは、本人以外、誰にも分からなかった。
【豆知識】
シュタイナーが読んだ文献には巨大な竜巻の他にこのような事が書かれていた。
ワタシタチ カレラガコワカッタ ダカラココニタツマキヲノコシタ カレラハーーーーノヤクニハタッタガ カレラノチカラハキケンヲトモナウ ワレワレヲホロボシ シハイシカネナイ ダガ ココモイツカハヒツヨウニナル ソノトキハタツマキヲトメル ソシテ ラクエンヲテニイレヨウ ワタシタチノセカイノタメニ
トウジョウ




