第1章 24『初戦』
(──っ、片腕が使えないのは厄介すぎるだろ)
そんな事を思っても仕方がない。まだ審判から試合開始の合図がかかってないとはいえ、この状況では圧倒的に相手が有利であることは一目で分かる。
「どうよ、この日のためにわざわざ一週間も風呂に入らなかったんだぜ」
トンは自慢気に風呂に入ってないことを伝える。どうやら、この大会で優勝するために編み出した秘策として臭いで相手の片手を封じることを思いついたらしい。
更に、鼻も使えなくしてしまえば、呼吸による肺への酸素の巡りも遅くなり、身体の動きに支障が出てしまい、息切れも早くなる。
(一見無茶な策だが、作戦としては合理的だ。──くそっ、片手しか使えないとなれば、魔法と剣術の両立は難しい。それに、この大会に参加するってことは相手もそれなりの使い手だろうし、一筋縄ではいかなそうだ)
アスタは、自分が使える手札の内、何を使おうか迷っている。
一つは、片手だけで剣を振るい、相手の剣術や魔法、体術についていきながら、一瞬の隙をついて、一撃を叩き込むと言うもの。しかし、片手だけとなれば、普段両手で剣を扱っているアスタからすれば、体重の移動やバランスの調整が祖父との特訓の時と違って崩れる可能性がある。
二つ目は、魔法で短期決戦を仕掛けること。大会のルール上、魔法は中級までしか使えないが、複数属性同時に魔法を使えば上級や星級より威力こそ出ないものの、複数の魔法に対応を迫られる相手からしたらたまったものじゃない。しかし、この作戦にも欠点がある。剣術を使うにせよ、魔法を使うにせよ、片手が塞がってしまうのは変えられない。魔法は基本的に掌に魔力を溜めて放出するものであり、その手が片方使えないとなれば、無詠唱の魔法を使えるアスタでも片手で複数の魔法を使うことは困難である。一応、土属性と氷属性、然属性の魔法は足元から使用することも可能である。しかし、そうなってしまうと、魔法のコントロールが難しくなる。足元から出す魔法は、掌から出す魔法とは違い、放出する際の細かな姿勢制御や魔法放出時の相手への照準のズレが起きてしまい、魔法が思った方向に飛ばない可能性がある。今まで、足元から使っていた魔法は殆どが有効距離と範囲の広い上級の魔法のみで、細かなコントロールは殆ど使ってこなかったのだ。もしくは、ビットの補助で魔法の調整していた。なので、足元から中級、初級の魔法を使うのは魔力の無駄とも言える行為でもあり、優勝を目指すアスタにとっては使うべきではない方法とも取れる。
三つ目は、ビットを使って此方は動くことなく相手を倒すこと。オートマティックモードで大量のビットの動きを決め、規則性がある動きだと相手にバレる前に物量の差で押し込むこと。もしくは、バイオロジックモードを使い、ビットと意識や感覚を共有させ、連携で相手を倒す。だが、この作戦にも不安要素が一つある。それは、このビットが魔法なのか寵愛なのか分からないのだ。エグゼがそうだったように、見る人によっては魔法に見え、アスタから見れば寵愛にも見える。つまり、このビットについては不確定な要素も多く、使ったら失格になるかもしれないというリスクを背負わなければいけなくなる。尚、寵愛は各個人の才能のようなもののため、今大会に関しては特に規制されていない。
(どうする?真正面から戦っても片手しか使えない此方が不利だ。日の当たるこの場所じゃ影魔法を使っても対した身隠しにもならないから不意打ちも無理)
アスタは審判が試合開始の合図までに考えを巡らせ、どうにかこの状況を打破出来る方法を模索する。そして、一つの結論に辿り着く。
(こういう時、兄さんならどうする?)
──兄ならどうするか、自分の知っている兄ならこういう時、どんな風に行動するのか。
アスタは審判が合図の手を上げた時、特別席にいるレイドを見つけた。
(兄さん!やっぱり見てくれている!)
レイドはアスタと目が合っても手を振ったり、応援をする訳でもなく席からじっと、アスタを見ていた。
「──始めっ!」
そして、審判が上げた手を下ろし、試合開始の合図をした。
「坊主!悪いが、一発で決めさせてもらうぜ」
審判の合図と同時にトンが木剣を構え、此方に走って来る。しかし、アスタは近づいて来るトンを前にして、ようやく、作戦を組めたところだ。
(こういう時、兄さんなら、──レイドなら)
アスタはこのピンチを兄ならどう切り抜けるか考えに考えた。今までの経験、予測から導き出された答えは、
「──ん?なんだそりゃあ!?」
アスタは鼻を摘むのをやめ、木剣を両手持ちで構え、トンとあいまみえる。
力と力のぶつかり合い。単純に強い方が押し勝つこの場面、トンは体格差で一気に場外まで押し出そうと木剣を持つ手に力を入れる。
「お前、この臭いが平気なのか?」
「────」
トンの質問に対し、アスタからの返答はない。
なぜなら、アスタはこの臭いの対策として思いついたのが息を止める事だったからだ。
(息を止めて身体を動かせる時間は、もって二十秒だ!二十秒以内に決着をつける!)
アスタは木剣を斜めに動かし、体勢を崩したところに左足でトンの横っ腹に蹴りを叩き込む。
「ふん、効かんなぁ!そんな弱い蹴りなんか」
(──っ!後十四秒)
十一歳の蹴りではトンにダメージを与えられないと分かったアスタは、木剣を地面に力一杯叩き、剣先から風属性の魔法を使い、その小さな身体を浮かす。
「魔法か!?」
アスタの周囲から水球が三つ形成される。それをトンに照準を合わせ、空中で水属性の魔法を放つ。水の球は真っ直ぐトンに向かって飛んでくる。
「こいつ!いつ詠唱してんだ!」
(──後八秒)
トンは咄嗟のところで水球を全弾避け、体勢を立て直すと、アスタに向けて木剣を回転させながら投げた。
(── 七秒)
右腕を仰ぎ、風属性の魔法で木剣の軌道を変える。木剣はアスタから大きくズレ、場外へ落ちる。
(── 六秒)
そして、着地と同時に地面に片手をつき、土属性の魔法で小さな槍のような物を形成させる。
それを一気に飛ばす。
「このっ!!」
トンは土の槍を身体で受ける。中級の魔法とは言え、鋭利に尖った槍の先端をまともに喰らうと出血もする。
しかし、中級の魔法では威力不足もいいところだ。トンが倒れる気配はない。
(── 五秒)
しかし、アスタは初めからこの魔法でトンを倒せるとは思っていなかった。だから──
「うん?な、なんだこれ!?足が動かねえ!!」
土の槍を囮にトンの意識を割かせると、地面を泥濘ませ、足の自由を奪った。
(── 三秒)
アスタは一気に距離を詰め、両手から中級でも出せる最高威力の魔法を一点に集中させる。
(── 二秒)
そして、トンの腹に触ると同時に零距離で水属性の魔法を放つ。掌から放たれた水流は、トンの身体を浮かし、一気に場外へ押し出した。
(── 一秒)
「トン・ズーラ選手場外!!一回戦第五試合勝者、アスタ・ホーフノー!!」
「ぷはぁっ!!──はぁ、はぁ……」
審判のジャッジの後、ようやく、口を開いて酸素を大きくすって吐く。ただ直立して息をしないだけなら、一分は持つが、やはり動きながらだと身体中の酸素が持たない、かなりギリギリの戦いとなった。
「はぁ、はぁ、無詠唱の魔法は本戦まで使わない予定だったけど、やっぱり、手を抜いて勝ち抜こうなんざ無理か」
アスタは息を整えながら、試合の反省を一人でし、二回戦の準備を始めるため、控え室に戻る。
「おいおい、無詠唱で魔法使う奴なんか始めて見たぞ」
「俺もだ。一体、どうやって使っているんだ?」
試合後、観客席ではアスタの話題で持ち切りだった。今、やっている他の試合も他所に観客達は無詠唱の魔法とそれを使うアスタのことで大盛り上がりだった。
その盛り上がりは、一般の観客席だけでなく、特別席も例外なくアスタに目が釘付けになっていた。
特に、魔法使い、魔導士ギルドの者達は、ダイアミラーで誰かに連絡を取っている。おそらく、勧誘の為に人員を動かしているのだろう。
「いや〜、凄かったね今の子。無詠唱の魔法なんか私久々に見ちゃったよ〜」
「これは将来有望ですね」
特別席から試合を観戦していたタウルスが無詠唱の魔法に関心を寄せる。
「おい、Aブロックの試合が全て終わったら彼奴を勧誘しに行くぞ」
「あっ、抜け駆けはずるいぞ!イオ、私達も直ぐに行こう。あんな子は久しぶりだ。是非とも彼を実験してみたい!」
「隊長、落ち着いてください。まだAブロックの試合は全て終わっていないので彼には会えませんよ」
勧誘しに行こうとレオがネメアに伝えると、タウルスもそれに乗っかり、先を越されないよう行動を開始しようとするがイオがタウルスの興奮状態を畏怖し、直ぐに心を落ち着かせるようタウルスの身体を抑える。
「後ろ、騒がしいですね」
「いつもの事だよ」
前の方の席に座っているレイドが後ろの五月蠅さに気を向ける。
レイドは、アインリッヒ大学に通っている時に隊長達とは面識があった。特別講師として、ハーマルからは剣術の応用を学び、アリエスから魔法の基本を学び、サテラからは武器に魔法の力を宿らせる方法を学び、タウルスからは魔道具の事について学び、レオからは武術や体術を学んだ。なので、こうやってタウルスが興奮している事にも少しだけ慣れていた。ヘルドも日常茶飯事のように軽く流していた。
「それよりも、アスタくんにあのことは伝えなくていいのかい?」
「いいんですよ。弟にはこれ以上心配を掛けたくはないんで」
△▼△▼
とりあえず一回戦を突破し、選手控え室でスタッフから貰った水をチマチマと飲み、汗をタオルで拭う。
(なんとか勝てたが……、二回戦、三回戦もきっと強敵が多くなる。それに、本戦まで手の内をどれだけ見せないで勝つかも問題になってくるな)
アスタは、次の二回戦までの時間で体力の回復は出来ると考えている。しかし、一回戦で無詠唱の魔法を見せてしまった為、相手がそれにどう対応してくるかというのが不安要素があった。
しかし、まだ全ての属性の魔法を無詠唱では使っていない。その為、強化魔法は詠唱無しでは使えない素振りを見せて、最後まで取っておく作戦も取れる。それに、まだ初級と中級で使える魔法を半分も使っていない。なので、2回戦からは剣術だけで戦い、魔法は出来るだけ見せないと言う方法も取れる。
「さて…、どうするか……」
アスタは水を飲み干し、入れ物を床に置く。入れ物の淵に付いた水滴がゆっくりと時間をかけて、重力に引っ張られながら落ちる。
「ちょっといいかな?」
目を瞑り、二回戦のイメージトレーニングをしようとした時だった。アスタの前に試合をしていた少年がアスタに声を掛けた。
「あなたは……」
「僕の名前はイーラ・アーガマ。十三歳だ」
秘色の髪の少年が怒っているような表情でアスタに声を掛けた。
──そして、
「──!?」
突然アスタの頬を力一杯殴った。
「いきなり何をするんだ!?」
突然の殴打にアスタは殴られた痛みよりも先に疑問を抱いた。控え室にいる男達もイーラの行動に驚いていた。しかし、その中にはアスタを睨む者もいた。
(なんだ?これはどういう状況なんだ!?)
アスタが周囲を見渡し、一瞬、イーラへと意識が回らなくなった時、今度は鳩尾に膝蹴りが入る。
「──ガハッ!!」
「お前……、俺達を嘗めるのもいい加減にしろよ!!」
イーラは歯を食いしばり、アスタの服の襟を掴んで控え室を退出した。
「──っっ!!」
退出後、廊下の壁に身体を打ちつけられる。しかし、イーラからの追撃は来ない。
「お前、何をするんだ!?」
アスタは受け身を取り、直ぐに体勢を立て直す。いざとなれば、ここで魔法を使うのも已む無しという考えも頭の片隅に入れ、相手の出方を窺った。
しかし、イーラは控え室の扉の隙間を除き、此方を見向きもしない。ここでやり返そうと思えば出来たが、理性がそれを許さなかった。
「──もう大丈夫かな」
イーラは嘆息を吐き、此方をよそよそしい顔で見て、近付いて来た。だが、先程と違い敵意は感じられない。
「さっきは悪かったな。改めて、俺の名前はイーラ・アーガマ。あんたの名前は?」
アスタは敵意の無くなったイーラを警戒する。いきなり殴りかかった事と言い、鳩尾を入れた事と言い、敵意が無くとも警戒は取るし、なんなら指一本でも触れたら、馬乗りになってタコ殴りにでもしようかとも思っていた。
「アスタ・ホーフノーだ…」
しかし、心理的に優勢なのは此方だ。向こうは試合外での暴動で失格になりかねない。更に、今回は目撃者も多数いる為、裁判ざたになっても確実に勝てる。
アスタは、このアドバンテージを利用する為、敢えて、対話の意思を示した。
「そんな怒らないでくれ。さっきのには色々と理由あるんだ」
「は?」
イーラは、控え室の扉の隙間をもう一度見て、「ついて来て」と一言言った後、廊下の奥へと歩みを進めた。
「…………」
(敵意は感じられない。ついて行く意味はありそうだな)
アスタは最大限に警戒を強めると、開光石の微弱な光を頼りにイーラの背中を追い掛ける。コツコツと敢えて音を出して歩くアスタの足音からは敵意が宿っていた。
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