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勇者の弟  作者: ドル猫
第1章『〜幕開け〜王都からの手紙編』
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第1章 23『開幕』

「う……ん………」


 喧しい物音と上下に床が揺れる音で目が覚める。寝惚けた(まなこ)に映る景色には、所々から光が漏れているが、一目見る限りでは何も感じられない暗闇である。そして、首筋辺りに鋭い痛みが走る。思い切り棍棒のような物で殴られて首の骨にヒビが入ったのだろう。


「──ちっ!本気で殴りやがって」


 舌打ちをして聞こえることのない愚痴を吐く。

 王国騎士団に捕らえられた魔王軍幹部のプロキオンは、拷問初日よりかは体力を取り戻し、心にも少しだけ余裕が出来ていた。


 ──安心しろ。お前への拷問は今日で終わりだ


(だが、彼奴の言っていた事が本当なら、俺様はこの後解放されるのか?それなら、もう魔王軍なんか辞めて、実家の畑を継ごう。母ちゃんも喜んでくれるだろう)


 脳裏に故郷の風景を思い浮かべ、感慨に耽る。こんな目にあうなら、魔王軍なんか辞めたい。幹部で最弱だと他の幹部から馬鹿にされ続け、それに耐えられずに他の二人の幹部と手を組み、無断で人間領への強襲を仕掛けた。しかし、結果はこのザマだ。昇格どころか、このままでは間違いなく死刑。仮にここを抜け出して魔王軍に戻ろうとしても、情報を吐いた自分が魔王軍に戻れるとも思えない。


 それでも、希望は一つだけあった。ヘリオスが数刻前に言った言葉。


 ──安心しろ。お前への拷問は今日で終わりだ。


 この言葉に賭けてみようと、プロキオンは小さな希望を持った。

 しかし──


「は?」


 視界が開かれ、目に映ったのは自分を取り巻く大量の人間達だった。


「歩け!!」


 両隣りの衛兵に縄越しで引っ張られる。衛兵の腰には騎士剣二本と短剣が一本帯剣され、鎧と兜も特注の物を使っているらしく、鎧に埋め込まれている魔石が鈍く光る。更には膝下にも短剣が二本ずつ仕込まれている。これは、もしもプロキオンが抵抗した時の為に用意された装備──完全武装だ。


(くそッ……、なんだこの状況は?そこかしこ人間だらけじゃねぇか!しかも、俺様の後ろにいる奴らは半端じゃねえ。この縄を解いて抜け出そうとしても、そいつらに殺される)


 プロキオンは、勘で自分の後ろの特別席に座っている二十四人の隊長と副隊長の強者としてのオーラを感じ取っていた。


 プロキオンの勘は当たりだ。特別席に王国騎士団の隊長達が集まっている理由は、プロキオンが拘束を解いて逃げ出そうとした時、観衆への被害が出る前に即刻対処をする為と、プロキオンを取り返しに他の魔王軍幹部、もしくは四天王が強襲をしに来た時でも対応が出来るようにする為だ。

 この為に、普段は各地にバラけて任務に就いている王国騎士団の最高戦力である隊長、副隊長たちを全員王都に呼び出し、見張りの任務兼、休暇としているのだ。


(プロキオンくん……。もう君に逃げ場は無いよ〜。ふふふ…私は言ったよね?『あんたには死ぬよりキツい苦痛を味わせてあげるからね』って)


△▼△▼


「今回の優勝賞品は、魔王軍幹部討伐者の名誉。──つまり、この大会の参加者の誰かがお前を殺すのだ」


「──っ!!」


 死刑台の上まで登ってきたヘリオスから予想もしなかったことを告げられる。


(お、俺様が殺される?こんな何処の馬の骨とも分からん奴らの誰かから?)


 プロキオンは目線を下に落とし、大会参加者の顔を一人一人確認する。今、この場にいる参加者達は一般からの参加者だけだが、裏では本戦に備えている騎士達もいる。そして、プロキオンに向けて憎悪と憤怒の視線を静かに向ける者がいた。


(魔人──それも、魔王軍幹部!!)


 彼の瞳からは煮えたぎる程の熱情が感じられる。


 そう、彼は、かつて魔人に故郷を蹂躙された者だ。彼は魔人への復讐の為に冒険者となり、魔王領へと踏み込もうとしたが、魔王領手前の雪山を越えられずに挫折してしまった。しかし、今でも魔人を憎んでいることには変わりがなく、八ヶ月前の魔王軍南下の際には自分から最前線に出ることを志願し、見事に生き残った。そして、今まで一度もお目にかかれなかった魔王軍幹部が眼前にいる。


(()()()の情報通りだ。優勝すれば本当に魔王軍幹部を殺せる!)


 そんな人がいることをアスタはこの時、知る由もなかった。ただ、場の状況にまだ理解が追いついて行けてないのだ。


「始まる……」


 しかし、アスタ個人が混乱していても大会は始まる。隣にいるミッシェルがそれを体現するように汗を流し、緊張感を高めていた。


「王国騎士団団長、ヘリオス・ディルクの名に置いて、ここに!大会の開幕を宣言する!!」


 ヘリオスの宣言の直後、会場にある四箇所の聖火台に火が灯される。そして、練兵場は観衆の活気と熱気に包まれた。


「も、もう…ここであんたが殺してくれよ。どこまで俺様を苦しめれば気が済むんだ?」


 プロキオンの悲痛な願いがヘリオスの耳に届くことはなかった。


* * * * * 


「Aブロック一回戦第一試合から第四試合出場者は指定の──」


 大会運営スタッフがAブロック参加者達を待機者と試合者で分ける。Aブロック以外の参加者は、選手用の観客席にまで案内され、他人の試合を見ることが出来る。勿論、自分が出ない試合中に練兵場の外に出たとしても、自分の試合時間までに練兵場内に戻れば失格にはならない。そのため、この時間で腹拵えをしたり、試合前のウォーミングアップをする者もいる。

 アスタは、Aブロックの一回戦第五試合出場のため、待機席で止まらない心臓の鼓動の音を抑えようと胸に手を当てていた。

 ミッシェルは、Bブロックのため、上から試合が始まるのを待っていた。

 この大会の一般参加者は合計九十人のため、A、B、Cの三つのブロックに三十人ずつで分かれる。そこから十五組の試合をテンポ良く行う為に練兵場内にある五つの模擬戦用に作られた石段の仮の試合場の内、四つを使って、四組同時、計八人の試合をするのだ。


 そして、それぞれの試合場の審判が笛を鳴らし、遂に大会が始まった。


「──で、どうよ見所のある奴はいるか?」


「そうですね……、二点、六点、三点、五点、三点、四点、八点、五点……今試合している人達の中で特に強い人はいませんね」


 特別席でエマが試合している者を一人ずつ指差して、点数付けをしていた。


「そうか、なら、他の参加者の中に強い奴はいるか?」


「え〜と、参加者全体ですと、選手用の観客席に座っている金髪の男が十一点。冒険者の男が十四点。それと、前方の待機席に座っている少年が四十五点です」


「四十五点だぁ!?」


 質問をしたグリーゼではなく、二つ隣の席に座っていたレオが立ち上がり、声を荒げる。


「エマの言う四十五点って言ったら、中堅の王国騎士並の実力じゃねえか!!」


「あの若さで四十五点か!即戦力にはなりそうだ!」


 唐紅色と胡桃色が混ざった髪と背中まで伸び切った襟足、そして、常に身体を大きく構えているこの男、第十師団隊長のデネブもハキハキとした言葉使いで驚きを隠そうともせず、アスタを王国騎士団へのスカウトも考えていた。


「あの少年が四十五点……、エマさん、一応聞いておきますが、今の私たちの点数はどれくらいなのですか?」


 サテラがエマに向かって今の自分たちの点数を質問する。


「はい。ちょっと待っててください」


 エマは一度瞬きをして、この場にいる全員の顔を見つめる。


「──えーとですね、ハーマルさんが九十点、タウルスさんが七十二点、ゲミニーさんが九十三点、アセルスさんが七十八点、レオさんが八十四点、ヴァルゴさんが八十六点、グリーゼ隊長が六十八点、スコルプさんが七十点、サテラさんが八十八点、デネブさんが七十一点、アリエスさんが五十九点、アルさんが六十点、コルキスさんが八十九点、イオさんが七十二点、レダさんが八十点、クレスさんが六十四点、ネメアさんが五十一点、ゼフォネさんが六十点、僕が八十八点、レサトさんが七十五点、キロンさんが六十五点、パーンさんが六十九点、サダルさんが六十三点、リアさんが五十七点。それと、ヘルドさんが百点です」


 エマが隊長と副隊長、そしてヘルドを入れた二十五人の点数を全て言った。その結果に納得出来ていない者が約一名いた。


「エマぁ?俺が、お前やハーマルより点数が低いたぁどういうことだぁ?」


「いえいえ、僕の点数付けは断片的な事しか分からないのですよ!この前、レオさんが寵愛を使った時の点数は九十六はいっていたので、隊長方の中では二番目に強いんですよ」


「それでも二番かよ……。ヘルドの野郎とルナ副団長、それとあいつらを入れたら六番か……クソがっ!」


 レオは舌打ちをして席を蹴り飛ばす。どうやら、かなり鬱憤が溜まっていたようで、今の点数付けのおかげでそれが爆発した。床を殴り、席を蹴り上げるという騎士としてあるまじき行為を怒りのままに行っていた。


「レオ、やめてよ!また私達始末書を書く羽目になっちゃうよ!」


 そんなレオを止めたのは、第五師団副隊長のネメアだった。紺色の髪を長く伸ばしたタレ目の彼女は、レオとは幼馴染であり、先代の隊長からの信頼も厚かった。実力こそ隊長達に劣るものの、戦局を読む力が高く評価され、常に一点突破しか考えないレオを隣で支えている。


「レオさん、はしたないですよ。暴れるならここじゃなくてベッドの上でネメアさんとしてください」


「「違う!!」」


 サテラは茶化すようにレオを宥める。言葉に釣られてレオを抑えるネメアも動揺する。


「別に俺らはそういう関係じゃねぇ!」


「そ、そうですよ!ま、まだ私は……」


「何を言っているのですか?私は、ここで暴れるのをやめてベッドに八つ当たりでもしてなさいと言ったのですよ」


「あ……」


「御二方は何を想像していたのですか?」


 一瞬にして場の空気を氷の如く冷たくした。


「皆さん、もうすぐ試合が終わります。我々の任務とお忘れなく」


 表情を変えないヴァルゴがレオを睨み、暴れるのをやめて席に腰を掛けるのを見てから顎髭を触り、試合へと視線を移す。


「──ふんっ!」


「ゴガッ!?」


 木剣の刃が顎にクリーンヒットする。男は、軽い脳震盪を起こし、膝を吐く。


「勝者、イーラ・アーガマ!」


「よしっ!」


 エマと同じくらいの歳の少年が自分よりも体格のある大人を技量だけで倒してみせた。


「あの少年……一応覚えておこうか」


 特別席にいる冒険者ギルドの(おさ)達は、この少年に目を付け、紙に少年の名前を記入していた。


「次は僕か……」


 アスタは、自分と歳が殆ど変わらない少年が控え室まで戻るのを横目で見送った後、膝を叩いて己を鼓舞する。


「兄さんも何処かから見ているんだ。負けられない」


 試合場の前まで足を運び、スタッフの誘導の元にゆっくりと試合場に上がる。


「──!!」


 ここから見る景色、空気、全てが心地良かった。まるで、新人の舞台俳優が初めて主役を務めたような、そんな空気と緊張感を肌で感じ、気分が高揚する。


「おうおう、お前が俺の相手か」


 そんな感傷に浸っていると反対側から鼻を刺激する程の汗臭を放つ男が試合場に上がった。


(──この人、さっきの)


 この男がアスタの一回戦の相手、トン・ズーラだったのだ。


 臭いを遮断させようと鼻を摘む。もし、これをゼロ距離で嗅いでしまったら失神せざるを得ない。アスタはこの臭いに嫌悪を覚えた。試合場の中央に立つ審判も鼻栓をし、しっかりとジャッジ出来るよう最善を尽くしてくれるようだ。

 しかし、アスタはこの臭いを嗅がないようにするには片方の腕を使って鼻を摘まなくてはいけない。


「さぁ、どうするんだアスタ?」


 特別席にも汗臭い臭いが僅かながらに伝わってくる。この相手をどう撃破するのかレイドはアスタに期待をして試合を観戦しようとしていた。

 今回で各師団の副隊長の名前も全員判明したので、フルネームを書いておきます。

第一師団副隊長 プリクソス・コルキス

第二師団副隊長 イオ・ヒヤデス

第三師団副隊長 レダ・カストル

第四師団副隊長 クレス・ミケーネ

第五師団副隊長 ネメア・ゾスカ

第六師団副隊長 セフォネ・メーラル

第七師団副隊長 エマ

第八師団副隊長 レサト・ミナルレフ

第九師団副隊長 キロン・イオルコス

第十師団副隊長 パーン・ティポン

第十一師団副隊長 サダル・メーデ

第十二師団副隊長 リア・マーネン

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