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勇者の弟  作者: ドル猫
第1章『〜幕開け〜王都からの手紙編』
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第1章 20『大捜索作戦』

 王都王国騎士団本部、王都の中心に位置する王城から、東に二キロメートル先にあるこの建物は王国内で一番安全な場所と言っても過言ではない。

 なぜなら、此処には日夜、王国最強の戦力である王国騎士団と近衛騎士団が出入りし、寝食もする場所であるからに他ならない。

 そして、ここの地下には罪人を閉じ込める為の独房がある。しかし、ここに閉じ込められる人数は精々四十人が限界となっており、凶悪犯罪を犯した者や国家の転覆を目論んだ者がこの独房に入れられる。

 この地下牢を管理しているのは、王国騎士団団長である『ヘリオス・ディルク』直々に任命されたこの人物、王国騎士第二師団隊長のタウルス・プレイアデスが実質的に地下牢の管理をしている。


 その地下牢の中でも唯一、僅かながらに日の光が当たる部屋がある。この部屋は、日の光を罪人に見せることで自分は他の者よりも早くここから出られるんだと錯覚させながら、一生出られないという事実を収監から五年経つ日まで隠される。そして、五年たったある日、最後の拷問として、罪人にここから一生出られない事を告げ、罪人を絶望という病に陥れた後に、罪人から死を懇願されれば、直ぐにでも斬首刑を執行出来る場所でもある。


 そして、この地下牢最悪の牢屋に収監されている魔人。そう、彼には今尚、ありとあらゆる方法で拷問が続けられ、今現在も、ある一つの拷問を強いられているのだ。彼こそが、魔王軍幹部の一人、瞬足のプロキオンである。

 しかし、そこには魔王軍幹部とは一目では分からない程窶れた姿があり、拷問初日の時の威勢はもう何処にも無かった。


(──ここに閉じ込められてから、どれくらいの時間が経ったんだ?)


 フルーの首を目の前で斬り飛ばされてから二十日。プロキオンは衛兵に連れられ、別の牢屋に入れられた。

 その牢の中は、ただ一つの明かりも無い闇だけが続く部屋。しかも、目隠しと耳栓と猿轡をされたから、視界が閉ざされ、音も何一つ聞こえない。


 それでも、ずっと一人という訳ではなかった。一日に二回、味がしない食事が口に運ばれる。しかし、手足は相変わらず椅子に固定されている為、身動きを取れなければ会話も出来ない。だが、爪剥ぎや歯を引っこ抜かれるよりかは遥かに楽な拷問だった。そのため、一日目は特に苦痛を感じることなく過ぎていった。


 〜二日目〜


(──やばい。これは本気でやばい)


 二日目にして、プロキオンはこの拷問の恐ろしさを知る。それは、生き物としては避けられない整理現象、排便と排尿である。


 〜五日目〜


(あ、ああ──)


 どうにか三日間我慢をしていたが、五日目にして遂に我慢の限界を迎え、遂にその場に糞尿を垂れ流してしまう。

 もう、彼の生物としての尊厳は失われてしまった。


 〜十日目〜


(ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい)


 拷問開始から五日目。プロキオンは、心の中でこの場にはいる筈のないフルーに向かって謝罪していた。

 瞼の裏で首を切り落とされる瞬間の彼の顔が何度も映し出されるのだ。何も見えない、何も聞こえないこの世界でずっと、彼がプロキオンを睨むのだ。


「お前の所為だ」


 と何度も何度も繰り返し呟きながら。此処にいる筈のないフルーがプロキオンに怒りの形相で視線を向ける。


(ごめんなさい…本当にごめんなさい…)


 〜十五日目〜


(もう帰ろう。ここから出たら故郷に帰って、ゆっくり寝よう。もう何もしたくない。見たくない)


 拷問開始から十五日目。この数日の間でプロキオンは幾つもの幻覚を見た。死んでいった仲間達、殺した人間達、そして、手を差し伸べる家族の姿が。

 そんな、幻覚を何度も見るものだから、既にプロキオンの精神は崩壊寸前にまできていた。常人なら三日足らずで()を上げるこの拷問を十五日間耐えて見せたのは、まだ、彼には魔王軍幹部としてのプライドが僅かながらにあったからだろう。


 〜二十日目〜


(…………………)


 そして、遂にこの拷問は二十日目を迎えた。プロキオンは度重なる幻覚、幻聴に襲われながらもプライドでどうにか耐え凌いでいたが、十七日目を境にプロキオンの心は無になった。もう、ここから出たいという意思は無くなり、ただ動かない。何があろうと動かない。そんな不屈の意志があった。

 しかし、これも単なる痩せ我慢である。この心を無にする方法を始めた時は、プロキオン自信も妙案だと思い、直ぐに実行した。だが、この方法を始めて二時間が経過した頃には心を無にしても、やひり幻覚や幻聴が襲い掛かる。もって二十四時間と言ったところだったのだ。


 そんな時である。この牢屋の扉がギィーと音を立てて開かれた。


「──ん、ぷはっ」


 漸く、猿轡と目隠しと耳栓が外される。


(口で息が出来る!暗いが、視界もある!音が聞こえる!)


「やあ、久しぶりだねプロキオンくん。何年振りだっけ?」


「バカ言え、精々二週間程度だろ」


開けた視界がまず目にしたのは、ここまで長い間プロキオンに拷問を続けてきたタウルスの姿だった。


「およよ、普通なら時間感覚が狂っている筈なのに。やっぱり、魔王軍幹部だから精神力も強いのかねぇ。ほんっとうに魔人じゃなければ私の部下にしたいのに」


 タウルスは、プロキオンの足の拘束も解いた。そして、プロキオンの精神力に驚き、部下にしたかったと溜息を吐く。


「──ん?足の拘束を解いてくれるのか?」


「ああ、もう必要無くなったからね」


「必要ない…?」


 何か違和感を感じる言葉だった。残念がっているようにも感じられる。


「そういえば、お前はこの間に何をやっていたんだ?時折り俺様に不味い飯を運んで来たのはお前じゃないだろ?」


「ん──、そうだな。君のおかげで緊急の任務が入ったからね。私らはその処理をしていただけさ。予定よりも時間が掛かっちゃったけど」


 タウルスは、二十日前にプロキオンが吐いた情報を元に王国騎士団総出で行った任務の話しを始めた。


△▼△▼


 王国騎士団から招集を受け、王都から少し離れた場所にある草原に衛兵や傭兵、更には冒険者まで集められた。


「おい、これから何があるって言うんだ?」


「知らねーよ。俺も何がなんだか分からないまま招集を受けたんだからな」


 総勢二千人を超える人間たちが一箇所に集められ、殆どの者達は困惑する。

 それもそうだろう。彼らには何も伝えられていないのだから。そして、少し騒がしくなって漸く、集団の前に三人の人物がやって来た。


「はいはーい、注目注目!」


 最初に声を上げたのは、タウルスだ。騎士服に着替え、武装も完璧に揃えた戦闘体勢の格好であった為、これから何か戦いが始まるのだと、集まった一部の者は気付いた。


「いやー、皆んなにはいきなり集まってもらって悪いと思っているよ。でもね、今回は緊急事態なんだ。残念ながら今作戦の参加を拒否する権利は、ここに集まった時点でもう無くなっているからね」


 いきなり告げられた”作戦"という言葉に緊張感が走る。


「タウルス、そう怯えさせるな。指揮に関わる」


 すると、タウルスの真横にいた緑髪の男が叫んで、全員に聞こえるように今回の作戦内容を話し始めた。


「これより、王国騎士団団長ヘリオス・ディルクの名に置いて、王国に入り込んだ魔王軍間者の討伐作戦を命じる!!」


 その一声に全員の視線がヘリオスに集中する。


「第二師団隊長タウルスの尋問の成果により、既に我が家に鼠が入り込んでいることが判明した!よって、今から王国内の大捜索作戦を開始する!!」


 ヘリオスの大声が窓から吹き抜ける風のように、集まった一人一人に着実に響く。その声の圧力は、固定物であろうとも大きく揺らし、王都の城壁の欠片がパラパラと地面に落ち、木に溜まっていた鳥たちは一斉に羽ばたいて何処かへと飛び去ってしまう。


「本作戦は、今後の王国の運命を左右する作戦であり、既に王国騎士団と近衛騎士団が手始めに王都と四大都市で捜索を初めている!!諸君等には四大都市から離れた村や集落を調べてもらいたい!!勿論、間者を討伐した暁には臨時報酬も出そう。──以上だ!!」


 演説が終わり、ヘリオスが指名した百人の班長の元、大捜索作戦が開始された。この作戦に反対しそうな者も出てはきそうだったが、ヘリオスから放つプレッシャーと臨時報酬という言葉、そして、王国の危機へ立ち向かわんとする意志が二千人の者たちをここに留まらせた。


 集まっていた者たちが持ち場へ移動をし始めている時、タウルス達も持ち場へと行くために馬を用意していた。


「どうにか班の編成も終わったし、私たちも直ぐに捜索を始めようか。イオは何処に向かわせている?」


「イオは東のガハリシュへ向かわせた。お前も直ぐに合流しろ」


「アイアイサー」


 タウルスは馬に乗り、即トップスピードで東へ駆けていった。


「ルナ、一応聞いておくが集めた者の中にはいなかったのか?」


 ヘリオスが、隣にいる紫色の髪をした長身の女性に質問をする。

 彼女は、王国騎士団副団長のルナだ。団長のヘリオスを入団当初から横で支え、時に参謀として戦場に自ら駆り出す彼女は、いつしか王国騎士団の頭脳とも言われるようになった。


「はい。対魔石に反応が無かったのであの中に間者はいません。後、団長が大声出すことも分かっていたので、防音石も勝手ながら設置させていただきました」


「それはすまない。迷惑をかけた」


「大丈夫です。いつもの事なので」


 ルナの持っている対魔石という鉱石は、魔石の中でも特殊な物に位置付けられ、魔獣と魔人にだけ反応して光という代物である。


「しかし、よくこんな人数を集められたな。俺の見立てじゃ三百人も集まらないと思っていたんだが」


「色々裏を取ったんですよ。──ん?」


「どうした?」


「いえ、ただあの蜂が気になって…」


 次々に移動を始める合同隊を他所に、ルナは上空で優雅に飛んでいる一匹の蜜蜂を指差した。


「ただの蜂じゃないのか?」


「魔力探知に反応がないんですよ。それに、巣から離れているこんな所に蜜蜂がいるのは、おかしいとは思いませんか?」


 ルナの着ている騎士服のベルトに間接的に付けられている魔道具『マジックサーチ』は王都の地下で偶々、オークションに出されたのをヘリオスが魔金貨十五枚で買い取り、ルナへの副団長昇進祝いにプレゼントした物だ。

 このマジックサーチと言う魔道具の効果は、ただ魔力を探知するだけでは無く、その生き物の潜在されているまだ見ぬ魔力までも探知することが出来る優れ物である。故に、例え虫の一匹だろうとも魔力を探知する事ができ、優れ物とは言え、中々に扱いが困る道具でもある。なので、この蜂に反応をしない事にルナは違和感を感じていた。


「あの蜂が偶々魔力がない個体だったんじゃないのか。もしくは、故障という可能性もあるな。新しいの見つけたら買ってくるか?」


 ルナは、目の前を通り過ぎた一人の傭兵にマジックサーチを向ける。


「魔力八十……。正常ね」


 故障という可能性も視野に入れ、試しにマジックサーチを使ったが、特に問題無く魔力の探知が出来た。


「壊れてはいないのか」


「──やっぱり、あの蜂何かおかしいわね。念の為──『サラマンダー』!!」


 ルナは、一瞬の判断で詠唱をし、火属性の上級魔法で蜂を跡形も無く燃やし尽くした。残っていた者からは「おおっ」と言う言葉と共に突然の魔法に驚いている者もいた。


「おいおい、やり過ぎだぞ。一寸の虫にも五分の魂だぞ」


「すいません。気になって、つい……」


「まあいい。ルナの判断ならそれでいいだろう」


 ヘリオスは、ルナに一言だけ軽く叱り、地面に落ちた火の粉を靴で踏みつけた。


 ──王都から少し離れた場所にある一軒家


「────ちっ!もう勘付かれたみたいね」


「え──!きづかれないないように魔力量を(ぜろ)にしたのにきづくなんて、王国騎士ってすごい人たちだ──」


「ここも直にバレるわね。一旦私とは別行動を取りましょう。貴女の事はまだ隠しておきたいし」


「うん!隠れる!かくれんぼスタートだ──!」


△▼△▼


「はぁはぁ、こ、ここまで来れば。奴等も追っては来れないだろう」


 夕暮れ時、四大都市の一つであるワームから北東に位置するラワード草原、ここに一人の魔人が命からがら衛兵から逃げてきたのだ。


「くそっ!なんだっていきなり全国民の身体検査やるってんだ。しかも断ったら投獄とか冗談じゃねえぞ。まだ報告も済んでないのに……」


 魔人は持っていた水筒の中身の水を飲み、叢の影から衛兵達をやり過ごす為に状況の確認をしようと、一瞬頭を叢から出した時、


「え?」


 突如として景色が回転する。いや、回ったのは自分だ。首が胴と離れ、地面に転がったのだ。


「任務完了……」


 首が無くなった魔人の後ろで騎士剣を鞘にしまう一人の老人が立っていた。

 その老人は、いかにも年季が入った長い白髪をヘアゴムで纏め、腰に六本もの騎士剣を帯剣し、まさしく強者といった雰囲気を身体に纏わせていた。


「やはり魔人か」


 老人は、魔人の身体に三日月の紋章、即ち魔王軍の関係者である事を確認し、懐から取り出したダイアミラーでヘリオスと連絡を取る。


「ヘリオス団長、ラワード草原で魔人一人を討伐。次は何処に向かえばよろしいですか?」


「よくやった。引き続き、第六師団はワーム近辺の捜索を頼む」


「了解」


 通話が終わり、王国騎士団本部に残ったヘリオスは報告書に何処で誰が戦果を上げたかを記入し、魔人が出現した場所を徹底的にメモした。


「これで見つかった魔人は十七か。タウルスの話によれば、少なくとも二十の魔人が入り込んでいると言うからな。後少し……いや、向こうにも気付かれただろうし、これ以上の捜索は無理か」


 ヘリオスは動かしていた羽ペンを止め、手元に置いておいたダイアミラーを再び起動させる。


「ハーマル、聞こえるか?」


 ダイアミラーの中に組み込まれた鏡が光り、数秒の発光の後、鏡の奥から金糸雀色のいかにも手入れされてなさそうな縮れ毛の男の顔が映しだされた。


「はい。ヘリオス団長、通信に問題はありません。今、此方も討伐した魔人の持ち物を漁っていたところで、私自信も団長に報告を入れようとしていました」


 ヘリオスの伝達を受け取るのは、王国騎士第一師団隊長のハーマル・メサルティムである。彼は、王国内でヘルドに次ぐ実力者であり、その優しくも時に厳しい態度を取る。まるで、昼下がりの穏やかな雲のようなで性格で周りからも人望が厚い。そのため、王国騎士団の師団の中で一番隊員数が多く、その分多くの任務にも就いている苦労者である。


「そうか。手が空いているなら、悪いが他の師団に撤退の伝達をしてくれないか?」


「了解しました。他の師団に伝達を入れ次第、我々も撤退します」


「ああ、私は各地に散らばらせた合同隊に指示を出さなくてはいけないからな。後は任せたぞ」


「はい。ヘリオス団長もお気をつけて」


 ハーマルとの映像が途切れ、ヘリオスは合同隊の班長達を一箇所に集めるためにルナを連れて、騎士団本部を後にする。


 七日後、ヘリオスの指示で各地に配属され、魔人の捜索をしていた合同隊が王都へと帰還した。門を潜り、王都の中に入っていく約二千人の捜索隊は皆、疲弊しきった表情をしていて、門を潜った後は肩の荷が下りたかのように地面に座り込む者もいた。


「長旅お疲れ様でした。宿をご用意しています。ゆっくりと疲れを癒してください」


 そんな彼らを出迎えたのは、王都で宿の運営をしている者達だった。ヘリオスは予め、王都とハーフにある宿を全て貸し切り、遠征へ行った者たちの不満を解消させようと尽力した。尚、宿に貸し切りのお願いをしに行ったのは、殆どルナである。ヘリオスはギルド本部がある商業都市のワーボンへ行き、知り合いに金の援助を求めていたのである。滞ると思われた交渉は知り合いのご好意でアッサリと成立はした。あの時のお礼だと喜んで王銀貨を差し出した。


「これで、この仕事も一段楽ついたな」


「団長、まだ合同隊の班長方からの報告を受ける仕事が残ってますよ」


「そうだったな」


 二人とも既に三日は寝ておらず、紅茶に含まれるカフェインのお陰でどうにか倒れるのを持ち堪えていた。


「団長…目の隈すごいですよ」


「ルナ……君も人のこと言えないぞ」


 今すぐにでもベッドに入って、丸二日間くらいは寝込んでいたかったが、状況がそれを許してはくれない。自分たちの目の前には明らかに自分たちよりも疲弊している者達の姿があったからだ。


 二人は、合同隊の班長たちと各師団の隊長達を騎士団本部に集め、身体に最後の仕事だと鞭を打ち、今回の騒動の事後報告を行った。


「──これで、合同隊第百班の報告は以上になります」


 三時間の時間をかけ、漸く全ての班からの報告が済んだ。最後の百班目の班長が団長室から退出し、残った各師団の隊長達を他所に身体を伸ばした。


「──やっと終わったか」


「はい。気になる所はありますが、やっと三日振りに寝れそうですね」


「気になる所とは?」


 会議を終わらせようとすると、ルナの言葉に反応し、中指に魔石をはめ込んだ指輪をし、老躯の身である第六師団隊長のヴァルゴがその言葉を繰り返した。


「──ヴァルゴさん、少しは察してあげてください。お二人とも疲れているんです」


「それはすみませんでした。以後、気を付けます」


 そんな大柄の老躯に注意をするのが、第九師団隊長のサテラである。ルナよりも薄い紫色の短い髪をオールバックにしたどこか男勝りな面が見られる女性である。


「──大丈夫ですよ。私もこの事が聞きたかったので、貴方方をこの場に残したのですから」


 ルナは、自分の頬を一回叩き、数回瞬きをして本題に移った。


「私が気になったのは、報告に上げられた死者二名の事です」


「合同隊第七十班の報告にあった魔獣に喉を噛み切られて亡くなった者達のことですか?」


「ええ、そうよ」


 ルナは報告書を読み上げながら、気になった点を上げる。最初に上がったのが、第七十班で魔獣による被害が出てしまった事である。

 王国騎士や衛兵たるもの、任務中に魔獣に襲われることは珍しい訳ではない為、ハーマルが魔獣の件の事かと質問をする。


「今回、七十班が魔獣に襲われた場所が、王都からもそう離れていないポルックスなのよ」


 ルナは手元の地図に赤く印を付け、そこを指差す。


「ルナ副団長よお、お言葉だが魔獣に襲われることは珍しい事じゃあねぇぞ。死んじまった二名の戦死者には悪いんだが、俺たちも野営中、魔獣に襲われることは度々あるからな。この件に関しちゃ、深く考えなくてもいいんじゃねえか?」


「いいえ、これはもう一つの本題にも繋がる重要な事です。よく考えてみてください」


 この事に違和感を感じられなかった大5師団隊長のレオがルナに意見する。しかし、ルナは差した指を動かさず、十二人の隊長達に違和感の正体を問う。


「──ルナさんが言いたいのは、今回現れた魔獣の出現場所のことかい?」


 問題を出して僅か十秒足らずで推理を終えたのは、第二師団隊長タウルスである。


「それは私も疑問に感じていたことだ。ルナさんの言いたいことも分かる」


 タウルスは一息間を置いて、険しい表情をしながらルナが指差している地図の場所を見る。


「ポルックスに魔獣が出ること自体がおかしい。ルナさんはそう考えているんでしょう?」


「はい。タウルス隊長の御察しの通りポルックスに魔獣が出るなんて珍しい事がこのタイミングであるでしょうか?」


 ポルックスは、王都シミウスから船で半日も掛からず行ける場所であり、尚且つ、ヘクス運河にも面している為、人口が多く、魔獣が出ること自体珍しい街なのだ。加えて、運河は王都と四大都市の内の三つであるガハリシュ、ワーボン、ゲミシトラを軸に丸い円で形成されており、その内側に位置する村や街に魔獣が出ることも滅多にないのだ。しかし、ガハリシュ近辺の大森林やゲミシトラ付近の雪山にも魔獣が出現するため、運河の内側なら魔獣が出ないのかと言うとそうではないのだ。

 だが、今回はそうもいかない。今回の騒動で予め魔獣が出そうな地域には王国騎士団を派遣したし、その他の合同隊にも出来るだけ魔獣と遭遇しないよう、比較的安全な街を探索させた。

 そのため、合同隊が魔獣と出会うことは無かった筈なのだ。それに、ポルックスは、ゲミシトラとガハリシュからかなりの距離がある。その距離を魔獣が移動出来るとも考えにくい。即ち──


「まさか、ポルックスに魔王軍の幹部が潜んでいたとでも言うんじゃねえだろうなぁ?」


 この大捜索で、魔王軍の幹部は一人として見つからなかった。


「そう。それが二つ目の本題、今回の大捜索作戦で一人も魔王軍幹部が見つかっていないこと」


「そうだね。拷問したプロキオンくんによれば、魔王軍幹部が少なくとも三人は王国内にいるという発言があった。しかし、今回の大捜索で私達だけじゃなく、合同隊も幹部と遭遇をしていないという事もさっきの事後報告で分かった」


「つまりは──」


 全員が顔を合わせ、最悪の事態を同時に想像する。


「今回、大捜索作戦に参加した誰かが魔王軍に情報を流していた。いや、もっと言ってしまえば合同隊には魔の反応が無かったから、王国騎士団、もしくは近衛騎士団の中に内通者がいるかもしれないんだ」


 タウルスの確信めいた発言から、団長室は静まりかえり、ここにいる全員が疑いの目で内通者がこの中にいないかを見極めようと目を凝らす。


「失礼します」


 そんな時であった。三回のノック音の後に団長室の扉が開き、中にヘルドが入って来た。


「ヘルド!!」


「皆んな、心配しなくても王国騎士団と近衛騎士団の中に内通者はいないよ」


 ハーマルがヘルドに向けて、声を荒げる中、最強の騎士は落ち着いた表情と仕草で内通者がいないという事を言った。


 が、このヘルドの発言は失言と言えるだろう。なぜなら、この場にいた隊長達の疑いの目を全て買ってでてしまったのだから。

 鋼が擦れる音と共にハーマルが最初に抜刀し、剣先をヘルドの首筋に当てる。それに続き、レオとタウルス以外の隊長達も次々と抜刀し、ヘルドに殺気を向ける。


「ヘルド、どう言うことだ。詳しく説明してもらおうか」


「ハーマルも皆さんも剣を収めてくださいよ。怖いじゃないですか」


 それでも、ヘルドは微動だにせず、落ち着いて剣を収めるよう促す。しかし、誰一人としてそれを聞き入れない。


「落ち着け!今は味方同士で争っている場合ではない!!」


 固まった状況を変えたのは、一人、椅子に座る団長のヘリオスだった。その一声に隊長達は剣を鞘に収め、規律を正すように一歩後ろに下がり、頭を下げ、床に右膝を付ける。


「申し訳ありません団長。つい、先立って行動してしまいました」


 ハーマルが団長に無礼を詫びる。ヘルドには決して謝らないが。


「はぁ、相変わらずだな。──それで、内通者がいないとはどういう事だ。ヘルド」


 ヘリオスがヘルドに視線を向け、内通者がいないと断言できる理由を問う。返答次第ではヘルドをここの地下牢に入れる覚悟を持ち、声に重圧が乗る。


「──それは……」


「はい。対魔石ですよ」


 最強の騎士は、プレッシャーの蔓延る室内でも張り付いた笑顔を崩さず、懐から一つの石を取り出した。


 室内の空気が入れ替えを求めるように滞り、隊長達もヘルドへの疑いの目を逸らす事はなく、ヘルドの背中を一点に見ていた。いつでもお前の首を刎ねるぞと脅しをかけながら。

 この作品に時折り出てくる銅貨などの通貨は日本円にするとこんな感じです。

銅貨→100円

銀貨→1000円

金貨→10000円

魔金貨→100000円

王銀貨→100000000円(1億)

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