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勇者の弟  作者: ドル猫
第1章『〜幕開け〜王都からの手紙編』
19/114

第1章 19『拷問』

 とある山林の中、夜も更け、持っている開光石のランプだけでは足下すらも見えなくなる程、偵察を始めてから時間が経っていた。


「くそっ、もう殆ど見えねぇ。(はぐ)れないに気を付けろよ」


「分かってますよ班長」


 魔王軍南下の報告を受け、偵察隊として三人の衛兵がゲミシトラ近辺の山の中へと潜入。魔王軍の動向を観察する任務を受けたのだ。


「一応、俺達以外にも偵察隊はいるんですよね?」


「ああ、俺らの他に先に入った二人の仲間もいる筈だ。一応麓には王国騎士も控えてくれているし、何も起こらないとは思うが……」


「なら安心ですね。僕らも────」


 突如として部下の声が闇夜の中に消えた。


「お、おい!どうした!?」


 班長は、突然消えた部下の声に嫌な予感を感じ、先程まで部下がいたであろう場所に駆け寄る。


「おい!大丈夫か………なっ!?」


 足下にぶつかったものから生暖かい感覚を感じ、班長はおそらくそこにいるであろう部下の身体を開光石で照らす。照らされたのは人間の身体だ。それは当たり前だろう。だが、そこにはある筈のものが無かった。

 そう、それは人間の頭だ。部下の首から先が綺麗に無くなっていたのだ。


「気を付けろ!何か────」


 プチンという音と共に班長の意識は途切れ、痛みを感じる暇もないまま、首から上が無くなった身体は力無く地に伏せた。


「ヒヒっ!間抜けな人間共め。俺様の速さにはついてこれまい」


 手が真っ赤に染まったこの男、いや、魔人は暗闇の中、山林を疾走し、一人ずつ衛兵の首をもぎ取っていったのだ。


「くそっ!なんだこい────」


(魔王軍幹部のこの俺様にただの人間が敵う訳ねえだろ!?やっぱり人間達は馬鹿ばっかだな)


 木から木へ細かい動きを繰り返しながらつたい、次々と人間の頭をもぎ取っていく。


「プロキオン様!この山の中に入ってきた人間達の殲滅、完了しました!」


「ようし、よくやった。後は麓にいる十数人の人間達だけだな」


 プロキオンは木の枝から麓で明かりを灯している人間を発見し、五人の部下と共に下山を開始する。


「いくぞお前ら!ここで手柄が取れりゃ、お前らも幹部になれるかもしれねぇぞ!張り切っていけ!」


「はいっ!!」


 木から木へと高速で移動し、目にも止まらぬ速さで麓まで後百メートルを切った所でおかしなことに気付く。


(──子供?)


 武装兵と共に、澄んだ目をしていて同じ装備をした子供がいたのだ。


「止まれ」


 小声で部下達に接近の一時停止を命令する。


「プロキオン様?」


「早く人間達を殺しに行きましょうよ」


 部下を静止させるプロキオンに向けて、部下の魔人達は爪を尖らせながら血に飢えた獣のような目付きで木の上から麓にいる人間達を睨む。


「お前ら、あの子供は俺様にやらせろ。久しぶりに柔らかい子供の肉をむしり取りたくなった」


 プロキオンも部下達と同じように血に飢えた獰猛な獣と同じ目付きで山の地図を確認している子供にターゲットを絞った。


「お前らは他の奴をやれ。いいな」


「プロキオン様も趣味がお悪いですねぇ〜」


「ふっ、行くぞぉ!!」


 プロキオン達は一気に山から疾走を始め、僅か八秒足らずで麓まで百メートルはあった距離を下ってしまった。


「──ん?」


「もらった!!」


 プロキオンは、初めからターゲットに決めていた子供に向かって鋭く尖った爪を突き立てようとした時、


「あれ?」


 突如、足下がふらつき、平衡感覚を失った為に手を地面につき、受け身の姿勢を取るように倒れる。


「な、なんだ?────!!あ、足がァ!!」


 立ち上がろうと足に力を入れてみるも、立ち上がれない。両足だけがまるで軟体生物のように力なく脱力している。


「残念ながら、アキレス腱を切らせてもらったからもう君は動けないよ」


 開光石のランプを片手に、もう片方の手には抜刀された騎士剣があった。


「なんだお前は!?」


 少年はその質問に答えることなく、後ろを振り向く。


「ギャァ!」


「プロキオンさまぁぁぁ!!」


 少年が振り向いた先ではプロキオンの部下達が武装兵に蚊でも払われるかのような感じで次々と斬り倒されていた。


「お前ら!!」


「向こうも終わったようだね」


 動けない足で地を這うが、少年によってそれは阻まれる。


「──っ!そこを退け!!殺すぞ!!」


「………十六点かぁ。全然弱いけど、動きの速さや様付けで呼ばれていたことから察するに…君、魔王軍の幹部だね?」


 少年は、十六点という謎の数字を突然口出し、状況からコルバルトが魔王軍幹部だと特定する。


「──ぐっ!」


「エマ副隊長!山に潜んでいた魔人の掃討、完了しました!」


「分かった。じゃあ隊長と荷馬車護衛班にこっちの状況も報告しといて。此奴は拘束しとくから」


「了解です」


 副隊長と呼ばれるこの少年は、アインリッヒ大学を飛び級で卒業し、歴代最年少で王国騎士団に入団した屈指の剣の天才である。しかも、入団から僅か二ヶ月足らずで第七師団の副隊長にまで任命される程、実力とカリスマ性を兼ね備えている。


「さて、時間がない中で聞くけど、君は僕らが知りたいこと、全て教えてくれるかな?」


「教えるとでも?」


「だよね」


 エマは、騎士剣の柄でプロキオンの顎の骨を粉砕する。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」


 顎の骨が割れた痛みから断末魔を上げる。粉砕された骨の破片が肉に食い込み、内出血を起こす。


「あれ?力加減間違えたかな」


「い、いでぇ!!」


「エマ副隊長、よろしいでしょうか?」


 力加減を間違え、どうやって大人しく拘束出来るか悩んでいると、一人の王国騎士がやって来て、紫色の花をプロキオンの鼻に近付ける。


「あ゛あ゛あああああぁぁぁ………」


 すると、痛みでのたうち回っていたプロキオンが瞳を閉じ、大人しくなった。


「エマ副隊長はやり過ぎです。捕虜を拘束するなら力付くでなくても色々と方法はあります」


「ご、ごめんなさい」


 王国騎士団の副隊長の一人とは言え、まだ十四歳。エマには捕虜の扱い方がよく分かっていなかった。


「ほら、みんなに指示を出してください。こいつは私が見張っておきますので」


「すみません。僕が副隊長の座を奪ったばかりに先輩にこんな雑務をやらせてしまって……」


「いいんですよ。私が力不足なのがいけないんですから」


 エマは元副隊長の男にこの場を任せ、部下と共に先に山に入った先遣隊の捜索に出た。


「お──い!見つけたぞ──!」


 捜索開始から十五分、仲間の一人が茂みの中で横たわっている頭の無い衛兵の遺体を発見した。


「これは酷い…」


 エマは仲間の遺体の前で手を合わせ、安らかに眠ってくれるよう祈った。


「エマ副隊長、他にも仲間の遺体があるかもしれませんが、もう暗すぎます。先遣隊の捜索は明日の明朝にやるのがよろしいかと」


「分かりました。では、捜索は一旦打ち止めにして、隊長達と合流しましょう」


 エマ率いる王国騎士第七師団の半数は、山から下山し、近くの村で残りのもう半数と第七師団隊長のグリーゼ率いる荷馬車班、荷馬車護衛班と無事に合流し、死亡者と怪我人、行方不明者の報告をして日が昇るのを待った。


△▼△▼


「──きろ」


 真っ暗な世界、その中で自分を呼びかける声が何処からともなく聞こえる。


「──ん」


 意識が覚醒してきた。真っ暗な世界、瞼の裏に小さな光が出てきた時だった。


「いい加減に起きろ!!」


 パシャァ


「──ひっ!」


 頭から冷水をかけられる。眠い瞼もこの一発で目覚め、自分の状況を確認する。


「あ、あれ?ここは……」


「ふん、ようやく起きたか」


 目が覚めたプロキオンは、見知らぬ壁と鉄格子、正面に立つ鎧を着た緑髪の中年の男、そして、椅子に縛られている身体と鉄の拘束具で固定されている手足と指が視界に入った。


「だ、誰だお前は!?ここは何処だ!?俺様を誰だと思ってこんな事をしてるんだ!?俺様は──」


「魔王軍幹部、瞬足のプロキオンだろ?」


「──!!わ、分かってんなら話は早い。今すぐ俺様を解放しろ!さもないと、直ぐに他の幹部が報復に来るぞ!!」


 プロキオンは慌てる素振りで男に向かって助かりたい一心で脅しを掛ける。


「その心配はないぞ。今、お前は王国内で一番厳重な所に居るから情報が漏洩する心配は無い。更に、今回の事態で王国騎士団の力が奴らにも伝わった筈だ。そう簡単に手を出してはこないだろう」


 しかし、男は汗一つかかず、淡々とした低い声で書類を見ながら置いてある椅子に腰を掛ける。


「さて、そろそろ此方も始めるとするか。入って来い!!」


 男が図太い声を出す。すると、準備していたかのように二人の人物が鉄格子を開け、牢屋の中に入ってくる。


「そんな大きな声出さなくても聞こえてるよ。団長」


 一人は長い小豆色の髪を纏め、ポニーテールにしている中性的な顔立ちをしている者だ。男性か女性かは一目見ただけでは分からない。もう一人は、白衣を着用し、眼鏡を掛けている黄緑色の髪の女性だ。


「おお、彼が捕獲した魔王軍の幹部か!これは虐めがいがありそうだ」


「タウルス、頼りたくはなかったが、こういう事はお前が一番手慣れているからな。後は任せるぞ」


「分かってるよ。拷問すればいいんでしょ?」


「拷問!?」


 緑髪の男が退出し、その代わりにタウルスと呼ばれる者と箱の中を漁っている女がこの場に残った。

 そして、『拷問』という物騒な言葉がタウルスの口から告げられた。


「つれないなぁ、こんな所にいる時点で拷問される事くらい分かるでしょう」


「ま、待って──」


 プロキオンは咄嗟に待ったをかけようとするが、その言葉を口にした途端、口元に回し蹴りが飛んできた。


「あ、あぁ」


 歯が何本か折れた。(かわ)のブーツが口内に入り、不快な感触を味わう。


「待って…だと?お前は、そうやって命乞いをした者達を何人殺したのかなぁ?」


 今までの軽い口調が一転、タウルスから発せられる言葉から憎悪や哀しみ、憤怒が感じられた。


「あんた…、今回の騒動でも人殺したよね?」


「今回だけで少なくとも五人は殺し、今までだって何十人も殺しただろうねぇ。そんな時、あんたは何人から命乞いされた?」


 タウルスはブーツを更に喉元に押し込み、尋問する。


「なぁ?早く言えよ!あんたは何人に命乞いされたんだ!?」


「タウルスさん、口にブーツを突っ込んだままじゃ、彼も話せませんよ」


 タウルスの感情が熱くなる中、牢屋の隅で何も言葉を発さなかった。黄緑色の髪の女が口を開き、タウルスを抑える。


「──っ、それもそうだな。ほら、喋っていいよ」


 タウルスは口からブーツを退ける。プロキオンの歯は数本折れ、口内は血に(まみ)れているが、まだ喋れる。


「さあな、命乞いされたかも分かんねぇよ。俺様は足が速いからな。瞬足でただ相手の頭を瞬間的にもぎ取っただけで──」


「質問に答えてくれてありがとう。じゃあ早速、右手の小指からだ」


 タウルスは質問の答えを全て聞かずに、箱の中から鼠取りのような道具を取り出し、プロキオンの右手の小指の爪先に固定する。

 そして、完全に固定されたのを確認し、思い切り鼠取りのような道具の取手を押し込む。


「──ふん」


「──え?」


 ペリペリと音を立てて、ゆっくりと小指の爪が剥がれていく。肉から爪が剥がれる音が耳に入り、尋常ではない痛みがプロキオンを襲う。


「い、あ、ああああああああああああああああああああ」


 爪が完全に剥がれ、プロキオンの身体全体が痙攣する。身体は拘束され動けない。ただ、痛みだけが身体を支配した。


「これで、少しは君に殺された者達の気持ちが分かったかい?では、ここで改めて質問だ。今回、魔王軍が南下したのには、どんな理由があったんだい?」


 タウルスが笑顔でプロキオンに質問する。おそらく、質問に答えなければ、また爪を剥がされるだろう。──だが、


「言う訳がないだろう。バーカ」


「うん。それならもう一枚いってみようか」


 今度は右手の薬指の先に爪剥ぎ器を固定する。そして、取手を押し込む。


「────っっ!!!」


 再び、尋常じゃない痛みがプロキオンを襲う。これが後十八回も繰り返されると思うと地獄以上の苦しみだ。だが、プロキオンは仲間を売らないし、情報も吐かない。魔王軍を心酔し、仲間を信じているからだ。きっと、自分を助けに来てくれると信じていた。

 

「次の質問だ。魔王軍の幹部と四天王の居場所は何処だ?」


「言うかよ…」


「はぁ、そうかい」


「────っっ!!!」


 タウルスは爪剥ぎ器の取手を押さえて、ギリギリで爪が剥がれないように力加減をする。爪が剥がれそうで剥がれない、そんな恐怖と痛みに抗うようにプロキオンは歯を食いしばる。


 これまで二枚の爪を剥いだが、一枚目以外は悲鳴を出さないで歯を食いしばり、痛みを我慢しているようだ。

 タウルスは、そんな我慢をするプロキオンに既に飽きていた。


「あのさぁ、こっちも拷問してるんだから、もう少しいい悲鳴で鳴きながら私らに助けを懇願してよ。それじゃつまらないよ」


「へっ、へっ……この程度じゃ俺様は吐かねえし、お前らを楽しませもしねぇ」


 プロキオンは左目から二粒の涙を流し、地獄すらも生温い痛みを必死に我慢している。


「じゃあ、これならどうかな?」


 そんな、プロキオンを見て、タウルスは箱の中からもう一つ、爪剥ぎ器を取り出す。そして、中指と人差し指に爪剥ぎ器を固定する。


「次の質問だ。今、王国内に魔王軍の間者は何人入り込んでいる?」


「知らねぇなあ」


 二つ同時に爪剥ぎ器の取手を押し込み、二枚の爪が同時に剥がれる。


「──あっ、っっ!がぁ、あ」


 一枚の時よりも遥かに強い痛みを受ける。これも仲間を守るためと思って自分を洗脳し、必死で痛みを耐える。


「これでもだめかぁ」


 タウルスは仕方なく、箱から更に三個の爪剥ぎ器を取り出す。


「お、お前それは!?」


「これを使うのは後。先に中途半端に残った親指の爪を剥がそうか」


「──ひっ、ぎぃ──がっ!!」


 他の指とは全く違う痛み。剥がれるのに時間がかかり、激痛が走る時間が他の指よりも長引く。


「じゃあここからが本番だよ」


 タウルスは用意した五つの爪剥ぎ器を左手の指に一つずつ固定する。


「マリーナさん、私一人じゃ五枚同時に剥ぐのは無理だから手伝ってくれるかな?」


「はいはい。報酬を弾んでくれるならやりますよ」


 どうやら、黄緑色の髪で眼鏡を掛けた女はマリーナという名前らしい。

 タウルスとマリーナは爪剥ぎ器の取手一つ一つに手を置く。タウルスは右手を開き、片手で二つ同時に爪剥ぎ器を使用するために指に力を入れる。


「せーのでいくよ」


「はいはい」


「まっ、待ってくれ!流石に五枚同時はやめてくれ!」


 二人が同時に爪剥ぎ器の取手を押し込もうとするが、五枚同時は流石に耐えられる気がしなかったため、必死でやめるよう許しを請う。


「じゃあ魔王城の結界を四天王を倒す以外で壊す方法教えてくれる?」


「そんなの知る訳がないだろう!!」


「それは残念だ」


「「せーの」」


 五枚の爪がゆっくり、激痛と共に剥がれる。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛

あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


「おっ、やっと良い悲鳴を出してくれたね〜。それを聞きたかったから、私も拷問をした甲斐があるってもんだよ」


 プロキオンは声にならない悲鳴を上げ、血を含んだ泡を吹いて白目になる。


(もう…やめてくれ……。死んだ方がマシだ)


「こら!まだおねんねの時間じゃないぞ!!」


 プロキオンの意識が無くなろうとした時、タウルスはまだ寝かせる訳にはいかないと、拷問器具が大量に入った箱の中からペンチを取り出すと、それでプロキオンの鼻を摘み、思い切り右に捻る。


「ああっ!?あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!?」


 鼻の骨が折れる痛みでプロキオンの意識が現実に戻される。


「まだまだ拷問は始まったばかりだぞ!次は足の爪だ!」


「も、もうやめてくれ────!!」


「うるっさい!!」


 ペリペリペリペリ


 爪が剥がれる音とプロキオンの悲鳴だけが牢屋の中に響き渡った。


「ああああああああああぁぁぁぁぁ!!!!」


* * * * *


 拷問開始から二時間。両手足の爪は全て剥がれ、鼻がありえない角度で曲がり、歯も全部抜歯され、目玉も片方くり抜かれていた。


「これだけやっても話さないとは…」


「も……、殺……ひて…死……な………て…」


 プロキオンは無惨な姿で歯抜けの口を動かす。


「今日はこれくらいにしよう。私も心が痛くなってきたよ」


「貴方にも人の心があったんですね」


「失礼な。私だって怒るし、涙も流すよ」


 タウルスは頬に付いた返り血をハンカチで拭き取り、リラックスしながら身体を伸ばした。


(そろそろ頃合いかな)


「んじゃあ、治癒魔法よろしくお願いしますよ。マリーナさん」


「はいはい」


 マリーナは気怠そうな表情で両手を前に出し、詠唱を始める。


「空の精霊よ、地の精霊よ、風の精霊よ、天地の核を糧に力を解き放て『グレースリヴァイブ』」


 牢屋の床から一枚の双葉が芽吹き、瞬きの間に小さな双葉は高さ一メートルを超える一輪の花になった。


「命よ還れ」


 花から一滴の雫が滴り、プロキオンの頭に落ちる。


「あ、ああ?」


 雫が落ちた箇所から少しずつ止血され、剥がれた爪は元通りになり、抜歯された歯とくり抜かれた目玉も再生し、曲がった鼻の骨も完治した。


「な、なんだよこれ…」


 失った身体の一部が元通りになり、違和感しかない身体の再生に困惑する。


「流石は王国で唯一、星級の治癒魔法を使える女性だ。私の部下に欲しいくらいだよ」


「ありがたいお誘いですが、私には不要の話です」


 プロキオンが困惑する中、タウルスとマリーナは気にする様子もなく、勧誘の話をする。


「孤高の魔法使いを志すのかい?それも悪くないけど、ご先祖様と同じ道を辿るのには賛成しないなぁ〜」


 二人は拷問道具を片付けた後、牢屋の鉄格子を開け、マリーナが先に退出する。


「じゃあね、プロキオンくん。私も辛いけど、明日も頑張って拷問するよ」


 タウルスもそう言い残し、牢屋を後にする。


 〜次の日〜


「やぁ、プロキオンくん。一日ぶりだね、元気にしてた?」


「今日も拷問…か。悪いが、俺様は何も喋る気はねぇよ」


 プロキオンは、拷問の恐怖に怯えながらも目は死なず、ずっと前を見据えていた。きっと仲間が助けに来てくれると希望を持って。


「そう言うと思って、今回は特別ゲストを連れてきたよ」


「特別ゲストだぁ?」


 タウルスはニマニマとした気持ち悪い表情をしながら牢屋から出て、廊下の奥へと手招きする。


「そう、特別ゲスト。昨日の拷問で君にいくら身体に痛みを与えても、何も喋らないことが分かったからね。今日は拷問の方向性を変えてみることにしたんだ」


 廊下の奥からガラガラと車輪の音がする。そして、1人の男が台車に乗せた大きな十字架を持ってきた。


「お疲れ様。イオは自分の仕事に戻っていいよ」


「はい。隊長もお気をつけて」


「分かってるよ〜。ヘマはしないって」


 長身の男が去り、昨日と同じように椅子に縛り付けられているプロキオン、ウキウキで拷問の準備を始めるタウルス、気怠そうに欠伸をするマリーナ。


「──準備なんてしてねぇで、さっさと始めろ!こちとらもう心の準備は出来てるんだぁ!!」


「いい威勢だね〜。魔人じゃなかったら私の部下にしたいくらいだよ」


「へっ、テメェの部下なんざぁ死んでも御免だな」


「悔しいけど、それは私も同意見ですね」


 そう同調するマリーナは、眠そうに数回瞬きをし、左目に付いた目脂をそっと取り、眼鏡をかける。


「酷いなぁ2人とも。私だって、好きで拷問してる訳じゃないんだよぉ」


「嘘ね」


「バレたかぁ〜」


 タウルスはヘラヘラしながら出していた拷問道具をしまい、持ってきた十字架の裏に回る。


「さてと、話しを戻すが……プロキオンくん、特別ゲストと言うのは……彼だ」


「あ?──!!」


 十字架が回転し、表になると、無惨な状態で十字架に磔になった魔人の姿がプロキオンの目に飛び込んだ。


「おまっ──、フルーか!?」


「おや?知り合いかい?」


 プロキオンがフルーと呼んだ魔人は、両手足の指の爪が全て剥がされ、身体には無数の火傷痕、更には手の指の関節全てに釘が打ち付けられている。

 拷問を受けた事がない者でも、これは一目で分かる。昨日のプロキオンが受けた拷問よりも凄惨な拷問を彼は受けていた。


「テメェら、フルーに何をやった!?そいつは俺とは別の……、あ……」


 ──これは失態だ。


 プロキオンはつい口を滑らせ、極一部ではあるが、魔王軍の情報を吐いてしまった。


「──ん?なるほど。彼と君は同じ所属ではない…と」


 タウルスは、手帳にすらすらとプロキオンが言ってしまったことを記帳する。


「そうやって他の情報も吐いてくれれば、私らも助かるんだけどなぁ〜。……魔王軍の情報、全部教えてくれる?」


「言う訳ねぇだろ!!」


「だよねぇ〜、まぁ、だから彼を用意した甲斐があるってもんだけど」


 タウルスは十字架を触り、磔にされたフルーに冷水をかける。


「う……、ああ…?」


「フルー!!大丈夫か?俺様が分かるか?魔王軍幹部のコルバルトだ!」


 目が覚めたフルーに向かって叫ぶ。大丈夫かと。しかし、一目見れば分かるであろう。あれは大丈夫ではない。


「プ…プロキオン様…ですか?」


「喋れるのか?」


「大丈夫だよ。君と会話できるように彼の歯と目と舌と耳は残しておいたから」


「──っ!!テメェは黙ってろ!!」


 仲間との感動の再会をタウルスに横から水を差されて、怒りの沸点が臨界点に到達する。


「いいのかなぁ〜?私にそんな態度とっちゃって?」


「なんだとぉ!?」


 タウルスは鞘から騎士剣を抜き、プロキオンの頬に刃の表面を当てる。鋼の冷たさが神経に障り、背中に悪寒が走る。


「何をする気だ?」


「そうだなぁ〜。私はねぇ、今から騎士剣(これ)で彼の首を切り落とそうと思っているんだよねぇ〜」


「なにっ!?」


 タウルスの頬が赤く染まり、身体を興奮させ、性欲に塗れた獣のように過呼吸になる。そこに騎士としての威厳など、最早無かった。


「はぁはぁ、私はね、今こう考えているんだ。この騎士剣で彼の首を落としたら、君はどんな表情をしてくれるのか、すっごい気になるんだよねぇ〜。考えただけでゾクゾクしちゃうよ」


「待ってくれ!俺はどうなってもいい…、だから、フルーは殺さないでくれ!!」


「それなら、私の質問に全て答えてくれるかな?」


「──っっ!!」


 ──狂人。今のタウルスは狂人という一言でしか表せなかった。もう、彼の言うことに対し、素直に耳を傾けるのがフルーを助ける為の最善の判断だと感じた。


「──っ、俺様が答えられる質問には全て答える!だから──」


「分かってるよ。私もそこまで鬼じゃない。あんたがちゃんと私の質問に答えてくれるなら彼の身の安全は保障する」


 タウルスは騎士剣を鞘にしまい、拷問道具を手に取らず、プロキオンに質問を始める。


「魔王軍の幹部は今何人いる?」


「……最高幹部の四天王と魔王様の側近と俺様を含め、全員で十五人だ」


 人質を取っているおかげでプロキオンはすんなりと質問に答えてくれた。メモを取っているタウルスは残念そうに表情筋を落としているが。


「魔王軍幹部の使う得意な魔法と身に宿している寵愛の詳細を教えてくれるかな?」


「……悪いが、俺様は幹部の中で一番弱かったからな…他の幹部と手合わせた事なんかないんだ。だから、幹部の使う得意な魔法とかは…知らない」


「なるほど…。知らないと……」


 すらすらと走らせていた筆がピタッと止まり、指で摘んでいる部分からヒビが入る。


「あんた…、なめてんの?」


「い、いや。俺様は知っている事を全て──」


 タウルスの表情が険しくなる。瞼を細め、騎士剣を抜き、プロキオンの首筋ギリギリで刃を寸止めする。


「私達はね、情報が欲しいの。あんたらを皆殺しにする為の有益な情報を。それ以外の『知らない』とか『分からない』とかの曖昧な答えはいらない訳」


 プロキオンの目の前まで顔を近付け、圧を掛ける。その表情は一見怒っているように見える。だが、あれは違う。心の内でタウルスはこの状況を楽しんでいるのだ。


「もしも、次そんな答えが返ってきたら、彼奴をぶっ殺した後に、あんたには死ぬよりキツい苦痛を味あわせてあげるからね」


 数秒()を置き、タウルスはプロキオンの耳元で脅迫めいた発言をする。その声は氷のように冷ややかだが、言葉に込められる感情からは、その身を炎のように焼くかの如く憤怒が感じられた。


「次の質問だ。今、王国内に魔王軍の間者は何人いる?」


「二十人だ…」


「──そんなにいるのか!?」


 タウルスは下ろしていた髪を結び、騎士服の胸ポケットに入った手鏡みたいな物を取り出した。


「団長、聞こえる?聞こえてるならこのまま話すし、聞こえてなくても話すよ〜」


『ちょっと待て!今こちらも忙しいんだ。後にしてくれるか?』


 タウルスは、手鏡に向かって誰かと話している。相手の声の主の姿は見えないが、団長と呼ばれている事と低い声から、昨日、プロキオンに冷水を掛けた男だと気付いた。


「いや〜、そういう訳にはいかない事態になったんだ。とりあえず、今は団長だけに話しておくよ」


 軽い口調で団長と呼ばれる男と手鏡越しで話していたタウルスだったが、次の瞬間には声色が変わり、冷や汗を流して重い口調で話し始めた。


「王国内に魔王軍の間者がいる。それも二十人だ。今すぐ王国騎士団と衛兵、傭兵団、それと冒険者ギルドにも声を掛けて間者の捜索を。隊長と副隊長は出来る限り集めといて。私もこれが終わったら直ぐに捜索に乗り出す。先にイオを出向かせておくから好きにこき使ってくれ」


『──少し落ち着け。──タウルス、その情報は本当なんだな?』


「ああ、間違いはないと思うし、もう一刻の猶予もない」


『分かった。ハーマル達には出来る限り応援を要請する。それと、近衛騎士団にも声を掛けてみるとしよう。彼らなら話に乗ってくれる筈だ』


 最後に団長が近衛騎士団にも要請する為に業務を中断し、タウルスとの通信も切った。手鏡に写っていた団長の姿と声がなくなり、鏡は真っ暗になる。


「さて、こんな事になってしまったからにはもう時間がないね。一応聞くけど、間者の中には魔王軍の幹部はいる?」


「いる」


「それはまずいな。──何人、幹部が潜入している?」


「多分、二から三人くらいだ」


「居場所は分かるか?」


「流石にそこまでは分からねぇ。俺様も全て知っている訳じゃあないんだ」


 タウルスは、『分からねぇ』と言う言葉に反応し、剣の柄に手を掛ける。


「曖昧な返事は止めろと言っただろ」


 タウルスは、目にも止まらぬ速さで剣を抜き、即座に磔にされたフルーの首を切り落とした。


「──な!?や、約束が違うぞ!フルーには手を出さないって……」


 プロキオンは、自分の足元に転がって来たフルーの頭見るが、状況を飲み込めないでいた。


「先に約束を破ったのはそっちだ。まぁ、こっちとしては、聞きたい事も聞けたし、今は時間と心の余裕がないからねぇ。私は、失礼させてもらうよ」


 タウルスは荷物を纏め、そそくさと牢屋を出て行ってしまった。


「なんか大変そう」


 マリーナも相変わらず気怠そうな表情をしながら、牢屋を出て、鍵を閉めて何処かへ行ってしまった。


 ただ1人、牢の中に残されたプロキオンは、自責の念に駆られていた。


「すまない、フルー。俺様の所為で、俺様のたった一つのミスでお前を殺してしまった」


 後悔してもしきれない。ただ、間違った選択をし、その結果を眺めていた自分への憤りしか感じなくなってしまった。


「くそ……くそ、くそ」


 目から涙が溢れる。目線の先には、今まで自分が殺してきた首から上がない人間達のような遺体が、力なく磔にされている。まるで、自分の今までの罪と業に向き合えと、遺体が話しかけてくるようだった。


「ごめん…フルー……本当にごめん……」


「誰でもいい。誰か、俺様を殺してくれえええぇぇぇぇ!!!」


 悲痛な嘆きと叫びは、ただ、牢の中に響くだけで誰かの耳に入ることは無かった。

【豆知識】

 前話から登場した王国騎士団の隊長と副隊長は、横道12星座がモチーフになっています。

 今回の話しでタウルスが使っていた手鏡は、魔道具と呼ばれる特殊な技法で作られたアイテムです。因みに、今回使った魔道具は、所有者と所有者を繋げる鏡『ダイアミラー』と言う物です。この魔道具は少ないながらも量産が可能となっており、王国騎士団の隊長は全員携帯しています。

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