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勇者の弟  作者: ドル猫
第2章『アインリッヒ大学編』
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第2章 74『嘘』

 白い壁に囲まれた部屋の中に一輪の花が植えられた花瓶、それと林檎が三つ入った籠が置かれている。この部屋の中で、硝子の板を隔てて対面して座っているのは片方にアスタ、そしてもう片方にミカエルとヨハネだ。


「……久しぶり」


「うん。アスタも元気そうでよかったよ」


「ほんと、安心したぜ。お前とコードさんが独房にぶち込まれた〜なんて聞いてたから、もしかしたら学校にも戻って来ないかもって思ってたんだぜ」


 ミカエルもヨハネもいつも通りの笑顔でアスタと話を始められた。この事実だけで、アスタは心が落ち着き、安堵の表情を二人に見せた。


「…悪かったな。心配掛けて。……学校はどうなってるんだ?」


「学校は今臨時休校だよ。講師の人達が皆戦場の後始末に追われてるみたいだし、授業どころじゃないよね」


「ああ、いつまで休みか分からないし、親元へ帰ってる奴もいる」


「そうか……。なあ、あの後は…そっち、何もなかったのか?」


「………」


 自分達が部隊を抜けて単独行動を取った時、あの時、アスタとコードだけでなく副隊長のティポンまでもを隊列から離れさせてしまった。アスタはコードを助ける為とは言え、この選択に遺恨を残してしまっていた。


「………それなんだけどな…」


「皆無事だよ!」


「!?」


 ミカエルの言葉を遮って、ヨハネが大きな声、それも笑顔で無事の報告をアスタに伝えた。この第一声にミカエルは困惑の表情を浮かべた。


「一度、魔獣が押し寄せて来たんだけど、騎士の人達、みんっっな強くって、あっという間に倒しちゃったんだよ!!」


「ヨハネ!」


 ミカエルが強い腱膜でヨハネの肩を掴んだ。


「……どうした?」


 突然のミカエルの変わり様に空気が一度静まった。


「……いや……ごめん。なんでもない。………ああ、ヨハネの言う通り、皆無事だ」


「そうか……。良かった」


 少しの間を空けると、段々とミカエルは冷静さを取り戻し始めた。しかし、声は寧ろ沈んでいた。加えて、ミカエルの表情には何かハッキリとはしないが、一種の曇りがあった。


「ところで、コードさんは無事だったの?僕ら、今日アスタとの面会が許可されるまで、アスタが無事なのか確認できなかったし……」


「コードは無事だよ。…ただ、学校に復帰するのは俺よりは遅くなりそうだけど…」


「──!!……それって、俺の所為だよな…。あの時、俺が余計な事言わなかったら…」


「そんなに気にするなよ。別に怪我した訳じゃないし。学校に遅れる理由もデネブさん達に今回の単独行動を謝りに行くから遅くなるだけっぽいし」


「……そうだったのか。……いや、兎に角無事ならいいんだ」


 ミカエルは安堵の表情を浮かべているが、謎の曇りは未だ晴れていない。アスタもヨハネもそれに気付けない程馬鹿ではないが、二人共違う理由で今は聞くに聞けなかった。


「……………あのさ」


「──ん?」


 面会終了時刻が迫る中、意を決した顔つきでアスタが二人に声を掛けた。


「二人は……あの時の俺の行動ってどう思ってる?」


「──え?」


「…あの時、コードを助ける為とは言え、無断で隊列を離れて、皆に迷惑を掛けた。後悔がない……って言ったら嘘にはなるけど、俺はあの時の選択としては今も間違ってなかったとは思っている。……でも、サム講師からは別の選択肢があったんじゃないかって問われたんだ。そして、地下牢にいる間、その答えを考えろと。……何回も考えた。何度もあの時の光景を思い出した!………けど、今日もその答えは見つからなかった。…………そこで、二人に聞きたいんだ。あの時の俺の行動は間違ってなかったのか、俺は他に何をすればよかったのかを。……頼む」


「……………」


 明らかに空気が変わった物言いにミカエルもヨハネも直ぐに答えを出せなかった。特にミカエルはこのアスタの言葉に何か思うところがあるのか、最初よりも頭を下げ、強く握り拳を作った。


「……ごめん。悪いけど、その答えは僕も分からないかな」


 長考の末、ヨハネが行き着いた答えは分からないであった。ヨハネは机の上に置かれている籠に手を伸ばすと、そこから一つ林檎を掴み、そのまま丸齧りした。


「でも、僕はアスタが間違った行動なんてしてないと思うよ。クラスメイトを助けたいと言う理由だけで安全を捨てるなんて僕には出来ないよ。それに結果論だけど、良い方向には進んだじゃないか」


「………アスタ……あの場にいた俺が言えた事じゃないし、元は俺が悪いんだが……俺もヨハネと同じ意見だ。だけど、サム講師の言う通り、何か別の選択肢があったのは事実だ」


「それって?」


「それをお前が考えろって事だろう。……まあ、けど一人じゃ答えが出ない時もあるか。よし、じゃあヒントをやる。お前もそう思っているみたいだし、ヨハネも言ってたが……お前は間違ってはいなかった」


「なにそれ?」


「どう言う意味?」


「悪いが、これ以上のヒントは出せん。後は自分で考えな」


 課題の全てを他人の答えに委ねるのは違う。ミカエルはそう判断したのか、出来る限りのヒントを与えた。


「時間だ。面会は終わりだ」


 扉が開き、外で待機していた衛兵が部屋の中に入った。


「だそうだ。それじゃ、頑張り給え。待ってるからな」


「戻ったら、無事を祝って三人で祝勝会やるよ!」


「ああ……」


 ミカエルとヨハネは衛兵が開けた扉を潜り、面会室から退室した。


 それから暫く時間を置いてから、アスタは籠の中の林檎を取り、自分の牢へと戻った。戻る途中、あの不気味な騎士の横を通り過ぎないといけなかったのが、アスタに軽い恐怖を思い出させたが、運が良い事にその騎士は本を顔に乗せ、居眠りをしていた。


(エグゼさんとは別の意味だけど……この人は本当に騎士なのか?誇りとかはないのか)


 アスタは居眠りしている騎士を横目に牢の中でミカエルとヨハネに言われた事を思い出していた。


(間違ってはいなかった……か)


「ねえ」


 すると、隣の牢のコードがアスタに声を掛けた?


「……え?」


「誰か面会に来てたんでしょ?」


「うん、ミカエルとヨハネが」


「何の話してたの?」


「他愛のない話だよ」


「……ふーん……。ねえ、その二人、皆があの後どうなったか言ってなかった?」


 どうやら、コードも置いていったクラスメイトが心配なようだ。


「ああ……ヨハネが皆無事だって言ってた」


「そう」


 表情は見えないが、彼女が安堵しているのは息の音で分かる。

 アスタはこの時、地下牢に入れられた日にサムの口から発せられたある言葉を思い出していた。それは、コードの素性である。

 アスタに取って、分かっているコードの素性と言えば、ローグの親戚と言う事と剣術の腕がクラスで一番長けていると言う事だ。それ以外に彼女の素性がどう騎士に関わっているのか、サムが、コードに何故素性を明かさなかったのかと聞いたのか、アスタには分からなかった。


(そう言えば……ローグさんとは最近会えてないな……。寮生活だから会えないのは当然だけど……。でも、あの人、王族の執事だから王都にいる筈だし…………あっ、それじゃあローグさんも今回の魔獣騒動に巻き込まれたのか……。無事かな………無事だと………………………)


 ここでアスタの意識は途切れた。


△▼△▼


「──────タ」


 暗闇の中で何がの声が聞こえる。


「───タ……────スタ」


 懐かしい感じ。聞き覚えのある声だ。こんな事は昔にもあった。


「──スタ!」


 段々と声の圧が強くなる。この声は自分に呼びかける声だ。


「アスタ!!!」


「うわああ!!!!」


 大声を耳元で叫ばれた。このあまりにも急な叫び声にアスタの意識は暗闇から引き上げられた。


「────っぅぅ」


 耳鳴りがキーンと聞こえる。


 アスタは、まだ完全に覚醒し切ってない脳を無理に起こす為に頬をビンタし、辺りを見回した。


「…………あれ?」


 ところが、アスタの眼前に広がっていたのは、硬い壁と檻ではなく、まるで雲の上にいるかのような、どこまでも続く白い世界だった。


「…………」


 この不可解な光景を前にアスタは目を服の袖でゴシゴシと擦り、二度瞬きもした。しかし、白い世界から光景は戻らない。


「………なんだ、此処は?」


 身体を起こし、右手の掌を白い地面に付けた。


「やっと起きたか」


 すると、ふと後ろから聞き覚えのある──いや、ずっと聞きたかった声が聞こえてきた。


「……え?」


 恐ろしく、そして期待を含んだ感情がアスタの心の内を支配した。

 アスタはその感情の奴隷のまま、ゆっくりと後ろを振り向いた。


「よお、久しぶりだな」


「………兄さん!」


 白い世界からアスタに声を掛けていたのは、なんとレイドだった。

 ()()のままの姿のレイドを見た途端、気付けば、アスタは無我夢中で駆け出していた。そして、その勢いに乗り、そのまま抱き付いた。実態は──ある。生きているのだ。


「会いたかった!会いたかったよ!兄さん!!」


「ああ、ただいま。……アスタ」

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