第2章 73『会合』
魔獣襲撃から四日。
──王都の中心に位置する宮殿、そこでヘリオスとルナは今回の事について会合に参加する為に宮殿内で王族の護衛を任されている近衛騎士団の一人に案内されながら、廊下を歩いていた。
「そうか……。オムロくんは死んだか……」
この移動の最中、ヘリオスは漸く、今回の戦いでの殉職者が載った紙に目を通せた。その中には、戦いの前に団長室で共に仕事をしたオムロの名前もあった。
しかし、今は仲間の死を悲しむ時間ではない。これから行うのは、今後の国の行末を決めるであろう大事な会議だ。仲間一人の死に嘆いてなどいられない。
「着きました。中で皆様がお待ちです」
案内していた近衛騎士が豪華な装飾が施された扉の前で立ち止まると、彼はヘリオス達が通るのに邪魔にならないよう二歩右へ動いた。
──コンコンコン
手の甲で扉を三回叩いた。
「入れ」
すると、扉の奥から渋めの声がノックに返事をした。
「失礼します」
扉のドアノブを回し、ゆっくりと扉を開け、ヘリオスとルナは室内へと脚を踏み入れた。
室内には既に王国の大臣十数名や、衛兵団団長のクバル、ミュラ、リゾットの三人、傭兵団団長のバンガ、衛兵団大隊長のジャルド、ベールの二人、王国騎士第一師団副隊長のプロキソス、第二師団隊長のタウルス、副隊長のイオ、第五師団隊長のレオ、副隊長のネメア、第十師団副隊長のティポン、近衛騎士団副団長のロイド、そして、アインリッヒ大学講師のサムと校長のグレースの姿があった。
ヘリオスとルナは大臣やその他の組織の者達に会釈した後、用意された自分達の席に座った。
「……さて、お時間になりましたので、これで全員集まったと言いたい所ですが……王国騎士団、お二人程、欠席されているようですね」
大臣の一人が話し合いの口火を切り、最初に今回の戦いに参加していた隊長のハーマルとデネブがいない事を指摘した。
これに対し、プロキソスとティポンは挙手をした。すると、大臣にどうぞと言うジェスチャーを受け、二人は席から立ち上がった。
「王国騎士第一師団副隊長のプロキソス・コルキスです。第一師団隊長ハーマル・メサルティムは、昨日目を覚ましましたが、此度の戦いで身体の一部機能が不自由になってしまいました。よって、暫くの間は私、プロキソス・コルキスが隊長代理を務めます。副隊長代理はアオ・クラリウスに任せました」
「同じく、王国騎士第十師団副隊長のパーン・ティポンです。……大変申し上げにくいのですが、隊長のデネブ・アルシヤトは、現在、とてもじゃないですが、人と話せる状態ではありません。なので、今回の会合は私だけの参加になります。ご無礼をお許しください」
「うむ、いいでしょう。ハーマル殿の件はこちらでも聞いてはいますし、デネブ殿も……色々と大変だったようですな。着席を」
粗方の理由を聞いて納得した大臣は今度は言葉で着席を促した。
二人は全体に一礼してから、自席に座った。
「…では、始めましょうか」
二人が座り、一間空けてから、司会をしている大臣は本題へと移る。この場にいる全員の表情が引き締まり、緊張感が高まった。
「先ず、今回の魔獣騒動……皆さんが気にしている被害についてはお手元の資料をご拝見してください。
今日、我々が話し合う内容は、今回の騒動の原因についてです。…此方については衛兵団と王国騎士団が合同で調べているとの事ですが……衛兵団団長の方々、王国騎士団団長ヘリオス、隊長のタウルス…ご起立を」
「……はっきり申し上げますと、今回の魔獣騒動の原因については未だ調査中です」
呼ばれた五人はほぼ同時に席を立つと、先ず最初に今回の戦い、前戦で囮も務めたクバルが話を切り出した。
「ほう」
「……先ず大前提として、今回現れた、魔獣の大群……その第一発見者である衛兵、マウザーによると、保護区付近で霧の中から突然現れたと申しております」
「突然……。それもヘクス運河内の保護区で……。ゲミシトラでは何も異変はなかったのですか?」
「北のゲミシトラ近辺に関しましては、既に向こうのハーフ傭兵団と共に確認済みです。調査した者達によれば、特に異常はなかったとの事」
「では、東と西は?ミュラ、リゾット」
「はい。ガハリシュ付近の東は調べ尽くしましたが、特に異変も異常もありませんでした」
「西も同じくです」
彼らの発言から、王国の東、西、南領土を管理している衛兵団の長達ですらも、今回の魔獣騒動の原因を突き止められていなかった。
「そうですか。……では、王国騎士団の方は何か報告する事はございませんか?」
「申し訳ありませんが、衛兵団と同じく、我々も調査中なのには変わりありません。ですが、今回前戦にいた者達に今回の戦いについて聞いた所、幾つか不自然な点が浮かび上がってはきました」
「ほう……その、不自然な点とは?」
「はい。…タウルス!」
タウルスは軽く頷き、会話のバトンを受け取ると、紫色の水晶をテーブルの上に置き、それに魔力を注ぎ始める。すると、何もない空中に半透明の地図がした。
これは、魔力で立体映像を作る事が出来る魔道具『エアピクチャー』である。性能だけ見れば便利そうな物だが、実はこの魔道具、写せる映像は魔道具一個につき、一つまでとなっている。無論、我々現実世界のカメラのように削除機能のようなものはない。なんとも器用貧乏な魔道具である。ただ、その代わりに量産が可能になっている。
タウルスは教鞭を映像の中にある保護区の位置に当てると、王国騎士団の見解の説明をし始めた。
「…先ず、大前提として今回の魔獣が何処から来たのか…ですが、これに関しては我々は魔王領から来たものと考えています」
「しかし、奴らは北から来たんだぞ。仮に魔王領を出て、この王都を攻撃するのなら、南へと回り、そこから攻撃をする筈ではないのかね?」
大臣の一人が手を挙げ、タウルスに意見した。
「はい。確かに、魔王領から王都を攻撃するには運河に沿っての大移動が必須となります。ですが、その痕跡は見つかりませんでした。これは衛兵団の皆様方と我々が調べて分かった事です。では、どうやってあの魔獣達が北からの奇襲に成功したのか、我々は想像を飛躍させて考えました。
……憶測の域を出ませんが、結論から申し上げますと、今回の魔獣達はおそらくヘクス運河を超えてやってきました」
これについては大臣やその他の者達も予想していた事であった為、そこまで驚いた表情はしていない。
「……ガハリシュ近辺の森にいる魔獣のように元からいた魔獣が偶然にも集まって団体行動をしたと言う線はないのかね?」
「それも考えましたが、あの数の魔獣が運河内にいたとは考えられませんでした。やはり、どう考えても魔王領、もしくはヘクス運河の外、南にいる魔獣がヘクス運河の内側に入ってきたとしか……」
「では、どうやって魔獣達はヘクス運河を越えたんだ?魔人がいたとの報告もあったが……そうだ!魔人だ!タウルス、捕虜にした魔人から何か聞けなかったのか?」
「いえ、まだ何も。捕虜にした魔人に関しましては、今もノヴァードが尋問していますが、精神が錯乱していて、会話どころの話ではないようです」
「そうか…」
「話を戻します。今回の不自然な点の一つ、魔獣がどうやってヘクス運河を越えたのかですが、我々王国騎士団の考えは………魔獣が空を飛んで運河を越えたか、もしくは、地面を掘って地下からヘクス運河内に入ったか、或いはその両方だと予想しています」
「なに?」
突拍子のないタウルスの結論に大臣だけでなく、まだ事情を聞いていないロイドや他の組織の者達も興味深そうにその話に耳を傾けた。
「勿論、まだ確定ではありません。あくまでも予想です。………しかし、今回の騒動の規模を考えると、少なくとも一年前から敵は今回の件を計画をしていた可能性は高いです。おそらく、長い時間を掛けて、少しずつ魔獣をヘクス運河の内側に入れていたのでしょう」
「入れていた?まるで、人為的に誰かが魔獣を操っていたかのような言い方だな」
「ええ、正にそれです」
「──!?待て待て待て。それはあり得ない」
挙手もせず、ロイドがタウルスの話を遮った。
「タウルス、俺も元王国騎士団で、魔王領への遠征の経験もあるから知っているが、魔獣は餌となりえる物はなんでも襲う性質がある。それは魔人も例外じゃない」
「ええ、ロイドさんの言う通りです」
「なら……」
「ですが、今回、魔獣達が魔人を襲う素振りはありませんでした」
「なっ、なんだと…!?」
「じゃあ、魔人は、魔獣に襲われない術を身に付けたのか!?」
場が騒めく。怒号などではないが、事情を知らない者達は、事情の知らない者同士で自分達の憶測を話し始める。
「静粛に!!!」
すると、場の状況を察して、司会をしている大臣が一喝を入れた。
再び、会合の場は静まる。
「失礼しました。タウルス殿、続けてください」
「はい。──では、先程の質問にお答えしまして『魔人が魔獣に襲われない術を身に付けたのか』と言う意見がありましたが……我々はそうは考えていません。おそらくは、今回の魔獣達は操られていたのでしょう」
「は?」
「待て。さっきの私の発言は半分冗談みたいなものだ。真面目に受け取るな」
先程、魔獣が操られていたのではと発言した大臣が慌てて、タウルスを静止させようと自席から立ち上がる。
「……保険衛生大臣どの。我々は本気です。本気で今回は魔人が魔獣を操っていたと考えています」
「そんな馬鹿な……」
「そうでないと……もう一つの不自然な点、訓練されたような魔獣の隊列……いえ、あの作戦行動とも呼べるべき動きは説明出来ないのです!」
仕事モードのタウルスは相当真剣だ。北門前でも僅かにヘラヘラ出来ていた余裕は今のタウルスにはない。
「この仮説を裏付けるように、王都にも時折りやって来る運送業を生業としている御者の女性が、鳥の言葉を理解し、意思の疎通が出来ています」
「まさか…『寵愛』か……?」
「そうです。おそらくは魔獣を操る寵愛、もしくはそれに準ずる力……或いは魔道具を持っていた魔人があの戦場の何処かにいたのでしょう」
「……ん?じゃあ、途中で魔獣の動きがバラバラになったのは?」
ジャルドの言葉に全員が耳を立てた。
「おそらく、なんらかの理由があって、魔獣を操れなくなったのでしょう」
「その魔人は……殺してないのか?」
「はい。北門前の前線で我々が発見した魔人にそのような魔人はいませんでした。ですが、南のアークトゥルス山脈で第十師団隊長のデネブが討った魔人……その魔人が魔獣を操っていた可能性があります」
「ならば……」
「しかし!!……皆さんも知っている通り、我々が戦っている間に、此処から南南西にある村、イラミが魔獣によって壊滅したのはご存知ですね?
実は、報告にあったデネブが魔人を討った時間と魔獣の動きが崩れた時間が一致していました」
「!?」
「そして、その十数分後にイラミは壊滅したと思われます。つまり、デネブが討った魔人は、おそらく囮。囮が死んで正体がバレる可能性が高まったので、魔獣を操るのを辞めたのでしょう」
「まさか……」
「今回の魔獣騒動の大元は、まだ生きています」
長い間が空いたような空気であったが、それは気の所為である。ただ、強い緊張感と緊迫感を前に時間がゆっくりと進んだように感じただけだ。だが、それ以上にこの場にいる者達を襲ったのは────
まだ恐怖は終わっていないと言う現実であった。
「ジャルド、ベール!!今直ぐ全ての大隊長に伝えろ!!!兵力を総動員し、王国に潜んでいる魔人を見つけ、片っ端から捕えろ!!!」
「はっ!!」
この現実にいち早く動こうとしたのはクバルだった。もしも、まだ敵に余力があるのなら、他の都市な街を襲わないと言う保証はない。その焦りが、一刻も早い指示へと繋がった。
「待ってください!!」
そこに待ったを掛けたのは初めに起立してから説明をタウルスに任せ、隣にいるだけだったヘリオスだった。
「…クバル団長、落ち着いてください。衛兵団を動かすのは少し待って頂けますか?まだ、会合は終わってません」
「………すみません。取り乱しました」
クバルは全体に謝罪をし、ジャルドとベールを座らせた。
「タウルス、ありがとう。もう大丈夫だ。ここからは私が説明する」
「はい」
ヘリオスはタウルスから会話のバトンを受け取ると、全体を見回し、軽く息を吐く。
「先程のタウルスが述べた見解の通り、我々は、今回の魔獣騒動の大元……原因はまだ生きていると考えています。しかし、それを見つけ出すのは、我々であっても、衛兵団の人海戦術を使っても、不可能です」
「なっ!?何故だっ!!衛兵団の力を使えば、この大陸の凡ゆる場所を探せる!!ヘリオス、我々の力を嘗めないで貰いたいな!!」
ヘリオスの発言にミュラが机を叩き、大きな音を出しながら反論した。
「……それは大元が魔人ならの話ですよね?」
「なに?」
「おそらくですが、今回の大元は……魔獣を操っていたのは、我々と同じ…人です」
このヘリオスの言葉に王国騎士団とロイド以外は表情が固まった。これは、ここの会合に参加する前にある程度の話を聞いていた騎士、そして、この可能性もあると予め考えていたロイド、それ以外と言う反応に分かれている。
「話を続けます。この結論に至った理由は、先ず、魔王領から魔人、そして魔獣をヘクス運河内に入れるにはゲミシトラに常に在留している騎士の監視の目を擦り抜ける必要があります。
そして、皆さんの知っての通り、ゲミシトラからの魔王領の監視には主に第一師団、第三師団、第四師団、第五師団と、王国騎士団の中でも選りすぐりの精鋭が当たっています。なので、普通に考えれば、例え人間の協力者がいたとしても、魔王領から王国領に入るのは難しい筈です」
「全くもってその通りだ」
「しかし、魔王領からヘクス運河内に持ち込まれたのは魔獣ではなく、卵ならどうでしょう?」
「卵!?」
全く予想もしていなかった言葉にルナとタウルス以外、一同が反応を示した。これは、この場の会合に参加している王国騎士団達にもまだ伝えていない内容である。
「仮に約一年前……いえ、それより少し前に魔獣の卵を持ち込み、ゆっくりと育てて、孵化させた後、穴掘りの得意な魔獣の力で運河の内側から魔王領まで穴を掘り、そして、その穴と空を使って、人目につきにくい濃霧の日に魔王領の魔獣を移動させたのだとしたら、どうでしょうか?これなら、我々の監視の目を擦り抜けて、誰もが予想しない意識の外、ヘクス運河の内側に入れるんじゃないですかね?」
「………」
「そして、その卵を王国領へ運んだのは……人。我々と同じ人ならば、懐にでも魔獣の卵を……いえ、この際ガハリシュ近辺にいる魔獣の卵でも盗めれば、我々の目を掻い潜り、今回の騒動を起こせます」
木を隠すなら森の中と同じ理屈。人が人を隠している。そして、この想像を超える敵の動きを予測出来なかった全員に責任がある。
「では、どうする?その、大元が生きている限り、今回のような事が今後起きないとは保証はできんぞ」
「分かっています。ですが、大元が我々と同じ人な以上、闇雲に探しても見つかりません。
先ずは、魔獣の移動に使われたであろう地下道を探しましょう。もしかしたら、何かしらの手掛かりが残っているかもしれません」
「よし。ならばそれはわしら衛兵団に任せてもらおうか」
衛兵団の長であるクバルが率先的に王国騎士団の立てた仮説に協力を申し出た。
「はい。お願いします。では、我々王国騎士団は、暫く魔王領の雪山に三師団程配置します。もしも、今回の大元で人て、尚且つ魔王軍と繋がっているのなら、どうにかしてでも魔王領へ帰らなくてはいけない筈です。そいつが雪山を通るかは分かりませんが、万が一の為に……」
「いや駄目だ。王国騎士団は今は王都と四大都市の守備に当たるべきだ。向こうに置くとしても、一師団までだ」
「…はい」
ヘリオスの意見ももっともな意見ではあるが、大臣からのそれ以上に保守的、且つ市民全体の安全を守ろうとする意見に反論は出来ない。
「では……ここからは……」
コンコンコン
次の議題に移る寸前、ノックの音が三回鳴った。突然の会合の中断に大臣達は遅刻しておいてよく扉を叩けたものだと思ったが、もう既に用意された椅子は埋まっている。
「入室を」
その事を不思議に思いながらも議長は入室を許可した。
「失礼します」
すると、全員が今の聞き覚えのある声に反応し、姿勢を正した。先程まで適当に話を聞き流していまレオまでもが。
一秒にも満たない時間で扉は開き、入室してきたのは片眼鏡の王直属の執事、ローグだ。
そして、ローグの後ろにはメイド二人に横を支えられながら、質素に見える白い服を纏った白髪の男がゆっくりと入室した。この男の姿が見えた途端、大臣も騎士も衛兵も傭兵も関係なく、自席から立ち上がり、お辞儀をした。
「……直ってよいぞ」
この言葉の後、一斉にお辞儀が解かれた。
「お久しゅうございます。……王。その後のお身体のお加減は…?」
「問題ない。…‥と言えば嘘になる。……そんなに硬くなるな。座るがいい」
会合の場に現れたこの男、何を隠そう、この男こそが。シミウス王国現国王ルゲ・シミウスである。
ルゲはローグが用意した椅子に座ると、立っている者達にも座るよう促した。
「連絡もなしに突然の会合の参加、申し訳ございません。しかし、この会合への参加はルゲ様自らご判断の元、参っております故、ご容赦を」
「そうでありましたか」
「民の血を流してしまった今回の魔獣襲撃に関しては、国の王として、私もこの会合に参加しなくてはならない。──続けたまえ」
王としての責任からか、ルゲは病に侵された身体に鞭を打って、この会合に参加したのだ。並大抵の覚悟ではない。
「では、私から」
狸のように腹が膨れている大臣の一人が挙手をした。
「どうぞ。農業大臣のカリルド殿」
「はい。実は、今回の魔獣襲撃の際に出た避難民を食わす為の各都市や街の備蓄がかなり減っています。このままでは避難民を全員に配れる食料は後一週間もしない内に無くなるでしょう。そうなる前に国が持つ畑と食料庫を一つずつ解放してはどうでしょうか?
王都の安全の確認を取れるまで時間はそれで稼げると思います」
次の議題は食料に関してだ。これも人の生死に関わる議題な為、大臣達は明るい表情はしていない。
「二つだ」
「え?」
誰も喋ろうとしない中、ルゲが口を開いた。
「城の食料庫と畑を二つずつ解放しろ。いいな?」
「はっ、はい!」
重要な問題の筈が、王の一声で全てが決まってしまった。それも、城の食料庫言うと、自分の所有物。それを解放すると言うのだ。
「では──」
* * * * *
その後も六十分に渡り、議論は続けられたが、これ以降はルゲが口出す事はなかった。しかし、時折り下を向いて咳込むものであるから、その度にローグが不安そうな表情をしながら助けを入れている。
「……他に議論すべき事、報告すべき事はございませんか?」
誰も手を上げない。
「では……」
「少し待ってください」
これで解散と口に出そうとした時、ルゲの隣にいるローグが会合の終了に待ったを掛けた。
「……ルゲ様から皆様にお伝えしたい事があるそうです。その言葉を代弁します」
代弁と言う事は今、ルゲは不本意ながら喋れないのだろう。もう身体が限界なのだ。
「二ヶ月後の今日、広間にて勲章授与式を執り行う。詳しい事は追って連絡する。それと、サム殿とグレース殿は会合終了後、残ってもらいたいと。よろしいですか?」
「承知しました」
サムとグレースが頷きながら返事をした。何故、大臣でも騎士でもない、今回偶然な形で戦闘に参加した二人が王に呼ばれるのか、疑問に思う者もいたが、気まぐれだろうと思い、深くは考えなかった。
「では、これにて会合を終了する。解散」
* * * * *
会合が終わり、サム、グレース、ルゲ、ローグ以外の者達が急ぎ足で退室し終えると、片付けもされていない部屋の中でルゲがサムの方を見た。
「……何故私達を残したのですか?」
「聞きたい事があった……ゲホッ!!」
サムの問いかけを答え切る前にルゲは息が多い掠れた咳をした。
「王!喋らないでください。お身体に障ります」
「よい、これは私の口から喋り、この耳で聞かねばならぬ」
ローグの心配を払い、ルゲは今一度眼力を強くしてサムと目線を合わせた。
「………私の娘は…無事か…?」
「ええ、無事です。多少のお怪我はされましたが、既に治療済みです」
「そうか。良かった……。これからも頼むぞ。サム」
「はい」
サムの言葉に一時の安心感を覚える一方で、陰か入ったグレースの不安そうな表情をローグは見逃さなかった。しかし、元王国騎士団隊長のサムが無事と言うのなら無事なのだろうと。この男に限って嘘は吐かないだろうと思い、信じる事にした。
△▼△▼
「アスタ・ホーフノーくん。面会の時間だよ」
気怠そうな第二師団の騎士が本片手にアスタの地下牢の鍵を開けた。
「面会?」
「そっ、君のお友達が面会に来てるよ。あっ、場所はそこの階段登って、突き当たりを右ね。分かりやすい部屋だけど、迷ったら戻ってきてね」
「え?付いて来ないんですか?」
「うん。僕は此処で本読んでる」
「はあ」
アスタは、彼は職務怠慢なのではと思ったし、もしこれがアスタじゃなかったら逃げるかもしれないんだぞとも思いながら牢を出た。
(でも、この人だって騎士……。逃げようなんて思ってないけど、もし仮に逃げようとしても直ぐに捕まるんだろうな)
「逃げようなんて思ってないけど、逃げようとしても逃げ切れないよな〜って表情してるね」
「!?」
「あっ?やっぱりそう思ってた?大丈夫だよ。仮に君が逃げても僕は追いかけないよ。読んでる本が面白くて、目が離せないんだ」
「……それこそ、職務怠慢じゃないんですか?」
「だね」
考えが読まれてしまった事に驚きが抜けず、つい思っていた言葉を口に出した。騎士はその発言に対しても否定はせず、短い肯定の返事をしながら読書を続けた。今の彼にアスタは映っていないようだ。
(不気味だな……)
「今、不気味だなって思ったね?」
「──ッ!」
アスタは逃げるように階段を上った。段々と遠ざかっていく足音に、本の内容から一瞬目を離した騎士は悪戯好きな少年のようにはにかんだ笑みで笑った。