第2章 72『戦後の王都』
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魔獣との激闘から一日。戦闘の跡が大きく残る北門前ではマスクを付けた衛兵達が戦後の後片付けをしていた。
「………っ、こりゃ酷い」
後片付けと言っても、やる事は死体の処理と生存者の確認と一部街道の清掃である。なんとも嬉しいとも楽とも言えない嫌な仕事であるが、誰かがやらないと二次被害が広がり、今回の戦い以上の被害者が出る可能性もある。
「まだ仲間の死を悲しむ時間じゃない。さっさと終わらせようぜ」
「……ぐっ」
中には同じ釜の飯を食べた戦友を見つけたのか、膝を地面に付いて、涙を流す者もいる。
しかし、今はそんな弱音を吐いてる時間もない。戦闘は終わったが、南門以外は同じように屍の山が積み上がり、とても人が通れるとは思えない。なので、暫くの間、王都の住民達は四大都市のワーム、ワーボン、ガハリシュをメインに複数の村や街への避難を余儀なくされた。
△▼△▼
この王都の病院は、大陸各地から派遣された優秀な医師達が勤務しており、日夜、交代制で二十四時間病院を動かしている。そんな病院が、今は一般の患者は一人も居らず、全て今回の戦いに参加した怪我人達でベッドは埋め尽くされている。
「つーわけで、これが衛兵団全体の被害です。目を通しておいてください」
「すまんな」
その病院の一室で、衛兵団大隊長のベールが同じく大隊長のジャルドに十数枚の書類を手渡した。
「……やはり、ルケラ大隊はほぼ壊滅か」
「ええ。前線にいたルケラんとこの兵達は一人を残して全滅。今は別の任でガハリシュにいたルケラ大隊の残り半分、ダビ中隊がルケラの代わりをしています」
「ダビか…」
「確か彼女、貴方の元部下でしたよね?もしかしなくても、人数補填の為に旧ルケラ大隊は全員貴方の隊に加わるんじゃないんですか?」
「………」
「聞こえてますよ」
病室のカーテンが開けられると、そこには紫色の髪をした女、ダビが立っていた。
「ああ、これは失礼。ダビ中隊長。いえ、今は大隊長代理でしたね」
陰口のように言っていた事を聞かれたベールは焦る様子を見せず、逆に開き直った態度を取った。
「その変な敬語、やめてください」
「一応、今は君と俺は立場は同じなんだ。敬語にもなるさ。……おっと……ところで、君は何をしに?確か今は戦場の後処理を任されていた筈じゃ?」
「時間に余裕が出来たので親友の見舞いに来ただけです。悪いですか?」
「いいや」
「……では、失礼します。ジャルドさん、また来ます」
「…ああ」
病室の中は何とも言えない気まずい雰囲気になった。
「…嫌われたかな?」
△▼△▼
「…ランス」
「──!…ダビか」
ジャルドの病室から二つ奥の部屋、そこではルケラ大隊唯一の生き残り、ランスがベッドで骨折した脚をシーネ固定されて横になっていた。
ランスの怪我は、腕を失ったジャルドよりかは比較的にマシな状態だが、一時、瓦礫の下に生き埋めになった事による頭部からの大量出血、右脚の骨折、そして、既に終わったが、腹部に刺さった瓦礫の破片を取り除く為の手術の際に後遺症を負ってしまった。ランスはこれらが原因で暫くは入院生活だそうだ。
「………」
「……ダビ、もう聞いてるよ。俺以外死んだんだろう?ルケラも…シャルも…」
「ああ」
「…………さっきさ、夢を見たんだ」
「え?」
「四人で一緒に過ごした学生の時の夢……」
「…そう」
「あの頃は…楽しかったなぁ」
△▼△▼
王都から東に約十五粁、鼻をつく酷い悪臭にタウルスとイオを先頭に第二師団の面々は強く鼻を摘む。
「……ははっ、凄いね」
タウルス達の目の前に飛び込んできた驚くべき光景、それは見渡す限り、地平線の先にまで続いている腐り掛けた魔獣の死骸だった。
「ざっと見ただけでも一万から一万五千は倒してますね。これをたった二人で…」
「本当、彼らが魔人じゃなくて良かったよ。もしあんなのが敵だったらって思うと……ゾッとするなぁ」
「そう言う割には、余裕そうですけど」
「え〜……そんな事ないよ〜」
第二師団が此処に来た理由は二つ。ヘルドが放棄した東の前線の結果とその状況の確認と報告だ。
そして、今回この仕事をする事になった第二師団のタウルス、イオ、ニルヴァーナ、ゴーシャ、アシュヴァ、計五人の騎士達。何故、多忙である筈の彼らが集まり、こんな事をしているのか。何故、一人か二人でも済みそうな事を十五人しかいない彼らの三分の一も割いてまで来ているのか、その理由は明白だ。
「……なあ、隊長……。プンプンするぜぇ……。危険なぁ…デンジャラスな臭いが……」
「近い」
「怖い」
危険だからだ。だから、この後、魔獣の死骸の後片付けをする衛兵達は、今は王都の城壁前に火葬用の火の魔石を運んで待機している。
「………ん?」
ゴーシャとアシュヴァの肩に腕を乗せていたニルヴァーナが突然、脚を止めてその場で猫背のまま立ち止まった。
「どうした?」
「あ──、来るぞ」
ニルヴァーナがそう言った直後、ニルヴァーナ以外の四人に悪寒が走った。それと同時にゴーシャとアシュヴァは背の金具から棍棒を取り、後ろを振り向いた。
すると──
「カハッ!?」
次の瞬間にはゴーシャとアシュヴァは地面から浮いて、魔獣の死骸で積み上げられた山まで飛ばされていた。
そして、ゴーシャとアシュヴァが元々いた所には半裸で筋肉質の男と踝まで伸ばした長い黒髪が目立つ女が立っていた。二人の手には、それぞれ大剣と大鎌が見える。この武器でゴーシャとアシュヴァの二人を飛ばした訳ではないようだが、この二人とは顔見知りのタウルスとイオでさえ、二つの武器の禍々しさから警戒心を最大限まで上げ、タウルスはジャッケットの内ポケットに手を突っ込み、イオは鞘から抜剣する。
「あいつら」
「殺す」
その最中、先に飛ばされたゴーシャとアシュヴァは瞳孔を開き、ついさっき蹴り飛ばされた速度と同じ速度で二人は戻ってきた。
「まあまあ、ストップストップ」
ゴーシャとアシュヴァが棍棒を振りかざし、相手の二人がカウンターを入れようとしたタイミングでニルヴァーナが間に入った。
ニルヴァーナはゴーシャとアシュヴァの棍棒を騎士剣の鞘で止め、背後の二人には蹴りで牽制を入れた。
「ニル、そこどいて」
「そいつら殺す」
「落ち着け!別に俺達は戦いに来た訳じゃねえ。なあ、おい」
「チッ」
ニルヴァーナの出す殺気に震え、ゴーシャとアシュヴァは武器を収めた。
「さて、漸く話が出来るね。……久しぶり。ギラファ、それにシャロット」
大剣を持っている半裸の筋肉質の男がギラファ。その隣に右脚を曲げて、片方の脚に重心を乗せた姿勢で立っている長い黒髪の女がシャロットだ。
「おうよ!久しいなぁタウルス!」
「……はあ」
見た目とは裏腹に気さくそうなギラファ。シャロットは、見た目通りの気怠そうな女だ。視線をタウルス達とは一切合わせず、わざと意識を上の空にしている。
「ああ、そうだ。そこの小さいの。さっきは急に攻撃して済まなかったな」
「……初見で防がれるとは思わなかったけど……。不意打ちだったのに……」
「………タウルス隊長、彼らが…?」
ゴーシャはギラファ達を無視してタウルスに話し掛けた。
「ああ、そうだよ。彼らが非公式の第十三師団さ」
(十三師団……。ヘルドが率いていると言う…)
聞いていた通りの危険人物だったが、急に攻撃を仕掛けてくるあの凶暴性までは二人にも予想外だった。
「二人共、悪く思わないでくれ。彼らは初対面の人物には問答無用で攻撃してくるんだ。だから、衛兵達も連れてきていない」
「その話、初めて聞きましたよ」
「ありゃ?そうだっけ?」
恍けるタウルスに苛つき、タウルスの右脚の爪先をアシュヴァが強く踏んだ。
「いった〜!!あっ、ごめんって!!」
右脚を抱え、ピョンピョンとバネのように跳ねる。痛みを忘れる為の大袈裟な行動だ。
「はぁ……。それにしても…ギラファ、この魔獣達をやったのはやはり君達か?」
こんな状況でも相変わらずのタウルスにイオは浅く溜め息を吐いた。
「──ん?ああ、そうだ。ヘルドの奴に急に戦えって急かされたからよ。どんなに強い奴がいるかと思ったら、まさか、魔獣ばっかりとはな。つまらな過ぎて、幾らか後ろに逃しちまったが、第十の奴ら…デネブもいたんだろう?彼奴じゃ力不足かもしれんが、まあ、どうにかなっただろう」
「そうか……。市民や近くの街に被害は出していないよな?」
イオの声色がやや低くなった。強い眼差しでギラファに睨みをきかせている。
「……ああ。被害は出していないぜ。それは約束してやる」
「……もしも、嘘なら、分かってるな?」
「おっ、まさかお前達と戦えるのか?いいねぇ。副隊長、お前には特に興味はないが、さっきのチビ共と言い、ノヴァードと言い、第二には強い奴が多いからな。どうする?やるか?俺は今直ぐにでもやりたいぜ!」
イオの安い挑発にもギラファは乗った。早口で戦いたいと言う本能を曝け出し、今にもイオに襲い掛かりそうだ。
「こら!ちょい待ち。ちょい待ち。イオ、あんた言い過ぎ。こいつらの戦闘で市民や街や村に被害がなかったのは確認してるでしょ!」
「…はい」
「ほら、謝って」
「すまん」
咄嗟の所でタウルスとニルヴァーナが合間に入って、一触即発になる所をなんとか回避した。
「ガ───ハッハッハッハッ!!いいって事よ。俺こそ悪かったな。副隊長」
イオは不本意ながらも仲直りの握手をし、この場はどうにか収まった。
「ハハハ……。それにしてもよ、タウルス、ありゃなんだったんだ?」
「──?なにが?」
「知らないのか?俺達が魔獣と戦っていた時、後ろでデカい爆発があったんだよ。なにか知らないか?」
「爆発?…う〜ん……知らないかなぁ」
「そうか。知らないか」
ギラファは分かりやすく大きく溜め息を吐いた。
「ああ。君が興味を持つなんてね。魔人かもしれないしこっちでも調べ……」
「ああ違う違う。興味を持ったのは俺じゃない。こいつだ」
ギラファは、シャロットの肩を掴み、自分の胸まで引き寄せた。
「──えっ?シャロットが?」
「そうだよ。この女が他人に興味を持つなんて珍しいったらありゃしないだろ?」
「確かにそれは……」
「シャロット、その爆発を起こした主の何に興味を持ったんだ?」
タウルスに代わり、ニルヴァーナがシャロットに質問した。
「………興味深かった。あの運命。とても恐ろしくて……凄く、美しかった……」
「そうか。それは良かったな」
「………」
いつもは感情を昂らせているニルヴァーナが今、この二人を前にして淡々と会話を進めている。イオは、そのいつもとは掛け離れたニルヴァーナの態度に違和感を通り越し、僅かながら、恐怖すら感じていた。
「さてと、お喋りはこのくらいにして、二人はそろそろ本部に戻ってもらえる?私達もそろそろ作業を始めたいし」
「それもそうだな。俺だって、ヘルドにちっとばかし聞きたい事があるし」
「ヘルドに?」
「ああ。彼奴が強敵がいるからって言ってたから、態々来てやったのによ──」
ギラファは転がっていたサイクロプスの頭を蹴飛ばした。
「退屈潰しにもなりゃしなかったぜ。面白いものは見れたけどな。……それじゃあな。また会おうぜ。第二師団」
ギラファはそう言い残すと、シャロットと共に消えるように去った。
「…………プハァ〜」
タウルスとイオは同時に息を強く吐き出し、膝に手を付いた。
「いや〜緊張した〜」
「はい。それにしても、隊長は知ってたんですか?」
「──ん?何が?」
「何って…彼奴らの戦闘で市民に被害がなかった事……」
「ああ、あれ嘘」
「──えっ?」
「東の被害なんてティポンから聞いた一部しか知らないよ」
「えっ?じゃあ……」
「被害の調査と残党の掃討が今日の我々の仕事だ。さあ皆の衆、行こう!」
「えっ?えぇ──」
タウルスが先陣を切って、魔獣の死骸を退けながら歩を進める。
(…しかし、爆発か。ティポンから聞いた話によれば、単独行動した大学の一年が星級の魔法を使ったって報告があったけど……確か今地下牢にいるんだっけ?………まさかね)
△▼△▼
「………」
「………」
王国騎士団所有の地下牢の一つ。そこでアスタとコードは収監されている。
檻を跨いで、目の前にはサムと監視の為に就いた第二師団の騎士がいる。
「先ずはホーフノー。…お前から聞こうか。正直に言え。どうしてこんな真似をした?」
「お……自分は、コードさんがいきなり馬に乗って隊列から離れたので、彼女一人では危険と思い、追い掛ける為に隊列を離れました」
男として、コードの為に嘘を吐いて罪を一人で被ろうなどと言う一見カッコ良く見える行為も脳裏に浮かんだが、サムの目を見て、嘘は見破られると直勘で感じ取り、正直に話した。
「そうか。で、お前はどうなんだ?ティーナ?何故、勝手な行動をした?」
アスタの話を聞いたサムは次にコードに話を聞いた。
アスタからは見えていないが、コードの目は死んでいるどころか、地下牢に入れられてから日に日に強くなり、今もサムを睨みつけている。
「私は……確かに自分勝手で、騎士の皆様にご迷惑が掛かる行動をしました。機会があれば、第十師団の皆様に謝りたいと思っています」
「ほう」
「ですが、私は今回の自分の行動が間違っているとは微塵も思っていません」
コードは自分の非を認めつつも、自分の選択した行動に間違いはないと答えた。
「理由を聞こうか」
「はい。あの戦いが起きる前、私とそこのアスタ・ホーフノーは、学友のミカエル・ブレアから魔獣の足音が聞こえると報告を受けました」
「なに?それは本当か?」
言葉の矢印がコードからアスタに向いた。
「…はい」
「サム講師!サム講師は、ミカエル・ブレアが他の者よりも聴力、視力が優れているのはご存知ですよね?そして、彼は狩人でもあります。私は、彼の狩人ならでは勘を信じ、魔獣が王都に迫っていると仮定し、そして隊を離れました。その結果、魔獣出現を知らせる狼煙よりも早く魔獣を見つけられたので、戦闘を行いました」
「なるほど。では聞くが、何故それを近くにいた騎士に伝えなかった?」
「伝えても、信じてくれる方がいたでしょうか?それに、仮に信じてもらえたとしても、魔獣が出た地点までは距離がありました。体感では、直ぐにでも出発しないと間に合わない距離。
それに、何よりもこれ以上人数を減らすべきではないと考えました」
「なに?」
「今回、どんな意図があって講師が私達を前線に置いたのかは分かりませんが、隊長のデネブさんがいなくなったあの時、これ以上あの場にいた騎士が減れば一人一人の負担が更に増え、大変な事態が起きてから手が回らなくなり、もしかしたら、取り返しのつかない事態に陥っていた可能性だってあります。だからこそ、足手纏いである私達生徒が率先して魔獣と戦わなくてはいけない。そう思い、今回、単独行動をしました」
「……つまり、お前はこれ以上騎士に負担を掛けたくなかったから、単独行動をしたと?」
「はい。…しかし、結果的には迷惑を掛けてしまい、私も死に掛けました」
「そうだな。…一応聞くが、お前はもし今回と同じ状況があったとしても、同じ行動を取るのか?」
「はい」
迷う事なくコードは即答した。
「騎士の卵としては殊勝な心掛けだな。だが、お前の素性は何の為にある?」
「──!?」
冷たい空気が漂う地下牢で長い沈黙が続く。サムの言葉にコードは奥歯を強く噛み、鋭く睨む目を更に鋭くさせた。
「さっきお前は、自分の話は騎士に信じてもらえないと言ったな?だが、それはお前が素性を明かした場合はどうなる?」
「……それこそ、信じてもらえないでしょう」
「だろうな」
(なんの話をしているんだ?)
サムとコードが何の話をしているのか、アスタと監視の任に当たっている騎士には分からなかった。
「コード・ティーナ。結論から言うと、今回のお前の行動は間違っている。任務中、許可無しの勝手な単独行動は部隊を壊滅に追い込む事もあれば、自分自身も危険に晒す。本来ならば、罰も極刑ものだ」
「当然です」
「それが分かっているならいい。では、二人にはこれからの罰を言い渡す。
アスタ・ホーフノー。お前は禁錮五日。仲間を助けたいと言うのは立派な心掛けだし、実際、お前はティーナを助けた上で魔獣を殲滅した。しかし、あの時の最前の行動はもっと別にあったと俺は思っている。五日間、それを考えろ。そして、罰を終えた後、俺にそれが何か報告しに来い。
コード・ティーナ。お前には禁錮十日に加え、二ヶ月の停学を言い渡す。この間に今回迷惑を掛けた第十師団の全員に素性を明かせ。それが出来なければ退学してもらう。以上だ」
「なっ!?」
コードは驚愕の声を出した。
「返事は!?」
「はいっ!!!」
二人の大きな返事が地下牢の中で響いた。
△▼△▼
王都から南、ゼーヒャ街道の先にある王都から最も近い街ルーフでは、第十師団が拠点を置き、各地から送られてくる情報を纏めていた。
この整理した情報は、後日王都の騎士団本部にまで送られる。本来ならこの仕事は団長のヘリオスの仕事であるが、騎士団全体の指揮を任されている彼が今そんな事をやっている暇がない為、デネブら第十師団に任されている。
「隊長……そろそろ休憩しませんか……?自分達、昨日から寝てないですよ」
「弱音を吐くな。大変なのは我々だけじゃない。……と言いたいが、流石に疲れたな」
デネブは椅子に身体を預け、脚を伸ばした。
「クッッ──ああっ!」
「少し休憩を入れましょう。自分、お茶淹れてきます」
「頼む」
昨日から徹夜なのは何処も同じではある。しかし、デネブは昨日、数百体の魔獣との戦闘を日が暮れてからも続け、王都に戻った時には既に深夜になっていた。その後、ルーフで今に至るまでデスクワーク。最早デネブの体力は限界を超え、倒れる寸前であった。
「デネブ隊長!!」
「大変っす!!」
「ンガッ!?」
瞼を閉じ、寝落ちし掛けていたデネブの意識をギリアスとティポンの大声で覚醒まで持ってかれた。
「大丈夫っすか?」
「あ…ああ。問題ない。それより、なんだ?」
「それが……いや、報告するよりも見てもらいたいっす!!」
「──?」
* * * * *
「こ……これは……!?」
王都から南南西、アークトゥルス山脈の麓にある小さな村『イラミ』。普段なら衛兵のパトロール範囲からも外れる村であるが、魔獣の襲撃を受けた今、この村も避難場所の一つになっていた。
この村でデネブが見た光景、それは──
「なんという事だ……」
一言で言えば、惨い。
あまりにも信じたくない惨状が広がっていた。
見渡す限り、地面が家が木が血の赤で染まり、地面には均等に並べられた死体袋が百は並んでいる。
「さっき、近くで土熊の足跡を見つけたっす。それも一匹だけじゃない。おそらくは土熊だけでも十体は超える数がいたと思われるっす。その他にも、魔獣の足跡、糞が多数……」
「それに、運の悪い事に、此処は避難場所として優先されない場所でもありましたから、此処の護衛に就いていたのは傭兵四名と衛兵二名の計六名の人数しかいなかったそうです」
「そうなのか……」
デネブは両手を合わせて合掌し、守ってやれなかった事を謝ると、死体袋の中を見た。
「……………ッッ!!アアッ!!」
死体袋の中の顔を見た途端、デネブは息が出来なくなり、驚愕の声を荒げた。
「隊長!?」
「大丈夫っすか?」
「こ……この男は……」
ティポンの肩に掴まり、なんとか立ち上がったデネブはもう一度、死体袋の中の男の顔を確認する。
「……は…ああ……やっぱり、あの男だ」
「…知り合いっすか?」
デネブの表情が一瞬の内に曇る程の人物。何を隠そう、この男とは昨日会っていたのだ。いや、ただ顔見知りだけと言う人物ならここまで動揺はしない。今までだって何人もの仲間の死を見てきたのだ。
「ティポン……いや、誰でもいい。誰か、誰か…女の子を見なかったか?」
──そう。デネブが気にしているのはこの衛兵に預けた少女の事だ。
「花の髪飾りを付けた七歳くらいの女の子だ……」
「……探してみるっす」
この状況ではもう死んでいるだろう。ティポンはそう思いながらも死体袋の中を一つ一つ確認する。
しかし、デネブの言う少女の遺体らしき物は見つからなかった。
「隊長、袋の中は一通り見ましたが、隊長の言う少女らしき遺体は見つかりませんでした。……今はティポン達が山の中を捜索しています。大丈夫ですよ。此処にいないと言う事は、きっと頂上のナモナキか他の避難場所に避難しているんですよ」
「……あ、ああ」
意気銷沈。今のデネブにはこの言葉がお似合いだろう。
それもそうだ。この村に避難を促したのはデネブ本人だ。
(あの時、無理にでも俺の側にいさせるんだった……。そうしていれば……なんでしなかったんだ!?俺は!!)
少女が死んだと決まった訳ではないが、デネブには後悔が取り憑いていた。
「………お」
ふと、顔を上げると、ティポン達捜索隊が丁度戻ってきた。
「………」
しかし、捜索隊の表情は皆明るいものではなく、全員に暗い影が纏っていた。
「…どうだった?」
「………」
デネブの質問に答えず、無言でティポンは折り畳まれた白い布をデネブに手渡した。
デネブはそれを受け取ると、恐る恐る布を捲った。
布に包まっていた物は、あの時にデネブも見た少女の物と思わしき花の髪飾りだった。
「………………」
髪飾りには魔獣の体液か、少女の血か分からない赤い液体がこびり付いていた。
「見つかったのは、これだけっす」
遂に、騎士や衛兵、国を回す者達が恐れていた事態が起きてしまった。
そして、この村一つが壊滅した惨劇は、後に王国を揺るがす大事件へと発展する事になろうとは、今この場にいる誰も知る筈がない。
今回でアインリッヒ大学1年生編の一番の大きな山場はおしまいです。
今回までのお話で出てきたティポンやルケラが主役のお話は今度、外伝かなんかで書きます。