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勇者の弟  作者: ドル猫
第2章『アインリッヒ大学編』
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第2章 65『獣』

「……あ」


「ジャルド大隊長!!!」


 岩梟の強襲、それはジャルドにとっても想定外の事態であった。


 ──岩梟と言う魔獣はその名の通り、見た目は普通の梟である。しかし、見た目は梟でも中身は魔獣。それ故、性格は凶暴で翼を広げると全長は三米にも及ぶ大きさがあり、更に梟の特性に加え、岩のように硬い爪と嘴で弱っている獲物へと襲いかかる習性を持っている。


 その習性があるからこそ、岩梟はこの戦いで片腕を失ったジャルドを弱った獲物と認識し、今襲おうとしているのだ。

 そして、片腕でまだ戦い慣れていないジャルドは岩梟の見立て通り、格好の獲物となっていた。


 それだけでなく、仲間の衛兵達もこのジャルドの窮地には間に合わない。皆疲れているのだ。急な魔獣の出現に休暇中の者達までも出なければいけなくなったと言うのもあるが、一番の原因はやはり魔獣と人間の戦力差にある。元々、人間側は援軍が来るのを前提とした戦いとなっている為、前半が消耗戦になるのはやる前から分かっていた事だ。しかし、それが分かっていても、やはり一人一人の負担が大きい事に変わりはなく、もう既に衛兵達の体力は限界を迎えようとしている。


(──死ぬ)


 それが分かっているからこそ、ジャルドも死を覚悟した。利き腕である右腕を失い、左手は馬の手綱を握っている。だからこそ、この死を免れる事は出来ないと思い、諦めて瞼を閉じ掛けてしまう。


「……え?」


 覚悟を決めた筈だった。この職業に就いているからこそ、ジャルドは常にいつ自分の命がなくなろうとも、その結果を受け入れるつもりである。しかし、その結果はやって来なかった。


「ダイジョオーブか?」


「………」


 俄には信じ難い光景だ。ジャルドの目の前には人の形をした獣──否、獣の形をした人が岩梟の体を巨大な手で潰していた。


「大丈夫ですか!?ジャルド大隊長!!……って、うわっ!魔獣!?」


 その獣を見て、衛兵の一人が剣を構えた。


「──!待て!」


「ですが!」


「いいから待て」


「……了解」


 何かに気付いたジャルドが衛兵を命令で静止させると、一つ息を吸い、口を開ける。


「もしや、貴方はレオ殿ではありませんか?」


「──え?」


 ジャルドの口から出てきた人物の名前に衛兵は一瞬唖然となり、まるで時が止まったかのようにジャルドの方を見た。


「……オオ、よくワかったなぁ」


「ええ、一目見ただけでは直ぐには気付けませんでしたが、よく見れば面影があります」


「ちょっ、ちょっとどう言う事ですか?え?あれが…王国騎士第五師団隊長のレオさん…なのですか?」


 衛兵が困惑するのも無理はない。目の前にいるのはまだギリギリ人を保っている獣なのだから。


「ああ。間違いないだろう」


「たいちょーう!」


 ジャルドの言葉が真実だと裏付けるように東から騎馬している二十人弱の騎士達がやって来た。


(ほ、本当にそうなのか?…まさか、人が獣に……)


 今のレオの見た目は全身が薄い金色の毛で覆われ、腕や脚は通常時と比べて二回り大きくなっている。更に、その手足の先にある爪は人間の物とは思えない程に鋭く、それでいて力強い見た目をしている為、特に脚の爪は獲物を狩る事に特化した猛禽類の爪のようにも見える。それでいて、口を開けた時見えたのは人間のような押し潰して食べ物を食べる歯ではなく、鮫のように鋭利な牙だった。この見た目では魔獣と間違われるのも仕方がない事ではあるが、まだレオはレオを保てている。

 ジャルドにも気付けたように雰囲気がレオそのものなのだ。この雰囲気があるからこそ、一度でもレオを見た事がある者ならば、レオがこの姿になっても、魔獣と間違わないのだろう。


「レオ殿、助かりました。しかし、何故此方の持ち場に?そちらは大丈夫なのですか?」


「アア、モンダイない。ムコーはダイイチのヤツらとウチのタヨリになるフクタイチョーにマカせた。……ナゼか、ダイニのバカもいるが」


 ここで言う第二のバカとはニルヴァーナの事だ。


「そうですか。いや、それよりも…もう一度お聞きしますが、レオ殿どうしてご自分の持ち場を離れて此方に?」


 助けてもらった事には変わりはない。だが、先程述べた理由だけでは何故レオがジャルドを危機から間一髪で救えたのか説明がつかない。


「ア…アア……」


「レオ殿?」


 レオは口をパクパクと動かしているが、どう言う訳か、言葉が発声されない。


「すみません。ここからは私がお話しします」


「貴方は……」


 喋れないレオの代わりに前に出たのは安心する笑顔を向ける老け顔の男だった。


「申し遅れました。私、第五師団所属のシルヴァと申します。年齢は五十五歳です。が、第五師団の中では最年長となっています」


「いえ、ご丁寧にありがとうございます。貴方の名前は昔から知ってます」


「そうですか。お褒めに預かり光栄です」


「…して、その此処に来た訳と言うのは?」


「……貴方と同じように我々も向こうの救援に行く途中だったのです。隊長が先行して、我々が後ろをついて行く、その道中、魔獣に襲われそうになっている貴方を偶然発見したので、助けられたと言う訳です」


「……偶然」


「──いた。ジャルド大隊長!!」


「──!!」


 馬に乗ったマウザーが焦った表情をしてジェリド達のいる場所まで駆けてきた。よく見ると、マウザーが着ている鎧やマントは血で汚れている。激戦地を抜けて来たのだ。


「偵察の者か。どうした?」


「報告です!はあ…ルケラ…ルケラ大隊長討ち死に!!側近のシャル、ランス両中隊長も意識不明の重体です!!」


「なんだと!?」


 ジャルドの想定していた最悪の展開だ。冷や汗を流し、ジャルドはシルヴァ、レオと目を合わせる。


「守備の要の一つであるルケラ大隊の頭がやられた……となれば、これは相当拙いですね」


「急ぎ、援軍の要請が入っています。指揮系統が崩壊したルケラ大隊の残存部隊では、魔獣を止められません!」


「そうか。報告ご苦労」


「はっ!」


 マウザーはその労いの言葉を受け取ると、再び馬を走らせ、去って行った。


「しかしそうなると、数人が援軍に行ったところで、状況が好転するとは思えませんね」


「では、どうすれば!?此方も人数は必要……」


 何処かが崩れそうになれば、それを察知した何処かが助けに入る。守備戦とはそう言うものだ。しかし、今回はどれくらいの人数がやられたのかと言うと、おそらく、ルケラ大隊は開戦当初の人数から九割は人数を減らしただろう。これらを全て埋めるとなれば、百人や二百人程度の援軍では対した成果は望めない。


「オレにカンガエがある」


 漸く喋れるようになったレオがジャルドとシルヴァの会話に入る。


「隊長」


「ジャルドさん、アンタはムコウのキューエンにイッテクレ。ココは…オレらがヒキウケル」


「!?」


 レオの提案にジャルドは僅かに驚きの表情を見せた。


「どうして…我々を向こうの救援に?」


 言われなくても、ジャルドは元から救援には行くつもりだった。しかし、この場にレオ達第五師団が現れた以上、実力者の揃う方が行けばいいとジャルドは考えていた為、何か別の目的があるのではとレオの提案にやや懐疑的だった。


「……ホーカイしたイチブタイをタテナオスには、オレタチじゃダメだ。オレタチのチョーショはトッパリョク。ダカラ、イキオイまかせにミカタをヒキイズとも、ヒトリヒトリがイノチをカケテタタカウ。だけど、ソレはアクマでもオレタチにカギったハナシ。イマヒツヨーなのは、ゼンセンをタテナオスツヨイシキだ。…ソレがデキルのはナンゼンニンものヘイをウゴカスことがデキル…アンタだ」


 喋りずらそうだが、レオは真っ当に自分の意見をぶつけた。


「確かにそうですね。……おい、残りの人数は?」


「七百人です」


(七百人……。開戦当初から五分の一は減ってるのか)


 一瞬だけ視線を前線の方に向けた。すると、ジャルドの目に映ったのは剣を持ち、前線で戦う兵士だけでなく、その少し後ろで倒れた兵士達が目に入った。


「……ッッ!!ダリア中隊からラムイ中隊まで、兵二百は隊列を離れろ!!」


「了解!」


「クイヴァ、マルク、シクタ。あの兵達が抜けた穴を埋めろ」


「おう!!」


 ジャルドの呼び声に前線の衛兵達が抜けると同時に、この場にいた第五師団の三人もシルヴァの命令に頷き、衛兵達が抜けた穴を塞ぎに前線へと向かった。


「マテ」


 すると、その直後小さな声でレオがジャルドに話し掛けた。


「どうしました?」


「ロッピャク……ロッピャクニンつれていけ」


「──え?」


「ニヒャクテードじゃダメだ。ムコーをタテナオスにはサイテーでもゴヒャクはヒツヨーにナル」


 ジャルドはこの発言に疑問を浮かべるが、事実、レオの言っている事は的を射ている。崩壊した前線を立て直すのに衛兵二百人等と言う中途半端な人数では先ず返り討ちにあう。だからこそ、限界ギリギリまでの人数、残存兵力の内の八割は使わないと前線を立て直すのは不可能となっている。


「そっ、それは……」


 しかし、それはジャルドも分かってはいる事だ。二百程度の戦力で戦おうものなら、兵達の負担は今の三倍にまでは膨れ上がるだろう。その上でジャルドは自分について来た兵を巻き込んで、もう生きては帰れない特攻すらも覚悟していた。その思惑を読んでの事か、もしくは本当に百二十人以下の人数で此処の前線を保たせられると言う自信があっての発言だったのかは不明たが、この時間も人もなく、選択肢が次々と失われていく中、意を決して、ジャルドは結果的にレオの言葉に従った。


「……心得た」


「アッチはマカセマシたよ」


「ジャルド大隊長、念の為、そちらにも我々の団員を三人お貸しします。どうぞ、こき使ってやってください」


「ありがたい!第五師団の騎士の力があれば、百人……いえ、千人力です!!」


 最年長のシルヴァの推薦で第五師団でも腕利きのガリエラ、ケナン、ザクロの三人をジャルドの隊に入れた。


「おいおっさん」


「おっさ……んんっ!なんだ?」


 救援の為の六百人が集まり、隊列が組み終わった時、突如隊列の先頭にいたジャルドにケナンがふてぶてしい態度で声を掛けた。


「俺達は曲がりなりにも王国騎士だ。もしもつまらない戦略で俺達が退屈すると判断したら、後ろからの謎の負傷で死ぬと思っとけ」


「……おっ」


「背後には気を付けろよなぁ。あんたを無能と判断した瞬間……ワァ!!」


「うわぁ!?」


「だからな」


 ケナンの脅しに息を呑むと、次に揶揄い出したのはケナンの隣にいたザクロだった。ザクロもケナンとは同じ考えらしく、彼は陽気に振る舞っているが、ジャルドを使えないと判断したら、間違いなく殺すだろう。


「二人とも、おふざけの時間は終わりだ」


「うるっせえぞガリエラ。向こうに行く前に先ずお前をぶっ殺してやろうか?」


「それはこっちの台詞だケナン。お前がいても俺の戦闘に邪魔なだけだ。あっ、そうだ。戦いのどさくさに紛れてお前を名誉ある死体に変えてやるよ」


「はっ、やれるもんならな」


 ジャルドの隊に入れられた第五師団の三人、彼らのこの空気の悪さにジャルドは少し不安を覚えていた。


(大丈夫かこの三人?腕利きとは聞いていたが……だけど)


 それでも、今はそんな愚痴を垂らしている暇もない。


「ジャルド大隊出るぞ!!」


 ジャルドの掛け声と共に隊列が動き始めた。普段の行進なら、焦らずゆっくりと進むが、今は非常事態だ。先頭のジャルドを始め、馬も人もトップスピードで走る。


「ジャルド大隊長」


「どうした?」


 その最中、ジャルドの隣に来た衛兵が話しかける。


「今聞く事ではないのかもしれませんが…あれはなんだったんですか?」


「あれ?」


「あれですよ!レオ隊長のあの姿!」


「あれか…実は俺も詳しくは知らないんだ」


「そうなんですか」


「レオの寵愛については、俺から話しましょう」


「ガリエラさん!」


「……やはり、あれは寵愛なのですか?」


「ええ。レオの寵愛…その名も『獣化』」


「獣化……」


「その言葉通り、レオの寵愛は身体を獣の姿に変える事ができる。しかも、ただ姿が変わるだけじゃなく、身体能力の強化や、打撃、斬撃、魔法への耐性、更に、ある程度の怪我なら一瞬の内に治してしまう治癒能力もあります」


「おおっ……」


 ガリエラの説明に納得と言った様子で衛兵は頷いた。


「大盤振る舞いの寵愛ですね」


「まっ、そんなデカい寵愛故に代償も存在はしているが……今のレオはそれを克服しています。獣化したレオ…隊長なら、魔王軍四天王が相手でも絶対に負けません」


 絶対に負けないと言う信頼感、それがレオにはある。それを言葉にしなくとも、ジャルドには分かる。何故なら、レオの話をしているガリエラの目は眩いくらいに輝いていたのだから。


「そうですか…」


 ガリエラを相手にジャルドは一度も敬語を崩せなかった。今この場でも、普段でも立場だけで言えば、ガリエラよりもジャルドの方が上だ。それでも、ジャルドはガリエラ、ケナン、ザクロの強者としての面構えを前に、彼らに対し、気持ちが怖気付いてしまっていたのだ。


「さあ、そろそろですよ」


 ガリエラ達、第五師団三人の馬が速度を上げ、ルケラ大隊の持ち場であった戦場へと走る。遂に崩壊している前線が見えて来たのだ。


(……あそこかっ!!)


 戦場にはまだ砂塵が舞っている。それでも、時折り通りすがりに視線の中へと入る仲間の屍を前に魔獣──否、己の片腕をもぎ取った、この一件の首謀者達への憎しみの炎が湧く。


「総員行くぞおおおぉぉぉぉ!!!」


 ──オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!


 六百人の絶叫が戦場に響き渡った。

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