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勇者の弟  作者: ドル猫
第2章『アインリッヒ大学編』
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第2章 64『崩壊』

 青い空、白い雲、照りつける陽射し、本当なら今日も普段と変わらない平和な日常を送る筈だった。だが、現実はどうか。血が流れ、四肢が千切れ、誰もがが自分にとって大切なものを守る為に死に物狂いで戦っている。

 それは前戦だけの話ではない。最終防衛ラインの更に後ろ、三十米の壁の上でも戦っている者達がいる。


「もっと矢を持ってこい!!」


「はい!!」


「前衛押されてます!予備部隊を使いますか!?」


「もうとっくに呼んでるよ!!」


 壁上の弓部隊、彼らもまた最前戦で戦っている者達を援護する為、そして、自分達より弱き者を守る為に指の爪が剥がれようとも何回でも矢を放つ。


(さて…、これはそろそろ本格的に拙くなってきたな)


 その弓部隊の後ろから指揮官のクバルは弓部隊を指揮しながら戦況を眺めていた。上からずっと見ていたので分かった事だが、やはり危惧していた通り、開戦当初と比べて全体的に前衛が後ろに下がり始めている。そもそもの話、数で圧倒的に負けている上に更にその人数を分割させて王都を守っているのだ。例え、王国騎士団一人の戦力が並の衛兵百人分の働きが出来たとしても、人間一人の守れる範囲には限界がある。


(頼むぞ……。他の都市から援軍が来るまで持ち堪えてくれ!)


「ウオオオオオオオオ!!!」


 その地上では大声を上げ、誰の返り血か分からない血を被りながら剣を振る者達の姿があった。


「引くなァァ!!命に変えても奴らを止めろォォォ!!」


 隻腕になりながらも味方を鼓舞し、魔獣の首を刎ねるジャルド。その姿はまるで、敵を倒す事だけに固執したバーサーカーのように見える。


「大隊長!王都から予備隊が来ました!」


「……!よし、もう一度鳥籠を再展開だ!」


「はっ!」


 中央からやや左の前戦を担当するルケラ大隊は、ジャルド大隊の補填で動かした百五十の兵に変わって、予備隊の二百が入り、これのお陰で戦術である鳥籠の再展開が可能となった。


「予備隊は内側に入れろ。外側は開きつつ、重装部隊を並べ、もう一度敵を囲め」


「了解!」


 ルケラの指示にランスは大きく返事をし、馬を走らせた。


「これで少しは前戦を押し戻せますかね……」


「ああ」


 鳥籠が再展開出来れば、ルケラ大隊には僅かながらにまた余裕が出来る。その余裕があれば、押されているジャルド大隊を助けに行けるし、全体の指揮も上がる。ルケラの見込みがあっていれば、この鳥籠の再展開は勢いを取り戻す最初の足掛かりとなる筈だ。


 そうやってルケラは、一手二手先を読み、兵を展開している。全体を指揮する隊長として完璧な器と言えるだろう。だが、そんな彼にも弱点はある。


「…ん?」


 勢いを下げ、前戦の維持に徹底を始めていた右の戦場、そこを担当している王国騎士団の第一師団と第五師団の騎士達は、その異変に気付いた。


(なんだ?何か、嫌な予感が……)


 危険予知と言うものなのだろうか、それが自分達に警告を出しているように感じたのだ。


「魔人とは違う雰囲気だけど、何か来る……。イオ、あそこの担当は?」


 その気配は前戦で戦っている者達だけでなく、最終防衛ラインを担当するタウルスも感じていた。


「衛兵の…ルケラ大隊です」


「ルケラか……。大丈夫かな?」


「確かに、一瞬悪寒はしましたが、彼なら問題はないでしょう。彼の実力は既に並の王国騎士程度の実力はありますよ。…それなのに、何故二年前のスカウトを蹴ったんでしょうね?」


「………」


「隊長?」


「いや、なんでもない。イオ、向こうに近いのは誰だ?」


「はい。確か、ゴーシャとアシュヴァの二人です」


「あの二人か……。それなら、万が一の場合はどうにかなるか……」


 万が一、その言葉が示すのは、一体どう言う時なのだろうか。前衛が総崩れした時か、中衛が抜かれた時か、将又、最終防衛ラインまで行かれた時か、どれであるかはまだ誰にも分からない。


△▼△▼


 苦戦を強いられている最前戦の北門前から南西にある西の水門前、そこでは衛兵団の精鋭部隊とアインリッヒ大学の講師、そして、アインリッヒ大学騎士科の二・三年生の合同隊が西から突如現れた数凡そ一万の魔獣とぶつかっていた。北門よりも現れた魔獣の数は少ないものの、対応できる人数も北門より少ない。その為か、戦況はほぼ北門前と変わらない激戦地となっている。


 それでも、北門前より幾分かは余裕があった。その理由の筆頭として、アインリッヒ大学の講師陣の活躍がある。剣術の全てをマスターしたクラーク、無詠唱魔法の使い手サム、その他にも様々な事に精通した達人がいるお陰で西の水門前はどうにか前戦を保てている。


「サムさん!」


「……どうした?」


 中衛から魔法で援護するサムの前に剣を持ったトーマが走ってきた。


「早馬での口頭伝達です。北門前の前戦、一部壊滅。援軍を求むとのこと」


「なにっ!?壊滅だと!?まさか、壁を突破されたのか?」


「いえ、壁は突破されていないようです。ですが、此処以上に多数の死傷者を出し、一部前戦が崩れたそうです」


「と言う事は…隊を指揮する誰かがやられたのか?」


「……はい。殉職されたのは──」


△▼△▼


「おいおい、なんだありゃ?」


「え?どうしましたか?」


 北門前、最左翼の戦場、衛兵団大隊長の一人であるベールは自分の担当する戦場ではなく、ルケラが担当する隣の戦場を眺めていた。


「見えないのか?あそこだ。あの土煙」


「……ああ、確かに、あそこだけ土煙が濃いですね」


「臭えな」


 隣の戦場からでも見える土煙を普通なら見逃す筈がない。そう、普通なら。だが、今の状況は普通ではない。前戦は大混戦となり、折角再展開した鳥籠も崩れかかっていた。それを直す為にルケラは常に人を動かし、最小限の被害で戦況が安定するまでやり過ごそうとしていたのだ。


 しかし今、それが裏目に出た。一つの策に集中するあまり、少しずつ近づいてくる脅威に気付けなかったのだ。


 それがルケラの弱点。何事も完璧に行おうと、常に二手三手読み続ける為に、予想外の事態には対応が遅れる。


「……ルケラ大隊長」


「どうした?シャル?」


「……あれ」


 ルケラの側近のシャルは右手で少しずつ大きくなっている、土煙を指差した。その指差す方向に高車台の上にいるルケラも目を注視して、その土煙を見た。


(なんだあれ?戦闘の土煙にしては、大き過ぎる)


 ルケラもやっと、近付いてくる土煙に気付いた。

 その土煙は、周りの魔獣を巻き込みながら、時速十粁程の速さで向かってくる。そして、その速度を維持したまま、ルケラ大隊の作り出した鳥籠へとぶつかった。

 直後、鳥籠は崩壊。土煙の中に入った者から、まるで強風の日に飛ばされる傘の如く、人が飛ばされていく。


「──っは!鳥籠を崩せ!総員、魔法で迎撃しろ!!」


 何が起こったのか、一瞬脳が追いつかなかったが、ルケラは即座に折角作った陣形の破棄を決断した。それでも、もう遅い。

 その土煙は、既にルケラの目の前まで来ていたのだ。


「……あ」


 そして、高車台の上にいたルケラも土煙の中にいた『それ』に巻き込まれた。


「……おい!前衛が抜かれたぞ!」


「まっ、魔法だ!魔法で止めろ!」


 前衛が崩壊したのが誰の目にも分かるように、ルケラ大隊の後ろに控えている中衛部隊もこの異常事態に気付き、土煙を止める為に魔法の詠唱を始める。


「──サラマンダー!」


「──ウォーターボール!」


「──エア・バレット!」


「──ホルズウィップ!」


 そして、詠唱の(のち)に魔法は放たれた。様々な属性の魔法が土煙に当たるが、どれも土煙を出している本体には届かない。


「ダメだ!全て当たっていない!!」


 土煙の影響で魔法は全弾逸れる。そして、この騒がしさに怒ったのか、遂に土の中にいた『それ』が姿を現す。


「……え?」


 地面が膨れ上がると同時に出てきた圧倒的なまでの巨体に中衛の者達の手が止まる。

 その巨体から出来た巨大の影は目の前にいる者全てを覆い、この場にいる者全員に絶望感を与えた。


「…砂鯨」


 土の中から現れたのは体長凡そ四十米はある茶色の鯨だった。この鯨の目に睨まれた者達は、文字通り、蛇に睨まれたカエルの如く脚がすくみ、中には失神してしまう者もいた。


「あんなのまでいるのか!?」


 この様子は砂鯨の現れた戦場から遠く離れた戦場で戦っているハーマル達第一師団の目にも止まった。


「まさかとは思うけど、魔人とか大量の魔獣とかは全て囮だったりするのかな?」


「……まさか」


 初めから何かあるとは勘付いていたタウルスもこれには予想外だ。イオも最初は今見ている光景は何かの間違いだとも思ったが、そうは問屋が下ろさない。これは現実だ。


「……例えこの大量の魔獣達が仮に私達を抜いて壁に到達したとしよう。でも、知能の低い魔獣がこの厚さ十五米の壁を破れると思う?イオ?」


「いえ…」


「だよね。壁より薄い門なら兎も角、この壁自体はおそらく突破はされないだろうね。となると、やはり本命は……」


「あの砂鯨ですか」


「そうだね。アレなら壁を壊すどころか、楽々飛び越える事が出来るだろうね」


 タウルスの宣言通り、砂鯨は中衛の冒険者達を潰しながら進撃を続ける。この砂鯨に対して、被害を受けなかった前衛の衛兵達は身体を方向転換させ、砂鯨を止めるべく脚を走らせるが、殆どの者は決して間に合う距離でないからか、途中で脚を止めて諦める。もしくは、背後から別の魔獣に襲われて命を落としている。


 つまり、今の状況がどう言うものなのかと端的に述べると、こう表現するのが正しいだろう。絶体絶命と。


 そして、その巨体故に敵無しの砂鯨は地上にいた中衛部隊を粗方薙ぎ払うと、ゆっくりと体を浮上させ始める。

 飛ぶ為の翼もないのに、どうやって体を浮かせられるのかか、発見から百年以上経った今でも不明のままであるが、そんな事はどうだっていい。

 浮上を始めた砂鯨に対し、僅かに無事だった魔法使い達が魔法で応戦するが、それも、砂鯨にとっては虫が止まったのと同じようなものだ。地上の魔法使い達を気にする様子もなく、壁の中腹まで既に上がってしまった。


「──ッッ!矢を撃ちまくれ!此処に近付かせるな!!」


 真上から砂鯨へと降り注ぐ矢の雨、他の魔獣を無視した集中射撃に全てを賭けるつもりで壁上の衛兵達は矢を撃ちまくる。


 しかし、それでも砂鯨は止まらない。時折り、何本か矢が刺さりもするが、砂鯨にとってそれは擦り傷程度のダメージにしかならない。しかも、それ以外の矢は全て砂鯨の体毛に弾かれている。


「たっ…退避────!!」


 たまらず砂鯨の真上にいた衛兵達は蜘蛛の子を散らすように逃げ始める。


「まっ、待て!逃げるな!敵前逃亡は──」


 弓矢を捨て、剣を握る男の声は届く事はなかった。


「あ……」


 巨大な影が男に掛かる。

 この城壁の上で人間一人を影が覆うなんて、この状況では原因は一つしか考えられない。


 砂鯨が遂に壁を越えてしまったのだ。


 この光景を前に刺し違える覚悟で剣を抜いていた衛兵も、その行為がいかに烏滸がましかった事か理解した。


 そして、思う。人間がこんな化け物に勝てる訳がないと。


「断罪」


「天誅」


 その時であった。

 砂鯨よりも遥か上空に二つの人影が現れた。


「……あれは?」


 陽光でよく見えないが、その人影を見た衛兵は呆気に取られ、呆然とこの状況を終わりまで見届ける事しか出来なかった。


 そう、終わりとは突然にやってくる。


 砂鯨が目線を最後までその場に残っている衛兵に向けた時、二つの人影が砂鯨の硬い頭頂部目掛けて、棍棒が振り下ろされた。


「──!?」


 その攻撃を受けた直後、砂鯨は大きく体勢を崩すと、痛みに震えてか、咆哮を上げる。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 急な咆哮に壁上のみならず、地上にいる中衛の者達まで堪らず耳を塞いだ。


「次は」


「浮遊器官」


 そんな咆哮にも怯まず、二つの人影は砂鯨に追撃を喰らわす。頭頂部の次は背骨の周りに張り巡らされた神経。その中でも更に細かくある砂鯨が飛ぶ為の浮遊器官が狙いだ。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!?」


 更に大きな咆哮が響き渡る。棍棒で傷つけた箇所から砂鯨の黒い体液が噴き出す。それから、数秒してからゆっくりと高度が下がり始めた。


「おおっ!砂鯨が落ちるぞ!」


「誰がやったんだ?」


 砂鯨の撃退に壁上の者達が歓喜に湧いていると、砂鯨の背中から二人の人物が飛び降り、そのまま壁上へと着地した。


「……貴方方は?」


「ゴーシャ」


「アシュヴァ」


 城壁の上に現れたのは、王国騎士団の制服を身に付けた男女だった。

 ゴーシャとアシュヴァと名乗る二人の手には魔獣の体液がこびり付いた棍棒が握られている。二人の見た目程筋肉質的な体格であるとは思えないが、自分の背丈よりも長い棍棒を持っている事から見た目以上に力があるのは間違いないだろう。


「おおっ!お前達か。助かった!」


「クバル団長」


 足早にクバルがゴーシャとアシュヴァの元へ駆け寄る。


「自分達が近かったので対応しただけです」


「そうか。……しかし、それよりも大変な事になった」


 クバルは顔を下へと向け、砂鯨の通った跡を見る。そこには、先程まではあった筈の一大隊が無くなっていたのだ。


「一難去ってまた一難と言うものか……」


 上からでも分かるように、ルケラ大隊が壊滅したのは最早疑いようがない。一時的な脅威は退けられても、全体の四分一の戦力がなくなってしまっては、これ以上魔獣の進行を止めるのは困難を極めるだろう。


「ゴーシャ、アシュヴァ。お前達二人は落ちてくる砂鯨の息の根を完全に止めろ」


「了解」


「はい」


 ゴーシャとアシュヴァの二人が魔力障壁を応用して作った足場を使い、再び跳び上がると、少しずつ落ちてくる砂鯨の方へ向かった。


「よし。弓部隊集まれ!!」


 クバルの一声に散り散りになっていた城壁の弓部隊が再集合する。彼らの中には砂鯨を前に敵前逃亡した者もいるが、今はそれを罰する時間もない。クバルは仕方なくその事を一時頭の中で不問に処した。


「集まったな。……皆も知っての通り、今地上は砂鯨の影響で一部部隊が壊滅状態だ。したがって、当初展開していた作戦を全て白紙に戻さなくてはいけない事態となった。だがっ!新しい作戦を考える時間も人員も壁上(ここ)にはいない!なので、これから伝える作戦……いや、作戦とも呼べないものだが……お前達、付き合ってくれるな?」


「………」


 作戦とも呼べないもの、それ即ち、今から死地にいくから捨て駒となれと言う意味だ。そんな作戦に乗る者等、この比較的安全な壁上部隊にはいないだろう。それでも、クバルの目は死んでいない。何故なら、クバルにはこの状況を切り抜ける為の策をもう思いついていたのだ。しかし、今の壁上部隊の指揮は最低まで落ちていた。自分達が王都を守る最後の砦なのに、あろう事か先程、砂鯨が目の前まで迫った時、我先にと逃げたのだ。そんな臆病者達が今自分の命を賭けられるかと尋ねられても、答えは出ない。


「付き合ってくれるなっ!!?」


「──はいっ!!」


 クバルの一喝が衛兵達の身体を震わす。この一言に顔を上げた衛兵達は半ば強制的に、いや、反射的に声が出てしまった。


「うむ。では、二百人わしについて来い!!残りの三百人は……クリシュ!お前に任せる!」


「承知しました」


 クバルは壁上の指揮を側近のクリシュに任せると弓部隊から二百人を引き連れ、梯子で壁を降り始めた。


* * * * *


「大隊長!何処に行くのですか!?」


「決まってるだろ!ルケラの持ち場だ!!」


 砂鯨がゴーシャとアシュヴァの手によって落とされた時、歓喜に湧いていた壁上とは違い、一方の地上ではジャルドが死に物狂いで馬を走らせていた。


(自分の持ち場からでも人が飛んでいくのを見てしまった!クソッ!!最悪の場合は、ルケラの持ち場は崩壊していると考えるのがいいな!!……いや、それ以上の最悪は……)


「大隊長!!」


「止めるな!俺は単騎でもルケラの持ち場に行く!」


「違います!横!!」


「──!?」


 横と言われ、咄嗟に振り向くと、魔獣岩梟がジャルドに向かって突進を始めていたのだ。


「……あ」


「ジャルド大隊長!!!」

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