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14/14

ep.14

 

「君たち、ついたよ。ここが『ブリューケル』。15地区最西端の町さ。」


 そこは山脈の麓に位置する、丘陵に囲まれた田舎町。暖かな色合いの屋根と、丸い石を敷き詰めた石畳が古い歴史を感じさせる、穏和でのどかな町だ。

 長旅で疲労した目で、ノアはその広がる景色を山道から見渡した。


「着いたぞローズ、早く起きろ」


「………」


 ノアは荷台の上でスヤスヤと眠りこけているローズへと目を移した。声を掛けても全く起きる兆しがない。


「おい、もう十分寝たろ」


 ローズの肩を強く揺すってみるものの、彼女は一度眠りにつくとなかなか起きないのだ。何をどうしたところで、返ってくるのは豪快ないびきばかり。おまけに、半開きの口から垂れたよだれがコートの袖に染みを作っている。


 なぜ村で遣いを頼まれただけの自分がいま、こんな面倒な目に遭っているのか……ノアはローズの肩を揺すりながら、今に至るまでの数々を思い出していた。


 ──昨日。

 気まぐれで、突飛で、迷惑極まりないローズの軽率な行動により、なぜか彼女と行動を共にする羽目になったノア。


 ローズをいくら諭したところで一向に帰る気配もなく、ノアは散々考えあぐねた末、説得する努力を放棄した。

 そして駅近くの宿でふた部屋分の代金をしぶしぶ支払うと、色々な意味で疲れた一日を癒したのだった。


 今日は早朝から寝ぼけ眼のローズを引きずり、早速14地区へと向かっていた。眠るローズを宿に置いていく事も一瞬頭に過ぎったのだが、レイモンド達に世話になった手前、ぞんざいな扱いをするのも気が引ける。それにローズの事である。またすぐ心変わりしてあっさりと勝手に帰っていく姿も想像に容易い。一晩経って頭が冷えたノアは、あれこれ考えても考えるだけ無駄だと悟り、これ以上ローズの事で頭を悩ますのは止めようと心に決めた。


 そんなこんなでローズと共に宿を出発し、途中で通りがかった気の良い酒造職人に途中まで荷馬車に同乗させてもらい、ここ15地区最西端の町『ブリューケル』へと先程ようやく到着したのだった。

 そしていま、ノアはなかなか起きようとしないローズを荷台から降ろそうと格闘している。


「おい、もう着いたって!」


「ううう…」


「早くしろよ。ほら、立て…!」


 ノアがローズの手を掴み引きずろうとする。しかし、脱力しきった人間の身体は容易には動かない。それに、本能で荷台の床板にへばりついている。

 ノアは愚痴を零しながら荷台の乗降口に足をかけ、力の限り引っ張った。


 ……格闘すること三分。よくやくローズを荷台から降ろすことに成功した。ノアはもう、一日の労働を終えたあとのような顔になっている。


 「ほんとすみません、こいついつも寝起き悪くて……」


 ノアが頭を下げている横で、ローズが他人事のように欠伸をしている。


「はいはい、気をつけて」


 酒造職人の男はそう言って苦笑すると、二人に軽く手を振り、馬に合図を送った。軋む音を立てて荷馬車がゆっくりと動き始める。荷馬車の音がだんだんと遠ざかっていく。


「……お前さあ、ほんと、何しに来たんだよ…!!とっとと帰れ!家に!!いますぐに!!!」


 ノアは我慢の限界だと言わんばかりに声を荒らげていた。見晴らしのいい景色にノアの声が響き渡る。


「まあまあ、そんなに怒ってたら疲れちゃうよー。

 ただでさえノアは体力ないんだからさ」


 ノアの叫びなぞ気にも留めない様子のローズは、欠伸を噛み殺しながら気の抜けた声で返答する。


「お前の口からは生意気な言葉しか出てこないのか」

 

「はあ、なんかノアと喋ってたらお腹空いてきちゃったな」


「お前ほんとマジで………気済んだらすぐ帰れよ!!」


 自由奔放なローズに振り回されっぱなしのノアはがっくりと肩を落とすと、さくさくと進むローズの後を気を重くしながら追うのだった。




 空から降り注ぐ陽射しが街並みを彩やかに照らしている。澄み渡る青空と暖かみのある屋根が、天と地にくっきりとした境い目をつくっていた。


 二人はブリューケルに降り立って早々、町の中心にある広場まで来ていた。特に長く滞在する理由も無いのでここらで簡単に腹ごしらえを済ませたいのだが、周囲を見渡しても似たようなレンガ造りの家ばかりが建ち並び、それらしい店は見つからない。

 これは人に聞いた方が早そうだ、とノアが口にしかけたところで、何やら騒がしい少年たちの声がひときわ耳に届いた。


 声のする方へ目を移せば、広場の隅で一人の少年を、これまた五人ほどの少年たちが取り囲んでいた。

 中心で囲まれているオリーブ色の髪の少年が、目の前で掲げられたスケッチブックを取り戻そうと必死に飛び跳ねている。

 だが、小柄なその少年が手を限界まで伸ばしたところで届く気配もなく、必死の形相で無駄に足掻くその滑稽な姿を、周囲の少年達が指をさしながらゲラゲラと笑っている。


「おいお前ら知ってるか?コイツ俺たちに隠れてコソコソ絵描いてやがんだぜ?

 しかもコイツ何描いてると思う?塔の絵だってよ!!!やっぱ気持ちわりぃやつは気持ち悪いもんに惹かれんだな!!!」


「ギャハハハハハ!!!やっぱお前は期待を裏切らねえな!!気色わりいー!」


「か、返してよぉ……」


 広場の喧騒の中で、嘲笑が嫌によく響く。


 子供たちがいつも通り戯れているだけ。そんないつもの風景の一部として捉える大人たちは、少年たちに目を呉れることなく素通りし、普段通りに組み込まれた日常の上を歩いている。

 必死の思いで飛び跳ね続ける少年の目に、じんわりと涙が浮かんでくる。


「おい、嫌がってんだろ」


 ノアは咄嗟に、スケッチブックを掲げるその腕を掴んでいた。騒がしかった少年たちの声がピタリと止む。


 少年たちは仲間だけで構成されていた世界に突如、見知らぬ人物が入り込んで来たことに動揺を隠しきれないようで、お互いに目配せし合って様子を伺っている。

 さっきまでの騒がしさが嘘のように、シーンとした重たい空気へと一変する。


「あ?誰だてめぇ」


 ノアに腕を掴まれた少年が、明らかに不機嫌そうな顔で睨みつける。


「お前が持ってるそれ、こいつのだろ。返してやれよ」


 ノアは掴んだ腕から視線を辿り、少年が持つスケッチブックを見た。長方形型のスケッチブック。使い込まれているのが見て取れるように、表紙がくたびれていた。


「はぁ?てめぇ誰に向かって指図してんだ。再起不能になるまで殴られてえのか?

 それに俺はこいつと遊んでやってんだよ。だよな?あ?」


 語気を荒らげた少年が、オリーブ色の髪の少年を見下ろす。睨みつけられた少年は、酷く怯えた様子で肩を震わせていた。


「あ…えっと……その…」


 口をもごつかせながら、少年が必死に言葉を紡ごうと目を泳がせる。


「どこが遊んでやってるだ、明らかに怯えてんだろうが」


「はっ、見ず知らずの奴が知ったような口聞いてんじゃねえよ。どけろ、この汚ねえ手」


「返してやるなら離してやるよ」


「てめぇ……」


 過熱する睨み合いに、オリーブ色の髪の少年がおろおろと慌てふためく。周囲の少年たちは、今にも殴り掛かる勢いで臨戦態勢に入っている。

 そして、ピリついた空気が最頂点に差し掛かった時。

 ふと、ノアと対峙していた少年が、ノアの背後に目を逸らした。

 一歩引いた所で、ローズが不思議そうに少年たちの顔を見ていた。


「ノア、何やってんの?」


 少年たちの視線を一身に集めるローズが、きょとんとした顔で首を傾げる。

 ノアに腕を掴まれた少年は、ローズの姿を穴が空くほど見つめていた。かと思うと、掴まれたその腕をわざとらしく振りほどいた。


「…チッ。お前ら、帰るぞ」


 急に気が変わったのか、少年たちに背を向けると、すたすたと足早に路地の方へと向かっていく。


「ええ!?良いのかよモルディス!!あいつムカつくからボコしてやろうぜ!!」

「ああいう奴は一回分からせとくべきだろ!!?」


 モルディスと呼ばれた少年の後を追って、少年たちも続々と路地の方へ消えていく。

 今にも掴み合いの喧嘩が始まりそうだった緊張感から打って変わり、広場の隅に本来の静寂が訪れる。

 取り残されたノアとローズとオリーブ色の髪の少年は、互いに顔を見合わせていた。


「よかった、行ったみたいだ……」


 オリーブ色の髪の少年が胸を撫で下ろす。


「なんで急にどっか行っちゃったんだろ?」


 状況を把握し切れてないローズは疑問符を浮かべ、またもや首を傾げていた。


「分からねえ。ローズの覇気を感じ取ったのかもしれねえ…こいつ有り得ないくらい力強いんだよ」


 ノアは少年に説明するように、ローズを親指で指した。


「多分別の理由だと思うけど………。

 ……あの、さっきは助けてくれて本当にありがとう。

 僕いつもやられっぱなしで……情けないよね、こんなの」


 少年はスケッチブックで顔を隠し、声を震わせた。


「お前のせいじゃねえだろ。ああもう、あいつの顔思い出しただけで腹立ってしょうがねえ。なんだアイツ、すっげームカつくな…!!次会ったらぶん殴ってやる」


「あはは……僕の為に怒ってくれてありがとう…」


「ノアね、今日朝から機嫌悪いんだよー。さっきからずっと怒ってるの」


 ローズが腕を組みながら他人事のように言うので、ノアは間髪入れずに反論する。


「誰のせいだと思って………!!!お前が勝手な事ばっかやるからだろ?!こっちは迷惑してんだよ!!」


「ちょ、ちょっと……落ち着いて」


 口論がヒートアップしそうな予感を察知した少年はすかさず二人の間に割って入り、場を沈めようとしていた。本日二度目の突っかかりである。さっきまで沈痛な面持ちだった少年の顔が、今度は困惑した表情になる。


「あ、あああの、お礼させてよ、お礼。助けてもらったお礼!」


 咄嗟に発した少年の言葉に、ふたりの動きが止まる。


「お礼?」


「うん、あの、助けてくれたから……」


「いいよお礼なんか。そんな大した事してねえし」


 ノアの言葉に、少年の眉がこれでもかと下がってゆく。


 少しの沈黙。


 のち、タイミング良くローズの腹がぐうううと鳴った。


「…あーー、んじゃ、そうだな。どっか食べれる店案内してくれるか?俺たち腹減って死にそうなんだよ」


 わざとらしく腹を抑えて、ノアが困ったように笑った。





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