自分の道は、自分で切り開く。
西高同盟とやらを結んだあと、由美らは帰宅することとなった。さすがに夜も遅いからな。タイムスリップ前の俺ならいざ知らず、高校生はそろそろ帰らねばならない。
このへんの価値観の変容も、どこか懐かしいというか……
夜の八時なんて、俺の感覚では《これから》だからな。
ちなみにその際、みんなとメールアドレスを交換することになった。スマホの某アプリなんて現代にはないからな。
計らずとも、俺は由美の連絡先も知ったことになる。それを考えると、なんだか胸が高鳴るというか……って、ガキかよ俺は。
恋愛面における精神年齢は高校生たちと大差ないな。学生時代にもっと恋愛しておけばよかった。いまも学生だけど。
だが、色恋沙汰にうつつを抜かしている場合でもない。
早稲田の合格を宣言したからには、必死こいて勉強せねばならない。とりあえず参考書を後日買いにいくとして、いまは英単語でも覚えるか……
やる気次第で、記憶力は格段に高まるもんだ。十二年前に行った受験勉強よりも、すんなりと頭に入ってくる。
――と。
鈴が鳴ったような着信音が鳴り響き、俺はガラケーを開く。ちなみにこの時代にスマホはない。あと、ガラケーという言葉も通じなかったので、このへんの言動には気をつける必要がある。
「良也ー、勉強してているー?」
相手は由美だった。
間抜けっぽい誤字がなんとも彼女らしい。
俺はたっぷり数分間考え込んだあと、
「してる(笑)」
とだけ送信した。
カッコに笑い。
なにげにこれを使ったのは初めてかもしれない。いつもは草を生やしてたもんでな。
「偉い! 私も頑張らたななきゃ!」
「俺からひとつアドバイス。受験当日の誤字だけは気をつけろよ」
そんな他愛もないメールをしつつ、テーブルにかじりつくこと三十分。
ガチャ、と。
玄関の扉の開く音がした。
「…………」
意図せぬうちに背筋を伸ばしてしまう。ようやく親が帰ってきたようだ。十二年前のな。
「ただいまー……っと」
気の抜けた声とともに、母が姿を現す。
飯塚香苗。
この頃だと四十二歳か。
やや丸みの帯びた身体を、大型ショッピングモールで買った服で包んでいる。バッグだけはなぜかブランド物で、えっと、ルイなんちゃらってやつだ。
真偽は不明だが、昔はモテたらしい。……真偽は不明だが。
「良也? 珍しいわねこんなところで」
靴下を脱ぎ捨てながら、母が快活な声を発する。
母の言う《珍しい》とは、俺が自室に引きこもっていないことを指している。当時の俺は自分の居城で好き勝手やってたからな。
「おふく……母さん」
思いもよらず不思議な感情がこみ上げてくる。
飯塚香苗。
俺がいかに暴言や暴力を振るおうとも、見捨てずに育ててくれた人。老人ホームで老人の面倒を見てきたあと、疲れ切った身体で俺の飯をつくり、高校までの学費を払ってくれた。
――でも、当時の俺はそんな母が嫌いだったんだ。
大学に行かせてくれなかったから。
財力もないくせに、たいして貯金もしてこなかったくせに、無遠慮に俺を産んだから。
「そっか。勉強……してるのね」
教科書を見て、若干暗い顔をする母。
当時ならいざ知らず、いまの俺ならわかる。息子を応援したい気持ちと、現実の厳しさの間で葛藤している親の心理が。
「ごめんね良也。いまからご飯つくるから……」
「母さん。あのさ……」
「え?」
「えっと、そのう……」
俺は頬を掻きながらも、思い切って言った。なかばヤケだった。
「あ……ありがとう。俺を育ててくれて。辛くても、苦しくても、こんな俺を見てくれて」
「へ……」
「俺、大学に行きたい。だけど、母さんにも父さんにも迷惑はかけないから……。二人が大変なの知ってるから……」
「…………」
「そ、それだけだ。じゃあな!」
俺は無理やり会話を締めくくると、ヤケになって自室に逃げ込んだ。その後に勉強道具を置いてきたことに気づいたが、もう戻ることはできなかった。
涙が止まらなかったんだ。
おっさんのくせに。
泣き喚く歳じゃねえのに。
なのに、涙がどうしようもなく溢れてきて。
止めることができなくて。
俺は懐かしのベッドに飛び込むと、たっぷり数分間、涙を流し続けた。
気のせいだろうか。
リビングからも、小さな嗚咽が聞こえてきた。
母さん。
あなたは最高の母親だった。
これ以上迷惑はかけない。
自分の道は――自分で切り開く。
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