いつになく積極的
ホームルームも終わり、クラスメイトはぼちぼち帰宅の途に着き始めていた。
さすがは受験生……といったところだろうか。
教室で駄弁る生徒はほとんどおらず、教室は閑散としていた。
窓からは儚げな夕陽の光が差し込んできて、遠くからは野球部の大声が聞こえてくる。ときおりどこかから生徒の笑い声が聞こえてきたりして、まさに青春まっさかりの風景といえるだろう。
むろん、俺も教室に留まっている場合ではない。
早稲田を志す身として、一刻も早く帰宅すべき立場なのだが……
「由美。ちょっと《まんけん》に寄って行かないか」
「まん、けん……?」
由美は一瞬だけきょとんとしていたが。
すぐにその意味するところを悟ったのだろう。スクールバッグを背負うや、教室の出入り口へと向かいだした。
「いいよ。えっと……三階だったっけ?」
「ああ。会議室の真上の部屋だったはずだ」
視聴覚室とか、音楽室があるあたりだな。
履修科目によってはほとんど立ち寄らない生徒もいるため、通いなれた学校であっても場所がわからないものである。俺も入学当時、学校のあまりの広さに固唾を飲んだものだ。
「それにしても……良也、やっぱり変わったよね」
二人で廊下を歩きながら、由美が嬉しそうにはにかんだ。
「昔だったら自分の勉強を優先してたんじゃない? だけど、須賀っちのために動こうとしてくれてる」
「はは……そうかな」
「うん! そうだよ!」
そこで由美は俺の前に回り込むと、俺の唇に人差し指をあてがった。
「……だから私、すごく幸せだよ。良也と付き合えて」
「おい由美、ここでは……」
「ふふ。わかってるてば」
由美は再び俺の隣に並ぶと、右手をすこしだけ握ってきた。
「文化祭に受験勉強に……いまはすごく忙しいから、できるだけ良也に触れてたいんだ」
触れていたい。
その言葉に諮らずもドキっとしてしまうのは、男としての性だろうか。
「よっと」
由美はすこしだけ背伸びをして、俺の右肩に手を乗せると。
「大好きだよ。良也」
と耳元でささやいた。
「由美……」
なんだ。
まわりに誰もいないとはいえ、いつになく積極的というか……
でも、たしかにそうかもな。
受験勉強に文化祭に……
色んなことが目まぐるしく通り過ぎていったから、由美とは恋人らしいことがそんなにできていない。
レオとの一件を経てすこしだけ進展はしたものの、それ以上はないし……
って、いかんいかん。
なに考えとるんだ俺は。
「近いうち、遊びにいこう。金も少しだけ余裕がでてきたしな」
「ほんと!?」
由美がぱあっと目を輝かせた。
「私、大阪行きたい! ユニヴァユニヴァ!」
「大阪か。ああ、いいな」
連休中にでも行ってみるか。
受験勉強しながら旅行するのはなかなかにハードスケジュールだが……俺はこの忙しさを、心地よく感じ始めていた。
まんけんの部室はドアが開けっぱなしだった。
たぶん、暑いからだろうな。
近隣の高校と比べ、冷暖房の設置がクッソ遅いのも西高の特徴である。
「ごめんくださーい」
「はいはーい」
由美が声をかけると、同じく三年の女子生徒が反応してくれた。
「えっと……ごめん、どちらさま?」
「いきなりごめんね。須賀っち来てない?」
「あー。スガマキの友達か」
スガマキ。
なるほど、まんけんでは彼女はそう呼ばれてるんだな。
女子生徒は振り返って部室内を確認すると、再び視線をこちらに戻した。
「来てないよ。最近はまっすぐ帰ってるみたい」
「そっか……」
まんけんは部活ではなく、あくまで研究会。
コンクールがあるわけでもないので、参加するしないは自由ということだ。
「須賀っちのこと、なにか聞いてない? なんか最近、様子がおかしくて……」
「うーん……」
腕を組み、何事かを考えこむ女子生徒。
話すべきかどうか、悩んでいるように思えた。
「……突然来て失礼なのはわかってる。でも……俺からもお願いしていいか?」
だから俺も一歩前に進んで頼み出た。
須賀はああいう性格をしてるからな。
余計な心配はさせまいと――俺たちが聞いてもたぶん教えてくれない。
だったらまんけんに聞いたほうが早いかもしれない……
それが、俺たちがここに来た理由だ。
「あら……びっくりした」
女子生徒が片眉を引き上げた。
「君……飯塚くんじゃん。久しぶりだね」
「へ……?」
「覚えてない? 一年のとき同じクラスになったじゃん。小暮だよ。小暮ほなみ」
マ……マジか。
俺にとっては実質14年前の過去だからな。
もともと物覚えが悪いのもあって、申し訳ないが全然覚えてない。
「……あはは。うん、仕方ないよ。うちら全然絡みなかったもんね」
俺の沈黙ですべてを悟ったのだろう、小暮が苦笑を浮かべてそう言った。
「す、すまない……。悪気があるわけじゃないんだ」
「ううん。気にしないでいいって。うちも話しかけられてようやく気づけたし」
そして俺の全身を見渡すと。へぇーと相槌を打った。
「……人って変わるんだねぇ。こりゃ美人と付き合えるわけだ。失敗したなあ」
「なに言ってるんだよ……」
「ふふ、冗談よ」
小暮は笑みを浮かべると、数歩だけ部室内に入り、俺たちを手招きした。
「おいでよ。私たちもすべての事情を知ってるわけじゃないけど……わかる範囲でなら話すよ」
ユニヴァってなんか強そう(ノシ 'ω')ノシ バンバン




