この歳でお化け役とか勘弁してもらいたい
「フフ。皆の者、聞いて驚け!」
夕方のホームルームにて、浩二の声が響きわたった。
例によって、教壇に立ち、両腕を大きく広げ……なんかのアニメキャラみたいに語っている。
「昨日、委員会に《お化け屋敷をやりたい》と提案してな。他にもお化け屋敷をやりたいクラスはいくつもあったが……見事、我が七組が当選した!」
「おおおおおおっ!」
「やるじゃん、クラス委員長!」
「はっはっは。俺の手にかかればなんのこれしき。皆の衆、褒め称えよ!」
一歩間違えればただの痛い奴だが、浩二のそのキャラは学校で普通に受け入れられていた。まあ、根は明るい奴だし、なぜか嫌悪感を感じないんだよな。
しかも今回、何気に偉業をやってのけている。
やりたい種目が重複した場合、通常はくじ引きによって合否を決められる。
そのくじ引きで、浩二は見事に当選を果たしたわけだ。
しかもお化け屋敷となれば定番中の定番。
きっと当選の確率は低かっただろうに、浩二はそれを突破したことになる。
だからある意味、クラスメイトに持てはやされるのも当然といえた。
「お化け屋敷かぁ……わたしなにやろう!?」
「おい、みんなで監督びびらせようぜ!」
「ばか、おまえひとりでやれ!」
お化け屋敷と聞いて、クラス中が活気に包まれる。
高校最後の文化祭だからな。
昔の俺はこういうの下らないと思っていたが……みんなやる気に満ち満ちているのがわかる。
「良也―、私たちどうしよう!? お化け役やる?」
「いや……。俺はいいよ。受付役とかで」
「むー。なんか冷めてる……」
仕方ない。
見た目は高校生でも、中身はおっさんなんだ。
正直、衣装着て「ウォォォォォオオオ」とか「ギャオオオオン」とか叫ぶのは……うん、勘弁願いたい。
「良也、私と一緒にお化け役ね! はい決定!」
「おい、勝手に決めるなよ」
「だめだめ。決定ですぅー」
唇を尖らせてそう告げる姿が、最高にうざかった。
「……絶対やらないからな。俺は受付係が向いている」
「だめだめ! 受付じゃ女子高の人とかと話す機会ができちゃうじゃん!」
「……それがどうした?」
「駄目なの! だめだめ!」
いったいなにが駄目なのか、それがわからない。
「……ふふ」
「また夫婦漫才やってる」
そして気づけば、俺たちはニコニコしながらクラスメイトに見つめられていた。
おい、なんだよこの空気感は。
「うん、それなら仕方ないな! とりあえず、良也はお化け役で決定!」
突然そう言いだしたのは、檀上に立つ田端浩二。
「うんうん!」
「それがいいな!」
この突拍子もない提案に、なぜかクラスメイトのほとんどが同調を示す。
「いやいや、意味がわからん。なんで俺だけ役割が速攻で決まるんだよ」
「決まってるだろう! クラス委員としての特権だ!」
「どんな特権だよ!」
突っ込むも、なぜか俺のお化け役は確定してしまったようだ。
「はぁ…………」
どうして三十路のおっさんがお化けなんぞやらにゃならんのか……
もうどうにでもなれ……
その後も簡単な役割分担が行われ、音響を用意する人や、衣装を制作する人、資材を準備する人など、細かな取り決めがなされた。
俺と由美は衣装をつくる役。
そしてその衣装を、文化祭のときに自分で羽織ることになる。
……残念ながら、もう俺が幽霊役であることは確定事項みたいだな。
ほんとにもう、戻れるなら過去に戻りたい気分である。
「……ふむふむ。だいたいは決まったな」
黒板を眺めながら、浩二が満足そうに頷く。
さすがはクラス委員だけあって、リーダーシップはめちゃくちゃ高いな。
「あとはまあ、イラスト係だが……これは任せてもいいよな? 須賀よ」
「……え?」
考え事でもしていたのだろう。
須賀がきょとんと目を丸くした。
「ご、ごめん、聞いてなかった。なんだっけ?」
「衣装や舞台にも、お化けのイラストを描いたほうが盛り上がるだろ? その役回りを、漫画家の卵――須賀に頼みたいんだが」
「う……うん! もちろん、任せてよ!」
なんだ。
ちょっと歯切れが悪いな。
やはり最近の須賀は、どこかがおかしいというか……
浩二もその違和感に気づいたっぽいが、いまはホームルーム中。
「よし、それじゃあいったんこのへんでいいかな。今日のところは解散!」
元気な声で、ホームルームを切り上げたのだった。




