おっさん、青春の1ページを送る。
作業は想像以上に早く終わった。
荒れかけていた庭が、ほとんど元通りの姿を取り戻したのだ。
伸び放題だった雑草は綺麗になくなっており、あちこちにあったゴミもない。
そこには疑いようもなく、家族みんなではしゃぎまわった思い出の場所があった。
夏になると、よく子ども用のビニールプールで遊んだっけ。もう腐り始めている家族だが、俺の脳にはたしかに、楽しかった子ども時代が刻まれている。
どうして気づかなかったんだろう。どうしてずっと、家族を憎んでいたんだろう。
それを思うと年甲斐にもなく視界が滲んでしまうが、なんとか必死にこらえる。いまの俺はただの高校生。この場で泣くのは変だ。
「ありがとう。みんな……」
だから泣いてしまわぬよう、掠れた声を出すのに精一杯だった。
「あはは。いいよ気にしなくて。私たちが好きでやったんだし」
そう返すのは由美。
いつも暴れまわっている影響か、彼女の身体能力はさすがだった。せいせいせいせいせい! と草をむしり取っていったのだ。
その影響で、いまの彼女は汗だく。
ブレザーを脱いでワイシャツ姿になっており、その濡れたシャツに思わず目を奪われる。彼女の健康的なボディラインはこういうとき目に毒だ。
――いかんいかん。
年下相手になにを見惚れているんだ。
俺はぶんぶん首を振り、目線をよそに移す。
ふと空を見上げれば、満天に輝く星空。このへんは街灯も少ないため、各所で煌めく星がよく見える。
俺たちはしばし、その星空をずっと見上げていた。そうしているのが心地よかったから。
時間的には19時を回った頃合いだが、両親はまだ帰らない。二人とも残業が重なるときは21時を超えることもあったからな。
「……ふふ。なんとも青春だな」
田端が苦笑し、地面に仰向けになる。そんなことをすれば制服が汚れてしまう――が、それを突っ込むのは野暮か。
「率直なことを言うとな、飯塚。僕たちはひとつ確かめにきたんだよ」
「ん……?」
「君は今日、『早稲田を目指す』と言った。――どうしてだ」
「…………」
やはりそこか。
たしかに変だもんな。
昨日まで無気力だった奴が、いきなり真面目に勉強して、大口を叩くなんて……
おかしいったらありゃしない。
「まあ、それはな。色々と理由があってだな……」
「素直に言っちゃいなよ。由美と同じ大学に行きたいんだって!」
須賀が大声でとんでもないことを言う。
「す、須賀……!」
「す、須賀っち……!」
俺と由美の声が被る。
「あ……」
そしてなんとも言えない気持ちになり、俺は慌てて視線を逸らした。
なんだこれは。
青春の1ページだってのか。
悲しいかな、恋愛の経験がない俺には、こういうときスマートな対応ができない。
見れば、由美も恥ずかしそうに視線を明後日の方向に向けていた。
「ははは」
田端が微笑ましそうに目元を緩める。
「飯塚。その志は立派だが……君の学力は正直、そこまで高くないだろう? それでも――目指すのか?」
「…………」
それについては愚問だ。
答えはすでに出ている。
「当たり前だ。なにがなんでもかじりついてやるさ」
「良也……」
由美が嬉しそうに目を輝かせた。
「うん! その意気やよし!」
俺の答えに満足したか、田端がいきなり立ち上がる。
「飯塚。俺たち、実は同盟組んでるんだよ。名付けて《西高同盟》!」
「な……なんだそりゃ」
大宮西高校だから西高か。
しかし同盟とはなんだ。
「あたしたちにはね、みんな夢があるのよ」
答えたのは須賀だった。
「たとえば……あたしは漫画家になりたい。意外って言われるけど、昔から絵を描くのが好きだったから」
「ま、漫画家……」
十年後の須賀はどうだったかな。
そういえば彼女自身の話はあまり聞けていなかった。
ちなみに田端はゲーム会社の役員になりたいとのこと。
由美はといえば、一軒家を買い、子犬と一緒に平和に暮らすこと。
それぞれバラバラだが、将来の夢があるらしい。
……こう言っちゃなんだが、どれも難易度が高いよな。
由美の夢は一見簡単に見えて、このご時世に家を買うんだもんな。言うまでもなくそれなりの経済力が必要になる。
「ふふ。わかっているさ。君の言いたいことは」
田端がニヤリと笑う。
「それでも――俺たちは夢を成し遂げたいんだ。さっき君が言ったように……かじりついてでも」
「あ……」
「飯塚、君もぜひ一緒に頑張らないか? 勉強もできる限り教えるよ」
「わ、私も、教えるっ……!」
由美もなぜかガッツポーズを組む。
「はは……同盟、か」
昔の俺なら、馬鹿らしいと言って一蹴していただろう。同盟を組んだくらいで合格できるなら世話ないもんな。
けれど――
「……わかった。俺なんかで良ければ……一緒に頑張ろう」
「よし! その意気だ」
にんまりと笑い、片腕を突きだしてくる田端。
最初は意味わからなかったが、数秒後、俺は多少の気恥ずかしさとともに拳を打ちつけあうのだった。




