口にしてはいけない言葉を
香苗は近くの駐車場で待っていてくれた。
見るも懐かしい、かつて家族みんなで乗用した軽自動車だ。
道中、俺も香苗も無言だった。
互いになにを言うでもない。
なにも喋らなくても気まずくはない、これが気心の知れた親子関係というやつなんだよな。
車の振動に身を任せながら、俺はレオのことを考えていた。
レオ。桜庭家の犬。
俺は手を尽くしたけれど、レオの気持ちに寄り添うことはできていなかった。里親を見つけることはできなかったし、そもそも、レオの本当の願望はそこじゃない。
桜庭家とともに、健やかに暮らし続けること。
それなのに、俺は里親募集に邁進して、しかも結果的にうまくいかなくて……。最後の最後には大円団になったけれど、それに気づくまでが遅かった。
10年前の俺も、レオとまったく同じ立場にいたんだよな。
父が不意にリストラに遭って。
当時の両親は俺を食わせるために、あらゆる手を尽くして。
それでも俺は親を許せなかった。
大学に行けなかったから。自身の道を閉ざされた気がしたから。
自分が《親の立場》にたってみて、改めて社会の厳しさを痛感した。
両親はあのとき死ぬ思いをしていたというのに、俺は気づけなかった。自分のことしか考えていなかった。
――おまえがリストラされたのが全部悪い! 死ね!!――
そして、俺は決して口にしてはいけないことを言ってしまった。
父はショックを受けたように固まったが、それ以上はなにも言わなかった。
あのときの父の気持ちたるや、いまの俺でも想像に余りある……
「着いたよ」
ふいに香苗が声をかけてきた。
――埼玉県上尾市。
すっかり馴染みとなった実家が見えてきた。
そして。
「あ、あれは……」
家の側面に見覚えのあるバイクがとまっていた。
考えるまでもない。
父のバイクだ。
「お父さん、帰ってるみたいね」
「そっか。久々だな……」
結局、いままで父と顔を会わせることはなかった。
いま思えば、相当なブラック企業に勤めてるんだよな。会社で寝泊まりすることもあるようだし、終電間際での帰宅なんかは日常茶飯事だ。
だから父とはほぼ会えなかった。
会えても俺か父のどちらかが寝ていた。
「…………」
俺は鍵をまわし、そっとドアを開ける。
ガヤガヤガヤ――と。
テレビらしき音が、控えめに届いてくる。
起きてる。
まだ寝てないようだ。
おかしな話だが、俺の心臓は大きく高鳴っていた。
タイムリープ前の世界において、完全に廃人と化してしまった父。普通に話すことさえままならなくなった父が、いまリビングに――
俺はごくりと唾を呑むと、おそるおそる歩み出す。
いた。
テレビ前のテーブルに発泡酒を置き、静かにバラエティ番組を楽しんでいる。その丸まった背中に、早くも『老い』が感じられるのは気のせいではあるまい。
飯塚吉成。
それが父の名だ。
吉成は俺の気配に気づいたか、ゆっくりと振り返る。
「おお。良也か」
「ああ」
俺はゆっくりとテーブルの脇に座ると、吉成の表情を窺いながら尋ねる。
「身体……大丈夫か」
「ん? ああ……」
「……しんどくないか」
「ああ、大丈夫だが……」
きょとんと目を丸くする吉成。
――おまえがリストラされたのが全部悪い! 死ね!!――
あのとき投げつけてしまった刃を思い出してしまって、ふいに視界が滲んでしまう。
働くことの大変さ。
辛さ。
それを身をもってわかってしまったから。
そんな父に対し、決して言ってはいけないことを言ってしまったから。
だからどうしても、言っておきたいことがあった。
「あ……ありがとう。身体には気をつけて……絶対、絶対に無理だけはするなよ!」
「なんだ? どうした急に」
戸惑いの声をあげる吉成だが、すこしだけ声音に嬉しさが混じっていた。
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