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拝啓、僕を殺したあなたへ。 〜俺はもう、二度と幼馴染を死なせたくない〜  作者: どまどま
第一章 【元おっさんは二度目の青春を送る】
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抗え。

「お願いします! 里親募集してます!」 


 午前11時。

 大宮駅東口。


 俺は枯れた声で通行人にチラシを配り続けた。


「お願いします! お願いします!」


 由美も同様。

 泣きそうなのをこらえながら、それでも一生懸命に動き続けている。

 今朝からずっと――その勢いが留まることはない。


 そう。

 昼過ぎには桜庭家に引っ越し業者が来る。

 だから遅くとも正午までに里親を見つけなければならない。


 さもなくば――レオは保健所行きだ。


 引っ越し前の家に置いていては、行政の人間に回収されるのが関の山。もちろん回収後は《捨て犬》として保健所に送られるので、どの道、本日の正午がタイムリミットだ。


 だから、急がねばならない。

 本日中に――なんとしても。


 それなのに現実は非常なものだった。

 めぼしい結果は得られない。

 すこし脈のありそうな通行人でも、老犬であることを伝えた瞬間に表情が曇ってしまう。


 ――駄目なのか。

 ――結局うまくいかないのか。


 どんなに足掻いても、無理なものは無理なのか。それが現実なのか。最初からなにもしないほうが良かったのか。


 ……いや、そんなことはないはずだ。

 最後まで諦めたくはない。


 そう意気込んではみるものの――やはり現実は非常なもの。


 俺たちの努力も虚しく――ついに正午をまわってしまった。

 本日のめぼしい結果はゼロ。

 チラシは配布できたが、里親になってくれそうな人物はついぞ見つからなかった。


 名残惜しいが、これ以上、チラシ配布に時間はかけられない。

 

  ★


 黒雲が空を支配していた。

 どんよりとした空気が地域一帯に漂い、なんとなく気が重くなってしまう。

 予報では《晴れ》だったはずだが、そんな気配は微塵も感じない。むしろ一雨ひとあめきそうである。


 ――さいたま市動物愛護ふれあいセンター。


 浦和からほど近い保健所に、俺と由美は向かっていた。


 須賀や田端は呼んでいない。今日は平日だし、こんな悲しい場面を二人に見せたくなかった。


 香苗もできることはやっておきたいと言ってくれたが、母が夜勤続きなのは知っている。だから無理するなと止めておいた。


「良也……」

 由美は泣いていた。

 レオを結んだリードをしっかり握りしめ、運命に抗うかのように。

「やだ……連れていきたくないよ……良也……」 


「由美……」


 彼女の頭を、俺はゆっくりと撫でる。


 彼女の心痛は察するに余りある。


 レオはまさに、長年寄り添ってきた家族のような存在。

 その家族を、みずから保健所に連れて行かねばならない苦しみ。

 その家族を、助けることのできなかった悲しみ。


 ――俺ごときでは、とうてい慰められる問題ではない。


「ヘッヘッヘ」


 事情を知らない当のレオは、いつもの純朴な瞳で俺たちを見上げてくる。小さな足でテクテク歩くその姿が、なんとも可愛らしく、痛ましかった。


 保健所の職員には事前に連絡を入れてある。きっと今頃、施設の入り口で待ってくれているはずだ。


 電話の際、本当に預けてもいいのか、犬が死んでしまうことをわかっているのか、色々なことを聞かれた。


 だが、俺たちのいままでの活動を話した途端、職員はさすがに納得せざるをえなかったようだ。


 考えなしに動物を預ける飼い主が本当に多いらしい。だから最初は割ときつい口調で問いつめられたが、最後には納得してもらえた。 


「そこまで頑張ってくださったのなら……仕方ないですね」

 というのが職員の言葉だった。


 俺だって、本当はレオを助けたい。殺処分の悲惨さは動画サイトでも見たことがあるし、絶対にレオをそのような苦しみを味わわせたくない。


 でも……でも……!!


「ごめんね……良也……」

 隣を歩く由美がふと呟く。

「いっぱい手伝ってもらったのに……こんな結末になるなんて……。私がもっとしっかりしてれば……!」


「由美……」


 俺もこの歳になって泣いてしまうとは思ってもみなかった。

 由美の心境とレオの今後を考えると、涙がどうしても滲み出てしまう……


 ぽつり、と。


 しずくが空から落ちてきた。それはすこしずつ、勢いを増していく。本降りになるのも時間の問題だろう。


 けど、だからといって保健所まで走る気にはなれなかった。


 せめて――レオと過ごせるわずかな期間を伸ばしたい。

 意味のない時間稼ぎだとわかっているけれど、まだなにか手があるかもしれないから。


 だが、現実は非常なもの。

 とうとう、お別れのときがやってきた。


「……桜庭さんですね」

 保健所についた俺たちを、職員が出迎えた。

「話は窺っております。その子が……例の……」


「はい……」


 答える由美の声が涙に濡れていた。


「わかりました。あなたがたの頑張りは聞いています。……きっといつの日か、この子もわかってくれるでしょう」


 わかりやすい気休めだが、この職員も気を遣ってくれているんだろう。俺たちは特に言い返せない。


「レオ……ごめん。ごめんね……!!」


 由美はその場に縮こまると、最後・・にレオを強く撫でる。その存在を確かめるかのように。手にレオの記憶を刻み込むかのように。


「クゥ……?」


 最初はレオもなにがなんだかわからなかった様子。


 だが――

 職員の手にレオのリードが渡った瞬間、いつもマイペースなレオが豹変した。


「ワン! ワンワンワン!!」

 激しく動きまわり、離れようとした俺たちに吠えじゃくる。

「ワンワンワン!!」


 あんなレオは見たことがなかった。年老いて重いであろう身体を激しく動かし、懸命に吠えてくる。


「ワンワンワン!!」


「うっ……ううう……! あああああああ!」


 その声に、由美も限界に達してしまったようだ。

 滂沱ぼうだの涙を流し、その場にうずくまってしまう。


 俺も涙が止まらなかった。


 ――情けない。

 彼女を助けようと決めたのに。

 あんなに頑張ったのに。

 結局、俺はなにもできないのか。タイムスリップする前から、なにも変わっていないのか……!


 なんとしても彼女を助けたい。

 でもその方法がわからない。

 いったい、どうしたらいいんだ……!!


 ――と、その瞬間。

 由美の右手にはめられた稲荷塚古墳いなりづかこふんの指輪が、きらりと光った気がした。


 稲荷塚古墳。


 それは大宮西高等学校の敷地内に存在する古墳で、ほこらに向かって祈り事をした場合、願いが叶うとされている。


 ――どんなに辛くても、必死にかじりついていれば必ずうまくいく。私はそう信じてる――

 ――だからどうか諦めないで――


 飯島さんの言葉が脳裏に浮かび上がる。


 そして、再び。

 俺の視界は暗転した。



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― 新着の感想 ―
[一言] お約束的な展開のように感じますが、良いテンポで書かれていると思います。
[一言] 正直、めっちゃいい物語だと思います。(上から目線ですみません<(_ _)>) 個人的には、ハッピーエンドの方がよいのですが、作者さんの書きたいものを書いてくだされば満足なので、これからも素敵…
[一言] 泣きそう。ハッピーエンド求む。(;´д`)
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