ずっと好きだった人と。
母はやはり察していたようだ。
「夕飯、やっぱりいらない」
という俺のメールに、いち早く了承の返事を送ってくれた。励ましてあげてね――という添え文つきで。
母は偉大だとよく聞くが、まさにその通りだと思う今日この頃。
今度、また朝食でもつくっておかないとな。
由美は現在、俺の隣で自転車を漕いでいる。三橋を通りすぎたあたりなので、じきに家に到着するはずだ。いつもは騒がしく鳳凰拳を繰り出してくる由美も、今日に限っては静かなものだった。
しばらく無言で自転車を漕ぐうち、見覚えのある家に到着する。
埼玉県さいたま市、内野本郷。
以前訪れたときと同じく、周囲は静かなものだった。
風の流れる音。
ときおり聞こえる車のエンジン音。
近所で飼われているであろう犬の吠え声。
『都会の喧噪』とはまるで逆、静謐な時間の流れる場所だった。
と。
「ワワワワン! ワンワン!」
ふいに聞こえてきたその声に、俺と由美は顔を見合わせ、二人して笑ってしまう。
さすがは犬。
このへんの察知能力は、もはや人間とはかけ離れているな。
俺たちは家のそばに自転車を停めると、二人して桜庭家に足を踏み入れる。
「ワンッ! ワンッ!!」
玄関では、当然とばかりにレオが迎えてくれていた。
もう老犬だし、肉体的には衰えてきているはずなのにな。
こういうときだけは、動きがものすごく早いんだ。いつもはマイペースだけれど、飼い主が帰宅したときは尻尾を振って迎えてくれる。
飼い主として、これほど嬉しいことはあるまい。
――そして由美は、そんなレオをいままで何十回、何百回と苦楽をともにしてきたのだろう。
「おー、ただいま!」
胸に飛び込んできたポメラニアンを、由美は笑顔で受け止める。
だけど、その笑みには陰りがあって。
苦しくて堪らないのを、懸命に我慢しているように見えて。
俺が太陽だと思っていた彼女は、こんなにも小さくて、ひとりの人間であることを、改めて思い知らされた気がした。
「レオ。ただいま」
俺もその場にしゃがみ込むと、その小さな頭を撫でてみる。
「ワン!」
小さなポメラニアンは、嬉しそうに吠えるのだった。
それから俺たちはレオにご飯をあげたあと、いつものように受験勉強に打ち込んだ。
今日は色々と動きまわったからな。シャワーも借りさせてもらった。温かなシャワーがなんとも気持ちよかった。
(ちなみにだが、レオの散歩は本日の夕方前に行っている)
――夜の11時。
勉強を終えた俺は、例によって由美の部屋にお邪魔していた。
「ふう……疲れたな」
俺は壁面にもたれかかり、大きく背伸びをする。
今日は飯島さん宅の訪問に、チラシ配りが二回、受験勉強が二回……
この土日はかなりハードなスケジュールだった。
それでも、この疲労感は嫌いじゃなかった。
いや。
達成感というべきかな。
壁にもたれかかったまま腰を下ろすと、由美が隣に座ってきた。
妙に近い。
肩と肩が触れるほどの距離だ。
でも、それはおかしいことでもなんでもなくて。
そういえば俺たちは恋人なんだよな――そう思うと、改めて不思議な気持ちが湧き起こってきた。
「今日はありがとね。良也」
俺の手を握りしめながら、由美がぼそりと口を開く。
「改めて思ったんだ。良也がいなかったら……きっと私、ひとりで抱えてたと思う」
「そうか……」
実際問題、未来の世界ではそうなっていた気がする。
当時の俺は他人にまったく興味がなかったから、由美のちょっとした変化に気づけなかったけれど。
でもたしかに、ある時から鳳凰拳の応酬が減ってきていたとは思う。
昔の俺は、そんな彼女に気づけなくて。
手を差し伸べせば変わっていたかもしれない未来を、自分から拒否していた。
そう思うと、彼女を愛おしく感じてしまう。……こんなの、俺の柄じゃねえのにな。
俺の肩に頭を乗せながら、由美は続けてやや甘い声を発した。
「えへへ……なんだか、夢みたいだな」
「夢?」
「うん。小学生のときからずっと好きだった人と、こうして……二人でいられるってさ」
「そうか。そうだな……」
「ね。お願いがあるんだけど」
いまさらのように頬を染める由美。
「さっきのもう一回やって……くれる?」
「さっきの……?」
一瞬理解できなかったが、由美の様子からなんとなく察した俺は、これ以上追求することはなく。
「わかった」
とだけ告げて、もう一度。
彼女の両肩を掴んだのであった。
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