願い
帰り際、千代子には何度も謝られた。
曲がった腰をより一層に曲げて、何度も何度も謝ってきた。
とはいえ、俺たちに彼女を責める気はない。話を聞いてくれただけでも嬉しかったし、今後の自信にも繋がった。今回は駄目だったけれど、諦めずに動いていればきっと結果は出る。そう思うことができたから。
そして千代子の話を聞くにつれ、琢磨は俺と似た境遇だったことが判明した。
高校卒業時、大学への進学を希望していたものの、金銭的にそれが叶わず。嫌々入った就職先は俗に言う《ブラック企業》で、心を痛めた琢磨は退社後、実家にこもりがちになってしまったと……
だから千代子は『私がすべて悪いんだ』と言っていた。
私が琢磨の人生を狭めてしまったのだと。
そう。
かつての俺もそうだった。
親のせいで人生の選択肢を潰されたと感じて、それで腐ってしまって……
「ごめん、ごめんね。これ、せめて持って帰ってください」
そう言って差し出されたペットボトルのお茶を、俺たちは恐縮しながらも受け取ることにした。そうでもしないと引いてくれそうになかったからだ。
「それから……桜庭さん。あなたにはこれを」
「え……?」
目を瞬かせる由美に、千代子は銀色の指輪を手渡した。
「これは……稲荷塚古墳の……?」
稲荷塚古墳。
大宮西高校の敷地内に存在する古墳で、祠に祈れば願い事が叶うとされている指定文化財だ。
目を凝らせば、その古墳の形が掘られているのがわかる。
「千代子さん……どうしてこれを……」
目を丸くする由美に、千代子は申し訳なさそうな表情はそのままに応えた。
「……実は私も、西高の卒業生でね。懐かしくて、つい気になってしまったのさ」
「そ、そうなんですか……」
俺も驚きを隠せなかった。
面白い偶然もあるもんだ。
聞けば、この指輪は千代子が学生時代のとき、友達と一緒につくったものだそうだ。
「桜庭さん。あなたも知っていると思うけど、あの古墳には不思議な力がある。どんなに辛くても、必死にかじりついていれば必ずうまくいく。私はそう信じてる。だから琢磨のことも……私は諦めてない」
「千代子さん……」
「だからどうか諦めないで。力になれなくて、本当ごめんね……!」
稲荷塚古墳の指輪を託され、俺たちはその場を後にするのだった。
「ふう……疲れたね」
日進駅に向かう道すがら、由美がそう呟いた。里親が決まらなかったことは残念だが、ひとつ、肩の荷が降りたような顔をしていた。
その表情に、俺は感じ入るものがあった。さっき俺が感じたことも、あながち間違いじゃないと思われる。
だが、いまそれを指摘しても意味はない。
いまは――いまやるべきことをやるまでだ。
「由美。これからどうする」
「うん……どうしよっか」
現在時刻、11時。
早々に飯島家を追い返されてしまったからな。まだ正午にもなっていない。
「……チラシ、配りたい。いいかな?」
「ああ。いいと思うぞ」
飯島家とは別に、他にも一件、里親希望の連絡が入っている。
うまくいけばそれで成立するかもしれないが、できることはやっておきたいもんな。由美の言ってることは間違ってない。
けど……
「由美。おまえは……」
「ん?」
「いや。なんでもない」
俺はかぶりを振る。
――こんなことを考えるなんて、俺らしくもないな……
そう思いながら手提げバッグをまさぐる。
「ちょうどチラシも用意できてるな。このまま大宮駅に行こう」
「うん! わかった!」
快活に頷く由美は、やはり太陽のようであった。
そして二十分後。
無事に大宮駅に着いた俺たちは、いつも通りチラシ配りを開始する。
場数を踏んできただけあって、由美の動きは最初よりスムーズになっっていた。通行人に迷惑をかけることもないし、流れるように多くのチラシを渡している。
それでいて作業的じゃなく、里親募集を切実に訴えかけている。
だからチラシを受け取る人も多いんだろうな。
適当に掃くことだけを考えている競合とは違う。たぶん、大宮駅で一番チラシ配りを頑張っているのは由美だろう。
俺も、負けてられないな。
「里親募集してます! お願いします!」
できる限りの気合いを込めて、俺もチラシ配りに徹する。途中で発汗が止まらなくなるが、それで手を緩めることはない。ときおり小休止を挟みながら、俺たちはひたすらにチラシを配り続けた。
「ん……?」
気のせいだろうか。
南銀通りの方角から、見覚えのある顔がこちらを覗いていた。
いや、待てよ。
あの顔は……
――桜庭詩織だった。




