里親
日進駅。
いまから数年後に改装の入るこの駅は、相当な年季を放っていた。
なんというべきだろう。
昔ながらの商店街。
と表現するには少々現代的だが、そのような雰囲気が若干漂っている。だから数年後、改装された駅の姿を見たとき、感動と同時に物寂しさを覚えた記憶がある。
古びた古本屋、古びたパチンコ屋、おにぎり専門店などなど……雰囲気は悪くないんだよな。
「おはよー!」
そんななかにあって、桜庭由美が快活な声とともに登場する。
ピンク色のフリルブラウスに、丈の短い黒のスカート。腕には銀の腕輪も施されている。悔しいことに(?)彼女は女性的な部位が大きいため、通行人の視線をときおり集めている。
いつも制服で会うことが多いから、彼女の私服姿は斬新に思えた。
「おはよう。似合ってるじゃんか」
「え。ほんと?」
そう言いながら顔を赤くし、もじもじする由美。
「よかった……。三時間かけて選んだ甲斐があったよ」
「さ、三時間……」
マジかよ。
さすがに勿体ない気がしたが、俺のためにしてくれたことだ。突っ込むのは野暮な気がした。
由美も同じく俺の全身を見渡すなり、ぼそっと呟いた。
「良也も……かっこいいと思うよ」
「そ、そうか?」
俺の服装はいたってシンプルなものだ。白いシャツに、黒革のジャケット。下は灰色のデニム。……まあ、困ったときはこの配色がいいんだよな。シンプルイズベスト。
「うん。……えへへ、なんだか照れるな」
「照れる……」
おい馬鹿やめろ。
そんなこと言ったら俺まで意識してしまうじゃんかよ。
俺はぶんぶんと首を横に振り、ガラケーに表示しておいた地図を見る。この頃はスマホがまだ普及していないから、地図アプリなんてないんだよな。
「えっと……飯島さんの住所は、ここから左に行ったところか」
飯島さん。
今回電話してくれた人だ。
「うん。サティに向かう道にあると思う」
「なんだ、わかるのか」
「だいたいね。何回か遊びに来たことあるから」
さすがリア充。
こういうときは頼りになる。
俺なんてたまに駅前を通るくらいだからな。
ちなみにだが、今回レオは連れてきていない。連れてきても良かったんだが、飯島さんが俺たちだけで来てほしいとのことだった。
「由美……?」
「ん? どしたの?」
「いや……」
気のせいだろうか。
彼女が一瞬だけ――悲しそうな、切なそうな表情を浮かべていたんだ。すぐにいつもの朗らかな顔つきに戻ってしまったが、あれは気のせいじゃないと思う。
――そうか、そうだよな……
その理由までなんとなく察した俺は、静かに片手を差し出す。
「行こうぜ。飯島さん、待ってると思う」
「うん。そうだね……!」
太陽の笑みを浮かべて握られた由美の手を、俺はちょっとだけ力強く握り返すのだった。
★
「ここか……」
とある一軒家に辿り着いた俺は、地図を表示させていたガラケーを閉じ、ポケットにしまう。
大通りから少々離れ、路地の入り乱れる住宅街に件の家はあった。近くには図書館もあって、そこを行き来する市民の姿も見られた。
表札を見ると、たしかに「飯島」の文字。
外観的にはだいぶ古びており、この家に住まう者の生活をなんとなく連想させた。
「な、なんか緊張してきたかも……」
胸に手をあて、小さく呟く由美。
まあそうだよな。
精神年齢30の俺だって、すこしだけ心拍数の上昇を感じている。
「じゃあ……押すぞ」
「う、うん」
由美が首肯するのを確認し、俺は家のインターホンを押した。




