スクランブルエッグ
翌日。
ちょっとだけ早起きした俺は、いち早く台所に立っていた。
ちらり時計を見ると、朝の五時半を指している。
母が起きてくるにはまだ早いはず。
それより前に、俺はやっておきたいことがあった。
俺は冷蔵庫を開け、卵を取り出す。それからボウルに入れ、泡立てないように溶きほぐす。塩、砂糖、水を加えたあとは、あらかじめ熱しておいた卵焼き器に投入……
ここから先が問題だった。
俺は社会人になった後も、ほとんど自炊をしていない。
否、やったことはあるのだが、あまりに不味すぎて断念してしまったのだ。仕事のある日だと自炊する気も湧かなかったので、いつしかコンビニや外食で済ませるようになっていた。だから俺に調理の経験はクソほどもない。
そして、俺が自炊を諦めた理由のひとつが――この卵焼き。
溶きほぐすまでならともかく、焼く作業が俺にとってすげー難しかった。まんべんなく熱が通らないので、なぜかいつもぐちゃぐちゃになってしまうのだ。だから俺のつくる卵焼きは、イコール、スクランブルエッグであった。
それでも、いつも家事に仕事に頑張ってくれている母のため。
「ぬおりゃゃゃゃあああ!」
俺は気合いを込め、卵を勢いよく調理器に投入するのだった。
★
「おはよー……」
寝ぼけ眼をこすりながら、母がリビングに入室してくる。
「あれ、良也……あれ?」
「おはよう。朝飯なら作っておいたぞ。今日くらいはゆっくりしててくれ」
「良也……」
大きく目を見開く香苗。
その視線が、テーブルに並べられた皿に向けられた。
「ベーコンにサラダに……スクランブルエッグ?」
「あ、ああ……」
俺はふうと息をつきながら、台所の卵焼き器を見やる。
「ほんとは卵焼きにしたかったんだが……ちょっとな」
「ふふ。そっか」
母は微笑ましげにテーブルの前に座ると、いただきますを言ってから料理をつばむ。
「うん。おいしい。おいしいよ。良也」
「ほんとか……!?」
「うん」
嬉しそうに食べながらも、ちょっとだけ瞳を潤ませている母だった。
改めて、クオリティの高い飯を毎日つくってくれていた親のすごさを痛感した瞬間でもあった。
さて。
仕事に向かう母を見送った後は、俺はしばらく受験勉強に徹する。
今日は10時に由美と日進駅で待ち合わせだ。
一時間前には家を出る必要があるが、それまでは手が空く形となる。
「良也。もい起きててるー?」
勉強中、由美の誤字たっぷりメールが届いてきた。
「ああ。起きてるよ」
「ほんと!! やったー!」
……なにが「やったー」なのだろう。朝からよくわからん。
と。
次の瞬間、由美から写真つきのメールが届いてきた。
由美とレオのツーショット。顔がずいぶんドアップに映っている。
「……はは」
思わず笑ってしまった。
ほんと、朝から太陽みたいな女だな。
由美とレオの幸せのためにも、今日も精一杯頑張らないとな。
俺はいっそうの清々しい気持ちで、朝の勉強に勤しんだ。
今日は里親を希望する人に会う日。まずは話を聞きたいということなので、決定したわけではない。より気を引き締めていく必要があるだろう。
それに電話の内容から察するに、少々手間がかかる可能性がある。
だから油断することなく、今日こそ頑張らねばならない。もし話がうまくいかなかった場合には、夕方のチラシ配りも視野に入れている。
「……よし」
気づいたときには8時半になっていた。
あとは軽くシャワーを浴びればいい感じの時間になるだろう。
俺は朝の準備を済ませると、清々しい気持ちで駅へ向かうのだった。
ちなみに筆者も卵焼き作れません(ノシ 'ω')ノシ バンバン




