記念日
俺との連絡先交換を終え、渡辺たちは帰っていった。
ちなみにだが、渡辺以外の生徒からも改めて謝罪された。実際にチラシ配りをすることで、より自身の愚かしさに気づけたのだという。
そこまでされてしまっては、俺たちとしても許さざるをえない。今後の協力もしてくれるということだしな。これについては由美も同意見のようだ。
――ちなみに。
渡辺たちが帰ったあと、俺は改めて西口のベンチに戻り、チラシの配布枚数を計算してみた。
合計、約850枚。
相当にずば抜けた数字だった。
「す、すごい……」
この結果に、当の由美も驚きを隠せない様子。
そりゃそうだよな。
いままでの数字とまるで違う。
渡辺たちが参戦してくれたことだけが理由じゃない。きっと――浩二も須賀も、配布のコツを掴んできたんだろう。最初はぎこちなかった動きが、少しずつ精錬されていくのが見て取れた。
みんなが、それぞれ、由美のために。
前を向いて、確実に成長していっている……
「ありがとう。みんな……」
由美が涙声で、改めて礼を言う。
「いいのいいの。細かいことは気にしっこなし!」
快活な声で彼女の背中を叩くのは須賀だ。
「夢は追いかけてれば必ず叶うんだから! 諦めなきゃ……ね!」
「須賀っち……。うん、そうだね!」
夢は追いかけてれば必ず叶う、か……
漫画家志望の彼女らしい言葉というか。
改めて思う。
十二年後の彼女は、果たして夢を叶えていただろうか。そこを聞けなかった――というより興味がなかった――のが残念だ。おそらく30歳時点で結婚はしていないと思うが。
「ね……それでさ!」
須賀が由美に肩を寄せる。
その際に須賀が浮かべたニヤニヤ笑いに、俺は次の言葉をなんとなく予期した。
「聞かせてよ! 飯塚くんとどうなったのか!」
「えっ……」
――やっぱりそうきたか。
俺が由美の家で寝ることになったのは、浩二と須賀の差し金だからな。事件を引き起こした黒幕としては、結果が気がかりなんだろう。
「その前に、ひとつ聞きたいんだが」
俺はどしりと膝で頬杖をつくと、須賀に呆れの視線を送る。
「須賀。由美にあのトンチンカンな告白を吹き込んだのはおまえだろ?」
「え? 告白したんだ! きゃー!」
「おい、聞けっての」
両頬に手を添える彼女を、俺はジト目で制する。
――このままずっと同じ時間が過ぎていったら……素敵だと思わない?――
――いやっ、その、この時間がずっと続けばいいなーと思って……――
あの告白の文言は、明らかに由美らしくなかった。ありがちな恋愛ドラマのセリフ……言うなれば、物語でよく使われるようなくっさいセリフ。
「……もう一度聞くぞ。由美に告白の仕方を吹き込んだのはおまえだな?」
「うん。そう!」
悪びれる様子もなく胸を張る須賀。
はは、という浩二の苦笑いが聞こえた。
「だってさ。あえてあんなふうに言わせれば、シャイな由美でもストレートに告白できるかなって!」
思わず頭を押さえ込む俺。
――ああ。
まさに須賀の思惑通りだったよ。
あのときの由美は完全にテンパって、《告白するつもりだったこと》を告白しちまったからな。
「……おまえ、意外にも策士だな」
「えっへん! こういうの、大事だからね!」
「なにがどう大事なんだよ……」
こいつもこいつでぶっ飛んでやがるな。
「す、須賀っちったら……」
由美はさっきから赤面しっぱなしだ。
「だってもどかしかったんだもん。絶対に両思いなのに、全然くっつかなくてさ。私としてはヤキモキしてたんだよ」
「も、もう……」
いまだ恥ずかしいのか、両膝に手をあててモジモジする由美。
「で、どうなんだ?」
今度は浩二が俺の肩に手をまわした。
「その様子だと、結果はもうわかってるようなもんだが……改めて教えてくれ。告白の結果を」
「……はぁ」
もうどうにでもなりやがれ。
「推測通りだよ。俺たちは……昨日から晴れてカップルだ」
「おおおお! やったぁ!」
須賀が黄色い声をあげる。
「記念日は……23日ね! 4月23日!」
「ま、まあ……そうなるな」
「よし! そうと決まったらみんなで写真撮ろうぜ! アルシェを背景にすれば映えるだろ!」
アルシェ、というのは大宮駅近くにある大型商業施設である。
「いや、別に俺は」
「そんなこと言うなよ! 記念だぞ記念!」
「記念……」
よくわからなかったが、まあ、断る理由もない。
通行人に撮影をお願いし、俺たちは今日という一日を写真におさめたのだった。




