いつかはきっと。
陽キャたちは予想以上によく動いてくれた。
とりわけ渡辺はコンビニでバイトしてるって言ってたからな。社会経験がある分、こういうときの動きは他の学生より素早かった。
とはいえ、動くだけで成功できるものでもない。
声がでかすぎると通行人を驚かせてしまうし、タイミングを間違えればチラシを渡されることを察して避けられてしまう。このへんは慣れしかない。
俺は状況を見て、渡辺たちにコツを教えておいた。
動きだけは素晴らしいので、コツさえ掴めればより多くのチラシが配れることは間違いないからだ。
その際、渡辺に驚かれる一幕があった。
「すごいな飯塚。どこかでバイトでもしてるのか?」
「……いや。サイトで調べただけだよ」
「まじか……」
そしてふいに、下を向きながら呟く。
「飯塚さ、早稲田目指すんだって?」
「お……おう」
すでに知られてるのか。
クラスは一緒じゃないはずなんだが。たぶん。
「俺もさ……いまから頑張れば、結果出せるのかな」
「ん?」
「いや。全力で頑張ってる飯塚が、なんか羨ましくなったんだよ。じゃ、いってくる」
そう言い残すなり、渡辺は群衆に溶け込んでいった。
全力で頑張る――か。
かつての俺が最も嫌い、最も馬鹿にした言葉だ。
けれど、そのおかげで渡辺たちの心を動かすことができたのなら。
頑張るってことも、悪くないんじゃないかなと思う。
そして。
チラシを配る最中、通行人に声をかけられることもあった。
里親募集、という文言に惹かれたらしい。俺が詳細を話すと、家の者と確認して電話を入れるという。
本当はすぐに返事が欲しいところだが、命を預けるのは大きなイベントだ。ペットのことを考えない飼い主に預けるのでは、本末転倒に過ぎる。
だからここでは食い下がることなく、笑顔で礼を述べておく。
これが商品のチラシ配りならまた話が変わってくるけどな。
多くの人に商品を売りさばく必要はない。大切に育ててくれる飼い主がひとり見つかれば、それだけでいいんだ。
「お願いしまーす! 飼い主さん募集してまーす!」
渡辺たちも実に頑張ってくれていた。何人かの通行人と話し込んでいる様子も見受けられたし、そこそこの結果を出してくれていると見ていいだろう。
そのようにして、俺たちは実に濃厚な二時間を過ごすことができた――
「よ。お疲れ」
二時間後。
汗にまみれてヘトヘトになっている渡辺へ、俺は話しかける。
「もう時間だ。協力ありがとな」
「い、飯塚……」
「ん?」
「すげえな。おまえ、疲れてねえのかよ……」
「ああ。まあな」
社会人として勤務していくうち、仕事に慣れてくると、うまい手の抜き方を自然と覚えるようになる。入社当時はがむしゃらに取り組んでいたのが、要領よくこなせるようになるんだな。
……ま、俺は正社員の経験がない。あんまり偉そうなことは言えないけどな。
「このチラシをつくったのも、飯塚なんだろ……?」
「そうだな」
渡辺はそこでふっと黙り込む。
彼の視線の先には――最後までチラシを配り続ける桜庭由美。
不器用ながらも必死に動き続け、自身の疲労など関係なしにチラシを配っていく同級生。
その様子を見て、なにかしら感じ入るものがあったんだろうか。
「そっか……。怒られて当然だったんだな、俺たち」
その表情が切なげで。
自分たちの行いを、改めて恥じているように感じられた。
その姿が、なんとなく昔の自分と重なったから。
「なあ……渡辺」
俺は腕を組み、まったく違う世界に住む不良生徒たちと話していることに不思議な感慨を抱きながら、二の句を継げる。
「大丈夫さ。チラシを紙飛行機に使われたときは正直辛かったが……おまえたちの働きには助けられた。だからあまり思い詰めてくれるな」
「い、飯塚……」
「それより俺たちは高3だろう? 自分の進路を決める時期だ。こんな大事なときに――自分を見失うなよ」
いまの渡辺は、まるで過去の俺と同じような匂いがしたんだ。
自分に絶望して、諦めて……それが結果的に、自分の可能性を閉ざしてしまって。
だから彼には同じ徹を踏んでほしくなかった。
由美の未来を変えようとして、他の者の人生を暗転させてしまってはどうにもならないしな。
「飯塚……男だなおまえは。すげえわ」
「いやいや、そんなたいそうなもんじゃないさ」
「……できれば、またチラシ配りに協力させてほしい。こんなんで桜庭の傷が癒えるとは思わないが……」
まじか。
こっちとしては願ったり叶ったりなんだが。
俺はガラケーを取り出すと、渡辺に提示してみせた。
「手伝ってもらえると助かる。メアド交換してもいいか?」
「ああ、もちろん」
そうして俺は、人生で関わることのなかったカーストの人間と、また一歩近づくのだった。




