泣いたら勘違いされた
――桜庭由美。
俺にとっては太陽のような人。
だからこそ、届くはずがないと思っていて。
まともに直視することもできないし、触れることもないと思っていて。
だけど、いま。
由美は俺の隣にいる。
こんな――クソったれな俺なんかを好きと言ってくれている。
まさに奇跡だと言う他ないだろうな。自分でもそう思うよ。
「ね。良也」
「ん?」
「……あの、ひとつだけお願いがあるんだけど」
なんだ改まって。
しかも妙に顔が赤い。
「……繋ぎたいの、手」
「鳳凰拳飛んでこないだろうな」
「し、しないよっ!!」
目をぎゅっとして叫ぶ由美。
まあ――不器用なりに想いを伝えられているあたり、由美も成長したのかもしれないな。
だったら。
俺もそろそろ、自分の殻を破るときだろう。
机に乗っかった由美の手を、俺はゆっくり握りしめる。
「…………」
温かな感触が肌に伝わる。
人の鼓動が直に感じ取れる。
そっか。
なんだかんだ言って、誰かと手を繋ぐのは初めてかもしれない。しかも相手は超絶美人だし、いかがわしい店でもないもんな。
これが夢にまで見た手繋ぎ……
「くぅう……」
「な、なんで泣いてんの」
「嬉しいんだ。嬉し泣き」
「う、嬉しいって……。そんな……」
なぜか嬉しそうに頬を染める由美。
なんか噛み合ってない気がするが、嬉しそうなので放っておこう。
「そうだ」
俺はふと思い立って、至近距離にある由美の頬をツンツンしてみる。
ぷにゅ、と柔らかい感触が返ってきた。
「むぅ」
由美がぷうと頬を膨らます。
「いたい。なにすんの」
「やってみたかった」
「むむ……」
いっそう頬を膨らます由美。
――可愛い。
ふとそう思ってしまう。
彼女のこんな一面は見たことなかったからな。
天真爛漫なようでいて、誰にも心の内を明かさず、自身の暗い一面を懸命に隠してきた彼女。
いま振り返っても、由美に甘えたところは一切なかった。いつも自分だけで抱え込んで、いつもひとりで悩んでいて。
もし俺がそんな彼女を明るく照らし出すことができたなら――未来も変わるのだろうか。
「なあ。由美」
「え?」
「もしな、これから辛いことがあったら……なんでも吐き出してほしい。さっき俺に全部話したみたいに」
「へ……」
目を丸くする由美に向けて、俺はしっかりと言い切ってみせる。
「ひとりで抱えるなってことだ。なんでも聞くからさ」
「え。えへへ……ありがとう」
由美は満面の笑顔を咲かせる。
「でも、いいんだよ。私はね、ずっと良也に支えられてきた。こうやって一緒にいるだけで幸せだもん」
「ぬっ……」
なんと恥ずかしいセリフを。
って、俺も人のことは言えないか。
「ワン!」
なぜかよくわからんタイミングでレオが吠えた。
――でも、そうだな。
一緒にいるためには、早稲田に合格しなくちゃならない。進学先が異なっても交際を続けることはできるが、そもそもの目的は彼女の交通事故を回避することだからな。
交際がゴールではない。
それだけは、ゆめゆめ忘れないようにしたい。
それを思えば、受験勉強にもより一層身が入った。むろん今までの勉強も気合い充分だったが、さらにレベルが増したというか。
人間、成長しようと思えばいくらでもできるもんである。
すべては――隣の由美を守るため。
それだけを原動力に、俺は必死に机にかじりついた。
だから気づかなかった。
時間がすでに夜の1時をまわっていることに。
「ふああぁあ……」
背伸びしながらあくびをする俺。
さすがに眠くなってきた。
これ以上の勉強は無理だろう。
四当五落が叫ばれる世の中でもないしな。
「由美。そろそろ寝ようぜ」
「う……うん」
なぜか顔を赤くする由美とともに、俺たちは寝室に向かうのだった。




