大暴露
由美の入浴タイムは想像以上に長かった。
俺なんて10分くらいで済ませるからな。いったいなにに時間をかけているのか疑問だが、俺に確かめる術はない。
俺は赤本を取り出し、勉強に打ち込むことにする。
ここにきて、学力はかなり上がったように思う。まだまだ過去問は全然わからんが、まったく理解できないわけじゃない。前までは問題文が異国の呪文にしか見えなかったのにな。
そういう意味では、由美と一緒に勉強するのも悪くないかもしれない。疑問がすぐに解決できるし、調べる時間も省ける。
――良也。その、ありがとう。私のために、ここまで……――
以前、由美は俺にそう言った。
この部屋でチラシをつくっているとき、俺のすぐ側でそう言ったんだ。
――違う。
俺はたしかに由美のために諸々の行動を起こしているが……由美だって俺を助けてくれている。あいつがそうと気づいていないだけで。
そんな思索に耽っていたからだろう。
「良也?」
風呂から上がった由美の姿に、まったく気づけなかった。
「遅かったな……って」
由美の姿に、俺は思わず息を呑み込む。
彼女はパジャマ姿だった。
もちろん、髪は綺麗に下ろしてある。いつもは若干毛先がふわふわしているのに、いまはなにも施されていなくて。ほんのりシャンプーの香りがして。
いつもとは違う由美の姿に、俺は数秒だけ見取れてしまった。
「ど……どうしたの?」
「あ、いやいや。なんでもない」
こりゃあまずいな。
パジャマ姿の彼女はかなりの破壊力だ。
「良也のパジャマも用意してあるから。あれなら、たぶん男の人も着れると思う」
「お、おう……」
俺はそこまで高身長じゃないからな。
男女兼用の部屋着があればさしたる問題にならない。
「じゃあ……借りるぞ。風呂」
「うん……」
由美もなぜか頬を赤くして俺を見送るのだった。
桜庭家の風呂場。
当然ながら入るのは初めてだ。
いままではリビングとトイレにしか入ってなかったからな。
だから、いままでは知らなかった桜庭家のインテリアを見ることができた。
所々、壁面に写真が飾られている。いずれもかなり前の――由美が小学生だった頃の写真っぽいな。
当時の詩織も、額縁のなかでは満面の笑顔を浮かべている。
本来なら微笑ましく思える写真だが、いまでは激しく黄ばんでしまっている。しかも所々が破けているから、痛々しいことこの上ない。
「…………」
いつから――桜庭家はこのようになってしまったのだろうか。
いま思い返せば、小学生の授業参観でも、詩織だけ来ていなかったかもしれない……
昔はかなり仲睦まじい親子だった――それが、この写真からは伝わるのに。
そう思いながら、俺はシャワーを浴びにいく。女性モノしかない風呂場に年甲斐もなくドキドキしてしまうこともあったが、なんとかシャワーを終える。
さっぱりした気分で部屋に戻ると、
「あ……」
と由美が素っ頓狂な声で出迎えた。すげーまじまじ見てきやがる。
「ど、どうした」
「う、ううん。なんでもないよっ」
てっきり鳳凰拳でも打ち込まれるかと思ったが、そうはならず。真っ赤な顔で机に向かうのみ。
やっぱりいつもの由美と違うな。
――まったく、須賀の奴、なにを仕込んだんだか……
俺はため息をつき、再度勉強を始めようとした。
その瞬間。
「ね、ねぇ、良也……」
「ん?」
「このままずっと同じ時間が過ぎていったら……素敵だと思わない?」
「ん、ん……?」
いきなりなんだ。
よくわからんぞ。
俺が首を傾げると、由美はさらにテンパった。
「いやっ、その、この時間がずっと続けばいいなーと思って……」
「お、おう……」
なんだ改まって。
「…………」
一方の由美はまさに爆発寸前。
両の拳を膝に当て、身体をわなわなと震わせている。
――なるほどな。
これもまた、あいつの仕込みか。
俺はふうと息をつくと、努めてゆっくりと言った。
「あのな、由美」
「え!? は、はいっ」
びっくりしすぎてなぜか敬語になってるな。
「正直に言ってほしい。須賀からなにか仕込まれたな」
「う……」
「そんなことしないでくれ。俺は自然体のおまえがす――」
「だって、しょうがないじゃん!!」
もはや泣きそうなくらい目を腫らして、由美が立ち上がる。
「私、臆病だから……。こうでもしないと、大好きな良也に告白なんかできないよっっっっっっ!」
おい。
おいおいおい。
とんでもねえ大暴露だぞいまの。
「……あ」
由美も自身の発言に気づいたのか、そのままぴくりと固まってしまった。




