表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/61

三度の飯よりタックル

 由美の家に到着したのはそれから数分後だった。

 時間にして21時ほどか。


 周辺には民家が所狭しと並んでいるが、ほとんどの家庭が明かりを消している。夜の内野本郷は静かなものだった。


 そのなかにあって、由美の家はちょっと異質だった。壁と地面の隙間に生えている雑草や、そこらに散らばっているゴミ。手入れされていないのが一目でわかる。


 機会があったら、いつか掃除も手伝わないとな。レオの件が落ち着いたらになるが。


 ――と。


「ワワワワン! ワンワン!」


 家にそこそこ近寄ったところで、聞き覚えのある鳴き声が響いてきた。

 俺は後頭部を掻きながら苦笑する。


「……はは。気づかれちまったようだな」


「うん。レオはすごい敏感だから」


 ――レオ。

 会うのは三回目になるな。

 柄にもなく、犬との再会を楽しみにしている自分がいる。


「それじゃ……ちょっと鍵開けてくるね」


 そう言いつつ、繋いでいた手を離す由美。バッグをまさぐり、キーケースから家の鍵を取り出した。


「…………」


 由美の温かな手の感触が、いまだに右手に残っていた。いま俺は――名残惜しさを感じているのだろうか。またしても柄じゃないな。


「よいしょ、っと」


 由美がドアを開ける。


 レオのいるリビングを除き、室内はほぼ真っ暗だった。詩織がいる様子もない。


 ……というより、そうだな。

 詩織はたぶん夜の仕事をしてるんだ。

 いつも朝方に帰っているのはそのため。いまの時間は業界的には稼ぎ時だし、家にいることはまずもってないだろう。


「ヘッヘッヘッヘ」


 下を見ると、当然のようにレオが駆け寄ってきていた。いつものように、純粋に輝いた瞳を向けてくる。ただただ俺の登場を嬉しがっているような――そんな気さえした。


「そうだ。良也、レオにご飯あげてみる?」


「お……そうだな」


 悪くない提案だった。


 たぶん腹を空かしているだろうし、きっと喜んでくれるだろう。


 俺は由美に案内されるがまま、リビングに入っていく。そしてバッグを降ろしたあと、彼女からドッグフード入りの皿を渡された。


「はい、ビーフ&バターミルク味。レオの大好物だよ」


「バ、バターミルク味……」


 ドッグフードにも色んな味があるんだな。全部同じようなもんだと思ってたわ。


「ちゃんと三秒くらい《待て》をやってからあげてね。すぐ飛びついちゃうから」


「お、おう」


 しつけってやつですか。

 人生30年、初めてのことだ。


「ヘッヘッヘ」


 俺の眼下では、レオがひたすら口呼吸を繰り返している。


 俺が飯を持っているのは既に察しているようだな。

 さっきから動きが忙しない。

 老犬とはいえ、飯は嬉しいものらしい。


 俺は由美と一瞬だけ目を合わせると、片手を突き出し、

「待て」

 と言ってみる。


 すると――すんなり言うことを聞くではないか。

 尻を落とし、下半身部分をぴたり地面につけている。


「おおお……!」


 ちょっと感動した。

 きっちりしつけられてるな。


 俺はきっちり三秒後、皿を地面に置き、オーケーサインを出す。果たしてレオは動きだし、そのまま食事タイムに突入するかと思いきや……


「どわっ!!」

 なんと俺の懐に飛び込んできた。

「おいおい、こうくるかよ!」


「ヘッヘッヘ」


 そのまま俺の頬を優しく舐めてくるレオ。


「あ、あはは……本当に懐かれてるね、良也」


 俺の隣では、由美が微笑ましそうに俺たちを見つめていた。


 ★


 レオの食事姿を見守りながら、俺たちは勉強に徹することにした。


 色々と課題はあるけど、いまの俺たちは受験生。

 本業を忘れちゃ仕方ない。


 そうして勉強を行いつつ、俺は由美に訊ねる。


「そういえば……里親のメールは来てるか?」


「ううん。来てない」


「そうか……」


 もしかしたら、今日中にもチラシを受け取った誰かから連絡があるかも――という期待があった。


 だが、反応はゼロ。

 さすがにそこまで甘くないか。


「まあ、気にすることはないさ。時間はまだまだある」


 なににおいても焦りは禁物。

 いまできることを確実にやっていくしかない。

 この30年において、それくらいの心構えは承知している。


 実際にも、チラシ配りは申請すれば一ヶ月間できるらしい。本来は最大15日までだが、ちゃんと手続きを踏めば延長可能だとか。


 ――一ヶ月。

 桜庭家が引っ越すまでの期間に、絶対にやり遂げないとな……


「よいしょーっと」

 しばらく勉強に熱中していると、由美が上半身をゆっくり伸ばす。

「さ、さすがに疲れたかもー。お風呂入ってきてもいい?」


「は……? べ、別にいいが……」


 なんかめっちゃ棒読みだったな。

 なにを考えてるんだか。


 今日は警察署に行って、チラシ配って、さらには原っぱで話し込んだもんな。

 たしかに汗流しとかないと気持ち悪いだろう。


「なあ、終わったら俺も風呂借りていいか?」


「う、うん。いいよー」


 またしてもぎこちない返事をする由美だった。


 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] R15確認、よし!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ