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おっさんは、人生をやり直す。

 ざわざわ……と。

 教室が瞬時にしてざわつき始めた。この場にいる誰もが、俺たちに驚愕と羨望の目線を向けてくる。


「な、なにこれ……」


 さしもの由美も不愉快なのか、周囲に目配せする。

 肩身が狭いというのは、こういう様子を指すのだろう。


「そ、そっか……。みんな私に嫉妬してるんだね」


 そしてまた、意味不明なことを言い出す。


「は? おまえに嫉妬?」


「うん! だって私、あの良也とご飯食べてるんだよ!」


 ガクッ。

 思わずずっこけそうになる俺。


「いやいや。逆だろ。俺が嫉妬されてんだよ」


「へ? そうなの?」


「お、おまえって奴は……」


 こいつ、自分の美貌に気づいていないのか。真偽はさておいて、学校で一番可愛いと噂されているレベルだぞ。


 対する俺は根暗も根暗。

 存在しているかどうかすら認知されないゴミ虫だ。


 スクールカーストにおいて対極に位置する男女が向かい合って飯を食うなんて、学生さんにゃさぞ珍しいんだろうよ。


 精神年齢三十の俺にゃ、カースト自体くだらないけどな。


「むー」

 納得しかねる様子で、由美が弁当箱の包みを開ける。

「……こんな状況なのに、良也は落ち着いてるね」


「ん? ああ……」

 そりゃ伊達に歳取ってないしな。

「これしきで動揺なんかしねえよ。ガキじゃあるまいし」


「ほぉあ。なんか大人って感じ……!」


「…………」


 大人。

 まあ、こいつからしたら大人か。


 たしかに俺の精神年齢が高校生のままだったら、心臓がバクバクに高鳴っていることだろう。


 実際には、ただ感性が枯れただけなんだがな。


「でも、私は嬉しいんだよ」


「は?」


「だって、あの良也とご飯を……って、うわああああ!」


「!?」


 いきなり恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤にして大暴れする由美。足をジタバタさせるもんだから、うるさいことこの上ない。


 この騒がしさ。

 破天荒さ。

 本当に突き抜けてるよな……


 人生三十年、ここまでぶっ飛んでる奴は見たことねえよ。


 だが。


 ――由美も不器用だったからねー。そうするしか飯塚くんを振り向かせられなかったんだと思うよ――


 須賀の言葉が思い出される。


 この奇妙な言動も、不器用さの裏返しなのだろうか。だとしたら、下手に突き返すわけにはいかないな。


「おい」


「わああああ! って、え?」


 暴れながら俺の呼びかけにはしっかり返答した。


「その……俺も嬉しいよ。お、お、おまえと飯を食えて」


「あ……」

 由美はしばらく目を瞬かせ。

「うわああああああああ!!」


 さらに暴れ出した。


 うん、やらかしたね。

 逆効果だった。


 その後も由美が落ち着くには時間を要したが、平和(?)なお弁当タイムはなんとか終了した。


 余談だが、俺のとは違って、由美の弁当はかなり豪勢だった。色とりどりのおかずが、綺麗に揃えられている。俺のものとは大違いだな。


「…………」


 そんな弁当を食べながら、俺はひとつの思考に至っていた。


 いまの俺はおそらく高校三年生。

 季節は春。

 大学に通うため、そろそろ受験勉強を意識し始めた時期である。


 けれど……


「そうか、ここ・・が俺の人生の別れ目……」


 ぽつりと、俺はそう呟く。


 ――大学受験。


 俺にとって人生の節目となるこの時期に、父がリストラに遭ったのだ。日頃から仕事がうまくいっていなかったらしく、いつも安酒で鬱憤を晴らしていたのを覚えている。そしてまた、ストレスから母に手を上げていたことまで――


 そんな父が嫌いだった。

 大嫌いで大嫌いで、死ねばいいと思っていた。


 これのせいで俺は大学を受験できなくなった。そもそも金がないからな。


 でも。


「親父……」


 悲しいかな、いまなら気持ちが強くわかる。


 親とて人間だ。

 子にすべてを尽くせるわけではない。


 それでも当時の俺はガキだったからな。父をただみっともない存在としてしか見なしていなかった。


 だから俺は腐った。


 自分の道を見いだすこともなく、ただダラダラとフリーターを続け、いまでは工場の派遣社員……


 現在でも思い起こせる。


 親に向けて、決して言ってはならぬ言葉の数々を。

 それでも――腐った俺を見放すことなく、しばらく養ってくれた両親を。


 俺は、やり直せるんだろうか。


 由美も。

 親父も。

 お袋も。


 みんな救えるんだろうか……


「すっ」

 ふいに、由美の手が俺の額にかざされた。

「……ふむふむ。体調に異常なし。もしかして悩み事ですかー? 良也」


 俺の目前には、にんまりと悪戯っぽく笑う由美。


「なんかわかんないけどさ、悩み事があったら私がぶっ飛ばすから! なんでも話してよ!」


「はは……ぶっ飛ばす、か」


 この天真爛漫さに、過去の俺も何度か救われた覚えがある。


 ずっと鬱陶うっとうしいと思っていた奴だけど。

 それでも大事な人が、こんなにも身近に。


 かつての俺は……ただただ、それに気づいていなかったんだ。


「はは……馬鹿野郎……。なに今更気づいてんだよ……」


 俺は両目を片手で覆い、乾いた笑みを浮かべる。


 これは単なる夢物語かもしれない。

 もしかすれば、いつか目覚めてしまうのかもしれない。 


 けれど――もう投げ出したくはないから。


「俺の人生……もう一度、頑張ってみるかな」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 由美ちゃんが良也君とお弁当を食べることが出来て喜びを爆発させているところが微笑ましかったのと、 良也くんは人生の分岐点に戻り、自分の人生をやり直す決意を決めた所が良かったです。 [一言]…
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