親友と見上げる星空は
上尾道路は工事中だった。
数年後には多くの車が行き交う大通りになる場所だが、いまは人影もまばら。
まったくもって静かな場所だった。
コンクリートより緑のほうが若干多いくらいだ。
そんな人気のない道路を、俺たち四人はしばし無言で進んでいた。
「そうか……たしかにこうなってたよな……」
無意識のうちに呟いてしまう俺。
十二年も経てば、風景も大きく変わるもんだ。
いまから数年前、この大通りには雑草が広がっていた。
誰が所有しているかもわからない無法地帯で、子どもがときおり遊んでいるのを見たことがある。
今回の工事で、それが大きな道路になるんだよな。当時はなんとも思わなかったが、この風景には懐かしさを禁じえない。
自転車を走らせながら、俺は道の中央部分に目を移す。
工事途中というのもあって、ここら一帯はなかなか奇妙な構造をしているんだ。
中央の草原部分を、両脇の道路が挟んでいる。
その草原が傑作なんだよな。
そこそこの面積があるうえに、土手のような作りになっている。だから草原の中央部分はかなり窪んでいて、子どもの絶好の遊びスポットになっているんだ。
懐かしい。
こんな光景もあったな……
空を見上げれば、満天に広がる星空。
強弱さまざまな輝きがあり、その不均一さに思わず見取れるところだった。
「飯塚」
ふいに田端に話しかけられた。
彼は俺の隣で自転車を漕いでいる。
「ん……?」
俺が目線で問うと、彼は親指でくいっと草原の方向を指さした。
「あそこで話したい。いいか?」
「あ、ああ……別に構わんが」
また外で話すのか。
大人になってから、自然のなかで語らう機会がめっきり減ったからな。俺にとっちゃ斬新な提案だった。
「なになにー!? 男同士で秘密の会話ー!?」
後方を走る須賀が遠慮もなく聞いてくる。田端はそんな彼女にちょっと眉をひくつかせると、同じく大声で返した。
「そういうこった! おまえたちは先帰ってくれー!」
「いいよいいよ。私も二人で由美と話したいことあったしー!」
「え、私と……?」
どうやら女子組は女子組でやることができたみたいだな。
自転車を停め、俺たちとは数メートル離れた草原に向かい出す。
「ったく、あいつらは……」
田端はふうとため息をつくと、
「すまんな。すぐ終わるから」
と笑った。
「気にするなよ。おまえは大事な――」
友達だろ。
そう言いかけて、口をつぐんでしまう。
改めて言おうとすると、ちょっと恥ずかしかった。
俺と田端は自転車を停めると、ゆっくりと草原のほうへ歩み寄っていく。
懐かしい。
ここに足を踏み入れるのは十何年ぶりか。
「よっこらせ、と」
臆することなく草原に仰向けになる田端。
毎回思うが、制服、汚れないんだろうか。
「どうした。飯塚も座れよ」
「あ、ああ……」
さすがに寝そべる気にはなれなかったので、普通に腰を降ろす。
その瞬間、またも懐かしさが胸を去来する。
そうだ。
子どもの頃は、たしかこうやって友達と遊んだよな。無我夢中で、帰りのことなんか気にせず、家には温かいご飯が用意されていて……
「飯塚? どうした」
「いや、すまん。なんでもない」
苦笑いを浮かべる俺。
本当にどうかしてるな。最近の俺は。
「で、なんだよ。話ってのは」
「…………」
田端はしばらく黙りこくったあと、ぼそりと聞いてきた。
「桜庭と……付き合ってるのか」
「なっ……!?」
思わずむせてしまう。
いきなりなにを言ってくるんだ、こいつは。
「そ、そんなわけないだろ。あいつは――」
友達……
そこまで言いかけて、俺ははっとする。
――友達、なのか?
田端とは間違いなく友達だ。大事な友達だ。
――けど、由美に対しては違う気がする。
友達以上のなにかを、俺はあいつから感じている気がする……
それって、いったい、なんだ。
わからない。
ずっと人を遠ざけてきた、俺には……
そんな様子を見てすべてを察したのか、田端がふっと笑う。
「はは……。やっぱりな。そんなことだと思ったよ」
「…………」
「親友。桜庭は間違いなく好きだと思うぞ。おまえのことがな」
「…………」
それはわかってる。
散々同窓会で言われたことだ。
でも……
「なぜだろうな。田端」
「ん?」
「俺はクラスでも最底辺の……言っちまえば陰キャだ。そんな俺を、なんであいつみたいな人が……」
「…………」
俺の脳裏に、過去の出来事が蘇る。
俺が人を避けるようになってしまったのは……そう。
中学生の頃。
同級生から心ないイジメを受けたことが原因だ。
だから人と関わることは避けた。
自分と話したところで、きっとみんなつまらないから。自分と話すより、他の人と話していたほうが楽しいから。
だから……踏み出せないんだ。
彼女の好意をわかっていても、それでも。
「まあ……俺は桜庭じゃないし、本当の理由はわからない。だがな」
田端はふっと笑い、俺の肩に手を置く。
「飯塚は、自分で思ってるほど底辺じゃないと思うぞ? 最近は明るくなってるし、他にもおまえを好いている女子、ちらほら聞いてるからな」
「そ……そうなのか」
知らなかった。
由美以外にもそんな物好きがいたとは。
俺が黙りこくっていると、田端は俺から手を離す。
「すまんすまん。別に無理して付き合えって言ってるわけじゃない。けどな、俺からしたら羨ましいんだよ」
「羨ましい……」
「ああ。これは誰にも言わないでほしいんだが……俺にもいるんだ。好きな人が」
「え……」
マジか。
「それって、もしや……」
無意識のうちに須賀のほうを向いてしまう俺。
その視線に気づいた田端が、「違う違う」と言って笑う。
「あいつとはただの幼馴染みってだけだ。そもそも須賀は恋愛に興味ないからな」
「恋愛に興味ない……」
俺はぼそりと呟く。
「……ってことは、ずっと漫画描いてるってことか」
「ああ。自分の夢を追い続けたいらしい」
なるほど。
たしかに十二年後の同窓会でも、須賀の名字は変わっていなかった。
高校生の頃の信念を、ずっと貫き通してるってことか……
「じゃあ誰だ。俺も知ってる人か?」
「うーん、三上楓って人なんだが、おまえは知らないかもな。生徒会の副会長だ」
うん、知らない。
元々はまったく人に興味なかったし。
「……ま、とにもかくにも、俺はその三上にまったく相手にされてないんだ。だから羨ましいんだよ、飯塚」
「そ……そうか」
「はは。誰にも言うなよ? 絶対だぞ?」
「わかってるさ。誰にも言わん」
「……ま、桜庭と付き合った暁には、恋愛の仕方とか色々と教えてくれよ」
「なんだそりゃ……」
思わず苦笑いしてしまう。
そんなもんがわかったら苦労しないっての。
「飯塚……って、名前なんだっけ」
「ん? 良也だが……」
「了解。じゃあ今日から良也って呼ぶぞ!」
「お、おう……」
改めて宣言する必要あったのか。
「えっと。田端は名前なんていったか」
「浩二だ。田端浩二」
「そうか……浩二だな」
ちょっとずつ、仲良くしていけばいい。
過去の出来事がどうあれ、未来は自分で選べるから。
「じゃ、行こうぜ浩二。上で由美たちが待ってるようだ」
「お……そうだな」
田端浩二は背中についた雑草をはたくと、俺とともに土手をあがっていくのだった。




