馬鹿にしていた青春の一幕
夜の19時。
さすがに日も暮れてきた。
橙色に染まっていた景色が、暗闇に包まれつつある。さっきまでスーツ姿の通行人が多かったが、次第に私服の人たちも増え始めてきた。
……ここらへんが潮時かな。
警察からも、夜遅くのチラシ配りは辞めてほしいと言われている。俺たちは未成年だしな。
「さて。そろそろ辞めにしよう」
懸命にチラシを配っている三人に向けて、俺は呼びかける。
合計にしてだいたい30分ほどか。なんとかやり遂げることができたな。
――が。
「んー……ぷはぁっ」
後ろ手に腰を当て、思いっきり伸びをする須賀。
「ちょっと、疲れちゃったかなぁ。案外くるわねぇこれ」
「……そうか」
まあ仕方ない。
三人にしてみれば、これは初めての仕事。田端も生徒会に属しているとはいえ、それとはまた別種の大変さがあるだろう。
学校という小さなコミュニティにおいては、誰もが自分を特別扱いしてくれる。当時はそうと気づかなかっただけで、実に多くの人たちに守られていた。
けど――社会に出ればそれは一変。
四方八方のすべてが他人で。
守ってくれる人はいない。
温かな言葉をかけてくれる人もいない。
そこで初めて気づくんだ。家族や学校というコミュニティが、いかにありがたい場所であったかを……
たかだか30分とはいえ、三人は初めてそれを味わったんだ。疲れるのも道理だな。しかも今日は色々な場所を行き来したし。
「ねぇ……良也……」
ふいに由美が下唇を噛みながら話しかけてきた。
「ん? どうした」
「何枚だした? チラシ……」
「あー、そうだな……」
手元のチラシをめくり、ざっと枚数を数える。
「だいたい25枚くらいかねぇ。たぶん」
「25枚……」
そこでまたしゅんとする由美。
「私、10枚しか配れなかった……。頑張ったけど……」
「10枚……」
いや、それでも充分だと思う。
彼女は初めてだし、田端は5枚ほどしか出せていないという。きっとレオを想う気持ちがここまでの数字を叩き出したんだろう。
それでも――彼女は納得いかないようだ。
そりゃそうだよな。
これはお気楽なバイトじゃない。
レオの命がかかった、それこそ本当の真剣勝負なんだ。
だから気持ちはわかる。
早く結果を出したいのになにもできない――そのもどかしさが。
「……そう思い詰めるなよ」
俺は由美の頭に手を置く。
ほぼほぼ無意識の行動だった。
「後でやり方を教えるさ。大丈夫。まだまだ時間はある」
「うん……」
「そうよ! 私たちだって協力するし!」
快活な声で乱入してくるのは須賀。
須賀もかなりのパワータイプだよな。由美と比べて若干サバサバしているが。
「ああ。俺たちだって、できる限り協力するさ!」
田端も息を切らしつつ笑顔を振りまく。息切れしているのは、たぶん身体を動かすのが苦手だからだろう。田端は成績は相当いいが、体育だけがてんで弱い。
「みんな……」
温かい励ましに、由美が小さくうつむく。
「ありがとう。ありがとうっ……!」
そうしてちょっとだけ涙を流す由美を、俺は微笑ましい気持ちで見守る。
――こういうの、昔の俺が一番馬鹿にしてたのにな。
三十年という歳月のおかげで、俺もすこしは成長できたのだろうか。
(なあ、飯塚)
ふいに、横にいる田端に耳打ちされた。
(このあと、すこしだけ時間いいか? 話したいことがある)
(ん……?)
なんだ改まって。
なにかあるのだろうか。
正直予想はつかなかったが、断る理由もあるまい。
明日は土曜だから学校は休み。
やることは沢山あるが、早起きする必要はないしな。
(わかった。付き合うよ)
(ありがとう。恩に着る)
田端は小声でそう言うと、改めて声を張った。
「じゃ、そろそろ帰るか」
その一言で、俺たちは駐輪場に向かうのだった。




