元派遣社員の意地
日付を跨いでしまいましたが、本日(4/13)二回目の更新です。
13日の12時頃に一回目の更新がありますので、未読の方はお気をつけください。
学校を出た俺たちは、大宮西警察署まで自転車を走らせた。学校から一番近い警察署だ。
チラシ配布の申請を終えたら、今度は受領の手続きに入らねばならない。これが終わって初めて、チラシ配布が可能となる。
ちなみにこの際、2300円を支払う必要があるみたいだな。
高校生にはかなり痛い出費だが、これは四人で協力した。全員が払えば、ひとりあたり600円で事足りる。田端も須賀も、快くお金を出してくれた。
手続きは無事に終わった。
申請した配布場所は大宮駅の東口。
本当は西口が良かったが、こちらはすでに多くの企業がサンプリングを行っている。俺たち素人がそこに飛び込んでも絶対に敵わない。
だからあえて、比較的人通りの少ない東口を選んだわけだ。
……近くに治安の悪い場所があるが、まあ――たぶん大丈夫だろう。
そうして警察署を出た頃には、すでに五時を過ぎていた。
ここで俺たちは悩んだ。
大宮駅に着く頃には陽が暮れかけてしまう。いまからチラシを配るにしても、時間はかなり限られている。
だが田端に
「いや、飯塚に任せるよ」
と言われてしまったので、俺たちは短い間だけでもチラシを配ることにした。
とにかく時間がないからな。
どんなに僅かなチャンスでも、逃さずに掴み取っていきたいところである。
俺たちはコンビニでチラシを大量にコピーしたあと、再び自転車を走らせた。
やっとの思いで大宮駅に到着したときには、やはり陽は暮れかけていて。仕事帰りのサラリーマンが、慌ただしく駅の方面へ向かっていた。明日は土曜日なので、飲み屋に消えていく大人たちも多い。
「ああ……酒飲みてぇ……」
「よ、良也? どうしたの?」
「あ、いやいや。なんでもない」
由美にやばい本音を聞かれてしまったので、慌ててごまかしておいた。
……時間的には18時をちょっと過ぎた頃か。
もうそろそろ暗くなるし、せいぜい30分くらいしか配れないな。それでもやっておく価値はあるだろう。明日に備えて、肩慣らしする意味でもな。
そして俺たち四人は、大量のチラシを持って配布場所に到着した――のだが。
「ね、ねぇ……」
須賀が意外にも身を縮ませる。
「これやばくない? なんか緊張するんですけど……」
彼女の言うこれというのは、人通りの多さを指しているのだろう。西口に劣るとはいえ、埼玉県屈指の大型駅。言うまでもなく、多くの人々が行き来を繰り返している。
そんななか、いきなりチラシを持って里親募集を呼びかける――
うん。
緊張するのも無理はない。
特にみんな高校生だし、あらゆる社会経験が足りてないからな。大人になればある程度は克服できるが、未成年にそれは難しいだろう。
だが。
そんな局面に置いても、率先して動き出す者がいた。
桜庭由美。
彼女は一切の躊躇も見せず、人通りに紛れていく。そして目をかけた人物には、
「お願いしますっ!」
と精一杯の声をかけていく。
そこにためらいは微塵もない。
彼女の瞳には、絶対にチラシを配りきる――否、絶対にレオの里親を見つけるという情熱が宿っていた。
「わっと、びっくりした……」
だが、不器用なのは相変わらずで。
配布の際に必要以上の大声を出してしまい、通行人を驚かせてしまった。これが企業のチラシを配るバイトだったら、店にクレームがいってたところだ。
「あ、あの、ごめんなさい」
「……ふん」
慌てて謝る由美だが、通行人は鼻を鳴らして過ぎ去っていく。
まあ仕方ない。
この場合、悪いのは由美だ。驚かせたのは彼女なのだから。
「…………」
由美は数秒だけしゅんとした後、それでもめげずに声をかけていく。もちろん、さきほどの大声は出していない。
「由美……」
「すごい情熱だな……。俺たちも負けてられん」
それぞれに感想を述べる須賀と田端。二人もチラシを手に取り、ややためらいながらも声をかけていく。
「さて……」
俺も段ボールに詰めたチラシ取り、大きく深呼吸する。
……自慢じゃないが、俺には少しだけチラシ配りの経験があった。
とはいえ派遣先で数日やったきりなので、深い知識はないし、その道のプロには遠く及ばない。
それでも、当時社員から教わった知識を活かすことはできる。
派遣社員って、個人的には空しいと思っていたが――浅くとも広い業種を手がけたおかげで、まったくの素人よりは動けそうだ。
え……っと。
あのクソブラック企業のハゲ頭はなんて言ってたっけ。
――通行人の動線を意識して。
――チラシを持つ手は通行人の手と同じ高さに。
――チラシを受け取りやすいよう、通行人の動きに合わせてチラシを動かして……
うん。
意外と覚えてるもんだ。
「よろしくお願いします! 里親、募集してます!」
数秒後、俺は自分でも驚くほど明るい声でチラシ配りに励んでいた。




