いま、できることを。
感想くださった方々、ありがとうございます!
ひとまず予定していた展開で進めますね。
学校に到着したときには、もう10時近くになっていた。
なんだかんだいって、準備に時間がかかったからな。朝風呂に洗顔、由美の場合はちょっとした化粧。それだけで多くの時間が費やされた。
まあ、それ自体は問題ない。
空いた時間を使って、チラシを印字することができたからな。
コンビニのネットワークプリントサービスは、現代においても存在するようだった。今回はそれを使わせてもらった。
うん。
この出来映えならきっと問題ないだろう。高校生(中身はおっさん)が作ったにしては上出来なはずだ。
そうして俺たちは、遅ればせながら無事に登校を果たした――のだが。
「えっ……!」
「二人で……!?」
「しかもこの時間にっ……!?」
二人で教室に入った俺たちを、様々な反応が出迎えた。
驚く者、羨む者、悔やんでくる者、爆発を祈ってくる者(勘弁してくれ)。
実に様々な視線を向けられた。
ま、それは致し方ないと思う。
特に俺たちは、つい先日、一緒に弁当を食べたばかりだ。
色々と疑われるのも道理。
何度も言うが、由美はかなり美人だからな。特に男子生徒側の怨念がやばかった。……こういうときは気づかないフリに限る。
だが、田端と須賀だけは違った。
みんなが浮ついた反応を示すなか、二人だけは固い表情をしていたんだ。たぶん……俺たちの暗い雰囲気に気づいたんだと思う。本当にたいした奴らだ。
だから休み時間の合間、田端からこんなメールが届いたんだ。
「おはよう。事情、聞けたのか?」
「ああ。だいぶ込み入った話になる。あとで直接話したい」
「了解」
特に今回は相当に重い話だ。
由美本人の了承を得られなければ、到底話せる内容ではない。
ちなみに須賀は由美に直接聞きにいったようだ。だが回答は保留……あとで改めて話すという。俺の対応とほぼ一緒だな。
そして昼休み――
俺たち四人は、校内にある古墳の脇で集合することとなった。
稲荷塚古墳。
さいたま市の史跡。
真偽はわかりかねるが、なにか悩み事があるとき、祠に祈ると願いが叶う……とされている。
まあ実際、祠の醸し出す雰囲気はかなり荘厳だ。
時たまここではしゃぐ生徒もいるが、普段は静かだからな。
ここに集合したのもそれが理由だ。まさか校内で由美の家庭事情を明かすわけにはいくまい。
気づけば、空を分厚い雲が覆っていた。どんよりとした湿気が周囲を漂い、なんともいえぬ雰囲気を醸し出している。昼休みだというのに、生徒たちのはしゃぎ声もあまり聞こえない。
そこで由美は改めて、心の内を吐露した。
家が競売にかけられていること。
近所に引っ越すので転校はしないが、愛犬を連れていくことができないこと。
このままでは犬と別れるどころか、殺処分させてしまう可能性があること。
それらをすべて、由美はぽつぽつと話し始めた。
俺に事情を知られたことで、ちょっとだけ吹っ切れたみたいだな。
聞いている最中、田端も須賀も神妙な顔つきだった。想像以上に重たい内容で、さすがに驚愕しているようだ。
そしてすべて話し終わったとき、田端が
「ま、まさかな……」
と掠れた声を発した。
「さすがに思っていなかったよ。ここまでの内容だとは……」
「うん。私たちが口出しできる範囲を超えてるよ……」
そう言ってうなだれるのは須賀。いつも朗らかな彼女だが、このときばかりは険しい顔だ。
そう。
その通りだ。
『勉強こそが仕事』と言われる高校生にとって、これはあまりにも重い内容。家の競売ともなると金銭も関わってくるだろうから、なおさら手が出せない。
だから過去の俺は無力感に打ちひしがれたんだ。
俺という存在の、あまりの小ささに。
自分の力のなさに。
昔の俺なら、親が悪いと言ってふてくされていた。
だけどもう――それが間違っていることはわかっているから。
俺の親がそうだったように、由美の親もきっと、抱えているものがあるだろうから。
だから。
「それでも……できることはあると思う」
暗く俯く三人に向けて、俺は決然と言った。
「里親募集のチラシをつくってきた。うまくいけば、殺処分という結末だけは避けられるはずだ」
クリアファイルから数枚のチラシを取り出し、田端と須賀に見せる。
「おお……!」
「すごいね、飯塚くん……!」
目を丸くする二人。
「家の競売については――もう決まってしまったことだ。いまさら変えられない。だけど、犬の殺処分についてはまだどうにかなる。頑張れば夢はきっと叶うと……俺は信じてる」
「よ、良也……」
由美がまたも大きく目を見開く。
心なしか、瞳が潤んでいるように見えた。
「はは……そうか。夢か」
田端が眼鏡を片手に取り、うすく滲んだ涙を拭う。
「そうだな。ここで諦めてたら西高生の恥だ。《西高同盟》の意地……いまこそ見せてやらないとな」
「うんうん。そうね!」
気持ちを切り替えたらしい須賀が、明るい声を発する。
「飯塚くん。あれやってよ。前に田端くんとやってたやつ」
「あれ……?」
一瞬なんのことかわからなかったが、すぐに思い出す。
一昨日、田端と《同盟》を組んだとき、お互い拳を突き出した記憶がある。たぶんあれのことを言ってるんだろう。
「……マジかよ。俺がか」
そんな青春っぽいイベント、俺が一番馬鹿にしてたのにな。
人生、なにが起きるかわからない。
暗く俯いている由美を見ていると、自分のプライドなんてどうでもよくなってくる。
「……じゃあ。みんな」
俺は拳を突き出し、三人に問いかける。
「必ず、由美を助けよう。西高同盟の名にかけて――」
「おー!!」
元気のいい声をあげる田端と須賀。
「みんな……ありがとう……」
そんな俺たちに、由美はちょっとだけ泣いていて。
稲荷塚の古墳から、すこしだけ、暖かい風が吹いてきた気がした。




