表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/61

いま、できることを。

感想くださった方々、ありがとうございます!

ひとまず予定していた展開で進めますね。

 学校に到着したときには、もう10時近くになっていた。


 なんだかんだいって、準備に時間がかかったからな。朝風呂に洗顔、由美の場合はちょっとした化粧。それだけで多くの時間が費やされた。


 まあ、それ自体は問題ない。


 空いた時間を使って、チラシを印字することができたからな。


 コンビニのネットワークプリントサービスは、現代においても存在するようだった。今回はそれを使わせてもらった。


 うん。

 この出来映えならきっと問題ないだろう。高校生(中身はおっさん)が作ったにしては上出来なはずだ。


 そうして俺たちは、遅ればせながら無事に登校を果たした――のだが。


「えっ……!」

「二人で……!?」

「しかもこの時間にっ……!?」


 二人で教室に入った俺たちを、様々な反応が出迎えた。


 驚く者、羨む者、悔やんでくる者、爆発を祈ってくる者(勘弁してくれ)。


 実に様々な視線を向けられた。


 ま、それは致し方ないと思う。

 特に俺たちは、つい先日、一緒に弁当を食べたばかりだ。

 色々と疑われるのも道理。


 何度も言うが、由美はかなり美人だからな。特に男子生徒側の怨念がやばかった。……こういうときは気づかないフリに限る。


 だが、田端と須賀だけは違った。

 みんながうわついた反応を示すなか、二人だけは固い表情をしていたんだ。たぶん……俺たちの暗い雰囲気に気づいたんだと思う。本当にたいした奴らだ。


 だから休み時間の合間、田端からこんなメールが届いたんだ。


「おはよう。事情、聞けたのか?」


「ああ。だいぶ込み入った話になる。あとで直接話したい」


「了解」


 特に今回は相当に重い話だ。

 由美本人の了承を得られなければ、到底話せる内容ではない。


 ちなみに須賀は由美に直接聞きにいったようだ。だが回答は保留……あとで改めて話すという。俺の対応とほぼ一緒だな。


 そして昼休み――

 俺たち四人は、校内にある古墳の脇で集合することとなった。


 稲荷塚いなりづか古墳。

 さいたま市の史跡。


 真偽はわかりかねるが、なにか悩み事があるとき、ほこらに祈ると願いが叶う……とされている。


 まあ実際、祠の醸し出す雰囲気はかなり荘厳だ。

 時たまここではしゃぐ生徒もいるが、普段は静かだからな。


 ここに集合したのもそれが理由だ。まさか校内で由美の家庭事情を明かすわけにはいくまい。


 気づけば、空を分厚い雲が覆っていた。どんよりとした湿気が周囲を漂い、なんともいえぬ雰囲気を醸し出している。昼休みだというのに、生徒たちのはしゃぎ声もあまり聞こえない。


 そこで由美は改めて、心の内を吐露した。


 家が競売にかけられていること。

 近所に引っ越すので転校はしないが、愛犬を連れていくことができないこと。

 このままでは犬と別れるどころか、殺処分させてしまう可能性があること。


 それらをすべて、由美はぽつぽつと話し始めた。

 俺に事情を知られたことで、ちょっとだけ吹っ切れたみたいだな。


 聞いている最中、田端も須賀も神妙な顔つきだった。想像以上に重たい内容で、さすがに驚愕しているようだ。


 そしてすべて話し終わったとき、田端が

「ま、まさかな……」

 と掠れた声を発した。


「さすがに思っていなかったよ。ここまでの内容だとは……」


「うん。私たちが口出しできる範囲を超えてるよ……」


 そう言ってうなだれるのは須賀。いつも朗らかな彼女だが、このときばかりは険しい顔だ。


 そう。

 その通りだ。


『勉強こそが仕事』と言われる高校生にとって、これはあまりにも重い内容。家の競売ともなると金銭も関わってくるだろうから、なおさら手が出せない。


 だから過去の俺は無力感に打ちひしがれたんだ。

 俺という存在の、あまりの小ささに。

 自分の力のなさに。


 昔の俺なら、親が悪いと言ってふてくされていた。


 だけどもう――それが間違っていることはわかっているから。

 俺の親がそうだったように、由美の親もきっと、抱えているものがあるだろうから。


 だから。


「それでも……できることはあると思う」

 暗くうつむく三人に向けて、俺は決然と言った。

「里親募集のチラシをつくってきた。うまくいけば、殺処分という結末だけは避けられるはずだ」


 クリアファイルから数枚のチラシを取り出し、田端と須賀に見せる。


「おお……!」

「すごいね、飯塚くん……!」


 目を丸くする二人。


「家の競売については――もう決まってしまったことだ。いまさら変えられない。だけど、犬の殺処分についてはまだどうにかなる。頑張れば夢はきっと叶うと……俺は信じてる」


「よ、良也……」


 由美がまたも大きく目を見開く。

 心なしか、瞳が潤んでいるように見えた。


「はは……そうか。夢か」

 田端が眼鏡を片手に取り、うすく滲んだ涙を拭う。

「そうだな。ここで諦めてたら西高生の恥だ。《西高同盟》の意地……いまこそ見せてやらないとな」


「うんうん。そうね!」

 気持ちを切り替えたらしい須賀が、明るい声を発する。

「飯塚くん。あれ・・やってよ。前に田端くんとやってたやつ」


「あれ……?」


 一瞬なんのことかわからなかったが、すぐに思い出す。


 一昨日おととい、田端と《同盟》を組んだとき、お互い拳を突き出した記憶がある。たぶんあれのことを言ってるんだろう。


「……マジかよ。俺がか」


 そんな青春っぽいイベント、俺が一番馬鹿にしてたのにな。

 人生、なにが起きるかわからない。


 暗くうつむいている由美を見ていると、自分のプライドなんてどうでもよくなってくる。


「……じゃあ。みんな」

 俺は拳を突き出し、三人に問いかける。

「必ず、由美を助けよう。西高同盟の名にかけて――」


「おー!!」


 元気のいい声をあげる田端と須賀。


「みんな……ありがとう……」


 そんな俺たちに、由美はちょっとだけ泣いていて。


 稲荷塚の古墳から、すこしだけ、暖かい風が吹いてきた気がした。


 

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 少し泣きました。 どうか良也くんも由美ちゃんも、二人とも救われますように。
[一言] いつも素敵な話ありがとう
[一言] 更新楽しみにしてます
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ