太陽の裏側へ
次に向かうは駅構内のカフェ。
緑色のロゴマークがなんとも特徴的な、あのカフェである。
これまでの三十年を含めて、実はこんな洒落た場所に入ったことがない。だから少々たじろいでしまったが、そもそもいまの俺は高校生だしな。そんな気張る必要はない。
「えへへー」
どっしりトッピングのなされたドリンクを、由美は嬉しそうにテーブルに置く。
注文時の由美は、まるで異国の言葉を喋ってるようだったよ。さながら呪文みたいな。
俺はもちろん、おとなしくアイスコーヒー。最初は本来の味を楽しみたいので、シロップやミルクはつけない。
ふと視線をずらせば、窓の下には駅の改札が見下ろせる。このへんの景色の良さも、ウケる層にはウケるんだろうな。
俺たちはそこでしばし会話に興じたあと、勉強に徹することにした。由美がいるので、教えてもらうチャンスである。
由美は
「もー。しょうがないなぁー」
と言いながらも、ほとんどの時間を俺に費やしてくれた。自分だって勉強したいだろうのにな。
俺は改めて、由美の学力の高さ、人間的な美しさを知ることとなった。以前までは、ただ暴力を振るってくるだけの女としか思っていなかったが。
そうこうしているうちに閉店が近づいてきた。
客足もまばらになり、店員があちこちの清掃に入る。こういうのを見てるだけで、なんだか急かされる気持ちになるよな。
「……ふう」
俺はシャーペンをテーブルに置き、伸びをしながら息をついた。
今日はだいぶ頭を使ったな。
昔は勉強なんて苦痛でしかなかったけれど、改めてやってみると面白いもんだ。
「さて、そろそろ帰るか。由美」
「うん……」
由美はちょうど最後の一滴を飲み終えたところだった。ズズズっとストローを吸う音を響かせ、カップをテーブルに置く。
まただ、と俺は思った。
一瞬だけ見せる、あの暗い表情。
いつも太陽のような女だけれど、ほんの数秒だけ陰を見せるんだ。
今朝は気づけなかったが、やはりそうだ。彼女はなにかを抱えている。
「……由美。あのさ」
「ん?」
「おこがましいかもしれないが、その……俺は、由美を特別な人だと思ってる」
「え……」
「だからさ、悩みとか、抱えてるものとか……なんでも相談してほしいんだ。もちろん、無理にとは言わないが」
「…………」
重たい沈黙が続いた。
彼女は顔を落とし、ずっと黙り込んでいる。
俺も正直、気が気でなかった。
この言い方でよかったのか。
なにか不快な思いをさせてないか。
改めて思う。もっと人と接しておけば良かったことを。
「ありがとう。優しいんだね、良也」
ややあって、由美はそう言った。
「……家に来てくれる? そうすれば、きっと、全部わかるから……」
「あ、ああ……」
女の子の家に行ける――と喜んでいる場合じゃなさそうだ。
これはなにかある。
きっと。
「わかった。案内してくれよ」
「うん。でも……!」
すがるように俺を見る由美の瞳は、今度こそ、本当にうるんでいた。
「嫌いにならないでね。お願い……!」
「ああ。もちろんだ」
家にトラブルがあるのは俺も同じだからな。いまさら嫌ったりはない。
俺たちはカップをゴミ箱に捨てると、ややしんみりとした雰囲気でカフェを後にした。




