太陽の裏側
感想欄でご指摘いただいた「10年」は筆者のミスです。こちら修正かけました。ご指摘くださった方々、ありがとうございました。
ほどなくして、俺たちは学校に辿り着いた。
三年生の駐輪場は校舎の脇にある。古い学校ではあるが、ここだけ砂利道が舗装されてるんだよな。おっさんだからか、懐かしい風景のひとつひとつが胸に沁みる。
「……? 良也、どしたの?」
「いや。なんでもない」
首を傾げる由美に、俺は苦笑してみせる。こんなことでいちいち懐かしがっていては、この先やっていけない。
「じー。怪しい」
怪しげな視線で見上げてくる彼女を、不覚にも可愛いと思ってしまった。こんなときどう反応すればいいのかわからなくて、俺は頬を掻いて場をしのぐ。
「……そういえばさ、由美」
「んー?」
「昨日、だいぶ遅くまで起きてたよな。ずっと勉強してたのか?」
昨晩、俺は11時くらいに寝た。
健康な心身を保つには、適度な睡眠が不可欠だからな。
けど、その後にも由美からメールが届いていたんだ。時間にして2時ほどか。
学生にしては夜更かしだよな。
元底辺の俺が言うのもおかしな話だが。
「んー。そうだね。勉強もしてたよ」
「勉強も……?」
なんだか引っかかる言い方だな。
だがそれを問いかける前に、後方から呼びかけられた。
「おっと。飯塚に桜庭じゃないか!」
振り返ると、自転車に乗った田端の姿が確認できた。彼もちょうど登校してきたようだ。俺はかなり早めに家を出たはずなのに、由美も田端も真面目だな。
田端は俺たちの隣に自転車を停めると、眼鏡をキランと輝かせながら言った。
「おはよう諸君! 今日もいい天気だな!」
「あ、ああ……。そうだな」
なんだこの無駄に爽やかなキャラは。
ちなみに『おはよう諸君』っていうのは校長の口癖だ。全校集会において、開口一番、いつもこう言うのである。
それを面白がった学生たちが、みんなこうやって真似しているわけだ。
うん。懐かしい。
と思っているのも束の間、田端がまた眼鏡を光らせた。
「そして飯塚に桜庭! 今日もラブラブだな!」
「おい……!」
「ねえ……!」
俺たちの言葉がまたしても綺麗ぴったり被った。それを見た田端がまたしても邪悪な笑みを浮かべる。
……こいつ、ほんとに生徒会長かよ。ほんとはなんかの黒幕なんじゃないのか。知らんけど。
「もうっ! 朝から疲れさせないでよ!」
ぷんすか頬を膨らませ、先に歩き出す由美。
朝から疲れさせないでって……それをおまえが言うか。
俺も苦笑を浮かべて後を追う。その隣に田端が並んだ。
「なあ、飯塚」
「ん……?」
なぜか耳打ちされたので、思わず小声で返答してしまう。
「桜庭、なにかあったのか……? 妙に元気ないが」
「え? いや、知らないが」
「そうか……」
元気がない?
今日もいつも通り台風だったぞ?
とは思ったが、俺はいままで他者との関わりを避けてきた身。いくら精神年齢がおっさんでも、その手のことには弱いんだ。
それに、由美とは昨日まともに話し始めたばかりだからな。ちょっとした変化なんてわかろうはずもない。
「……なにがあったのかは知らないが、一応気にかけてくれないか。あいつを助けられるのは、たぶん、おまえだけだと思う」
「は……?」
なんだ。
いきなりなにを言ってるんだ。
よくはわからないが、由美だって高校生の身分。なにかしら悩みはあるだろうし、ないほうがおかしい。
「…………」
前を歩く彼女の後ろ姿を見ると、たしかにちょっとした陰りがあるのが感じられた。
言われなければ気づかないくらいの、小さな違和感。
……いや、違うか。
俺が鈍感すぎるんだ。
「飯塚。ちょいと今日、事情を探ってきてくれないか」
「は? 俺が?」
「ああ。俺や須賀が聞いても、その手のことにはまったく話そうとしなくてな」
「そ、そうなのか……」
たしかに、暗い話をする由美はあまりイメージできない。
いや。
暗い雰囲気を出さぬよう、あえて空回った元気を発しているのか。
だから今日も今日とて、あんな奇声を……
「由美……」
それにしたって、田端や須賀にさえ心の内を吐露していないのは驚きだ。俺のなかでは、彼女はいつだって太陽で、裏表のない女性なのに。
「…………」
個性の塊のようなあいつだって、結局はひとりの女子高生。
かつての俺がそうだったように、なにかに苦しみ、悩んでいるのかもしれない。
「……わかったよ」
俺は小声で呟いた。
「その代わり、あとで勉強に付き合えよ。わからんことが沢山あるんだ」
「はは、それくらいならお安いご用さ」
眼鏡を光らせて頷く田端だった。
その日の授業は事もなげに終わった。
相変わらず勉強は難しかったけど、いつかモノにできると信じている。せめて自分くらいは、自分を信じていないとな。
昼休みは《西高同盟》のメンバーで昼食を取った。かつての俺ではまったく経験できなかった、さながら青春の時間だ。
ちなみにその際も、須賀と田端が由美の近況をさりげなく聞いていた。
返答は
「なにもないよー?」
とだけ。
いたって普通の反応だが、やはり須賀たちには元気がないように見えるらしい。表情に陰りがあるのだとか。
……うん。
コミュニケーション能力の低さも課題だな、俺は。
そして何事もなく放課後を迎えてしまうのだった。




