No6 熱い! 死ぬ
今日のうんちく
※ ゴキブリは気温20度以下では徐々に活動が鈍っていき、卵も孵化できません。
10度を下回ると、幼虫はそれ以上成長できなくなります。
反対に高温の場合は、32度を超えると徐々に活動が鈍り始め、35度を超える頃には動けなくなります。
俺は片桐雄介。昨日までは普通の高校2年生だった。
それが……。
今はチャバネゴキブリになって鉄板餃子の上で踊ってる!
てか、周りの大人が絶叫してるが、俺だって絶叫しているのだ。そりゃ怖いし熱いし生きた心地しないのはこっちだって。
「大丈夫です! みなさん、落ち着いてください!」
どよめく店内に突然、立ち上がった女の子がいた。
串に残った最後の焼き鳥を口に入れ、その女の子は俺のいるテーブルに歩いてくる。
「わたしは害虫駆除業者『クリーンハッピー』の沖沢もみじです! チャバネ1匹で騒がないで!」
俺は熱い鉄板の上から餃子の上に登り、もみじの顔を見た。そして、なぜか動けなくなった。
「ほうらごらん!」
もみじは、得意げに俺に向かって焼き鳥の串を向け、
「みなさん落ち着いて私の話を聞いてください。通常ゴキブリは35度以上の状況では動けなくなるんです。このように!」
さすが業者を名乗るだけはある。店内は徐々に彼女を応援する空気になっていた。
だが、当の俺は……。
35度以上で……死ぬ?
「大将! この鉄板の温度は!?」
「あいよ、もみじちゃん! 今さっき焼き上がったばっかりのアツアツだよ!」
何度か言ってくれ!
温度が重要だ!
多分、35度以上あるんだろうけど……。
ダメだ……苦しい……。
「これでおしまいよ!」
もみじは焼き鳥の串を俺に向けて振り下ろして来た。
店内に再び悲鳴が上がる。
テーブルに出てきたゴキブリを焼き鳥の串で始末するなど言語道断だ。
俺は……動けない!
ブスッ!
……。
串は餃子に刺さった。
「大将! いらない割り箸を頂戴! わたしが処分します!」
まったく紛らわしい女の子だ。
でも。
俺はそのすきに餃子に刺さった串を登り始めた。
自分でもわからない。
もみじという女の子をもっと近くで見たくなったのだ。
客の一人が俺の行動に気付いたようだ。
「あ、あの……ゴキブリが……動いて……」
「あぁ? そんなわけ……」
箸を取りに行ったもみじがこちらを振り返った。
目が合ったように感じた。俺の胸がキュンって鳴った。
「貴様……なぜ動ける?」
動けなったのは温度のせいじゃない。
君のせいだと気付いたんだ。
俺は触覚をふりふりして精いっぱいこう言った!
「飛べますっ!」
俺はありったけの力で、もみじに向かってジャンプした!
そして、すぐ近くにあった焼酎の水割りの中に落ちた。