私たちは永遠に
美人は再び入れ替わると言っていた。しかし、『貴方に最高の幸運を』を開いたと同時に愛人と入れ替わった美人の姿はゆっくり薄れていく。それに驚いてただ為すすべもなく立ち尽くす愛人。こんなこと聞いていない。知っていたら心の準備をしてから本を開いたはずだ。愛人の今にも泣きだしそうな、叫びだしそうな顔を見た美人はふっと微笑んでこう言った。
「俺たちはいつもお前と一緒だ。お前はそのままでいい。今変わろうとしてる心の強いお前のままでいい。もし挫けそうになったら思い出してくれ。お前は……愛人は奇跡の子だって」
「嫌だよ美人! これからも双子として一緒に……!」
もう大分美人の姿が透けている。握りしめようとした手にはぬくもりが無かった。ただ手をかすめるだけで掴めない。少しだけ困ったような顔をして美人は言う。
「お前がこれからどう変わるのかは分からない。でもな。ここは間違ってないと思うのなら絶対に曲げるな。そして負けんな。自分に。それから……」
――誰からも愛される人になれよ――
消えていく美人の最後の言葉とともに、愛人は両親の顔が浮かんだ。輝彦は産まれたての愛人の頬を嬉しそうにつんとつついている。それに反応して手をちまちまと動かす愛人。祥子はそんな愛人を穏やかに長いまつ毛を伏せて見つめている。初めて見た両親の姿と、あたたかい愛情を感じた愛人は大粒の涙を流した。気が付くと部屋には美人の姿はなかった。服装も、『貴方に最高の幸運を』を読む前のものに戻っていた。突然来る全身の痛み。すべては夢物語だったのであろうか。再び本を開いても、小難しい内容の文章が書いてあって頭に入ってこない。ただはっきりしているのは……
「私が変わらなくちゃ」
窓辺に向かって深呼吸。ただありのままの自分を受け入れてもらうのは難しい。ならば、自分から積極的に動かなければいけない。それから愛人はスマホで性同一性障害について調べた。日本だけではなく世界中に同じような人がいることを知った。そして同じくいじめにあっている人がいることも。また、その克服の仕方も学んでいった。同じような人が集うコミュニティにも積極的に参加した。唯一の家族である宗次郎にも愛人は自身がそういう人間であることを打ち明け、受け入れてもらった。愛人はそうやって、自分が自分らしくあるための居場所を地道に見つけていったのである。
そしてふとあることを思い出す。
「本、返さなきゃ……」
大学生になった愛人は大分風変わりした書店の、伏見という女店員を尋ねた。そこには昔と変わらない姿の彼女が居て、本を陳列していた。おそろしいほどに昔のままの顔立ちだ。愛人は不思議に思いながらも伏見のもとへ駆け足で近寄った。
「あの、この本。返しに来ました」
「あら。ありがとう」
狐のようにニッと笑う伏見。今までの出来事を嬉々として話す愛人。そしてお礼を述べた後去り際に愛人は言う。
「私は私の人生を生きます。私に幸運をありがとう」
愛人が振り返ると、伏見の姿はどこにもなかった。レジには金色の手招き狐がひとつ置いてあった。その横には『貴方に最高の幸運を』という本が一冊――
End.