愛人が美人で美人が愛人で
愛人は、背筋を伸ばしてポケットに両手を突っ込みながら前を歩く自分の姿を思わず格好いいと思ってしまった。当の美人はそんなことなどお構いなしに、いじめっ子たちの集う公園へとずんずん進んでいく。姿が入れ替わったことに違和感を覚えているのは愛人だけなようだ。世間からすれば今の彼は少しぶりっ子な女の子にしか見えない。二人で歩いているとカップルに間違われる始末。美人は本から出てきたもう一人の自分。なりたかった姿。そんな彼女の姿になれた自分を可愛いと思い、目の前を歩く自分であった姿を異性として格好いいと思うなんて……と少し恥ずかしくなった愛人。俯いて歩いているうちに、いじめっ子たちが群れている公園へとたどり着く。
「お、愛人だ~! なんだぁ、自分からやられに来たのかよ」
リーダー格と思われるガタイのいい少年が、美人に近づいてくる。愛人は涙目になって美人の背中に隠れた。腕を鳴らして相手の顔をにらみつける美人。
「今日の俺は愛人とは違って、逃げたりしないかんな」
「山田君には逆らわないほうがいいよ……ぼこぼこにされちゃう」
好戦的に相手に向かっていく美人の背中を愛人が引っ張って止めようとする。なにしろ、入れ替わったとしても喧嘩をして痛い思いをするのは自分の体だ。それに、もし喧嘩に負けたら美人の姿をした愛人がどうなるか。彼は常に最悪の結果を考えて怯えていた。
「あ~? お前彼女いんの。てっきりホモかと思ってたわ、あははは」
周囲の取り巻きもいっせいに笑い出す。完全に馬鹿にされている。愛人は美人の背中から少し離れていじめっ子たちに背を向けるように地べたにしゃがみこんだ。恐怖のあまりミニスカートであることを忘れていたのか、下着が丸見えだ。これにはいじめっ子たちもごくりと息をのんだ。
「ジロジロ見てんじゃねーよ」
美人が一瞬のスキを突き、山田の顔面に強烈な一発を放つ。山田はその場でぼてんと大きな音を立てて倒れた。いじめっ子たちはそれを見て
「今日のあいつは何かがおかしい」
と言いながら一目散にその場から逃げ出していった。置いて行かれた山田は気絶しているようで目を覚まさない。よほど強烈な拳が命中したのだろう。愛人はこの時思った。か弱い少女のような心を持った自分が美人で、雄々しく気高い心を持った美人が愛人になるべきだと。
「ねぇ、今日から君のこと、愛人って呼んでいい?」
「いいぜ、美人。お前が望むなら。それがお前の幸運だ」
これでもう愛人と馬鹿にされることはない。喧嘩で傷つくことはない。なりたい自分の姿も手に入れた。愛人は自分の名前を捨てて、もう一人の自分。美人に成り代わることにした。整形もせずに少女になれるなんて思ってもいなかった幸運。
しかし、問題は山積みである。まず祖父の宗次郎の家にどうやって住むか。そして学校生活をどうやってやり過ごすか。その他諸々、考えるべきことが多かったが、全て『貴方に最高の幸運を』が解決してくれた。二人は双子という関係になっており同じクラスに通っている事となる。二人がその関係に馴染むまで、それほど長くはなかった。体育の授業での女子更衣室の着替えでも、美人になった愛人は、なぜだか居心地がよかった。恥ずかしくないのだ。それに興奮もしない。初めて女になって女友達もできた。男の時だと女々しいといわれた仕草も、女の姿でなら「かわいい」で許される。若干の違和感を覚えながらも、愛人は、一生美人として生きていくつもりだった――
「ある事件」が起こるまでは。