第1章 9
そして、歩いて町外れの森。
ハイキングコースという感じで、森の風通りはよく、とても明るい。ダンジョンではないのであまり強い魔族は出ない。せいぜい、スライムとか、ジャッカロープ(ツノの生えたウサギ)とかくらい。どちらかというと初心者冒険者向け。
なので、今回のクエストも薬草採取という初心者クエストだ。受注する際も受付嬢にしっぶい顔をされた。
今の俺は少しでも金が欲しいのだ。そして、下手な博打にも出られない。なりふり構ってられない。
「ふ、きゅっ、きゅーん……」
マチェは耳も尻尾もぺたんと下げて、泣きそうな顔をしていた。
「すまん……」
俺には謝るしかできない。
「あ、歩きにくいです……」
マチェはぐったりしながら、はぁはぁと息を吐いた。
マチェの服は移動に向かない。ひらひらだし、スカートだし。靴だって、元は他人のもの。その人の癖がついてしまっているだろうし、マチェには辛いだろう。多少歩くならまだしも、山歩きでさらにきつい。そして、追い打ちとばかりにマチェは二足歩行に慣れていない。
「大丈夫か?」
「……足、痛いです。きゅーん……」
「すまん。マチェの装備をちゃんと整えるべきだった」
「いつもなら、大丈夫なんです! マチェは大丈夫なんです!」
「うんうん。俺が悪かったんだ。マチェは悪くない。俺が悪い……」
手を引いてマチェを手頃な岩に座らせる。
「マチェ、靴を脱がせるぞ」
「わふ」
靴を脱がせると、案の定マチェは靴擦れを起こしていた。白い足は赤くなり、足首には血が滲んでいる。完全に靴下の存在を失念していた……。素足に靴はキツイよな。
「女神レティナの加護と祝福の元、この傷を癒せ。回復魔法!」
傷口にポゥとか細く頼りない光が灯った。
「わふ」
「とりあえず、血は止めた。けど、このままじゃ靴は無理だ——」
な、とまでは言えなかった。
「このきずをいやせ。回復魔法」
マチェが俺の言葉を遮るようにそう唱えたからだ。
「え!?」
困惑する間もなく、傷口に優しい光が灯る。一目見てもわかる通り、俺の時よりも光は強い。光は瞬く間に傷を癒して消えた。傷跡もない。マチェの綺麗な足だけが残った。
マチェの辿々しい詠唱にも関わらず、魔法が発動した。
「ご主人! ご主人の真似したら治りました! わんわん」
「ま、マチェ……? いつの間に回復魔法を覚えたんだ?」
ステータスカードにはさっきまで載ってなかった筈だ。
「ご主人の見てたら、魔法の使い方がわかりました! 前はわからなかったんですが今日はわかったんです! ぐるぐるぐわーんっていう光があって、それがこうぐおーんってなったんです。わん!」
「え? なに、そのチート……? これも“祝福”の恩恵? それとも——」
俺はマチェのステータスカードを再度見た。先ほどは面倒くさがって読まなかったスキルの詳細を見る。
『魔力干渉』: 魔法の成り立ち——基礎となる魔力から術式構成を知る事ができる。基礎魔法においては、構築段階から干渉が可能。精密な干渉はスキルのレベル依存。上位魔法の干渉の場合、相手とのINT対抗。
「うっわー。チートだ、これー」
術式構成を知るって、えぇー……! マチェの幸運がなんかSSR二枚抜きどころの話じゃなくなってきてる。納得のLUK: A。
「ちー、と? どう言う事です?」
「すごいって事」
本来のチートにすごいなんて意味はないが、まぁその辺は適当で……。ズル、違法行為とかそう言う意味じゃ、最近使われないし。
「マチェがチートだと、ご主人は嬉しいですか? 嬉しいですか!?」
マチェはにっこりと微笑むとたどたどしく、俺の手を取った。
「マチェ……?」
「マチェはご主人が嬉しいと、マチェも嬉しいです!」
マチェは相変わらず、笑顔だ。白い頬が真っ赤になるくらい興奮しながら、楽しそうに笑いながら尻尾を振っている。
「……う、嬉しいよ」
俺はイヌの忠誠度の高さ若干引きながらも俺はそう答えた。
「えへへへー。マチェはとってもとっても嬉しいです。きゅーん!」
そう言いながら、マチェは繋いだ手に頬擦りをしていた。
「………」
マチェに慕われるのは純粋嬉しい。マチェは可愛いし、無邪気な様子を見ているのは楽しい。でも、
「……ッ。マチェが美人すぎるんだよなー」
美少女にこんな0距離で、スリスリされたり、笑顔を向けられたり、心臓がもたない。
「わふ?」
「マチェ、男は狼なんだ。あんま刺激しないでくれ……」
「わふわふ? ご主人がオオカミなら、マチェはイヌですよ!」
マチェはわかっていなかった。マチェのINTは俺よりも高い。でも、それは地頭の良さ。勉学ができるとか教養があると言う訳ではない。当然と言うか、人型になったばかりのマチェに教養は備わっていない。
そんなマチェに男の俺の気持ちを知れと言うのは無理だろう。
「うん。そうだね……」
溜め息を少々。
「とりあえず、魔法の勉強しようか。それが本題だし」
クエスト自体は薬草採取。教えながらでもなんとかなる。
「はい!」
それから、俺たちは魔法の練習をした。マチェはすぐに魔法の使い方を覚えた。
恐るべき理解力。レベルもメキメキと上がり、簡単に俺に追い付いた。つまり、現在のマチェの『ウィンド: Lv.6』。俺が5年かかったのを1時間くらいで、追い付いちゃったー。
泣けるー。
「ご主人! 風が出ます! 風ですー」
マチェは覚えたばかりの『ウィンド』が面白いのか、何度も何度も魔法を唱えた。マチェのMPなら『ウィンド』を連発してもMP残高に問題はない。
「よかったなー」
と若干棒読み気味に言いながら、俺は近くの茂みで薬草を探す。
おっかしーなー。今日はなかなか見つからないぞー。視界が汗で歪んでいるからかなー?
泣いてなんかないさ。うん、きっと汗……。
薬草を乱雑に詰んで、袋に詰める。多少雑だが、しょうがない。しょうがない! 引き取り時に値下げ交渉されるかもだけど、今の俺に細かい気遣いなんてできない。
ガサッ
そんな時にスライムが出た。
『———!』
ぷるん
半透明で大きさは猫くらい。弱点であるコアが透けて見えている。標準的なスライムである。色は赤い。なので火属性だ。風属性の俺らからすると、弱点ではある。だが、スライムは属性攻撃はできないので、気にする必要はない。
一応、このスライムの内部に囚われたら火傷を負う。でも、それはこっちが小型、もしくは頭とか部位じゃない限りは大丈夫。万が一、そうなったら俺が介入する。
「ものは試しだな。マチェー、戦闘任せていいか?」
「はい!」
という訳で、マチェに任せてみた。マチェ、“祝福”をもらって初の戦闘である。
「マチェは頑張ります! わん」
マチェは大きく手を振りかぶった。この時点で不安しかない。
「ていっ! ……あれ?」
案の定、人型になったマチェの爪ではダメージは通らなかった。当たり前だ。マチェの爪は昔と違って丸く、柔らかい。典型的な女の子の爪である。
今後、マチェが爪攻撃をする場合は武器が必要となるだろうと思われる。
そして、牙の攻撃も勿論通る筈もない。マチェの“身体は耳と尻尾を除けば普通の少女のものだ。それが強いわけもない。
そして、衛生上の理由で俺が牙での攻撃を止めた。イヌの時では大丈夫でも人型になった今は寄生虫とか怖いし。
なので、今のマチェはただの少女なのである。
「全然、爪が通らな——きゃいん!」
自分の手を見つめてマチェは呆然と呟いた。自分自身が信じられないと、目を丸くしている。
そんな所にスライムの攻撃。マチェは驚いて声を上げていたが、マチェにスライムの攻撃は通ってないようだ。マチェのHPは減ってない。今のマチェの基本ステがスライムに比べて高いからだと思われる。
とりあえず、俺は見守る。大事にはなるまい。
「えっと、えっと! なにをすればいいんですか? うきゅぅ、ふぎゅる……。あ! 吹き渡れ、『ウィンド』!」
マチェは懸命に考えた末、呪文を唱えた。ごうと風が吹き荒れる。しかし、
「わふ?」
スライムはぷるんと震える程度で全くダメージが通ってない。
「ど、どうして?」
「あちゃー……。マチェ、そいつ火属性だぞー。風魔法の通りが悪い」
スライムは属性攻撃はできないけど、各属性耐性は持ってるからな。
「ま、マチェ、魔法しか使えなくて……。きゅーん。……どうすればいいんですか?」
「少し、マチェが考えてみてくれるか?」
「わきゅ……!?」
マチェは泣きそうな顔でこちらを見てくるが、俺としてはこういう時、マチェがどういう行動を取るか知りたい。今後、マチェとパーティを組む際にはいろんな癖を知っておきたい。俺たちはこれからイヌの時とはまた違った戦法を取らないといけないのだ。
「あ、あー……! ま、マチェはどうすれば……? あ、ひゃう、またスライムがタックルしてきました!」
マチェは大きく腕を振り上げて、スライムから逃げ回っている。スライムがタックルする度に、マチェの洋服がベトベトになっていく。
服が破ける事はないようだ。ただ薄いでの布はすぐに肌色を透かしていく。
「……これは」
……まずいのではなかろうか?
マチェの服は全体がだんだんと濡れて透けていく。今のマチェに下着はない。
「わっきゅ!? わふっ?」
マチェはバタバタと走って逃げ回っている。
その度に揺れる浪漫の塊——即ち、おっぱい。
「『ウィンド』! 『ウィンド』! 『ウィンド』!」
マチェは逃げ回りながら、必死に魔法を唱えている。スライムにダメージはない。マチェの構築する術式が弱い為にスライムボディに弾かれ風が霧散しているのだ。
ダメージはない(2回目)。だが、スライムはマチェの魔法で掻き回されている。卵白みたいなスライムボディが掻き回されていく。
「きゅーん……。『ウィンド』! 『ウィンド』! 『ウィンド』!」
いつしか、スライムボディに空気が混ざっていた。拡散されていく、とでも言おうか。
「『ウィンド』!」
そして、スライムボディは白く濁り——と言っても、元が赤なので白が混ざり鮮やかなピンクになっていった。
そういえば、スライムの形状って卵白に似ている。つまり、これって、
「……メレンゲ」
俺は、剣を構えた。そして、濁ってて少し見難いがコアにサクッと剣を刺す。スライムは少し痙攣すると、これまでの表面張力がなくなったようにべちゃーっと広がっていった。トーストの上で半熟卵の黄身を破いたかのようだ。
「………」
これ以上、メレンゲになっていくスライムを見るのは哀れだったのだ。
「ご主人! ありがとうございます! ご主人はやっぱりすごいです! すごいです! わんわん!」
マチェが助けられたと思ったのか、ぎゅっと抱きついてくる。前足——腕の使い方を覚えてきたのか、マチェは俺の背中に腕を回した。力加減はできていないが、まぁいい。
相変わらず、マチェのすごいのハードルが低い。このままだと俺が安い有頂天になりそうだ。だが、イヌにハードルをあげろと言うのは酷だ。というか、この単純さこそが、イヌの——マチェの良さだ。
ここで、問題なのは、
「マチェ……、服、やば、い……」
ただでさえ、柔らかな感触が脳を溶かして、理性を蒸発させにかかっているのに、それに服透けが重なるとか!
マチェの壮大なる双丘が押し付けられた上に、その服が肌色すき透るとか!
「やば? ……わふ?」
マチェが不思議そうに首を傾げる度に、たわわわわとOPPAIが弾んだ。
スライムはメレンゲ状になる……!
……あえて、マチェの事を言わないのは、色々と察してほしい。