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二章 10

少し遅れました

すみません

幸せ兎(ラッキーラビット)!」


 って言った瞬間、ケルベロスの首が堕ちた。それも三つ同時に……。


「は?」


 世間一般的に『は?』と言う言葉は馬鹿にしているようでよくないが、許してほしい。あまりにも荒唐無稽で信じられないのだから。


 幸せ兎(ラッキーラビット)とは角兎(ジャッカロープ)やウサギ系統種だけが使える特殊魔法である。効果はランダム。麻痺ったり、毒を受けたりするから、敵に回すと若干厄介。だが、時折、敵であれ回復もしたりする。


 俺が知ってる幸せ兎(ラッキーラビット)はそんな感じ。決して、ケルベロスの首を落とす効果なんてない。


 それがどうしてこうなった!?


 ケルベロスの首は地に落ち、赤褐色の瞳からは光が消え、濃い赤の血がドクドクと流れていく。


「うーん、30点……。浅い階層とは言え弱いね。ふぅ、これが末路(・・)かと思うと泣けてくるよ」


「いや、強いからな、ケルベロス……。低層界のボスだぞ!」


「でも、弱いよ」


 こんにちわ。ルクスです。


 今日はダンジョン探索にきました。


 本当は教会で花を育てるクエストのつもりだったが、ルコッタの希望によりダンジョン探索になった。


 ルコッタは深層界を希望してたが、そんなん俺が死ぬやつじゃん。と言う事で低層界の3Fです。


 ダンジョンはざっくりと低層界、中層界、深層界に分けられる。下に行くほど敵が強い。中層界は大きく、場所によっては100界層くらいある。それに比べて低層界は3界層しかない。そして、深層界は不明。深すぎて、詳細が未だわかってない。


 世界には幾多の入り口があるが全て繋がっていると言われている。そして、逆ピラミッド状に広がっている。深層界を目指すなら中央王国にある中央ダンジョンを使うのは一般的である。


 ちなみにここは東の方にある神聖国アルハザイド。——の更に田舎の街プレハザール。レティナ教の力が強く、主な産業は学業と言う珍しい都市だ。


 俺は深層界なんて目指す気はサラサラにない。中央から外れた低層界や中層界ダンジョンにはそこでしか取れない特産品があるのだ。俺はそれ狙い。この特産品がなかなかに高いのである。


 閑話休題。


 低層界はまんま洞窟と言う風貌で、薄暗い、湿ってる、天井が低い、と圧迫感が半端ない。だが、この狭さ故に、大型の魔物がいない。低層界故に敵も弱い。まさに初心者向けエリアだ。


 湿っぽいで、俺はあまり好きではない。中層界は擬似空がありドーム状になっている。質量保存の法則を無視しているので、めちゃくちゃ広い。森とかもあるので、俺としてはそっちの方が好き。


 でも、ほら。あれじゃん。ルコッタは昨日“祝福”(ギフト)もらったばっかじゃん? 新しい身体に慣れないだろうからって言う俺の配慮は無為に帰した。


 本来は受けたクエストは『マタンゴ討伐』。マタンゴは上手く仕留めると食材になるのだ。しかも美味しい。食感はエリンギ、味はしいたけに近い。討伐して金ももらえて、夕飯にもなる。実に美味しいクエストである。そのため滅多に受けられないクエストだ。


 このマタンゴ、ジメジメしてる薄暗いとこだとめっちゃ増える。増えるとダンジョンがカビだらけになって病気が蔓延する。いつもなら、ダンジョンに潜る人が食糧確保ついでに討伐する人が多いが、祭り間近でダンジョンに潜る人が少ないらしい。


 って、今日の夕飯はマタンゴの炒め物だなぁ、なんてウキウキしてたら、この自称可愛いウサちゃん、ケルベロスの首を落としましたよ。


 ケルベロス——低層界の守り手と言われる低層界最強の魔族。ランクAの冒険者ですら、準備がなければ瞬殺されると言われるダンジョンの殺し屋だ。壁でさえ気にせず駆け回る為、低層界の天井の低さが仇となり、見つかれば逃げるのは困難。その鋭い爪と牙で八つ裂きにされる。おまけにコイツ、火も吐く。


 普段は低層界を適当にウロウロしているので、滅多に会うことがない。会ったら死を覚悟しろ、とまで言われる。


「お兄さーん、ケルベロスの討伐証明部位どこ?」


 討伐証明部位。まんまギルドにモンスターの討伐を証明するもの。耳なり指なり、ギルドに指定された部位を持って帰ると報酬がでる。


「……知らん。弱小冒険者が高難易度モンスターの討伐証明部位を知ってるわけがないだろ」


「それもそうか。じゃあ、処理も面倒だし、収納しちゃおう。【アイテムボックス】! 解体は買取の業者に任せよう」


 瞬間、ケルベロスの手前の空間がぐにゃりと曲がった。そして、するりと、そのケルベロスの体高が2mを超える胴体が何もない空間に消えていった。


「……ルコッタ、お前、【アイテムボックス】まで持ってるのかよ?」


 ケルベロスの大きさは体長にすれば4、5mだ。それがすんなり入るとか、どんだけ広い【アイテムボックス】なんだよ。


「初回で強いモンスターを知らずに倒して、【アイテムボックス】に収納とか、どこのチート転生者だよ? ギルドでキャーキャー言われる黄金パターンじゃん」


 俺が憧れて出来なかったやつ。


「ご主人、どこか痛いんですか? まゆがきゅっとしてます」


 マチェが俺を心配そうに覗き込んでくる。


「だ、大丈夫だ。俺とマチェは普通にマタンゴを狩って帰ろうな。頑張れば、今日の夕飯はごちそうだぞ」


「わん! ごちそう! マチェ、頑張ります!!」


 マチェは両手を握りしめて、ふんすこと鼻息を荒らげた。尻尾がバタバタと揺れている。


 朝は元気なさそうだったけど、少しは落ち着いたようだな。


 と、そんな時に血の臭いに誘われたのか、マタンゴがダンジョンの奥から現れた。コイツは死体があると速攻苗床にしようとするので、血の臭いに敏感だ。マタンゴにかかれば成人の大人の死体であっても一時間できのこまみれになってしまう。


 そんな苗床にされたきのこ人間がマタンゴとして歩き出す姿はトラウマもんだ。


 ……改めて考えると、すごい嫌な生態だな、マタンゴ。


 とにかく、マタンゴは椎茸のような傘とエリンギのような柄を持つ巨大なきのこである。大きさはだいたい1mくらい。それがわさわさと柄を揺らしながら、ヒダ状の足で歩いてくる。この傘でアタックされると地味に痛い。


 マタンゴは一匹だけだが、のそのそと歩いてくる様子はかなり不気味だ。


「わ、わふ……」


 マタンゴの不気味さにマチェがたじろいでいた。


 そういえば、マチェはマタンゴ戦は初だな。イヌの時は相性が悪くて、戦闘から遠ざけてたな。


 うーん、マチェはステータスは高くても、今の姿での戦闘経験が足らないからなぁ。目線の高さが変わった事でモンスターの見え方も変わるからなぁ。


「よーし、マチェ。マタンゴの弱点を教えるぞ。マタンゴは縦に繊維が走ってるから、横の攻撃が効きにくい。だから、縦に攻撃をするのがいいんだ。それで——」


「わかりましたー!」


 話の途中でマチェがめちゃくちゃいい返事をした。


「え? ま、待て!」


 マチェは手に風を纏うと風の爪を作りだした。そして、ダンと地面を蹴ると一直線にマタンゴに迫った。


 風をまとったマチェは早かった。俺が止める暇がない。


 マチェは大きく爪を振りかぶると、マタンゴに向かって真上から爪を振り下ろした。マチェの爪はたやすくマタンゴの傘を切り裂き、柄までも両断する。だが、



 ——ぼふん!



 傘が爆発して、胞子が舞った。


「やべ! マチェ、吸うな!!」


「きゃいん!!」


 俺の警告も虚しく、マチェはモロに胞子を喰らった。黄色い煙にマチェの身体は包まれて見えなくなってしまう。


「『ウィンド』!」


 咄嗟に風魔法で胞子を吹き飛ばす。


 ぬかった!


 説明が足らなすぎた。マタンゴは戦闘能力は弱いし、魔法は使えないが、攻撃を食らう度、または攻撃をする度に状態異常効果のある胞子をばら撒いてくるので厄介なのだ。


 この胞子を出すのは傘。傘を攻撃しなければ、胞子はでない。そう、このマタンゴの攻略法は下から斬りあげる事。


「マチェ! 大丈夫か!?」


「あーあ、派手にやったね、マチェ」


 俺とルコッタが、地面に倒れたマチェへと駆け寄る。マチェは地面に四肢を投げ出して、細かく痙攣している。


「きゅ、きゅーん……」


「大丈夫か? 毒か? 意識ははっきりとしているか? 身体は動くか?」


「わ、わふ……」


 マチェはか細く鳴くばかり。俺はマチェの身体についた胞子を『ウィンド』で吹き飛ばして、その身体を抱き起こした。


 毒だったら、まずい。毒消し草は持っているが、即効性にかける。


「急いで、街に戻ろう! 大丈夫だ、マチェ! 必ず、俺が助けるからな」


「きゅーん」


 早くダンジョンの外を目指さなくては!


「大丈夫だよ、お兄さん。ただの麻痺」


 だが、そんな俺にルコッタは冷静に声をかけるのだった。


 ルコッタの前には四角い魔力のウィンド。どうやら、ルコッタはマチェのステータスをチェックしている模様。


「回復まで、3、4時間ってとこかな? よかったね。命に別状はないよ。状態回復魔法(キュア)が使えればいいんだけど、僕はそのへんの魔法はからっきしなんだよね」


「まじ? っていうか、お前にもできないことがあるんだ。」


「まじまじ。そして、僕はお兄さんに対して嘘はつかないよ」


「ほう」


「まぁ、隠し事はするけどね」


「おい!」


 なんなんだ、こいつ?


 まぁ、ルコッタの怪しさに関してはおいておこう。今はマチェが優先。


 麻痺とはいえ、動けない事は確かなのだ。俺はマチェを負んぶする。背中にブラボーな柔らかさが当たるが、今はそれどころではないと、本能に一喝する。


「マチェ、ごめんな。説明がおそくて。マタンゴは傘を攻撃すると胞子を出すんだ。だから

、下から攻撃しなきゃだめなんだ」


 マチェがただのイヌの時は、この胞子が怖くて攻撃させないようにしてたのだ。爪と牙ではどう攻撃しても、胞子が当たる。


「わ、ふ……」


「ごめんな」


 背中でマチェが震えている。


「お兄さんは相変わらず、マチェに甘い」


「そんな事ないぞ。動けないんだから仕方ない」


 そう、仕方ない。けっして、俺はマチェの柔らかさを楽しんだりしていない。していない!


「ルコッタ、マタンゴの足を回収しといて、それがマタンゴの討伐証明部位だ」


 こんな時でも、クエストは大事。マチェが毒だったら置いていったが、麻痺な多少の余裕がある。


「わかった。ん、傘とかは? 食べるんじゃないの?」


「マタンゴは大量に胞子を味が落ちるんだよ。ほら、もう黒ずんでる。こうなると、不味いし、買ってももらえない」


「なるほどねー。傘を避けて攻撃すればいいんだね。わかった。マチェとお兄さんの代わりに僕が後はやっておくよ。お兄さんに好かれるようにできるだけアピールしないよねー」


 その後は、シュパパッと走り回るルコッタがマタンゴを討伐してった。あぁ、もう風のように、とか、流れるように、とか、そういう表現しかできないくらいの手際のよさ。モンスター討伐というより、お手軽クッキングというような光景だった。


 なんか、俺なんもしてないのに、クエストクリアしちゃった。ケルベロスのルコッタが倒しちゃったし、どうすんのこれ?


「ご、しゅ、じ……」


 震える声が背中から聞こえた。絞り出すような声が、哀愁を誘う。


「無理するなよ、マチェ」


「まちぇ、やく、たた、ず……、です」


「いやいや、俺がちゃんと伝えなかっただけだから。失敗は誰にでもあるから」


「わ、ふ……。ま、ちぇは、ごしゅ、じんの、やくに、たちたかった、んです……。ぎふ、ともらって、やくに、たて、る、とおも、ったのに……。これ、じゃ、もとの、まちぇの、ほうが、よかった、です」


「そんな事ないぞ」


「まちぇじゃ、せっかくのぎふ、と、つかい、こなせ、ないで、す……。これじゃ、いみ、ないで、す……。ま、ちぇは、もとの、まちぇ、にもどり、たい、で、す……」


「………」


 ポロポロと零れてくるマチェの涙が俺の肩を濡らしていく。


 俺は泣き出すマチェになんて声をかけていいか、わからなかった」


「…………そうか」


 ただそれだけ呟いた。


「あ、うっそー。お兄さん、そんな事もできるの」


 遠くのほうで、ルコッタがなにやら呟いていたが、どうでもよかった。


 背中で泣いてる子に俺はかける言葉をひたすらに探し続けた。だけど、見つからない。

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