二章 9
未だ修理中の扉を抜けて、教会に入る。前とは違って片側だけ直っていた。だが、もう一つの開かない扉は『修理中。触れるべからず』と書かれた紙が貼られていた。
ブラム曰く、経費の都合上片方しか直せなかったらしい。
教会ってそんなにもお金がないものなのだろうか? 不思議だ。
まぁ、それはともかく、
「で、どうすんのよ、ルクス」
俺はメベルの睨みつけから視線を外した。
視線の先では、ブラムに冒険者カードにステータスを刻んでもらっているルコッタの姿があった。ブラムの蒼白な顔を見る限り、ルコッタのとんでもステータスを見て驚いたに違いない。
一方のルコッタは黒いウサ耳を楽しげに揺らしている。こうして、見るとただの子供なのに、中身は大人だ。名探偵か、なにかだろうか?
そんな二人のやりとりをマチェは不思議そうに見ていた。話についていけない子供のようだ。
うーん、マチェはお喋りが苦手なのか? 俺と二人きりならよく喋るんだが、どうも三人以上だと黙ってしまうな。
元がイヌだから、マチェは二人以上の会話では自分を蚊帳の外だと思っている節がある。これが会話に積極的に加わろうとしない理由だろうか? 近いうちにちゃんと話し合わないとな。
「るーくーすー!?」
「……すまん」
俺の現実逃避は殺意を持ったメベルの視線に呆気なく崩れ去った。
「私のルート攻略どうすんのよー!!?」
「すまんって……。今から、ペット屋でも巡って捜しに行こうぜ」
「もうどこのペット屋も見に行ったわよ! どこもお祭り騒ぎで品切れなの!」
メベル曰く、ゲーム攻略には角兎が必要、らしい。それが神獣との友情のきっかけになり、シナリオの後半に助けてもらえるらしい。
だが、その角兎はいない。本来起こるシナリオが起きなかったのだ。
確証はないが、俺が原因っぽい。森で何気なく倒したスライムが本来なら角兎を傷つけるスライムだったらしい。倒された事で怪我をする角兎はいなくなった。
その代用として、ペット屋で角兎を求めたり、近くの森で捜したりしたがいなかった。
聞けば、森には『ヴィクトリカの来訪』と呼ばれる魔物も魔族もいなくなる現象が起きており、角兎は森から姿を消していた。
昨日、どうにかその現象が起きている森で俺たちは角兎を見つけた。だが、その数少ない角兎は突然“祝福”持ち——ルコッタになってしまった。
「ぐぬぬ……。すまん。と言うか、“祝福”持ちになったのは俺のせいではないと言うか……」
「アンタのせいでしょ、……多分。マチェちゃんの件といい、今回の、えっとルコッタくんの事といい、こう連続するなんて偶然じゃないでしょ。ルクスだって、仮にも転生者なんだから、そういう系のチート能力が目覚めてもおかしくないわ」
「そ、そうかぁ……? 転生者は理不尽現象における便利解説用語ではないぞ」
「似たようなもんでしょ」
雑〜。
メベルはあんまり設定とかを気にしないタイプと見た。作品を見る時は物語自体を見る人と、キャラクターを見る人で大まかに別れるからなぁ。
こればかりは仕方ない。
まぁ、思考の脱線はこれくらいにして、なんとかこれ以上怒られないようにしなければならない。
経験上、俺は女の子への言い訳は成功した試しがない上に、火に油を注ぐ結果にしかなった事しかない。前世の妹にも、今世の姉にも、だ。だが、やらなくても怒られるので、最後まで足掻きたい。
「……あ! そ、そうだ。メベル、バタフライエフェクトって知ってるか?」
「ん? なによ? バタフライエフェクトってあれでしょ? 蝶の羽ばたきで嵐を起こすって言う」
「そう。それだ! 角兎がいても、攻略出来たかわかんないぞ」
「は? 何言っているのか? そういうシナリオなんだからできるでしょ」
よし! 乗ってきた! 後は如何に口車に乗せるかだ!
「人生は些細なきっかけでも大きく着地点を超える。今だって、変わっている。確か、メベル——つまり、主人公は本来はもっと下町出身でバイトを暇なくしないと暮らしていけないって設定だっただろ?」
ゲームの内容自体は知らないが、ゲームのざっくりとしたあらすじは知ってる。ゲームのパッケージの裏で見た。
「あ、うん。そうだけど。そんな貧乏暮らし7歳で卒業してやったわ」
「……え? 7歳で?」
「そうよ。年齢的に登録できないんだけど、親を説得して連れてってもらって親名義でクエストクリアしてたわ」
「すげぇ」
「私はできる事をしたかったのよ。平民の貧乏暮らしは寒いひもじい臭いといい事ないわ」
こいつ、つよすぎぃ……!
それはともかく、本来『きゅんメモ』の主人公——メベルディアは貧乏暮らし。日頃のバイトと言う名のミニゲームをこなして、学費や日常品や装備整えないといけない。
だが、メベルはそれをよしとせず、そのステータスの高さ故に、高難易度のクエストをクリアし、金を貯めた。
「とにかく、メベルはその時点でシナリオから外れているだろ?」
「まぁ、確かにそうだけど、別に本筋からはブレてないわよ。魔力持ちだってわかって、共通ルート通りの学園に入学する事になったし」
「それだ。それが蝶の羽ばたきだ。大きなブレじゃないけど、そのブレはだんだんと大きくなってくる。まず第一にメベルがクリアしたクエストで、金周りが変わった」
「へ? 金?」
そう。金。金はわかりやすく回っていくものなので説明がしやすい。
「そうだろ。本来のメベルディアはクエストに行かない。だから、本筋はそのクエストは別の人がクリアしていた。メベルの家に入った金は本来別の人に入る筈だったんだ。
ほら、もうこれでズレが出来た」
「……でも、それだけじゃない」
「違うって。これはかなり大きい事だぞ。金がなくなれば、その金で買う筈だったものが売れない。売り手と買い手の運命が変わった。まぁ、運命言ってもちょっとしたものだが。それが日々重ねればまた色々とずれてくる。金がなければ他のクエストを受ける。物が売れなければ、別の物を作る。クエストによって助かる人が変わる。作る物が変われば材料が変わる。それでまた影響を受けた人がいる。
ほら、こうして見るとだいぶ変わったろ?」
「まぁ、確かにそうだけど……。結局、ルクスはなにが言いたいの?」
「角兎を助けるイベントが起きなかったように——」
これは俺が原因のようだが、黙っとく。
「今メベルが進んでいるルートは主人公が進んだルートとはかけ離れてるかもって事! ……それなら、あえてルート通りに行かなくてもなんとかなるだろ! メベルが言う通り本筋からはブレてないんだし!」
言いたい事は言った。うん! あとは笑って誤魔化そう。
あははと俺は乾いた笑いを零す。
「それじゃ困るのよ!!」
——瞬間、殴られた。
「ぶべらっ!?」
床を三回ほど跳ねながら俺は転がった。
一瞬、花畑が見えるほどの衝撃だった。
バウンドしながら、床と天井をほぼ同時に見ると言うある種の奇跡を味わってしまった。口の中が切れたのか、血の味がする。痛いと言うか、痛みが熱を持って熱い!
これがチート転生者の力!?
「ご主人!?」
遠くにいたマチェがパタパタと駆け寄ってきた。
「回復魔法!」
マチェの温かな魔法が痛みを緩和していく。
「いてて……」
「あのね、ルクス! アンタから見たらルート攻略なんてどうでもいいかもしれないけどね、こっちは人の命がかかってるの! こっちに転生した以上、もうゲームのキャラじゃないのよ! セーブもロードもない。ここがリアルなの!
——亡くした命は戻らないの!!」
メベルは叫ぶように、言葉を重ねた。
その様子は威風堂々としており、ご主人様に手を出されたのにも関わらず、忠義の厚い筈のイヌがメベルのオーラに負けて動けずにいた。
「だから、私は万全の対策をしないといけないのよ!! みんなを助けるの! 起こらないかもしれないからしないなんて出来ないわ!」
メベルの目は真っ直ぐで一切の淀みがない。だからこそ、俺はなにを言えばよいかわからなかった。
「…………す、すまん」
散々迷って、出た言葉はそれだった。
メベルは俺を睨むが、小さく溜息をついた。
「はぁ……。ごめん。ちょっと我を忘れたわ。はぁ……。確かにアンタのせいではないわね。こっちも焦りすぎたわ」
気まずそうにメベルは頭を掻くと、教会の外に向けて歩き出した。
「め、メベル?」
「少し頭冷やすわ。神獣と縁を結ぶのに、代わりの方法を考えないとだし……。はぁ……」
メベルは肩を落とすと教会を出て行った。俺は止める事が出来なかった。
「……はぁ」
訂正する。止めようとしなかった。
回復魔法を受けたとは言え、身体中痛いし。なにより、
「ふざけすぎたな……」
俺も頭を冷やさなくてはいけない。
メベルが言いたい事もわかる。死を未然に防げるなら、用心に越した事はない。
俺のせいなのに誤魔化そうとしたのは最低だな。
「大丈夫ですか、ご主人?」
「大丈夫だ。回復魔法ありがとな」
心配そうにマチェが俺を覗き込んでくる。不謹慎ながらもへの字に曲がった眉が可愛らしいと思ってしまった。
うん。マチェは癒し!
マチェの頭をくしゃくしゃに撫でる。撫でる度に耳が揺れた。
「あれ? ……マチェ?」
いつもならこうすればマチェは屈託のない笑顔を見せるのだが、マチェはマチェは眉を下げたままだ。
「マチェはご主人を守れませんでした……」
「ん?」
「ご主人が怪我したのにマチェ全然反応できなくて……。め、メベルだから、マチェどうしたらいいかわからなかったんです。わ、わふ……。やりかえせばいいんですか?」
マチェは泣きそうな顔で俺に尋ねてくる。
「いやいやいや!! そんなんしなくていい! ただの喧嘩だ。マチェが気にする事ない」
「でも、マチェはご主人のイヌなんです……」
「大丈夫だって! 俺の事なんだからマチェが気にすんな!」
「マチェはご主人の役に立ちたいです……」
「いいって!」
マチェの忠誠度に俺は若干ビビっていた。
元イヌとは言え、この忠誠度はなんだ? 前はそうでもなかった。メベルと喧嘩して俺が殴られても、マチェは俺らが遊んでいるのかと勘違いして突進してくるようなイヌだった。
「きゅーん……。ご主人、マチェは……」
これ以上はマチェは情けなく鳴いてしまい、言葉になっていなかった。
そんなマチェにそれ以上を俺は無理に聞く事なんて出来なかった。
「あ、ルクスさーん。そろそろ仕事お願いしますねー。後、教会で痴情のもつれ的な想像を起こされると他の方々に私が怒られちゃうんでやめてくださいね。それから、嫁は一人に絞ってください。レティナ教は一夫一妻制でーす」
「なんの話だ!?」
更にブラムから茶々を入れられ、マチェの忠誠の件など流されてしまった。
マチェはその後はいつも通り俺の後をついてきた。特になにか言う訳でもなく、まるでただのイヌになってしまったかのように無口だった。
「……お兄さん、優しいのもいいけど、少しは自重しなよ」
ルコッタだけがニヤニヤしながら、俺を見ていた。
マチェといい、メベルといい、ルコッタといい、最近色々ありすぎだ。ついていけない。
一つ一つ片付けていきたいのに、時間がない。時間がないのは金がないからだ。そろそろ今月の借金の支払いの締め切りが迫っている。
異世界はただ俺つえぇができるだけの都合の良い世界ではない。元の世界と根本が変わる事はないのだ。




