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第1章 2

 浅い眠りの中。昔の夢を見た。


 優秀な両親と特別な姉と優れた弟。そして、平凡な俺。


 異世界転生なのだから、きっとチート的な何かがあるのだと信じていた幼い頃。


 けれど、剣を振えど、魔力を練ろうと、出てくる結果は平凡そのもの。ステータスが低いので当たり前だ。ならばと、スキルに願いをかける。だけど、スキル欄に並ぶのは、コモンスキルのみ。しかも、一個だけ。もう一個くらい会得できるかと思ったが、15年間何をしてもスキルは会得できなかった。


 技術無双と言うのもあるが、電気などの仕組みを知らずに文明を享受してきた俺にはそれは荷が重い。パソコンがどう動いていたのかさえ知らない。


 俺にとってはパソコンが電気で動こうと、妖精が入っていようと動きさえすれば問題はなかったのである。つまるところ、現代の平々凡々の人間が転生しようとスキルに恵まれなければ無双なんてできやしない。


 だからと言って、両親に冷たくされた事はない。姉は優しかった。弟に馬鹿にされた事すらない。両親はよく頭を撫でてくれて、大丈夫だと何度も言ってくれた。姉は特別だった、弟も優れていたが、それでも姉弟で差別された事はない。


 家族はひたすら善良に俺を暖かく包んでいた。


 この時、俺はそれにただ感謝していればよかった。だけど、半端にある前世の記憶がそれを邪魔をする。家族の差異が違和感を生んだ。歳を重ねる毎に捻くれていく俺には優しさは惨めさを生むだけ。


 詰まる所、俺は新しい家族に上手く馴染めなかった。


 宙ぶらりんで平凡な俺はついに家出を決行した——。




 ——ぺろぺろ。


 それが5年前の事。俺はいつしか20歳になった。なにも変わらない。ただ図体がデカくなっただけ。


 平凡なステータスとありふれたスキルを背負って、今日もダンジョンに潜るのだ。日々の糧を稼ぐ為に。


 ——ぺろぺろ。


 別段、不満はない。高望みせずにささやかな娯楽を糧にして生きていくのは楽だ。そうして、毎日は過ぎ去っていく。


 ——ぺろぺろ。


 もうチートは諦めた。だから、ステータス更新はしない。更新すればするだけ平凡な俺のステータスが惨めになるだけだ。


 ——ぺろぺろ。


 俺はただ平凡に生き……。


 ——ぺろぺろ。


 ……てか、さっきから、なんだ? このぺろぺろって……。


「ん」


「わふ、きゅーん」


 あ、マチェか……。


 俺を起こそうとマチェが顔を舐めているに違いない。流石、忠犬。飼い主の寝坊は見逃さないか。……早く散歩に行きたいが為に、俺を起こそうとしているのではないと思いたい。


「ま、マチェ、やめ……」


 俺は目を開ける。ぼんやりと霞む視界。ゆっくりと焦点が合っていく。そして、


「は?」


「わん!」


 ——超絶美少女と目があった。


「は?」


 2回目。


 その少女は、夏の太陽の光のような金髪に、エメラルドのような翠の瞳をしていた。細い首と華奢な肩。小さな手をベッドにかけて、俺の顔にその愛くるしい顔を寄せてきている。しかも、あろう事か、少女はなんの遠慮も羞恥心もなく俺の口と言うか、唇を舐めている。


「ぶっはっ!!?」


 反射的に俺は身体を跳ね起こした。


 脳が状況を理解していくのに従って、心臓が高鳴って胸が痛くなっていく。頬が熱くて、火傷したようだ。


「え、ひゃ、あ……、うあ……!?」


 混乱で呂律が回らない。と言うか、何を言おうとしているのかまったく定まっていない。もはやそれらはただの音でしかなかった。


 俺はなにも考えず後退し、背中を壁で殴打した。加減を忘れた衝突はめっちゃ痛くて涙目になった。


 美少女にキスをされて、こんな情けない姿を晒してしまう事を許してほしい。


 だって、そうだろう?


 いくら、絵に描いたような美少女にキスをされたと言っても、正体不明であれば真っ先に警戒してしまうのが、人間だ。それに美形の正体は異形と言うのは、テンプレだ。サイコロは振りたくない!


 しかも、この少女は全裸だった。白いやわ肌を隠すものはなく、大きく形の良いおっぱいを晒している。異性である俺の視線を受けてもたじろがない。表情すら変えない。いや、むしろ、嬉しそうだ。


 若干、俺を見て、と言うか俺の行動が不思議なのか、小首を傾げているのだが、概ね喜の感情を浮かべている。


「……ぁあわ」


 なにか言わなくては!


 だが、何を言うべきだ? 服? 不法侵入? キス? 言いたい事が多すぎる。


 とりあえず、部屋に見渡しなにかないかと視線だけで探る。


「ま、マチェ……?」


 マチェがいない……!


 この四畳半くらいの部屋で半分近く場所を取るマチェの姿がなかった。


 俺は数少ない俺の拠り所である相棒の名を呼んだ。それこそ縋るように。


「わん!」


「ん?」


 だが、俺の声に反応する声があった。だが、その声は聞き慣れたマチェのものではない。


「ご主人!」


 反応したのは件の美少女だ。満面の笑みを浮かべて、俺にそう言ってきたのだ。


「……へ?」


 ……いや、その……。マジでどうすればいいのかわからない。頭が完全に混乱している。なんかごちゃごちゃして、まともな思考ができない。


「マチェ!」


 とにかく、マチェを! と思い俺は声を上げる。だが、


「はい! なんですか、ご主人?」


 相変わらず聞き慣れたマチェの声はせず、代わりに少女が返事をする。ベッドに手をかけ、ずいと身体を寄せてきている。たわわな胸がたゆんと揺れて、目眩がした。


「………」


 えっと……、これどうすればいいんだ?


 やっべぇ、たゆんたゆんでたわわな絶景すぎて処理が追いつかない。これ、見てちゃダメなやつだよね。後でお金請求されるやつだよね!?


 だが、目が離せない。……母さん、本能に逆らえない不出来な息子をお許しください。


「きゅーん……? あ! 乗ってないです! ベッドに乗ってないです。前足をかけてるだけですわん」


 俺の視線に気付いたのか、少女は慌ててそう否定した。バタバタとしながら、ベッドから手を下ろした。


 マチェにはベッドに乗らないように躾けてある。マチェの体格では安物のベッドは容易く壊れる。だが、マチェはなにかあるとベッドに手をかける。あからさまにベッドに身を乗り出している時がある。後ろ足が乗ってないのでセーフですみたいな顔をして……。


 少女を見ていると、すごすごとその少女はベッドから足を離す。


 少女はそんなマチェと同じ反応をしていた。


「そうじゃない。それが言いたいじゃない……。ん?」


 そこで、ふと気付いた。いや、ようやく気付いたと言った方がいいか。


「ま、マチェ……?」


 俺は”祝福”(ギフト)について、考えが至ったのだ。俺はその考えを元にその少女に改めて声を掛ける。


「はい!」


 少女はやっぱり、嬉しそうに返事をした。


 この世界には”祝福”(ギフト)と言う現象がある。端的に言うと、ある日突然、女神からランダムにバフがかかる。人間であれば、ステータス向上。レアスキルの取得。など。魔族であれば、何故か人型になる。しかも、超美形。


 それがSSRを引くような確率で起こる事がある。


「本当にマチェか……?」


「マチェです!」


「まじか……」


 つまり、この美少女はマチェが”祝福”(ギフト)を受けた姿って事になる。


 よくよく見れば、少女の髪色とマチェの毛の色が同じだ。瞳の色もまた同じ。そして、床につくほど長い髪に紛れて、少女の頭には耳がある。マチェと同じピンと立った三角耳があった。長い髪の間から尻尾らしきものがぴょこぴょこと忙しなく動いている。


 つまり、さっきのキスはキスでもなんでもなく、マチェはただ純粋に起こそうとしてただけ。うわぁ、色気も何もない!!


 マジかよ。マチェがSSR引きやがった。……いや、違うか……。


 イヌの魔族で”祝福”(ギフト)がもらえるのは1歳前後と言われている。マチェはもう2歳。2歳を超えたら、確率はほぼ0と言っていい。


 実質、SSR二枚抜きみたいなもんじゃねぇか! なんだ、この運は!?


 明日事故る系?


「ご主人!」


 とりあえず、今のままでは色々とよくない。美少女が全裸なのは健全な男子たる俺には毒だ。女の子用の服がないのでシーツを被っているようにマチェには指示。


「マチェ」


「はい!」


「マチェ」


「はい!」


 この後、どうすればいいのかわからないので、とりあえずマチェの名を呼ぶ。未だに信じられないので、確認の為だ。


 名前を呼ばれたのが嬉しいのか、さっきから少女——もとい、マチェは上機嫌だ。


「ご主人、どうしたんですか?」


「いや、マチェだって、信じられなくて……」


「む! ご主人、マチェが寝てる間にサマーカットにしといて、マチェがマチェだってわからなくなったって言うんですか! やっぱり毛を刈り過ぎなのです」


 マチェはムッと顔をしかめた。しかめたと言っても頬が膨らんでいて可愛らしい。むくれている、と言った方がいいかもしれない。


「サマーカットッ!?」


 マチェの予想外の言葉に俺の声は思わず裏返った。

「そうでしょう! 頭とお尻に毛がある。なのにお腹や背中に毛がない! これをサマーカットと言わずになんと言うのでしょうか! わんわん!!」


 マチェはサマーカットが嫌いだ。イヌ族の中でもマチェの属するリトリー種は長毛に当たる。だから、暑い時に毛を刈っている——サマーカットにしている。


 確かにイヌにとって、毛皮は鎧だ。切れば、VITとMDEFにマイナス補正がかかる。だが、下がるからと言って切らなければ、熱中症にかかる。


 回復魔法(ヒール)は外傷は治すが、熱中症などの内部の病気は治せない。一部治せる魔法もあるらしいが、そんなのSSRスキル必須になる。一般人にはおおよそ無理だ。


 まぁ、それは置いといて、常に熱中症の危険に晒すより、防御が下がってもサマーカットにした方が効率がいい。しかし、それは俺の事情。


 マチェはサマーカットが嫌いだ。去年、サマーカットにしたら、情けない声で鳴いた。


「寝てる内にサマーカットにするなんて、ヒドイです!」


「待とう、マチェ」


「はい! 待ちます。待ったら、お散歩ですか?」


 聞くや否やぴっちりと座り直して、マチェは今が最高に幸せだと言わんばかりに微笑んだ。


 やだ。この子、切り替えめっちゃ早い。


「散歩はまだだ」


「ご飯ですか!?」


「うーん。それもあるけど、お話聞こうな」


「はい!」


 うん。いい返事。


「俺はマチェにサマーカットはしていない」


「なんと!?」


 マチェの耳がピクンと跳ね上がる。


「ご主人がサマーカットしてないとなると……。マチェはハゲたんですか? イヤです。そんなのイヤですぅ……。きゅーん」


「違う。マチェ、今俺と会話が通じるのはなんでだと思う?」


「会話? ご主人とおしゃべり、楽しいですわん!」


「ははっ、マチェはなんでも楽しむ天才だなぁ! でも、違う!!」


「違う……? わふ?」


 マチェはコテンと小首を傾げた。その時、ちろりと舌が出ていた。


「マチェは“祝福”(ギフト)を受けたんだ。それでマチェの姿が変わったの。だから、俺と言葉も通じる」


「………」


 マチェはまたこてんと小首を傾げた。


 わかっていない。


「……わふ?」


 今度は反対側にこてん。


 まだわかってない。


「……わ、わん!」


 ようやく理解したのか、マチェは飛び上がった。それ即ち、被っているだけのシーツが重力に従って落ちる。


 たわわがぽろん。


「バッ!?」


「ご主人! マチェ、“祝福”(ギフト)をもらいましたー! わんわん!」


 マチェは理解すると同時にテンションがフルMAXになってしまったらしい。ここがベッドだと言う事も忘れて、飛びかかっていた。


 全裸で。


「前! 前!」


 や、ヤバイ。い、今手に当たった。柔らか過ぎ! いや、手どころか身体にたわわが押し付けられてるよ!! やばい! 柔らかさと心地よさで天に召される! 意識が持ってかれる。


 マチェには跳びかからないように躾けてある。だが、今のマチェはテンションが高すぎて、その事を忘れてやがる。


 そして、マチェは遠慮なく、俺の胸に頭を押し付けようとしてくる。本人にその気は無いのだろうが、俺にはそうとしか思えない。


 ひぃん、おっぱいの山に溺れる! 嬉しいがやばい。


「ご主人も人。マチェも人。これでマチェはご主人とケッコンできます! ケッコンしましょう、ご主人!」


「落ち着け、マチェ。とりあえず今は前を隠そうな!」


 あくまでクールに紳士を装う俺。イヌ状態なら別段どうって事ない。ただのイヌだ。


 でも、今は“祝福”(ギフト)持ち。美人! 女体! 健全なる男子は意識せざる得ないのですよ!

 とりあえず、シーツを巻きつけてマチェの前を隠そうとする。だが、


「シーツぐるぐる遊びですか!?」


 いつもの遊びが災いした。いつも俺はマチェにシーツを巻きつけて、マチェがそれから勢いよく抜け出すと言う遊びをしていた。部屋が狭いので取ってこい遊びとかができないので、どうしても簡単な遊びになってしまう。


 だから、マチェは遊びだと思ってしまったのか、勢いよくシーツから抜け出したのであった。


 慌てているので、なにも考えずに俺は何度も何度もシーツを巻いた。その度にマチェのテンションが上がった。その結果、ドタバタ騒ぎのなってしまう。


 そして、騒ぎを聞きつけた大家さん駆けつけ、全裸少女と戯れているように見える俺は物の見事に誤解された。


 後に待て(・・)をすればよかったと思った。そうすれば、マチェは止まった筈だ。




「ご主人、今回のサマーカットすごく下手です! 肉球まで切られてます。きゅーん……」


 変わってしまった己の手を見て、マチェは不満そうに声を上げる。


「だから、サマーカットじゃないって……」




 SSR二枚抜きしようが、イヌはイヌだな……。

2話目です

やっとこさ、ヒロインが本格的に登場

1話目はまだイヌだったのでほぼ空気でした

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