2章 4
結局、俺はメベルに付き添い、近くの森までやってきた。
報酬になかなかいい金額を提示されたら、借金暮らしの俺が食いつかない訳にはいかない。
ちなみにマチェは教会でバイト続行。
『午後から視察が入るんです! マチェさんのような、“祝福”持ちが働いているところ見せると分け隔たりない教会だと、外部にアピールできるんです! 結果、私の評価が上がるんです』
と、ほざくブラム。
勝手にマチェをブラムのアピール素材にしないでほしい。
まぁ、角兎相手だと、今のマチェの強さでは生け捕りは難しいので置いていくのは問題ない。
誘拐とか、そういうのは心配なんだけど!
そこは教会が保証してくれるとのことで、俺はきゅーんと鳴くマチェを泣く泣く置いてきたのである。
「で、メベル。なんで角兎なんてほしいんだ?」
「攻略に必要なのよ」
「は? ダンジョンの?」
申し訳ないが変な声が出た。ダンジョンに角兎が必要なとこあったっけ? 生き餌とかに使うのか?
「違うわよ! 『きゅんメモ』においてとある角兎は重要な役割を果たすの!」
「ほう」
曰く、『きゅんメモ』の主人公はある日一匹の角兎を助ける。他の魔物に襲われたのか角兎は火傷を負っていたのだ。角兎は献身な主人公の世話の元、怪我を癒していく。
そして、怪我の具合を見る為に主人公は角兎を散歩に連れ出す。すっかり元気になっていた角兎は駆け回り、ついうっかり教会の私有地に入り込んでしまう。主人公はそれを追っていき——、
「——神獣と出会うの。青龍の神獣——シシェシカ・フォン・ミゼルドリッド」
「………」
「神獣は勝手に入ってきた主人公を咎めず、竜にビビって逃げた角兎を一緒に探してくれるの。で、その道中お喋りするうちに仲良くなってくの。これが後々のエンドへ繋がっていくのよ」
「…………ほう」
いや……、その……。そうか……。
なんて言うかめちゃくちゃ複雑。
「どうしたの、なんか車に潰されてペチャンコになった蛙みたいな顔して」
「どんな顔だよ!? ……いや、なに、そのなんだ……。俺は乙女ゲームの知識がねぇからこんなもんかって思っただけ」
「ふーん。とにかく、角兎が必要なのよ。本当はもっと早い段階で角兎と会う筈なんだけど、何回この森に来ても火傷した角兎がいないの!!」
メベルはむきぃと地団駄を踏んだ。
「もうこうなったら、自演でもいいから、角兎を手に入れようとしたんだけど、どうも上手く手加減できなくて……。私レベルになるともう角兎では素材回収すらできないのよね」
「こえぇよ」
「ゲームの時はそんな事なかっただけどなー! 手加減って難しいわ」
とか、雑談をしながら、角兎を捜す。メベルが索敵魔法を使っているが、何故かいない。
別のパーティーに狩られたか?
森狩りをしたと言う話は聞かない。それに静か過ぎる。鳥すらいない。まさか大型の魔物でも潜んでいるのだろうか? でも、そんな大型の魔物がいるのなら、メベルの索敵魔法に引っかかってる筈。
……わからん。まぁ、メベルが気にしてないし、いいか。なにかあってもメベルがなんとかするだろう。
チートになれなかった俺はモブとして異世界を生きます——よし! これで行こう。モブで良いのだ。面倒だし。
「そのへんはゲームだからな。システム通りとはいかんだろ。……てか、一ついいか?」
「なに?」
「その角兎ってなんで火傷してるんだ? このへんに火属性なんていないだろ」
「スライムがいるじゃない。弱いけど、あれに包まれれば火傷くらいするわよ」
「あー」
そうだった。この前もいたな。と言うか、倒した。
……ん、倒した?
「……メベル、ちなみにゲーム中ではいつ頃起きるイベントなんだ?」
「え? うーん、こっちで言う一ヶ月くらい前?」
そう一ヶ月ほど前と言うと、俺がマチェとスライムを倒した頃だ。
あ、俺、なんかしちゃいましたかー?(棒読み)
「どうしたの?」
「……な、なんでもないデスヨー。とにかく捜そうぜ。急がないと日が暮れる」
「そうね」
メベルは少し不思議そうにしていたが、なにも聞いてくる事はなかった。
俺はメベルに気付かれないように溜め息をついた。
バタフライエフェクトと言う言葉がある。蝶々の羽ばたきでも嵐を起こせる。とかなんとか。ようは、些細なきっかけでも、連鎖が繋がれば大きな事件になると言う。
俺なんか、シナリオを狂わせた?
「………」
いや、ないない。
俺が倒したスライムの一匹が、ゲームの本筋に関係するとか思わないじゃん。と言うか、知らなかったし。それに俺が倒したスライムが本筋に関係するスライムとは限らないしー。
「いないわねー」
メベルの後ろ姿を見ながら、俺は——、
この事は忘れる事にした。
知らない知らない、らららー。
よし! 角兎を探すぞー。
「なぁ、メベル。一応、ゲームのこの先のシナリオって聞いていいか?」
「え? いいけど、なんで?」
「ゲームのシナリオって事は、この世界に関わる事だろ? 俺も聞いておきたい。なんかあるとめんどくさいし」
また、なんかしでかしたらヤバイしー。まぁ、そうそう、やらかさないだろうけど!
「確かにそうね。えっと、色々と長いし、ルートによってイベント変わるから、全ルート共通のラストだけ話すわね。ラスト付近になると、私が通う学園——イセリア魔法学園に聖女が転入してくるの」
以下の流れはこうだ。
女神の“祝福”を意図的に付与できると言うこの聖女。実は黒き神を祀る邪教ヴィクティカの差し金だった。その“祝福”は一時的に能力を高めると言うバフにしか過ぎない。しかも、その代償に身体にかなり負荷がかかるらしい。で、色々あって主人公は攻略キャラと共に聖女の正体を暴いていく。結局は、その聖女もヴィクティカに騙されていただけであり、そのバフを付与できるのは彼女の力ではなく、とあるアイテムによるもの。
「それで、追い詰めているうちに聖女がそのアイテムを用水路に投げちゃうのよねー。それでそのアイテムを拾うのがノヅチなのよ。ノヅチはバフの効果で竜に変化。それで、そのノヅチ竜を倒すのが、ラストバトルになるわ」
「ノヅチ……?」
最近、どっかで聞いたぞ。
「そう。あ、ノヅチがダンジョンの外にいる訳ないって言いたいの? 結界の張り替え間際は結界が緩むから出てきちゃったみたい。それで力に吊られて食べちゃったみたいなのよ!」
「………」
そういえば、この前、俺らを襲ったノヅチも結界が緩んだせいで出てきたっぽいな。
……俺、なんかしちゃいましたか(二回目)。
いやいやいや!! それはないない!
俺はやらかしてない。それにノヅチは倒したのは俺じゃない!
だから、俺、やらかしてないよね……?
「どうしたの、ルクス? 顔色悪いわよ」
「な、ナンデモナイデスヨー」
脂汗がひどい。
お、俺のせいじゃない!!
やだなぁ、もう! モブな俺が大層な事やらかす訳ないじゃないですかー!!