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第2章 2

SIDE: とある姉の話②




 紹介が遅れた。わたしの名はシシェシカ・フォン・ミゼルドリット。異例の若さで青龍の肩書きを受け継いだ風の神獣である。


 わたしの悪い癖は後先を考えずに自分の感情を優先してしまう事だ。


 竜族と言う高位の魔族。先代神獣である母の元に産まれ、わたしは生まれながらその力を受け継いだ。そして“祝福”(ギフト)持ちである。


 お母様たちの時代は鎮守の杜の向こうに住んでいたようだ。だけど、わたしが特殊な“祝福”(ギフト)を得たからなのか、理由はわからない。とにかく、わたしたちは小さい頃から神官たちの用意した人里にほど近い屋敷に住んでいた。だから、竜族にも関わらず、わたしたちの周りには沢山の人間がいた。


 竜族は女神レティナが愛した種族。高い能力を持つ。だが、その能力の高さ故に、他の種から畏怖されているのが常だ。だから、周りに人がいると言うわたしの代は異例と言えた。


 周りの大人——神獣に仕える神殿の神官は幼い頃から将来神獣になるであろうわたしを持ち上げた。逆に何の力も持たない弟への風当たりは強かった。


 でも、わたしは思うのだ。真に神獣になるべきはるーちゃんの方ではないかと。


 るーちゃんは優しい。わたしよりも色んな事を知っている。わたしに大事な事を教えてくれるのは、いつもるーちゃんだった。


『算数きらい!』


 勉強から逃げるわたしにるーちゃんは言う。


『ねぇ、しーちゃん。しーちゃんは音楽好きだよね。しーちゃんが好きな音楽も算数なんだよ』


 その様子は同じ子供には思えなかった。わたしにお話しかける声は優しくて、まるで自分よりも幼い子に話しかけるようだ。


 わたしがお姉ちゃんなのに。


『へ?』


『算数と言うか、これは数学なんだけど……。しーちゃんの竪琴の糸。一オクターブ違う糸は長い方の糸は短い方の糸の丁度二倍だよ』


『そうなの? 測ってみる!』


 るーちゃんの言う通りだった。糸の長さなんて今まで気にした事がなかった。


『るーちゃん、すごい!』


『すごくない。これを見つけたのは昔の数学者。音楽を作ったのは数学者ピタゴラス——えっと、算数のすごい得意な人なんだよ。……この世界(・・・・)でもそうかは知らないけど』


 時折、るーちゃんは変な事を言う。


『芸術も算数なんだ。黄金律に沿うと綺麗な絵が描けるって言われてる。……俺は絵が描けないけど』


 ぐるりと渦を巻くような線——黄金律。紙に書かれたそれを家の絵画に合わせてみると、すごいと言われる絵はその渦に沿っていた。


『体育だって、算数。ボールを投げたらあげた所から一番高い所までと、一番高い所から落ちるまでは鏡合わせなんだ。弧を描くようになっている。そうやって考えると、落ちる場所だって、計算ができる』


 横から見た放物線を描くボール。るーちゃんの言う通り、鏡合わせの線を描いていた。


 るーちゃんが色んな事を教えてくれたから、わたしは勉強に興味が持てた。


 知識はわたしを助けてくれる。神獣だからと決断を迫られるシーンでも、誰かに判断を丸投げせずに自分で考える事が出来た。歳を取れば取るほど、るーちゃんの凄さがわかってくる。


 るーちゃんはこんなにもすごい!


 なのに、わかってくれる人は少なかかった。みんな、るーちゃんを過小評価する。そのせいか、るーちゃんはいつもつまらなさそうな顔をしていた。


 ……あぁ、でも、るーちゃんが家を出て行ったのはわたしのせいだ。本当に出てくなんて思っていなかった。るーちゃんがいなくなるなんて考えた事もなかった。


 15歳の成人の儀。神獣であるわたしの成人の儀は大々的に行われる。


 その祭りの前日、事件が起きた。


 ベウが殺されかけた。


 わたしへの祝い品の中に、高純度の魔力に反応して爆発する宝石が入っていたのだ。それをベウが遊んで出してしまった。そして、事件は起きた。


 咄嗟にるーちゃんがベウの手から宝石を引き剥がしてくれたので、大事には至らなかった。


 でも、血だらけになったベウの姿を見て、わたしは我を失った。


 祝い品はわたし宛。だから、狙われたのはわたしだ。でも、そんな事はどうだってよかった。


 ベウを傷つけた奴が憎かった。殺そうと思った。


 視界が真っ赤に染まって、頭が真っ白になっていた。気が付けば竜化しており、竜化したわたしより小さい屋敷は壊れていた。あっという間に非力な人間は吹き飛んで瓦礫にまみれた。


 ベウを傷つけた奴が憎い。でも、わたしはそれが誰か知らない。だから、聞いた。


『あ、あいつだ! あの庭師がやったんだ!』


 誰か叫んだ。


『そうだ。あの庭師が変なプレゼントを置いてた』


『お、俺も見た!』


 次々と誰かがそう言ったから、わたしは信じた。


『ち、違いますっ。わ、わしはやってない……』


 庭師である古ぼけた老人が涙ながらに否定する。今思えば、この老人に動機がない事は明白だった。子供も妻もおらず、ただ黙々と仕事をこなす勤勉な老人だった。


 でも、その時のわたしにはそんな事どうでもよかったのだ。


 この怒りのぶつけどころさえあれば!


『やめろ! 姉さん!!』


 るーちゃんが叫んだ。竜化しているわたしの前に飛び出して、両腕を広げた。ただわたしをまっすぐ見てた。


 この頃にはるーちゃんはわたしを『しーちゃん』と呼ぶ事はなかった。わたしよりも一足早く大人になったように、『姉さん』と呼ぶ。


 小さい頃はそう呼ばれたかった。そう呼ばれる事が出来れば、るーちゃんに認められるような気がした。


 でも、今は寂しい。それをるーちゃんに言わないのはわたしだけが子供っぽく思えて嫌だったから。この頃、反抗期であるわたしはるーちゃんと距離を置いて、なにかある度に喧嘩していた。


 喧嘩の理由は簡単。いつも突っ走るわたしをるーちゃんが止めるから。


『退いて!!』


 竜の姿では小回りは利かない。老人を殺そうとすれば、るーちゃんごと殺す事になる。


『退けない』


『そいつはベウを殺そうとしたの! だから、わたしが殺すの!』


『尚更、退けない』


『退いて! ねぇ、退いて! どうして、いつもるーちゃんはわたしを止めるの!?』


『この人が犯人だって言う証拠はない』


 怒り狂うわたしに対してもるーちゃんは怯まず、いつも通りわたしに言い聞かせるように理由を説明する。


『犯人なの! だって、みんなそう言った!』


『みんなが言うからって真実じゃない! いいから大人しくしろ!!』


 るーちゃんが怒鳴った。いつもは優しく諭すのに、怒鳴った。


 わたしの身体は馬鹿みたいに震えた。


『ど、怒鳴らなくてもいいじゃん……。酷いよ……。わたしはベウの為にしているのに!!



 るーちゃんなんて大っ嫌い!!』



 嘘。


 本当は大好きだ。でも、るーちゃんに怒鳴られた事がショックだった。泣き出す代わりにわたしは感情をぶちまける。


『……このままじゃ、ベウが死ぬぞ』


 溜め息混じりにるーちゃんは言う。その瞳は冷え切っていて、少し怖かった。


『え? ベウが、し、ぬ……?』


 怒りのあまり、一番大切な事がすっぽりと抜け落ちていた。


『医者を呼ぶのにお前が邪魔なんだよ!! 竜族の力が周りに及ぼす影響を考えろ!! お前のせいで誰も寄り付けねぇんだよ! 俺が大嫌いなら消えてやるから、今は大人しくしろよ、馬鹿! ベウが死んでもいいのかよ!?』


 言われて気付く。わたしを遠巻きにみる目は怯えきっており、正気の色はない。圧倒的な力の差に恐慌状態だった。


『ひゅい……っ。やだ。死んじゃやだぁ……』


 わたしは泣いた。それと同時に身体が人へと戻っていく。


『なら、最初っから大人しくしとけ! 犯人探しなんかどうでもいい事を優先すんな。ベウの方が大切だろう!』


 いつもなら、優しく慰めてくれるるーちゃんはわたしを素通りして、ベウを抱えて医者に運んでいった。


 るーちゃんにここまで怒られたのは初めてだった。怒鳴られたのも初めて。更にベウが死ぬのも怖くて、わたしは泣くしかできなかった。


『シシェシカさま、どうか泣き止んでくださいまし。ベウロード様は我が神殿が誇る治癒術師が必ずお助けします。あの穢らわしい養子(・・)の言葉などに、耳を傾ける事はありません』


 神官の言葉もわたしには届かない。力はないが、“祝福”(ギフト)にまみれたるーちゃんを勝手に養子だとか思ってる神官なんてどうでもいい。


 わたしはるーちゃんに許してほしかった。るーちゃんにこそ、慰めてほしかった。


 後日、やはりあの老人が犯人ではない事が証明された。老人が犯人扱いされたのはわたしへの生贄。わたしの怒りが鎮まれば誰でもよかったのだ。だから、弱い人はより弱い人にに矛先を変えたのだ。


 犯人は白き神レティナに対抗する黒き神ヴィクトリカを祀る宗教団体——ヴィクティカだった。最近きな臭い話題が多いヴィクティカ。神殿とも軋轢が生まれていると聞く。


 でも、そんな事どうでもいい。


『ごめんなさい!』


 そう叫んだ所で聞く人がいなければ、意味はない。わたしはるーちゃんに謝る事が出来ずに次の日を迎えた。


 次の日は成人の儀。付き人が勝手に準備を進めてく。わたしは抵抗する気力もなく、為すがままだった。神獣の成人の儀はこの世界にとって重要な儀式。おいそれと日をズラせない。


 わたしはただぼうっとしていた。そうすれば、るーちゃんが迎えに来てくれ気がした。


 だけど、わたしがその日以来るーちゃんの姿を見る事はなかった。


 るーちゃんは言葉通りに消えてしまった。儀式と後片付けのゴタゴタの最中、るーちゃんはいつの間にか消えていたのだ。


 力のないるーちゃんは誰にも注目されない。だから、るーちゃんを愛する家族以外るーちゃんが消えた事に気付かなかった。


 ただお父様だけはるーちゃんが出ていくのを知っていたようだ。お父様に何故止めないのか聞いてもお父様は答えてくれなかった。


 人型になれない代わりにとても大きな身体を持つ竜族。それがお父様。寡黙でいつでも全てを見知ったかのような反応をする。そんなお父様はただ、


『ここではあの子には狭すぎたのだ。あの子は我らが愛し子。祝福の子……。守る事が出来なかった……』


 泣いていた。そんなお父様を始めてみた。


 ——それから5年間、わたしがるーちゃんに会う事はなかった。


 謝りたくても、もうるーちゃんはそばにいない。本当にいなくなるだなんて思っていなかった。


 嫌いじゃない。好きなの!


 いくら叫んでもるーちゃんにはもう届かない。




 神獣であり、青龍の肩書きを持つながらもシシェシカ・フォン・ミゼルドリットは愚かだ。



 今日もわたしは白い花を抱く——。

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