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第2章 1

SIDE: とある姉の話①


 弟は『天才』だった。


 周りの大人はわたしを『天才』だと言ったが、本当は弟の方が『天才』だった。


 それに周りが気付く事はなかった。幼かったわたしも含めて……。


 ある日、わたしは小鳥が巣から落ちているのを見つけた。巣立ち前でまだ飛べず、親を求めてピーピーと声をあげていた。


 僅かな魔力しか持たないか弱い小鳥。


 わたしは巣に戻してあげようと提案する。だって、可哀想だった。哀れだったのだ。身を守る術すら持たないこの小鳥が。


 お付きの大人もそれに賛同する。


『流石、シシェシカ様はお優しい』


 そんな言葉にわたしは舞い上がってしまう。でも、


『ダメだよ』


 弟だけがそう言ってわたしを止めた。


『どうして?』


『匂いがつくから。俺たちの匂いがついたら、もう親鳥が来ない』


『どうして?』


『鳥は警戒心は強いから。他の匂いがしたらもう来なくなる。しーちゃんの——竜族の匂いは特に強いからダメだよ』


 ただ『どうして?』と繰り返すわたしに弟はしっかりと理由を説明してくれた。だけど、わたしは理解していなかった。


 その当時のわたしは本当に愚かだった。


 森の動物たちがわたしを避ける理由をわかっていなかった。


『大丈夫だよ、るーちゃん』


 わたしは弟の制止を振り切って、小鳥を拾いあげる。パッと人型から竜に転身する。髪と同じ蒼いうろこをした大きな竜。長い身体が自慢の竜になったわたし。するりするりと空中を滑るように、小鳥を巣に返した。


『ピチチチ……!』


 激しく鳴く小鳥。怯えたように巣の中で縮こまっていた。


 それでも、わたしの心は満足感でいっぱいだった。助けたと言う行為にわたしは浮かれていた。


 お付きの大人はわたしを褒めると同時に弟を非難していた。情けがないと。慈悲の心がないのかと。


『………』


 弟はただ面倒臭そうに何も言わなかった。


 翌日、小鳥は死んだ。


 その夜は雨だったから、きっと寒さに震えて死んだのだ。竜族の匂いがついた小鳥の元に親鳥が帰ってくる事はない。親鳥がいなければ、小鳥は簡単に死んでしまう。


 でも、その小鳥が死んだと知るのは3年も経った後。わたしは自分の愚かさを知るまでにそれほどの時間が必要だった。


 小鳥を巣に戻した翌日、その巣はなくなっていたのに!


 弟は朝早くから出かけて、怪我をして帰ってきたのに!


 巣があった木の根元に、掘り返した土が盛り上がっていたのに!


 わたしはなにも気付かなかった。弟の優しさに気付く事がなかったのだ。


 弟は雨で小鳥が死んでしまう事をいち早く察知した。そして、わたしが気付く前に、小鳥を埋めに行ったのだ。弟はわたしと違って竜化できない。おまけに雨で木が滑りやすくなっている。なのに関わらず木に登り、そして落ちた。それでも小鳥を埋葬して、わたしになにも言わずに何食わぬ顔でその後も接していたのだ。



 わたしが泣かないように——。



 わたしが過ちに気付いたのは、末の弟——ベウが同じように落ちた小鳥を見つけた時だ。


 わたしもベウも小鳥を巣に戻そうとする。だけど、弟——るーちゃんだけがそれを止めた。また同じように『どうして?』と問うわたしたちを理由を説明する。


『うん。わかった。べうはひろわない』


 わたしとは違い、ベウは意味はわかってなくてもるーちゃんの指示に従っていた。それがすごく癪に障った。


 ベウはわたしの言う事は聞かないのに、るーちゃんの言う事には素直に従った。姉はわたしなのだと幼い自尊心が主張する。ベウはわたしの言う事も聞くべきだと思っていたのだ。


 でも、今回は事情が少し違った。小鳥が落ちた理由は蛇に襲われたからであり、親鳥が小鳥を庇い死んでしまっていた。


 るーちゃんは仕方なさそうに小鳥を拾った。嫌そうだった。とても嫌そうだった。


 そんなるーちゃんはお付きの大人にまた心がないと陰口を叩かれていた。幼いわたしもそうだと同意する。


『そうだね』


 るーちゃんはあっさりと首肯した。


 でも、るーちゃんはテキパキと小箱に布を詰めて寝床を作り、それから本を広げた。小鳥の生態を調べた。きのみを集めて、すり潰すと言う作業を何度も繰り返した。


『めんどくさい』


 最初こそ手伝っていたが、わたしは途中で飽きた。きっと、わたしが拾っていたら、小鳥について調べもしなかっただろう。わたしはその場の行動で満足してしまうから。


『ねぇ、るーちゃん。きのみは元々小さいんだから、そのままあげちゃえば?』


『しーちゃん、無理だよ。小鳥の口は小さいんだ。このままじゃ飲み込めない。しーちゃんも竜の時はステーキを丸呑みに出来ても、人型の時は切り分けないとステーキを食べれないだろ? それと一緒。口の大きさが違うんだ。こんな小さいきのみでも小鳥には大きい』


 るーちゃんは説明してくれた。でも、わたしは理解しない。


『うぅ、めんどー』


『あきたなら、おねーちゃんはもういいよ。べうとおにーちゃんでやるから!』


 ベウの言葉にカチンときた。


 ベウはいつもるーちゃんの後を追っている。わたしと一緒だとだだをこねるのに、るーちゃんと一緒だととてもいい子だった。


 ベウはわたしよりもるーちゃんが好きだった。同性だからとかではなく、純粋に兄を慕っていたのだ。


 わたしだって、お姉ちゃんなのに!


『わたしがお姉ちゃんなの! わたしがやる!!』


 わたしは二人から小鳥を取り上げた。小箱を抱えて、部屋に閉じこもる。


 わたしだけで出来るんだって、証明したかったのだ。だから、部屋のドアを叩く弟たちを一切無視して、わたしは小鳥の世話をした。


 だけど、それは世話とは言えなかった。


 小鳥はその日のうちに餌を喉に詰まらせて死んだ。


 理由は簡単。わたしが面倒くさがって、きのみを潰さずにあげたからだ。


 わたしは大泣きした。


『ごめんなさい』


 そう何度も繰り返した。でも、それは死んだ小鳥ではなく、わたし自身の罪悪感に対してだ。子供だから、泣けば許されるとどこか無意識のうちにそう思っていた。


 無邪気で、なんて悪質な打算。


 お付きの大人は仕方がないとわたしを慰める。お父様もお母様も、小さな生き物だから仕方ないと言う。だけど、るーちゃんだけが、静かにわたしに言うのだ。


『しーちゃん、命を預かるのは、ごめんなさいじゃすまないんだよ。謝っても、命は戻らない』


 怒る訳でもなく、るーちゃんはわたしに言った。るーちゃんが言ったのはそれだけだった。


 るーちゃんは溜め息をついて、小鳥を埋めに行く。その様子が手馴れていたから、わたしは何故か聞いたのだ。


『そ、そそ、そんな事ないよ』


 るーちゃんは嘘が苦手だ。問い詰めたら、言いにくそうに最初の小鳥の件も話してくれた。


『はぁ……。優しいだけじゃ、足らないんだよ。相手が本当に欲しいものを見極めないと』


 その日、わたしは自分の愚かさを知った。

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