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第1章 13

「マチェだけでも逃げろ!!」


 俺はマチェだけでも逃がそうと、その身体を押しやる。突き飛ばされたマチェの小さい身体が宙を舞う。


 マチェなら俺がいなくても大丈夫。“祝福”(ギフト)持ちのマチェなら、引く手数多だ。それに自体を知ればコポルさんなら、なんとかしてくれる。


「ご主人っ!?」


 その時、デジャブが俺を襲った。


「——!」


 迫るライト。高速で迫ってくる鉄の塊——自動車。ガラスの向こうで眠っている運転手。びっくりして固まってしまった愛犬。そんなに距離がない筈なのに、横断歩道の向こう岸はどこまでも遠かった。


「あ……」



 ——そうだ。



 俺は前もこうやって、車の進行上にいる前の世界の愛犬(ちくわ)を押し出したんだ。


 そして、死んだ。


 ……俺、また死ぬのか? また短かい生だった。今回も前と同じ当たり障りもなく、可もなく不可もない。ただただ何もない人生。


 やだなぁー……。何もなくても、よかった。ただ最後まで生きて、平和に過ごして、平凡に恋をして、結婚して、子供を作って……。そして、最期はいい人生だった、と振り返りたかった。


 それがまたこんなところで終わってしまう。


 今回こそはって思っていたのに……。


 危機が迫った脳が最期の時を間延びさせていく。でも、確実に死が——ノヅチの身体が迫ってくる。


「ご主人、やだ! ご主人! マチェはなにも出来ないなんてやです!!」


 マチェが叫ぶ。涙の粒が宙に散っていく。


 キラキラと光っていてとても綺麗だ。麻痺した心でそう思う。


 大丈夫だ。マチェは何も出来なくなんてない。ただ、できる事がまだわかってないだけで——。


「マチェは——、ご主人のお役に立てるようになるんです!!」


 風が溢れた。


「!?」


 今まで以上の強い風。もう暴風のレベルじゃない。目には見えない力の塊。風の魔力が辺りを包んでいく。魔法にもなれない圧倒的な魔力の塊が、ノヅチを吹っ飛ばした。あまりの風圧に地面から下半身がすっぽ抜け、巨体が空を舞う。


「なっ!?」


 ——なにが起こっている?


 マチェを中心に風が溢れていく。


「出来ないのは嫌! マチェはお役に立つんです! 出来る事を探すなんて言ってられないんです。



 今すぐにマチェには出来る事(・・・・)が必要なんです!!



 マチェに出来る事がないなら、マチェが出来るようになればいい!

 マチェに足らないなら、マチェに足せばいいんです!!」


 なんだ、そのとんでも理論!?


「あ、ふぇ……?」


 溢れていた風がマチェを中心に集まっていく。まるで竜巻だった。


「な、なにが起こってるんだ……?」


 俺は突風に立っていられず、地面に尻餅をついた。


「今のマチェに爪がないなら、爪を作ればいいんです!!」


 マチェが風をまといだした。その風が魔力をまといマチェの手へ——指先で渦を巻いてまとまっていく。


「風の、爪……?」


 竜巻が小さくなって、マチェの爪になっているかのようだった。


『———!』


 地面に叩きつけられたノヅチが明確に敵意を持ってマチェを見ていた。目はない筈なのに強い視線が身体を焼くようだ。嫌な汗が流れる。


「ご主人をイジメるなんてマチェは許しません! わん」


 だけど、マチェは怯まない。


 マチェが駆ける。向かってくるマチェに向かって、ノヅチはその胴体をしならせる、巨大な鞭がマチェを——地面を叩く。だが、ノヅチよりもマチェが速い。サッとノヅチを避けると、マチェはその風の爪でノヅチの胴体を斬り裂いた。


「うへぇ!?」


 思わず、変な声が出た。


 小さなマチェの手にも関わらず、ノヅチの胴体が根菜のようにスパッと切れていた。変な液体が飛び散るが、疾るマチェを濡らす事はない。圧倒的なステータスの差だった。


 今になって、SSRが覚醒した、だと——!


「嫌い! 嫌いです! ご主人をイジメる奴は嫌いです!! わんわん!」


 でも、当の本人ポロポロと泣いていた。泣きながら、マチェは爪を振るっていた。子供がワガママを言うようながむしゃらな感情をただひたすら叩きつけているようだった。


 ノヅチの粘膜装甲も覚醒したマチェの前では紙のようだった。ノヅチは何度も身体を痙攣させ、だんだんと動かなくなっていった。地面から出ている胴体は細切れになっている。


「まーじーかー」


 なんだ、この急展開? 命の危機はどこ行った?


「ご主人〜!」


 パタパタとさっき走り方が嘘のように可愛らしくマチェが俺に向かって駆けてきた。もうその手に風の爪はなく、いつも通りのマチェが俺に抱きついてくる。顔が涙でクシャクシャになってしまっている。


「無事ですか? 無事ですか!? きゅーん……」


「大丈夫、無事だ。落ち着け、マチェ。可愛い顔が台無しだぞ」


 俺は少しだけ溜め息をつきつつ、ハンカチでマチェの顔を拭う。ほっぺたが真っ赤だ。


「うきゅ……」


 抱きついたマチェの手が震えている。これではどっちが助けたのか、わからないではないか。


「大丈夫だ」


 俺はマチェを慰めるべく、そっとその背を撫でる。


「マチェは……、マチェは、ご主人のお役に立ってますか?」


「立ってるって! ありがとうな、マチェ。助かった」


「わん! よかったぁ……。よかったです……! きゅるるるぐるきゅ〜!」


 マチェは俺の首筋に顔を埋めるとわんわんと、……マジでわんわんと鳴き始めた。聞き慣れた情けない遠吠えみたいな声だ。


「まったく……。出来る事を見つけるどころか、作りやがったな、コイツ。チート過ぎだろ……」


 苦笑いしかできない。俺ができなかった事をマチェは軽々と超えていった。逃げる事しかできなかった俺とは大違いだ。それがひどく悔しくて、同時に羨ましかった。


「……ん」


 不意に地面が揺れた。


「なんだ?」


 それは真下からの襲来だった。


 気がつけば、身体が宙に投げ出されていた。


「わふ!?」

 慌てて下を見ると、ノヅチの千切られた胴体の反対側が大口を開けていた。大口が巻き上がった土ごと俺らを飲み込もうと迫る。


 そういえば、ミミズとかって頭潰されても、反対側の頭が新しい頭になるんだっけ? それって他の生き物だったか? よく思い出せないが、ノヅチはその系統だったようだ。


「ま、マチェ!」


「つ、爪ぇ〜……」


 マチェは再び爪を出そうとしているが、急な事で魔力が練れないようだ。


 やばい。死ぬ! 生き残ったと思ったら、速攻で死ぬ。


 マチェだけを逃したくても、空中ではそれもできない。咄嗟に目を瞑った。マチェを抱きしめて、これからくるであろう衝撃に備えた。


 その時、



 グシャリ——



 嫌な音がした。


 「っ!?」


 痛みはなかった。俺ではないなにかが潰れている。その音は断続的に続いていく。


「マチェ?」


「うきゃう!?」


 宙を舞っていた俺らの身体も地面に落ちる前になにかが受け止めてくれていた。


 またなにが起きているんだ? また俺、置いてきぼりなんだけど!?


 意を決して、目を開く。


「わふ?」


 マチェはただキョトンとしていた。怪我はないようで、ただただ呆然としている。


 辺りを見れば、俺らは巨大なゴーレムの手の上にいた。


「は?」


 ゴーレム——土属性魔法の一種、石で出来た人形を操る魔法だ。魔法だけで人形を作るのがまず難しく、また操るとなると難易度が跳ね上がる。使い手が少ないと言われる高等魔法である。


 そのゴーレムが、ノヅチを握り潰していた。片手に俺ら、もう片方の手に元ノヅチ。


 気が付いたら、目の前で怪獣大決戦が繰り広げられていた。なにがどうしてこうなったかわかんないが、なんかこうなっていたとしか言いようがない。


「間に合ったな」


 聞きなれない声がした。いつの間にか、街道に男が立っている。


 シルクハットに燕尾のスーツ。灰色の髪色だが、予想に反してその顔は若い。せいぜい30代後半に行くか行かないか程度。ステッキを手にその男は笑った。


 絵に描いたような紳士と言ったらわかりやすいと思う。


「その方は薄汚い魔物風情が手を出していいものではない」


 ぐしゃりとまた耳障りな音がして、ついにノヅチは完全に事切れた。ゴーレムの手からグロテスクな肉塊が地面に落ちていく。


「わふ? ご主人、誰ですか、あの人?」


「知らん」


 ゴーレムは恭しく俺らを降ろすと、崩れて消えた。おそらく魔法が解かれたのだろう。


「大丈夫かな?」


「あ、はい……。ありがとう、ございます?」


 何故か、助けられた実感がわからなくて疑問系になってしまう俺。それでも、その紳士はにっこりと笑った。


「しっかりとトドメを刺す前に油断してはいけないぞ」


「あ、はい。すみません……。ほら、マチェもお礼を言って」


「わん! ありがとうございました!」


 マチェはにっこりと笑うと、紳士にお辞儀をした。ただのイヌだった頃の名残で、本当は身体を擦り付けたいのだろう。足がそわそわしている。


 人懐っこいのはいいのだが、“祝福”(ギフト)持ちになった今はダメだと言い聞かせた。今のマチェは美少女なのだ(重要)。


「……貴方様はまた……イヌを飼っているのだな」


「え? はぁ、まぁ……」


 また? 今の俺、マチェが初イヌなんだけどな。いや、家出する前の実家にもいたっけ、イヌ? と言うか、


「あの……、すみません。自己紹介がまだでしたよね? と言うか、初対面でしたっけ? もしくはどっかで会った事があった? ……とりあえず、俺はルクス」


「マチェはマチェです。ご主人のイヌです!」


「マチェ! 誤解されそうな言い方しない」


 美少女をイヌ扱いとか、俺に鬼畜疑惑がかかりかねない。いや、マチェは本当にイヌなんだけど!


「わふ?」


 俺は咄嗟にマチェの口を塞いで後ろに下がらせる。マチェは不思議そうに、翠緑色の瞳をパチクリとさせていた。


「………」


 そんなやりとりを紳士は目を細めて、眺めていた。


 この人、マジで誰だ? 親の知り合いか?


「あ、すまない。ただ懐かしくて、な」


 俺の疑問が顔に出てしまったようだ。紳士は慌てたようにそう言った。


「ワタシはちく……いや、ダンピー。今はしがない冒険者だ。貴方様の今の名はルクスか。覚えた」


 この人、俺が偽名だって知っているのか!?


「ダンピーさんですか……」


 いたか、そんな知り合い? 


「ダンピーで構わない。後、敬語もなくていい」


「はぁ……。あの、どっかで会いましたっけ? 本当に俺覚えなくて……。すみません」


「……いいんだ。ワタシは昔、ルクス様に救われた者だ」


「救われた?」


 ……そんな覚えはない。こんな強い紳士を助けられるような力は、俺にはない。


「多分、それ。俺じゃないと思う」


「間違いではないさ。でも、気にしないでくれ。これは感傷だ」


「はぁ」


 よくわからん……!


 ダンピーは帽子を被り直すと、深々と頭を下げた。


「すまないが、ワタシは先を急ぐ。今のワタシには、ルクスさまの側にいる資格はない」


 ダンピーはチラリとマチェを見てそう言う。


「はぁ」


 なんの話? マジでなんの話? なんか因縁がある感じなの? ……こう言うのは女の子だったりすると、転生ものっぽくていいんだけど、相手が男じゃなぁ……。


 とことん、俺にはそう言うものと縁がないようだ。


「では、元気で……。もし、ワタシに用があればギルドに連絡を。この石があれば、ワタシに取り次げる」


 そう言って、ダンピーは水晶を握らせてくる。とある紋章が刻まれた親指大の小さな水晶。


「ありがと、う」


 ダンピーはふっと笑うと、馬形のゴーレムを作成して去っていった。


 ……最後まで話がよくわからんかった。


「マチェ、帰るか」


「はい!」


 俺、もしや電波の人にただ絡まれただけのでは?


 と、思いつつも、俺は帰る事にした。そうしているとツィチャさんが馬に乗って駆けてくるのが見えた。その後話を聞いたら、近くにいたらしいダンピーを呼んだのがツィチャさんだったようだ。




 SSR覚醒は突然に——!


 ……それはいいが、俺一人を置きっ放しジャーマンするのはやめてほしい。

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