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第1章 12

 護衛の道のりは半分くらいまでは順調だった。長閑で平和で、旅行に来たのかってくらいの穏やかさだった。


 だが、人生は山あり谷あり、平坦な道だけでは許されないらしい。


 ひゅーと風が吹いた。その瞬間マチェが耳を跳ね上げる。


「ご主人、音がします!」


 そこは視界の開けた街道だった。近くに何かが潜んでいるようには思えない。


「マチェ? っツィチャさん、止まってください!」


 でも、マチェの索敵能力は信頼できる!


「お、おう」


 ツィチャさんが縄を繰り、ウマが急停車する。ウマが戸惑うように嘶いた。


 俺は馬車を飛び降り、腰につけている剣を抜いた。貯金をはたいて買ったそこそこいいロングソードである。


「……『ウィンド』」


 小さく魔法を唱えて、辺りに風を満たす。風の流れで何かないか探る。俺の魔法に攻撃力はないが、俺だってそれくらいはできる。馬車の後ろや、周りを見るが何もいない。


「……マチェ、音はどこから——」


「下です!!」


 マチェもぴょんと馬車から降りて叫んだ。


 瞬間、地面が爆ぜた。地面が盛り上がり、大きく飛び散った。土埃が舞い、地面が揺れる。


「なんだ——!?」


 飛び散る土を払いながら、俺は爆心地を見た。そこには空へと伸びる棒……?


「あ、違う……。……あれなんだは?」


 それは渋いピンク色の胴体がうにょりと蠢いていた。


「み、ミミズ……?」


 二階建ての建物くらいの大きさ。だが、その胴体の半分以上、地面に埋まっている。全体はどれくらいあるか不明。


 デカい。デカすぎる……!


「や、やば、ない……?」


 変に吊り上がった唇がヒクヒクと痙攣しているようだ。呂律がおかしくなっている。


 簡単なクエストじゃなかったのか? 多分、あのミミズ、モンスターランクCくらいあるぞ。ランクEの冒険者が相手する魔物じゃない!


「ありゃ、ノヅチじゃねぇか!? 嘘だろ、こんなの出るなんて聞いた事ねぇぞ!?」


「あ、え……!? って、ツィチャさんも知らないんですか?」


 ノヅチ。ダンジョン三階層より下に存在する魔物。よく見たら、ミミズではなく、そのピンクの巨体には半透明なトゲがびっしりと覆っている。だが、それ以上に身体全体を覆うねばねばの粘膜が目立つ。正直、キモい。大型でなんでも喰らい、その大きさ故に中堅冒険者でも倒すのに苦労する魔物だ。地中の移動が早いので、相手するなら地中に潜らせるな、と言われている。


「しらねぇよ! 知ってたら、もっといい冒険者を雇ってたっつの!」


「ですよねー!」


 ちくしょー! ただの貧乏くじか! 普段なら、スライムや野生のイヌくらいしか出ないのに!


「……あ、ヒイラの花! そうか、そろそろ神獣祭。結界が弱まっているのか!?」


 ダンジョンから、強い魔物が出ないように神獣が街に張る結界。時間と共に弱まり、年一で張り替えが必要になる。祭りは結界を張る神獣を讃えるもの。そう祭りを控える今こそ、結界が一番弱くなる。


「つまりっつーとあれか? このノヅチは結界を破って地下ダンジョンから出てきたのか?」


「おそらくは……」


「っうぅ!」


 マチェは低く唸って、ノヅチを睨んでいた。


「マチェ、ダメだ! 下がれ」


 今のマチェ含め俺では、ノヅチの相手はできない。せめて、逃げる為の行動を取らなくては! 魔物は殺気に敏感だ。このままではマチェが狙われかねない。


 だが、ノヅチはマチェでも、ツィチャさんでも、馬でもなく、——俺を狙った。


「はッ!?」


 ノヅチが身体をくねらせ、大きく口を開けた。口の内側、360度みっちり牙の生えたグロい口である。


「はわー!?」


 何故と疑問が浮かぶ前に前のめりに転がるように回避する。直後、俺がいた場所に穴が空いた。ノヅチは地面を喰らうように地面に潜っていく。あっと言う間に長い胴体が地面に消えていった。


「はやっ! だぁ! 無理無理無理! どう倒せって言うんだよ!?」


 剣を振る隙すらない。潜らせるな、って無理じゃね?


 地面は小刻みに揺れており、ノヅチが逃げた訳ではないと告げている。


「……すまん、兄ちゃん!」


 と言った瞬間のツィチャさんの行動は早かった。即座に馬車からウマを外すと、その背に跨り駆け出す。


「はぁ!?」


「だ、誰か呼んでくる。それまで生きてろよ、兄ちゃん!」


「ヒヒーン!!」


 ウマが鋭く嘶き、ツィチャさんは見えなくなった。


「マジかよ……。見捨てられた!」


 なんという判断能力の高さ。流石、商人。ちくしょー! 恨むぞ!!


「ご主人、避けて!」


 真横からマチェのタックルが来た。


「ごふぅ!」


 内臓に響くようなマチェのタックルを受けて、俺はマチェと共に地面をゴロゴロと転がる。


 なんぞ!?


 と、事態が飲み込めない俺をよそにノヅチが再び爆音と共に地面から飛び出した。そうまさにさっきまで俺がいた所から。岩が転がり、振動で馬車が派手に横転して、積荷を撒き散らす。


 マチェはこれを予見して、俺を庇ってくれたらしい。


 うん。嬉しい。でも、もうちょい優しくしてほしい。ノヅチよりも先にマチェの攻撃で俺のHPがなくなる。


「なんで、コイツ、俺ばっか狙うんだ? ……弱いからか?」


 確かに弱い奴から狙うのは定石。俺もそうする。自然の常識。魔物の常套手段。


 ちくしょー。俺って泣きたくなるくらい弱い……。


「わふ! 『ウィンド』!」


 マチェが飛び散る岩や土を風で打ち払う。マチェは俺の側に寄り添い、ノヅチと対峙していた。


「『ウィンド』! 『ウィンド』! 『ウィンド』!」


 マチェが叫ぶように魔法を連打する。嵐の暴風が吹き荒れ、追撃をしようとしていたノヅチを食い止める。だが、


「効いてない……!」


 ノヅチへのダメージが低い。属性的に有利でも『ウィンド』じゃ、ノヅチの装甲を破れない。ノヅチはただ苛立ったように、口に入り込んでいたらしい岩を砕いた。


 ……一撃でも食らったら死ぬ。


「『ウィンドカッター』!」

 俺はなけなしの魔力で魔法を放った。近づく=死なので、剣が使えない。なので、魔法しか手段がない。俺には、ノヅチの攻撃を避けながら剣を振るう素早さはない。不可視の風がノヅチに向かう。だが、粘膜装甲が風を弾いた。


「やっぱ、俺の魔法じゃレベルが足らなさ過ぎる!」


 どうする? どうする、俺!? マチェの『ウィンド』では牽制にしかならない。その牽制すら、なかったら詰むというこの状況。考えろ、じゃないと死ぬ。


「ご主人……。きゅーん」


 マチェが泣きそうな顔で俺を見ていた。小さな手が俺の服を握りしめている。


「……マチェ」


 すまんな、マチェ。せっかく、“祝福”(ギフト)をもらったばっかだって言うのに……。


「大丈夫だ……!」


 俺は笑う。俺が不安だとマチェにも伝わる。だから、せめて笑おうと思った。ただちゃんと笑えたか不安だ。


「ッ! マチェがご主人を守らないとなのに、全然役に立てなくてごめんなさい……」


「大丈夫だ」


 何度も同じ言葉を繰り返す。マチェに言い聞かすように? いや、俺に言い聞かせるように!


 俺はノヅチを見据えた。ノヅチは俺を見ると、ぼたぼたと口から涎を垂らしている。


「俺は美味くないぞ、まじで……!」


 ノヅチの目は地中生活で退化しており、顔と思わしき部分には口しかない。代わりに全身の粘膜で周りの情報を得ている。ノヅチの口は俺を容易く一飲み込むに違いない。足は震えるし、出来るなら逃げ出したい。ベッドの中で震えていたい。


「ご主人……!」


 だけど、マチェ(女の子)の手前、そうはいかない。


 俺は駆け出すと、転がっていた積荷の袋を掴んだ。中身は真っ赤なスパイス。それを俺の全力でノヅチに向かってぶん投げる。


「『ウィンド』!!」


 魔法の狙いはスパイスの袋。弱い魔法とは言え、『ウィンド』は袋を破り、スパイスを撒き散らす。それだけでは終わらず、『ウィンド』はスパイスを纏ったまま、ノヅチに向かう。


『———!』


 ノヅチが若干怯んだ。


 そりゃそうだ。スパイス——辛味は痛みだ。それを敏感な粘膜で受けたら、ひとたまりもあるまい。


『———!』


 耳がキィンとするくらいノヅチの甲高い悲鳴が響く。


 俺は体力のあらん限り、スパイスをぶつけた。これが今の俺が取れる全力だった。情けなくても、やるしかない。


「手伝います! 『ウィンド』」


 パタパタとマチェが駆け寄り、呪文を唱える。マチェの魔法は強かった。俺の魔法とは違いあっという間にノヅチのピンクの胴体に赤いスパイスがまばらについていく。


 ノヅチの身体が痙攣するようにビクビクと震えている。身体を震わせているが、ねばねばの粘膜のせいでスパイスが振り払えない。攻撃を緩和する装甲が仇になっていた。


「効いてる。マチェ、今のうちに逃げるぞ!」


「はい!」


 俺はマチェの手を引いて駆け出す。一刻も早くここから離れなくては!


 だが、ノヅチは身体にスパイスを振り払うように身体を大きく捻った。その勢いで、地面に向かって鞭のように身体を打ち付けた。


 がむしゃらの攻撃で明確な目標はない。ただ身についたスパイスを取りたくて、身を地面に打ちつけようとしている。


 その範囲に俺らがいた。


「——!?」


 走っても、俺たちの足では攻撃範囲から逃れられない。ノヅチの影が俺らの身体に落ちる。


「マチェ——!」


「ご主人——!」


 せめて、マチェだけでも——!



 SSRでも、弱くても、ピンチは訪れる。

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