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エネーボ・レボリューション  作者: 春夏秋冬
革新の日
5/50

ベルゼブブが残したもの

「いやー、楽しかったですねー。流石エルさんです。」

ベルゼブブは剣を鞘に収めるとそんなことを言いながら右手を差し出してきた。僕はその手を握ると引っ張り起こされた。

「お前は強すぎだ。なんだあのスピード、反則だろ。」

まじで見えなかったもんな。

その様子を見ていた柚子ちゃんと甲斐姫さんは戦闘が終わったことに気付いたようでこちらに近付いてきている。近くで見ていた甲斐姫さんはゆっくり歩いて、遠くの木の後ろにいた柚子ちゃんはとことこ走ってくる。柚子ちゃんは甲斐姫さんを追い抜き僕の方に向かってくる。顔が怖い。怒ってる?近付くにつれ目から涙がこぼれていることに気が付いた。心配掛けたか…柚子ちゃんは走ってきた勢いのまま僕の胸に飛び込んできた。僕は優しく受け止める。

「えーん。怖かったよー。エルさん、殺されちゃうと思いました。エルさんのばかー。えーん。」

「ごめんね。」

僕の腕の中で泣く柚子ちゃんの頭を優しく撫で続けた。



「あんたら本当に人間?なんなのあの強さ…」

ゆっくり近付いてきた甲斐姫さんが言う。

「エルさんの本気はあんなもんじゃないですよ。大きなスキルは温存されたようですし。エクスプロージョンとかアブソリュートとか大地の怒りとか…」

「なんでお前がエルフソーサラーがレベル2500で覚えるスキル知ってるんだよ。あんなスキル使ったら死んじゃうだろ。バーストボムであの威力だったんだし。」

「わたくし、昔からエルさんのファンですから。好きな人のことはなんでも知りたいじゃないですか。ねえ、柚子さん?エルさんに殺されるならわたくしは本望ですよ。」

こいつと話してると疲れるわ。柚子ちゃんはまだ泣いていて反応がない。

「レベル2500って…まじで?」

「ええ、まあ。配信開始時からやってましたから。」

「うわー、別次元だわー。」

甲斐姫さんが驚いている。もう隠す必要もないだろう。もうレベルもステータスもないんだし。

「エルさんがいたならベルゼブブを呼ぶ必要はなかったか…」

本当だよ。なんでこんなやつ72サーバーに呼んじゃうんだよ。

「うん、昨日『CRAY』のやつと揉めたから、潰そうかと思ってた。」

「ああ、ワールドチャットの毒きのこってやつのコメントね。見てた見てた。毒きのこってのはあのとき初めて聞いたけどさ、馬鹿な奴だね。相手がこんな化け物だなんて。」

「化け物って。甲斐姫さんの従兄弟の方が化け物でしょう。」

「あたしから見たら似たり寄ったりだからね、あんたら。」

化け物はひどい。まだ人間辞めたくないし。

「『CRAY』を潰すことは暇潰しくらいにしか考えてなかったんですけどね。72サーバーに来た途端に、あのワールドチャットですよ。いろいろ運命を感じましたね、エルさんにも『CRAY』にも。」

本当に来た直後だったんだな。

「そしてこの世界に来て確信しました。『CRAY』はわたくしに殺されるために存在していると。」

はぁ、ベルゼブブ…完全に頭いっちゃってるよ…



「そういえば、お前たちがリーセの村に来たのはやっぱり復活スポットの確認?」

僕は1番大切なことをベルゼブブに聞く。

「ええ、そうですよ。復活のあるなしで今後の予定は変わってきますから。」

「それで?どうだった?」

「残念ながらなかったですね。」

「てことはやっぱり…」

「ええ、死んだらそれで終わりです。」

はぁ、まあ、普通に考えたらそうか…

「ていうか、ベルゼブブお前、復活出来ないの分かっててあんな殺しにきてたわけ?」

「いやですねー。お互い様じゃないですか。」

「いや、僕はお前が完全に殺しにきてたから、死んでも復活出来るって知ってるのかって思ったんだよ。」

あの状況ならそう思うだろ、普通。

「一応確認してきますか?」

「そうだな、一応確認するよ。」

「では、わたくしたちはこれで失礼させていただきますね。」

そこでベルゼブブはいまだ僕の腕の中で泣き続ける柚子ちゃんにちらりと視線やった。

「今夜は熱い夜になりそうですな。」

「ば、ばっか、そんなんじゃねぇよっ。」

「ふふふ。まあ良いではないですか。」

こいつまじ疲れる。

「二人はこれからどうするんだ?」

僕はベルゼブブと甲斐姫さんに聞く。

「ああ、あたしたちはとりあえずプラタナスの街でギルメンたちと合流するさ。そうやって連絡した。あそこには『祭り』のギルド会館があるしな。」

気になるキーワードがあった。

「連絡?どうやって?」

「なんだ、知らないのか。フレンドリストでフレンドをタップすると会話が出来るんだ。」

「まじか、知らなかった。ありがとう、甲斐姫さん。助かった。」

いい情報だ。これでみんなと連絡が取れる。

「では、エルさん。再戦を楽しみにしておきますね。」

「お前とはもう二度と会いたくねぇよ。」

「またまた。」

そんなことを言いながら、ベルゼブブと甲斐姫さんは村の入り口の方に歩いていったのであった。



僕と柚子ちゃんは村の奥に向かって歩く。ゲームでは村の奥に教会がありその中心に大きなクリスタルがありそれが復活スポットだった。教会の中だけは非戦闘エリアであった。

「エルさんとベルゼさんってけっこう仲良しですよね。」

急に柚子ちゃんが変なこと言い出した。

「え?僕とベルゼブブが?仲良かった?」

「はい。戦闘中とかは怖かったですけど、お互い気兼ねがないんだないんだなぁって思いました。エルさんの言葉遣いも崩れてましたし。」

「まあ、『AAA』で1年半共に過ごしたからね。でもそれだけだよ。あいつの頭の中かなりサイコパスだから、僕がいないときに会っても絶対に油断しちゃだめだよ。」

「はい。それはもちろんです。」

昔から頭のネジが2、3個外れたやつだった。

「ベルゼさんは強かったですか?」

「ああ、強かった。出来ればもう戦いたくないな。」

最初の1撃目、あれは本当に運が良かっただけだ。あれで首が飛んでいてもおかしくなかった。いや、むしろあいつがわざと杖を叩いた疑いがある。今回は向かい合った状態で戦い始めたからなんとかなったが、不意に死角から攻撃されたら殺される未来しか見えない。

「スキルってどうやって使ったんですか?」

「ああ、それを教えなきゃね。使いたいスキルを頭で思い描いてスキル名を言うとスキルが発動したよ。」

「げげ、スキル名を言うんですか?ぜんぜん覚えてないですよー。」

「幸い僕と柚子ちゃんは同じエルフソーサラーだからあとで擦り合わせよう。」

「はい!お願いします。」

「ベルゼブブのやつは『3連斬』以外のスキル名は口に出していなかったから、もしかしたら違う方法、例えば頭の中で考えるだけでも発動するかもしれない。あとで試してみたいな。」

「私、1回撃ってみていいですか?」

「ああ、いいよ。」

柚子は杖を構える。

「ファイアーボール!」

空に向かって杖を突き出すと火の玉が杖の先から出て空の彼方に飛んでいった。僕のよりずいぶん小さいな。レベルやステータスは表示されていないけど、ステータス差はあるように感じる。

「きゃー、すごいすごい。魔法使えた、魔法使いみたいだ。」

さっきまで泣いていたのが嘘のように楽しそうに飛び回る柚子ちゃんを見て、僕は微笑ましい気持ちになった。

「そういえばエルさん、あの戦い方どこで身に付けたんですか?『エネレボ』ではあんなに動き激しくなかったですよね。」

「うーん、そうだな…バトル物のアニメやラノベの真似をしてみたって感じかな。なんか咄嗟に頭に浮かんで…」

「へぇ、すごいですねぇ。やっぱりエルさんはすごい人です。」

「そうかなぁ、まぁでも今後、またベルゼブブに会うかもしれないし、『CRAY』とも遭遇するだろうから戦い方をもっと練習する必要はあるな。柚子ちゃん、手伝ってくれる?」

「私で役に立てますか?」

柚子ちゃんは上目遣いで僕を見てくる。

「もちろんだよ。」

僕は柚子ちゃんのサラサラの黒髪をポンポンと撫でたのであった。



教会が見えてきた。いや、これはもう教会じゃないな。屋根が完全に無くなっている。廃教会だ。残った壁の上にびっしりと黒いカラスの様な鳥が止まっている。何羽いるんだ?数えたくもない。僕はその鳥を見たときに凄くいやな予感がした。

「柚子ちゃん、ちょっとここで待ってて。」

「え?」

「僕が呼ぶまで教会に近付かないで。」

「は、はい…」

僕は左手で柚子ちゃんを押し留め、杖を掴んで教会に向かって走った。

僕が近付くと黒いカラスの様な鳥…まあ、カラスでいいか、カラスたちは一斉に飛び立っていく。黒い羽が舞う。

玄関だったところを潜り教会の中に足を踏み入れる。教会内は木の椅子が左右に祭壇に向いてずらりと並べられていて真ん中に祭壇へ向かう通路がある。木の椅子はボロボロに崩れ落ちているが。通路の先、祭壇の下は椅子がなく広いスペースになっている。そこに黒い二つの小山が出来ていた。それを見た瞬間思った、やっぱりと。

僕は駆け出すと黒い小山が生きているように動く。いや、生きている。あれはカラスだ。カラスたちが何かをひたすら啄んでいるのだ。カラスは僕が近付くとまた一斉に空に舞い上がった。そして教会の床に残されていたのは…首がない死体と離れたところに転がるダークエルフの男性の頭であったのだ。

「おえーー。おえーー。」

急に胸から何かが込み上げてきて、僕はその場で吐いた。

「あのー、大丈夫ですかー?」

遠くから柚子ちゃんの声が聞こえた。

「大丈夫、大丈夫だから。絶対近づいちゃダメだよ。絶対だからね。」

僕は柚子ちゃんのいる方向に向かって叫ぶ。

「振り?じゃないですよねー?」

「振りじゃない。振りじゃないよ。」

僕は気を取り直して死体に近付く。

「おえーー。おえーー。」

また吐いてしまった。臭いもすごい。これが死体の臭いか。こんなことでこの先柚子ちゃんを守れるのか。しっかりしろ、しっかりしろエル!僕は自分に言い聞かせパンパンと両手で頬を叩く。

意を決して死体の頭を凝視する。頭の中でピンと鳴って、『毒きのこ』と表示された。あいつら、やりやがった。昨日毒きのこは僕にキルされて、ここで復活したのだろう。僕と柚子ちゃんが転移していた場所は、ログアウトした場所とほぼ一緒だった。毒きのこはここでワールドチャットを入れてそのままログアウトしたのだろう。そして転移が起き、復活スポットを確認に来たベルゼブブたちと遭遇したと…。毒きのこの体の方を見る。鎧はベコベコに凹み、右胸の部分は大破している。そこから見える胸や鎧のない腹の部分は服がボロボロで素肌が見える。その肌はカラスに啄まれたあとが大量にあるが、そこらじゅう剣でと思われる切り傷でいっぱいだ。

「ベルゼブブのやつ、すでに試し切りを終えてやがったか。」

思えばあいつは、レベル2000オーバーには魔物が寄ってこないと言っていた。だが、戦闘は経験済みという言い方だった。あのとき気付くべきだった。毒きのこと戦闘を終えたあとだったのだ。

「あいつら狂ってやがる。どうしてこう簡単に人を殺せるんだ…」

ベルゼブブは兎も角、甲斐姫さんはフレンドリストの情報をくれたし、いい人かもと思っていた。この状況を容認していたのなら油断出来ない。いや、この世界ではこっちの方が正常なのか?わからない…頭の中がぐるぐるする。

クリスタルもないし、毒きのこで復活の有無も試したんだろうな。だから復活出来ないと言い切っていたんだろう。しかも教会の中に戦闘したあとがある。この世界には非戦闘エリアもないということだ。



「ファイアーボール。」

僕は毒きのこの遺体に向かって火の玉を放つ。このまま放置することがいいことだとは思えなかったが、この遺体を運んで埋葬する勇気もなかった。だからここで火葬することにした。火の玉は遺体に着弾し燃え上がる。軽く手を合わせる。あんまりいい奴じゃなかったけど、ここで死ぬべきだったかと言うとわからない。安らかに…

僕は振り返ることなく教会を出、僕を待つ柚子ちゃんの元にゆっくりと向かったのであった。

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