アジト強襲
コンコンと扉がノックされた。
「失礼しまーす。って、何やってるんですか、エルさん…」
グラビオさんと包容を交わしあっているとソルトさんが部屋に入ってきた。グラビオさんから離れる。
「あ、いや、同士を見付けたから感激してしまって…」
「同士?」
「うん、ずん教のね。」
「ずん教?」
「ソルトちゃん、真面目に聞かなくていいよ。エルさんおかしくなってるから。」
ずんちゃんからのカットが入った。ソルトさんにも布教するつもりだったのに。
「まずは、状況確認からしましょう。」
僕、ずんちゃん、はれさん、松ちゃん、ソルトさん、グラビオさんがテーブルを囲んで立っている。グラビオさんの後ろには兵士さんが4人立っている。僕は皆の顔を見回すと頷くのが見えた。
「僕が捕虜から得た情報によりますと、この街に来ている敵はダークエルフ6名とドワーフ1名、全員が男です。その内2名は先ほど拘束しました。」
「ドワーフ?見てないね。」
「ああ。」
ずんちゃんも松ちゃんもドワーフは見ていないようだ。
「今回のボスはこのドワーフらしいです。ちなみにこいつだけ第2世代です。名前は『ジェロニモ』。職業はランサーです。」
「第2世代…」
はれさんが呟く。不安なようだ。ゲームの中では世代の差は大きかったからなぁ。
「ずんちゃんと松ちゃんはご存知と思いますが、他のメンバーの名前と職業は、『サウザー』がツインブレイダー、『轟』がスレイヤー、『グリコ』がアーチャー、『ジベータ』がソーサラーです。この中で1番厄介だと思われるのは…」
「ジェロニモ?」
「いえ、グリコですね。」
「ジェロニモじゃないんだ?」
はれさんの気持ちも良く分かるけどね。
「グリコがっていうよりアーチャーが厄介という感じですね。まだ見たことないですが、こっちの体で放たれる弓矢は鉄砲の弾丸のような感じではないかと…ずんちゃん、松ちゃん。どうでした?」
「いや、まだオレたちもアーチャーが攻撃するのを見ていない。」
「そうですか。ではそういう感じで攻撃が飛んでくると思います。射る瞬間を見ていないとかわせないと思うんです。」
「ん?エルさんは鉄砲の発射の瞬間を見ればかわせるの?」
「かわせますよね?普通。」
ずんちゃんは何を言っているのか。銃口の向きと引き金を引くタイミングさえ見えれば誰でもかわせる。
「いやいやいや、かわせないからね?普通。」
「え?そうなんですか?」
「エルさんがヤバい…きっと紛争地帯の傭兵さんか何かだったんだ…」
「ああ、紛争地帯。高校のころ家族旅行で行きましたよ。」
「!?」
「エルさんって何者?」
「え?普通行くものなんですよね?紛争地帯。」
「いや、行かないから、普通。」
ふーん。知らなかった。親父はみんな行くもんだって言ってたから。
「で、これが敵のアジトの地図です。」
僕はさっきずんちゃんに見せた地図をテーブルに置く。
「民家らしいです。家人は拘束されているらしいので心配です。今から強襲をかけたいと思います。」
「それは心配…早く行かなきゃ。」
「はい、それで、ここに強襲をかけるメンバーは…僕とずんちゃんの二人で行きます。」
「二人で?いいのか?」
松ちゃんの質問。
「はい、たぶんもう残っていないと思うので。僕なら残りません。それよりも大人数でここを離れたときに、ここに逆強襲される方が心配です。」
「なるほどな…」
「実はあともうひとつ、心配な場所があります。」
「心配な場所?」
「はい、アジトを失ったやつらが次のアジトをどこに選ぶか…僕なら領主館を襲います。」
「!?」
「奴らの1番の目的は『女』です。ここにはずんちゃんとソルトさんがいますし、領主館には美しい女性がいますよね?そういうことです。」
「な、なるほど…」
「なので、あまり良策とは思えませんが三手に別れましょう。領主館には兵士さんたちとはれさん。ここは松ちゃんとソルトさん。あと、強襲のあと、まだ話がしたいのでグラビオさんもここに残ってもらえませんか?」
「了解しました。」
「これが僕の意見ですが、反対などはありませんか?」
皆が首を横にふる。
「では、準備が出来次第、出発しましょう。準備を始めてください。」
僕は街中での戦闘に魔法スキルは不向きだと考える。そうなると今のスタイルでは、僕の攻撃は『アイスバレット』だけということになってしまう。それはさすがにキツい。なので、剣を持つことにした。こっちの魔法は杖無くても使えそうだし。
僕がアイテム欄を開くと愛剣『ツインセイバー』を探す。あれ?見付からない。もう一回じっくり探すと見付けたのだ、『ツインセイバー』ではなく『誓いの剣』という物を。
僕は『誓いの剣』をアイテム欄から取り出す。ツインセイバーそっくりだ。程よい長さと幅の両刃の剣。重量も軽い。1本しかないけど。誓いに使ったから『誓いの剣』というのに変わったってことだろうか?
僕は鞘を腰に装着し、素振りをするため剣の柄を掴む。僕の雰囲気が変わったのを感じたのが分かったのか、皆一斉にこちらを見た。
僕は鞘から剣を抜き放つと剣先を走らせることを意識して左右に二度三度と振り、カシャンと鞘に収めた。まあ、こんなものかな。剣が軽いので剣先が良く走る。ベルゼブブのスピード+体重の乗った斬り込みには遠く及ばないが…あれ、みんなが呆然をした顔で僕を見ている。ずんちゃんが声を掛けてくる。
「今日はエルさんに驚かされっぱなしなんだけどさ、エルさん、本職はソーサラーなんだよね?」
「うん、そうだよ。」
「今の剣の速さ何?剣が…違うな…手首から先が全く見えなかったんだけれど…」
「ん?1年間双剣士だったから?」
「いやいやいや。」
ちなみに双剣士=ツインブレイダーである。
はれさんが近付いてきた。
「ねえねえ、今のどうやったの?教えて。」
「今の?我流だよ?いいの?」
「いいのいいの。」
「じゃあ、はれさん1回素振りしてみて。」
「分かった。」
はれさんは左手に持った盾を腰で構え盾に付いた剣の柄を持つ。ガーディアンの武器は盾が鞘代わりだ。はれさんは二度三度と剣を振って盾に収めた。
「うん、力強いけど、スピードが少し足りないかな。でも、盾持ってるからそれでいいんじゃない?」
「ダメ、剣の本職なのにソーサラーのエルさんに負けたくない。」
「んー。じゃあ、とりあえず僕のやり方を言うよ。はれさんは肘から剣までを一直線に扱うよね?」
「うん。」
「僕のやり方は…」
僕は剣の柄を掴む。
「肩から剣先までを1本の竹に見立ててしならせる。肩から順に肘、手首、剣と連動させて動かし最後に剣先に1番スピードが乗るようにするんだ。」
僕は実践するように1回剣を振ってカシャンと鞘に収めた。
「なるほど。」
はれさんが素振りをする。あ、松ちゃんも。兵士さんたちも聞いていたようで、剣を振ってみていた。
「じゃあ、行くよっ。ずんちゃん先導よろしく。」
「うん。」
僕とずんちゃんはギルド会館を出ると街を駆け出す。後ろをちらりと振り返るとはれさんと兵士さんたちが逆方向に駆けていくのが見えた。はれさんがこちらに右手を上げるのが見えたので僕も右手を上げて返事をした。
「たぶんあそこ。」
暫く走っているとずんちゃんは1軒の家を指差した。周りと同じ石造りの家で横が他より少し大きい。
僕とずんちゃんはさっと玄関の左右に立つと頷き合ってずんちゃんが扉を開け僕が中に転がり込む。リビングかな。テーブルや椅子は端にどけられていて男性が二人床で胸から血を流して倒れていた。1人はここの家人だろう。もうひとりはエルフであった。名前は『ベッカー』と表示された。
「知ってる?」
僕が小声でずんちゃんに聞くとずんちゃんは首を横に振った。これは…僕の予想通りだとヤバいな…
僕は二人に近付き首に人差し指と中指を当てて脈を確認する。ずんちゃんは心配そうに見ている。脈は感じられなかった。僕は首を横に振る。ずんちゃんは落胆した表情を見せた。
リビングから奥側と右側に部屋があり、奥の部屋の方から何かが擦れ会うような音が聞こえてくる。
ずんちゃんと顔を見合せると、僕はアイテム欄から毛布を取り出してずんちゃんに渡し、ここに留まるジェスチャーをした。
僕は一気に奥の部屋に飛び込む。そこには裸の女性に覆い被さり腰を振るダークエルフの背中が見えた。『サウザー』と表示された。僕はサウザーに一気に近付き服の首の後ろの部分を掴み、力を入れて女性から引き離すように壁の方に投げた。
「アイスバレット!」
サウザーの腹に魔法を叩き込む。威力は落としてあるが、ヘビー級のボクサーのボディブローより痛いはずだ。
「ずんちゃん!」
「うん!」
ずんちゃんは部屋に駆け込み女性に毛布を掛けヒールを掛けている。
「ちっ、本当に来やがった。」
サウザーは倒れていた状態から上体を起こす。
「よく吐かせられたな、平和ボケした日本人が。」
「そんなことはどうでもいい。お前ら本当にくずだな。」
「はん、女は俺たちに犯されるためにいるんだよっ。」
「他の奴らはどこへ言った?」
「知るかっ。知ってても教えるか、馬鹿が。」
「ねぇ、ずんちゃん、こいつ殺していい?」
女性を治療中のずんちゃんを見るとずんちゃんは顔を横に振る。
「油断したな、馬鹿が!」
視線を外したことに油断と見たのかサウザーは腰の双剣を抜き、僕を挟むように斬りかかってきた。
「油断なんかしてないよ。わざとだ。」
僕はサウザーの攻撃をダッキングでかわすと右の二の腕目掛けて剣を振り上げた。
「ぐわっ。」
サウザーが尻餅を付く。遅れてドサッカシャンと剣を握ったままのサウザーの右手が傍らに落ちた。
「ひ、ひーっ。」
サウザーは残った左手で後ずさる。股間から出したままの粗末な一物が見える。こんなのがあるから世の中の女性が悲しい思いをするんだな。僕は『誓いの剣』を鞘に収め、ドロップ品の剣を取り出す。それをサウザーの一物の上に剣先を下向きにした。
「おい、他の奴らが何処に行ったか言え。お前の粗末な物がなくなるぞ。」
「知らねぇ。本当に知らねぇんだ。だからその剣を離せ。」
「そうか。」
僕は言われた通りにそのまま手を離した。剣は落ちサウザーの一物を貫き床に突き刺さった。
「ぎゃーーーーーーー。」
サウザーはそう叫び、泡を吹いて気を失ったのであった。
保護した女性は男性の亡骸に泣きついていて、その背中をずんちゃんが撫でている。
僕はその間にはれさんと松ちゃんに連絡を取ったが、領主館にもギルド会館にも襲撃はなかったようだ。ということは、やはり『ベッカー』くんの所属していたギルドがあり、そのギルド会館が襲われたのだろう。完全に予想外だった。
「エルさん。」
ずんちゃんは女性から離れ僕の元にやって来た。
「どうした?」
「わたし、エルさんのやり方、ちょっと怖いと思っていたの。でも、甘かったかもしれない。ごめんなさい。」
「いいんだよ。ずんちゃんが出来そうにないことを僕がやるんだ。役割分担だよ。」
「でも、でも…そんなんじゃ…」
ずんちゃんの目から涙が溢れる。僕はずんちゃんを抱き寄せる。
「大丈夫。ずんちゃんはずっと理想を口にし続ければいいんだ。汚れ役は僕がやるから。」
「でも…でも…」
僕はずんちゃんの髪を撫でる。
「僕はずんちゃんの騎士なんだから。僕を信じて。」
「うん…」
ずんちゃんが落ち着くまで、僕はずんちゃんの髪を撫で続けたのであった。